子育て勇者と魔王の子供・52.5
体の震えが止められないオーラを見て、研究員の偉い人は苦笑している。
「まぁそう緊張してくていい。私がしたいのは君のツレの話なのだ」
緊張しないわけがない。ユーヤのことを聞かれるのが一番緊張するのだ。
何せ、彼は魔王城に単身突入し、生きて帰ってきただけでなく、四天王を倒し、魔王の死を見とり、魔王の嫡子二人を預かってしまったのだから。
うかつなことを言えばその場で彼らは処罰されるだろう……処刑されるかもしれない。
いや、確実に処刑される。人間の国をいくつも滅ぼした魔王、その子供をかくまっているなんて、絶対に許されることではないのだ。
子供たちも容姿だけはとてもかわいいが、いかんせん、腹が黒い。あんなにかわいらしいのに、母性本能も刺激されない。
ユーヤの前でだけ猫をかぶっているというか、彼には甘えているのが何故なのか信じられない。
確かに彼はいい人だ。初めてあって、少し旅をしただけのオーラに金銭的な援助までしてくれて、資金を返すことすらできなかったオーラに、笑顔で気にしなくていいと告げたあのひと。
鋭いくせに、妙に鈍いところがあって、とんでもないお人よし。
魔王の城に行くまでにも、苦労をしただろう。人間の汚いところだって死ぬほど見たはずだ。お人よしの彼を騙して利用しようとした連中だっていたかもしれない。
なのに、彼は、そんな人たちも護ろうと魔王を倒す旅を止めなかった。一人、魔王の城にまでたどり着いて――それでどうして子育てする羽目になったのか。
お人よしすぎる。魔王にまで利用されているだけかもしれない。一応、調査により魔王の死は確実になったようだが……それにしたって己を倒しに来た勇者に子供を預けるか、普通。
そして、預かるか、普通。
度を越したお人よしである。
今更ながら、腹の立つオーラだ。
「実は、私の仲間が彼の祖父でね」
「……え?」
ひそかにムカついていたオーラに、研究員の顧問は微笑む。けっこうな高齢――オーラの祖母と同じくらいのはずだが、どうみてもオーラの母親とあまり変わらないくらいに見える。
「あ、の、ユーヤさんの、おじいさん、ですか?」
「ああ。昔、冒険者をやっていてね。その頃からの付き合いだ。かれこれ、そうだな――」
言われた年数は、友情が、信頼が、深く、穏やかに、ずっと今までも続いていると感じさせる時間。
「それで、だ。その仲間が、魔王退治に出かけた末の孫の行方を心配していてね」
「そ、それは……そうですね。心配ですよね……ユーヤさん、手紙とか出してなかったんですか?」
「いや、出発直前に手紙は来た。魔王退治に行くとだけ。そんな内容の手紙が来たら、驚いて心配になるだろう?」
「は、はい」
猪突猛進。そんな単語がオーラの思考に浮かび上がる。
「その後、何度か来た手紙には魔王は病死した、戦災孤児というか子供を預かって育てる、今は元気でいるから心配いらないだのなんだの書いてあって、預かったという子供たちからの手紙も来たようだが、肝心の居場所を書いていなかった。これはもう、心配の極致だ」
「そ、ソウデスネ」
「まして、結婚どころか恋人もいないような男が、子供、しかも双子を育てると書いてある。これで心配しないほうがおかしい」
「は、ハイ」
正論だ。反論の余地がないくらいに正論だ。ご家族が心配しているからと言われれば、オーラの良心もチクチクと刺激されてしまう。
というか、相手が何をしたいのかが見えてこない。てっきり双子のことを怪しんでいるのかと思ったのだが、何か風向きが違う気がしてきた。意を決して、オーラは切り込んでみる。
「あ、あのう……それで、お話とは……?」
「ああ、ようするにだ」
「は、はい」
「とっとと実家に帰れと言ってやりたいのだよ」
顧問魔術師はそれはもうすがすがしい笑顔で言い切った。
……オーラは瞬く。王立研究院の顧問が目の前に現れて、何を言われるのかとおびえて緊張していたら、言われたことがコレ。
「ええと……あの……直接本人に言ったらいかがでしょうか……」
「うむ。それは私の仲間がやっている」
「は?」
「今頃はもう一人の仲間……ああ、神殿の大神官だ。あれが書簡で呼び出したはずでね。君や子供たちも一緒に。けれども君は今日も院に来ていると聞いたから、もしかして呼び出しをすっぽかしたのかと」
「え、ええええええ!? そ、そんな話聞いてません!」
オーラは心の底から驚いた。今朝会ったユーヤからは呼び出しの話なぞ全く聞いていない。
「そうか。てっきり私は君たちが実は良い仲で、協力して子供を育てるつもりなのかと勘繰っていたのだが、何一つ聞いていないということは、違っていたようだな」
何か心のやわらかいところを痛烈にエグられた気がするオーラだ。相手にされていないのだろうか。あの痛恨に鈍いユーヤに、本当に微塵も相手にされていないのだろうか。
「ふむ、違うのならば問題だな。独身男性に双子が育てられるとも思えん。ちょうど良い。院の女性陣から誰やら見繕って――」
「だだだ駄目ですっ!!」
思わず叫んでいた。
「ユーヤさんは鈍いだけで、とんでもなく鈍いだけで、まだいろいろ気が付かないだけで、えとあのその」
何が言いたいのか分からない。分からないが、とにかく否定しなくては。そんな気がする。
今ここで何かいろいろなことを否定しないと、と、焦るオーラを迎えるのは、顧問魔術師のにやつく笑顔。
何か察した様子の魔術師は、にやつく笑顔のまま、うなずいた。
「うむ。そうか。そういうことならやぶさかではないな――いろいろと」
心底から楽しそうな相手に、オーラは墓穴を掘った気分になった。
猛烈な勢いで、とても深~い穴を掘った気がする。
にやにやしながら、顧問は言う。
「モテるのは祖父似か……しかし、女性に対して鈍いところは似ていないな、ふふふ」
「え!?」
「あいつの祖父母は駆け落ちしたのだよ。いやぁ、想いを通じ合うのは早かったし情熱的だった」
「えええ!? なんでそういうところは似てくれなかったんですか!?」
思わず本音が出た。その言葉を聞いて、顧問はさらに楽しそうに続ける。
「私に言われても困るな。あいつの兄や姉はしっかり相手を見つけているぞ?」
「それも初耳です! じゃあユーヤさんだけが独身?!」
「そうだな。そして君のツレということで、実は院でも気にし始めている女性に心当たりが」
「一刻も早く実家に帰らせますご家族が心配しているのですよね心配を解消するのが義務ですよええそうですとも当たり前なので帰らせますとも今日中にでも出発させてもらいます!!」
断・言。流れるように一息で言い切ったオーラに、顧問は手を打った。
「おお。それなら話が早い」
「……え?」
にやり、と、笑ったまま、顧問は懐から何かを取り出した。
「え、それ、もしかして、転移魔法の羽じゃ」
望む場所に転移させてくれる魔法のこもった道具で、とても高価なものだ。王立研究院の顧問なら、手に入れるのにもそんなに苦労はしないだろうが。
「そうとも。一目でわかるとはさすがだ。が、これは私が改造してある」
「え?」
「普通の効果は、使用者の魔力によって同行者最少1人最大5人で任意の場所に飛ぶ、と言うのは知っているね」
「は、はい」
「私が改造したこれは、任意の相手を望む場所に飛ばせるのだよ」
「はぁ……え?」
なにかいまとても重要なことを聞いた気が。
「実家に帰りたがらないことも考えてね……ふふふ」
「え」
「そういうわけで、今頃ヤツも飛んでいるころだ。ついでだ、君も行くと良い」
顧問の手の中で、羽が魔力の光を宿している。
「え」
「ツレなのだろう? ま、向こうに行ったらいろいろと大変だろうが頑張ってくれ」
問答無用だった。視界が閃光に支配される。
「ええええええ!?」
ひっかきまわす気満々だろアンタ、と、書きながら突っ込んだ作者。




