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「こんな最高のタイミングで舞踏会だなんてさぁ〜! 僕は感激だよぉ! だってこれは、僕のデザインしたドレスを君に着てもらえる完璧な舞台だもん! 張り切っていかなくちゃね〜!」
ファニーはそう言うと、落ち着かない様子でアレクサンドラの周囲をぐるぐると回った。
「そうは言っても舞踏会まであと一週間よ? まだデザインもできていないのよね。間に合いますの?」
「もちろん大丈夫だよぉ。インスピレーションさえ湧けば、ドレスなんて三日もあればできちゃうもん! あ〜、オーロラ姫が足りないよぉ!」
そう言ってファニーは頭を抱える。
「なんですの? それ。ファニー、あなた本当に変わったデザイナーね。他のデザイナーなら、私の意見だけ聞いてデザインするだけですもの」
「はぁ? そんな適当なドレスの作り方なんて、僕にはぜっったいできないよぉ!」
「ふふっ。あなたはいつも全力なのね、私も頑張らなくては」
アレクサンドラが気を引き締めてそう呟くのを見て、ファニーは突然大声を上げた。
「あぁ! 君の今のその顔!! 今、僕は雷に打たれた気分だよ! ありがとう、これで完璧なドレスが作れる! 早くこの感動を形にしなくちゃねぇ!」
ファニーはそう言うと、勢いよく部屋を飛び出していった。
驚いたことに、本当にファニーは三日でドレスを仕上げてきた。
「オーロラ姫にぴったりな、上品で華やかな仕上がりにしてみたよぉ!」
そう言って見せられたドレスは、息を呑むほど美しかった。
その月白のドレスは、ウエストをコルセットで絞り、優雅に体のラインを描き出していた。スカートには何層にも重なった薄いチュールが、動くたびに光を受けて淡い輝きを放つ。
襟ぐりはシンプルなボートネックで、左肩から斜めに流れるように銀糸刺繍入りのサテンリボンがあしらわれ、そこには無数の真珠が散りばめられていた。まるで星屑の帯のように。
「ファニー。このドレス、なんて素敵なの!」
仮縫いの段階では装飾がなかったため心配していたが、完成した姿は想像をはるかに超えていた。
「そうそう、オーロラ姫はとっっても素敵な腕輪を持ってたよね! このドレスならその腕輪にも合ってるんじゃないかなぁ?」
確かに、ラブラドライトが時折見せる青みをおびた紫の光は、この月白のドレスと見事に調和している。
「ファニー、最初からこの腕輪に合わせてデザインを?」
「もちろん! だってその腕輪はオーロラ姫の象徴だもん!」
そう言われ、アレクサンドラはそっと腕輪を撫でた。
その夜、いよいよ計画を実行に移すことにしたアレクサンドラは、ロザリーに寝る支度を手伝わせながら、わざとらしく首から小袋を外して指輪を取り出した。
「お嬢様、その指輪はどうされたのですか?」
「ふふっ。ロザリー、とってもいいことがありましたの。そうねぇ、あなたにだけなら話してもいいかしら。セバスチャンにも内緒よ?」
そう言ってシルヴァンと婚約の約束を交わしたこと、今度の舞踏会で発表する予定であることを語った。
「えぇ〜!! お嬢様、それ本当ですか?!」
「もちろん本当のことよ」
ロザリーはしばらく唖然としていたが、やがて目に涙を浮かべた。
「お嬢様……本当におめでとうございます。私、こんなにうれしいことはありません!」
そんなロザリーを、アレクサンドラは複雑な思いで見つめながら続ける。
「ありがとう、ロザリー。それでね、この指輪、王家に代々伝わるものなんですって。婚約の証として渡されたのよ」
ロザリーは興奮したようにぴょんぴょんと跳ねた。
「すてきですっ、その設定!」
アレクサンドラは首を傾げる。
「……設定?」
「えっ、いえっ! 興奮して変なことを言ってしまいました! どうぞ大切にお持ちくださいね。なくしたら大変ですから!」
そのとき、廊下のほうからガタン、と大きな音が響いた。
「なにかしら? すごい音だったわね」
アレクサンドラがそう言うと、ロザリーが廊下を覗いた。
「誰もいませんよ? 風の音じゃないでしょうか。舞踏会の日は晴れるといいですね」
ロザリーは微笑みながら、キラキラした瞳でアレクサンドラの指輪を見つめていた。
アレクサンドラは、ロザリーが罠にかかったと確信し、この夜、ベッドサイドのテーブルに指輪の小袋をわざと置いて眠りについた。
翌朝、目を覚ますと、指輪の袋は消えていた。
昨晩から屋敷の出入りは見張りを立てて制限している。連絡がないということは、ロザリーはまだ指輪を外に持ち出していないということだ。
「ない! ないですわ!!」
アレクサンドラは大声を上げた。
「お嬢様、どうされました?」
「ロザリー、ないのよ! あの指輪が!!」
「えーっっ!」
「とにかく、お父様とお母様を呼んできて!」
「は、はい!」
ロザリーは慌てて部屋を飛び出した。
間もなくテオドールが駆け込み、芝居がかった声を張り上げる。
「ああ〜! なぁんということぉだ〜。アレクサンドラぁ〜! あれを、あれをぉ、な、なくしたと、いうのかぁ〜!」
大袈裟だが、指輪が盗まれたことを強調するにはちょうどいいかもしれない。
テオドールの後ろからイネスが駆け込んできた。
「あぁ〜あなたぁ〜! ど、どうしましょう〜? おのれぇ、にっくき盗っ人めぇ! 草の根分けてでも見つけ出して、けっちょんけっちょんにしてくれますわぁ!!」
そう言いながらイネスは地団駄を踏んでいる。あまりの芝居がかった様子に、アレクサンドラもエクトルも思わず頭を抱えた。
こうして屋敷中に『お嬢様の大切なものが盗まれた』という噂が広まり、 指輪が見つかるまでは使用人たちが屋敷を出ないよう命が下った。
もちろん、この日、形だけの持ち物検査も行われた。
「お嬢様、どうされるんですか?」
ロザリーが不安げに問う。
「そうね。お父様が複製の依頼を内密に頼んでくださっているみたいだから、見つかるまではそれで誤魔化すしかないわね」
「そうなのですね。早く見つかるといいのですけれど」




