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私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ   作者: みゅー


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 不安げなロザリーの表情は、どう見てもアレクサンドラを心から案じているように見えた。


 そんなロザリーに今までどおり接する、それがこの計画の中で最も難しいことだった。


 舞踏会当日。アレクサンドラはコルセットをきつく締め上げ、自身に気合を込めた。


 緊張に胸を高鳴らせつつドレスの袖に腕を通し、ラブラドライトの腕輪をつけ、宝探しで手に入れたイヤリングをそっと耳に飾った。


「そのイヤリング、腕輪とお揃いで素敵ですね! 今日のドレスにもぴったりです!」


「ありがとう、ロザリー。今日はあなたのアシストにかかっているわ。よろしくね」


「はい!」


 エントランスに降りると、すでに待っていたエクトルが熱を帯びた眼差しでアレクサンドラを見つめた。


「アレクサンドラ、今日のあなたはいつにも増して美しい」


「やだ、エクトルったら、らしくないわね。どうしたの?」


 冗談めかして返すと、エクトルの真剣な瞳にぶつかり思わず視線を逸らした。


 エクトルはそれを気にも留めず、アレクサンドラの手を取ると、そのまま腰に腕を回して自分の胸元へと引き寄せた。


「ちょっと、エクトル?」


 抱き寄せられる形となり、慌てて離れようとするがエクトルがそっと耳元で囁く。


「アレクサンドラ、あの嵐の夜、僕はあなたを守ると決めました。今日は必ず、あなたを守ってみせます」


 息を呑み、思わずエクトルを見上げた。エクトルはいつにも増して真剣な眼差しを向けていた。


「アレクサンドラ、あなたを愛しています。これからもずっと僕はあなたを愛し続けるでしょう」


「エクトル、でも(わたくし)は……」


 どう答えてよいかわからず、エクトルを見つめた。すると突然、エクトルは柔らかく微笑み、ぱっと手を離す。


「なんてね。さ、行きましょう、お姉様」


「え、えぇ……」


 いつもと違うその調子に戸惑いつつも、アレクサンドラはまたいつもの冗談なのだと思うことにして、屋敷を後にした。


 王宮のエントランスホールに足を踏み入れた瞬間、無数の視線がアレクサンドラへと注がれた。噂のせいもあるのだろう。


 だがそれ以上に、彼女の纏うドレスとその美しさが、誰の目にも鮮烈に映っているは、周囲の反応を見ても明らかだった。


 そんな感嘆の声をよそに、アレクサンドラは淡々と貴族たちへ挨拶を交わす。


 この社交界の空気、なんて懐かしいのかしら。


 心の中でそう呟きながら、再び表舞台に戻ってきたことを実感していた。


 楽団の奏でる優雅な音楽が流れ、アレクサンドラは幾人かの誘いを受けてホール中央で華やかに踊った。


 少し休憩を取ろうとエクトルのもとへ向かっていたその途中、給仕として潜入しているダヴィドと目が合う。


 彼はロザリーの監視役を担っており、何かあればすぐに知らせる手はずになっていた。


 アレクサンドラが首をかしげると、ダヴィドはわずかに顎を動かし、一方向を示した。


 視線の先には、回廊とそれにつながる温室がある。


 ロザリーがそこへ向かったということなのね?


 アレクサンドラは頷いて返すとエクトルを伴い、静かに回廊を進んだ。


 温室の扉をそっと開ける。すると、湿った夜気が頬を撫でた。


 ガラス張りの天井から月光が差し込み、二つの人影を淡く照らし出した。


「ロザリー、あなたいったい何をしてますの?」


 アレクサンドラの声が静寂を裂く。


 背後でエクトルがランプに火を灯し、逃げ場を塞ぐようにその人影に光を向けた。


「お、お嬢様、なぜここに?」


 顔を照らされたロザリーは慌てて何かを背に隠した。エクトルは素早くそれを取り上げ、アレクサンドラはそれを横から覗き込んだ。


「これは……なにかの書類?」


「いいえ、違います」


 ロザリーの声は震え、消え入ってしまいそうなほど小さかった。


 もう一人の人物は扇子で顔を隠していた。エクトルがその手を掴んで引き寄せると、現れたのはイライザだった。


「な、なんですの! 放しなさい! 失礼ですわよ!」


 イライザはエクトルの手を振り払い、顔を背ける。アレクサンドラは冷静に問い詰めた。


「ロザリー、これは一体どういうこと? ここで何をしていたの? この書類はなに?」


 ロザリーは俯いたまま言葉を詰まらせる。


「それは、その……」


 口ごもり、ちらりとイライザを見るが、イライザは不機嫌そうにそっぽを向いたままだ。


 アレクサンドラは一歩踏み出し、ロザリーの手元を確認する。


「ロザリー、指輪はどこ? もうイライザに渡したの?」


 ロザリーは目を見開き、必死に首を振った。


「まさか、違います! 指輪を盗ったのは私ではありません、信じてください!」


 そう叫ぶと、泣きながらその場に膝をついた。


「信じてと言うなら、ここで何をしていたのか話してちょうだい」


「それは……、言えません」


 そのとき、背後から張り詰めた声が響いた。


「アレクサンドラ様、おやめください!」


 聞き慣れた声に振り向くと、そこにはアリスが何人かの貴族たちを引き連れ立っていた。


「アリス?! あなたもいらしていたのね?」


「えぇ、殿下に招待されましたから」


 そう答えるアリスの顔は青ざめていたが、何かを決意したように強張っていた。


「顔色が悪いわ。それに、なにか知っていますの?」


「先ほど、クレールが私のもとへ駆け込んできました。『アレクサンドラ様がロザリーを責め立てている、助けてほしい』と。信じられなくて、急いで参りましたの」


 そう言ってアリスはロザリーの元へ駆け寄ると屈み、その手を取り両手で包み込む。


「ロザリー。わたくしはあなたを信じますわ。あなたは『婚約の証である大切な指輪』を盗ったりなんて、していません」


 ロザリーは涙ぐみながら、アリスを見上げた。


「はい。信じてくださってありがとうございます。では一体、誰がお嬢様の大切な指輪を?」


 アリスは立ち上がり、アレクサンドラをまっすぐに見据えた。


「それは、アレクサンドラ様。あなたですわね?」


 その言葉にアレクサンドラは息をのむ。


「アリス……? 一体、なにを言っているの? わたくしは自分のものを自分で盗る必要はありませんわ」


「いいえ、ありますわ。まず一つ目の理由として、ライバルであり、目障りな存在でもあるデュバル公爵令嬢を貶めるためですわ」


 アリスはそう言いながら、周囲にいる貴族たちへ説明するように続けた。


「真相はこうです。かねてからデュバル公爵令嬢のことを疎ましく思っていたアレクサンドラ様は、ロザリーとデュバル公爵令嬢が親しくしているのを知った。それで、今回の騒ぎを仕組んだんですわ」


(わたくし)が? どうやって……」


 アリスは胸のあたりに手を当て、悲しげに言った。


「指輪を密かに売却し、あたかもロザリーとデュバル公爵令嬢が盗んだように見せかけたのですわ」


 ロザリーが慌てて叫んだ。


「そんな、そんなことは絶対にありえません! お嬢様はそんな方ではありません、私が一番よく知っています!」  


 そこでイライザも口を開く。


「ロザリーの言うとおりですわ。だって、アレクサンドラはそんなことをする必要がありませんもの」


 アリスはロザリーとイライザに悲しげな眼差しを向けると、ため息をついた。


「アレクサンドラ様は、あなた方を裏切ろうとしていたんですのよ? そんなに庇う必要はありませんわ」


 そう言うアリスをイライザは鋭い目つきで睨み、ロザリーは困惑の色を浮かべたまま、助けを求めるようにアレクサンドラを見つめる。


 そんな中、アリスは勝ち誇ったような顔で話を続ける。


「それに……デュバル公爵令嬢。アレクサンドラ様には、どうしてもお金を作る必要があったんですわ。見てください、アレクサンドラ様のお召しになっているドレス」


 アレクサンドラはムッとしながら答える。


「これはファニーが……」


 するとアリスは、我が意を得たりと言った顔で返す。


「ファニー! そう、それは今、社交界でとても人気のあるデザイナーですわよね? そのデザイナーにお願いするために、一体どれだけ払ったのですか?」


「アリス? あなた、なにを言ってますの? これは勝手に……」


 そこへピンクの物体が飛び出し、アレクサンドラの言葉を遮って言った。


「そう! このドレスは、僕が勝手にデザインしたんですよ~!」


 ファニーだった。


 アリスは一瞬怯んだが、口元を隠しクスクスと笑うと優しくファニーに語りかける。


「ファニー、(わたくし)知ってますの。あなたがアレクサンドラ様から大金を受け取り、ドレスのデザインを頼まれたこと」


 するとファニーは、我慢できないとばかりに腹を抱えて笑い出す。


「あはははは! ほんっっと、君ってば面白い令嬢だよね! めっちゃ騙されてるよ~。それ、君を嵌めるために裏切り者に渡した偽の情報だもん!」


 それでもアリスは顔色一つ変えずに堂々と答える。


「裏切り者? なんのことかよくわかりませんわ」  


「そうきたか~! とにかく、君は悔しかったんだよね~。僕が君のドレスのデザインを断ったからってこんなことしちゃうの、すごい根性だよねぇ~」


 ファニーは煽るようにそう言ったが、アリスは動じることなく口元に笑みを浮かべていた。

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