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そう答えて微笑むと、アリスはみんなが他のことに気を取られている瞬間、素早く自分の皿とアレクサンドラの皿を入れ替えた。
「ありがとう」
「このぐらい、どうということはありませんわ」
そんなことをしているうちに、村長の長い挨拶が終わり、やっとガッタフーラを食べる段となった。
豊穣祭の決まりとして、貴族であろうと誰であろうと、ガッタフーラにはそのままかぶりつかなければならない。
アレクサンドラは思い切ってガッタフーラにかぶりついた。
そっと噛んだ断面を見る。玉子は入っていなかった。
ほっとして笑いそうになるが、その気持ちを抑えて残念そうな顔をした。
アリスの方を見ると、彼女はじっとガッタフーラの断面を見つめている。
そして、アレクサンドラと目が合うと困ったように言った。
「私のガッタフーラに玉子が」
「そうなんですの? よかったですわね」
アレクサンドラはそう言って笑ったが、アリスは申し訳なさそうな顔をした。
「でも、本来なら……」
そのとき、シルヴァンの低い声が響いた。
「どうやら僕は『ムトワーナムケ』のようだ」
アリスは驚いてシルヴァンを見つめ、慌ててアレクサンドラを振り返った。
「もともとこのガッタフーラはアレクサンドラ様のものでしたわ。ですからもう一人の『ムトワーナムケ』はアレクサンドラ様ですわ」
アレクサンドラはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、交換したことも含めて運に選ばれたということですもの。堂々と受けるべきですわ」
アリスは戸惑いながらも頷き、シルヴァンに向き直って笑った。
「殿下、私も『ムトワーナムケ』のようですわ」
シルヴァンはわずかに驚いた表情を見せたが、やがて穏やかに頷いた。
「そうか、ではよろしく」
アレクサンドラは二人に拍手を送り、そのあとの儀式を見守った。
祭壇の前に並んだ二人には、豪華な料理が振る舞われ、祝福の舞が捧げられた。
はたから見ても二人はお似合いで、とても幸せそうに見えた。
アレクサンドラは昔、こんなふうにシルヴァンと並びたいと願っていたことを思い出しながら、これでいいのだと心の中で呟いた。
村長に声をかけ、屋敷に戻ることを伝えると馬車に乗り込む。すると、御者のフレックが気まずそうに言った。
「お嬢様、実は本来の予定と違ってしまいました。本来ならお嬢様にもっと楽しんでもらうはずだったんです」
アレクサンドラは苦笑して答えた。
「そんなことないわ、フレック。私とても楽しんでいるのよ。土ボタルも、今日の豊穣祭も」
「そうでしたか……お嬢様が満足されたなら、それでよかったです」
そう言って、馬に鞭を入れ馬車を出した。
今回は、思惑通りにいったとアレクサンドラは満足し、馬車の窓から星空を見上げ、心の中で静かに思った。
馬車に揺られながら今後のことを考えていると、屋敷の近くまで戻ってきたことに気づきアレクサンドラは降りる準備を始めた。
その時、御者がアレクサンドラに叫んだ。
「お嬢様、屋敷で何かあったのかもしれません!」
アレクサンドラは訝しみながら、窓を開け身を乗り出して前方を見つめた。
すると、屋敷の門の前に人だかりがあり、なにやら揉めているようだった。
フレックは屋敷の手前で馬車を止め、アレクサンドラに馬車の中で待つように言ってから、そちらへ向かって小走りに駆け寄った。
何事かしら?
そう思って待っていると、ほどなくして戻ってきたフレックは、顔をこわばらせながら報告する。
「お嬢様、大変です。リンダの家から火が出たようで、火の手が広がっています。どうか馬車の中でお待ちください!」
「そんな……」
アレクサンドラは小さく息をのむと、覚悟を決め、ためらうことなく馬車を飛び出した。
「お嬢様?! 一体なにをなさるおつもりですか!」
そんなフレックの声を背に、屋敷の方へ駆けていく。遠くで火の手が上がり、夜空の端がかすかに赤く揺れている。
村のざわめきが風に乗って広がり、胸の奥に冷たい焦りが走った。
「お嬢様! 娘が! 火事に巻き込まれて酷い火傷なんです!」
屋敷の前ではリンダが娘を抱え、泣き叫んでいた。
アレクサンドラはすぐに駆け寄り、少女の顔をのぞき込む。
「この子の名前は?」
「エミリです」
アレクサンドラはうなずくと、エミリの全身を確認した。
「火傷の範囲が広いわね……まずは冷やさないと。エミリ、これから水をかけるけれど、驚かないでね?」
エミリはうっすらと目を開け、かすかに頷いた。
それを見て、アレクサンドラはフレックに命じた。
「沢に行って水を汲んできて。それとセバスチャンに、ラードと蜜蝋の軟膏、それに蜜蝋のワックスクロスを用意するよう伝えて!」
「は、はい! すぐに!」
アレクサンドラはエミリを抱き上げると、リンダを促して屋敷へ入った。
「みんな! 火傷を負った人を受け入れるわ! 客間に清潔なシーツを張ったベッドを用意して!」
後ろから慌ててついてきたリンダが声を上げる。
「お嬢様、娘の服は私が脱がせましょうか?」
「いいえ、まずは水で冷やすことが大切よ。服を無理に脱がせると、摩擦で悪化するわ。水ぶくれも潰さないようにしないと」
そう言ってアレクサンドラは、浴室へ行くと、運ばれてきた水を慎重に患部へかけた。
そのとき、ダヴィドが駆けつけた。
「レックス! 火事でけが人が出たって?」
「ダヴィ、来てくれて助かったわ。火の手が広がっているらしいの。このままだと怪我人が増えるわ。一刻も争うの」
「俺は何をすればいい?」
「清潔なリネンを集めて、怪我をした人たちをこの屋敷へ誘導して」
「わかった!」
ダヴィドは短く答えると、すぐに走り出した。
「寒い……」
エミリのかすかな声に、アレクサンドラは冷やす手を止めた。
服をナイフで裂き、ゆっくりと剥がすように脱がせていく。




