表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ   作者: みゅー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/46

35

 不思議そうに問いかけるダヴィドに、アレクサンドラは無理に笑顔を向けた。


「え、えぇ。知っている人物に似ていたものだから、少し驚いただけよ」


「そうなのか? それじゃ改めて紹介するよ。もしかすると俺の父親になるかもしれない、カジムだ」


 カジムは嬉しそうに照れ笑いしながら、アレクサンドラに頭を下げた。


「いえ、まだプロポーズの返事は聞いていないんです」


 エレーヌは顔を真っ赤にして口を押さえる。


「や、やだカジムったら。お嬢様の前でそんな……それに、私の返事は聞くまでもないじゃない」


 カジムの顔が一瞬で明るくなった。


「そ、それじゃあ……」


 エレーヌは無言で頷く。それを見てカジムは喜びを隠そうともせず、大きな声を上げてエレーヌを抱きしめた。


「一生幸せにする!」


 それを見て、ダヴィドは頭を抱えた。


「こんなところでほんと、勘弁してくれよ」


 アレクサンドラはこの状況についていけず、呆気にとられたままその光景を見つめた。


「すまないレックス、ビックリしたよな」


 そう言われ、はっとする。


「そ、そうね。幸せそうでよかったですわ」


 そう答えながら、かつてのカジムがなぜあんな人間になってしまったのか、その理由がわかったような気がした。 

 エレーヌという存在が、彼を変えたのだろう。


 だが、それでもあのときの記憶から完全に今のカジムを信用することはできなかった。


 アレクサンドラはダヴィドにそっと耳打ちする。


「ねぇ、カジムは本当に信用できる人物なの?」


「なんだ? 心配か? 大丈夫。俺も小さい頃からカジムのことをよく知ってるんだ。生真面目で仕事人間だが、おふくろに対する気持ちだけは本物だと思うぜ。実は、いつおふくろに気持ちを伝えるのかって、ずっとやきもきしてたんだ」


 そう言ってダヴィドは嬉しそうに微笑んだ。


 それでも疑念の消えないアレクサンドラは、カジムの行動を注視するようセバスチャンに指示することにした。


 馬車に乗り、幸せそうに見送る二人を見つめながら、アレクサンドラは御者に声をかけた。


 馬がゆっくりと走り出すと、窓の外にはモイズの丘が遠ざかっていく。


 黄金色の光が田畑を包み、川面がきらきらと輝いていた。アレクサンドラはその光景を見つめながら、静かに思う。


 あの夜、絶望と怒りに呑まれていたカジムが、今は誰かを想い優しく微笑んでいた。たった一つ何かが違えば、人生はこうも大きく変わってしまうものなのかと。


 アレクサンドラは、カジムの立場を自分に重ね、遠くを見つめた。


 王都へ向かう街道は、思っていたよりもずっと整っていた。


 これはきっとシルヴァンがダム建設のために整えたのだろう。


 ここまでするなんて、と思いながら、ダム建設で潤った市街を抜けていく。


 舗装された石畳の上を馬車が進むたび、車輪が規則正しく小さな音を立てた。


 そのリズムが心を落ち着かせるようであり、同時に不安を掻き立てた。


 こうして数日かけてアレクサンドラたちは王都へ向かった。


 そして王都へ近づくにつれ、窓の外には次第に見慣れた景色が広がっていく。遠くにそびえる塔、商人たちの喧噪、そして高い城壁。


 懐かしさと緊張が胸の奥でせめぎ合い、アレクサンドラは手袋の上から自分の手を握りしめた。


「まるで、時間が巻き戻ったようですわね……」


 誰にともなく呟くと、向かいに座るシルヴァンが微笑む。


「だが、同じ場所に戻ったとしても、君はもう同じ君ではないだろう?」


「……そうかもしれませんわ」


 その言葉に、アレクサンドラは少しだけ笑った。

 

 かつて何も知らなかったころの自分なら、この言葉の意味は理解できなかったかもしれない。けれど今は、噛みしめるようにその意味を受け止めている。


 遠くから鐘の音が響き、王都の門がゆっくりと開かれ、かつての記憶が胸をよぎる。


 あぁ、王都へ帰ってきた。


 他の令嬢たちと張り合い、貴族社会の中だけで生きてきたあの場所へ。けれど今は、自らの運命と向き合うために戻ってきたのだ。


 もう逃げない。すべてを終わらせ、誇りをもってモイズ村へ帰ろう。 そのためにも、様々な問題に決着をつけなければ。


 アレクサンドラは静かに決意を固めた。






 翌朝、朝食を取りながらアレクサンドラはエクトルに尋ねる。


「エクトル、前に言っていた私の噂を流しているという紳士について、どこまで調べたのか教えてちょうだい」


 エクトルはちぎった白パンを手に、表情を曇らせた。


「お姉様も彼のことを調べるつもりなのですか?」


「もちろんよ。あなたたちも調べたでしょうけれど、私のことですもの。自分でも確かめてみたいの」


 エクトルは困ったような顔で言う。


「お姉様、それは危険です。彼を調べるのは僕たちに任せてください」


「でも、これだけ時間をかけても何もわからなかったのでしょう? 私なら違う角度から見られるかもしれないわ」


「けれど、彼はとても慎重です。こちらの動きに気づかれて、お姉様が危険な目に遭ったらどうするんです」


「それぐらい、うまくやるわ。直接動くわけじゃないもの」


「では、どう動くつもりなんです?」


「ダヴィにお願いするわ。もちろん最大限注意してもらうし、危険だと判断したらすぐやめるわ」


 エクトルはしばらく黙り、やがてため息をついた。


「……わかりました。確かにダヴィドなら市井に溶け込めますし、相手に近づくことも容易でしょう」


「そうでしょう? では、その紳士の情報を私に渡して」


 アレクサンドラの言葉に、エクトルは観念したように苦笑した。


「お姉様のことです。どうせ反対しても、勝手に調べるんでしょう? だったら僕の知っている範囲で動いてもらったほうが安全です」


「わかってるじゃない。よろしくね」


「あとで僕のまとめた報告書を、お姉様の部屋に届けさせます」


 エクトルはそう言って、不満そうに席を立った。


 アレクサンドラが自室に戻ると、机の上にはすでに報告書が置かれていた。


「さすが我が弟、仕事が早いわね」


 そう呟きながら書類を手に取る。


 報告によれば、その男は酒場近くの安宿に逗留し、宿と酒場を往復するばかりで、その他の行動は一切見られないという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ