17
アレクサンドラは、そんな二人を見つめながら無花果を頬張った。
食後、場をサロンに移すとアレクサンドラは庭の散歩を提案した。
「庭でとても美しいものをお見せいたしますわ。みなさま、きっと満足されると思いますの」
アレクサンドラはこのために、セバスチャンにキャンドルグラスで庭の飾り付けをするよう指示していたのだ。
「それは楽しみだ。では一緒に行こう」
シルヴァンはそう答えて手を差し出した。
「殿下、申し訳ありません。私ちょっと、その、すませなければならない用事がありますの。アリスとお二人で先に行っていてくださいませ。私はダヴィと後から追いかけますわ」
そう言ってダヴィドの腕に手を絡ませた。
それを見たシルヴァンはしばらくそのまま固まっていたが、にっこりと微笑み返し、差し出した手を引っ込めた。
ダヴィドはその様子を見て慌てたように、アレクサンドラの手から自分の腕を抜くと耳打ちする。
「王子のお誘いを断ったりしていいのか?」
「大丈夫よ。殿下は笑ってらっしゃるじゃない」
それを聞いて、ダヴィドは信じられないものを見るような目でアレクサンドラを見つめた。
「本気で言ってるのか?! 王子をよく見てみろ、口元は笑っているが目が笑ってないぞ」
そんなやり取りをしていると、シルヴァンが大きく咳払いをして言った。
「二人は本当に仲がいいようだな。アレクサンドラは僕より君がいいようだ」
それにいち早くダヴィドが答える。
「とんでもない! な、レックス。そんなことはないよな!」
アレクサンドラはダヴィドの無言の圧に負け、とりあえず肯定する。
「えっ? えぇ、も、もちろんですわ」
そう答えたものの内心、殿下よりダヴィの方がいいに決まっている。そう思いながらアレクサンドラは引きつり笑いを見せた。
シルヴァンはその様子を見て一瞬ムッとしたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻るとアリスに向き直り手を差し出して言った。
「では、シャトリエ侯爵令嬢、行こう」
「は、はい」
アリスは頬を染め、恥ずかしそうに顔を伏せそっとシルヴァンの手を取った。
二人を見送ると、ダヴィドはバツが悪そうに頭を掻き大きくため息をついた。
「なによ、ため息ついてどうしたの?」
「王子を怒らせちまった」
「そんなわけないわよ。だって、アリスと二人きりになれるんですもの」
「はいはい、そうですか。まぁ、とにかく俺は王子が怖いから先に帰らせてもらう」
「えっ? 庭を見ていかないの? それに、挨拶もなしに帰ってしまうなんて、それこそ殿下に失礼だわ」
その返事にダヴィドはもう一度大きくため息をついた。
「あのな、レックス。悪いことは言わないから、とにかく王子が戻ってきたら『ダヴィドは用事があってあのあとすぐに帰ってしまった』って言った方がいい。そんなわけで、とにかく俺はもう帰らせてもらう」
そう言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。
アレクサンドラは意味が分からず、ダヴィドが出ていったドアをしばらく見つめ、言われた意味を考えた。
「ダヴィったら、もしかして殿下が私のことを好きなのだと誤解しているのかしら。そんなわけありませんのに」
そう呟くと、ソファに座ってシルヴァンとアリスが戻って来るのを待つことにした。
そして不意に腕輪を見つめる。
「ルカ、あなたはどこにいるの? もしあなたがここにいたら、少しなにかが変わったかも……」
そう呟いた次の瞬間、気がつくとアレクサンドラは昔よく遊んだモイズ村にある草原に一人で立っていた。
「レックス、やっと君を見つけた。まさか、君が貴族令嬢だとは思いもしなかったけれど」
その声に驚いて振り向くと、そこには知らない青年が立っていた。
「あなたは誰?」
アレクサンドラがそう問いかけるも、その青年はその質問に答えることなく話を続ける。
「僕がモイズ村で君と出会ってから、どれだけ探したと思う? 最初はね、直ぐに見つかるだろうと思っていた。だが、モイズ村の者は『レックス』のことは知っていても、誰も『レックス』が何者なのか知らなかった」
「『レックス』のことを知っているということは、あなたモイズ村で一緒に遊んだ子?」
青年は悲しそうに微笑む。
「君がなぜそこまでして身分を隠すのかずっと謎だった。もしかして、身分を隠さなければならないような後暗い事情があるのかもしれない、と考えたこともあった」
「それは、仕方ないわ。公爵令嬢が泥だらけで村の中を走り回ってるなんて知られたりすれば、大変なことになるし……」
そう答えたところで、アレクサンドラは今言われたことの意味を理解し言い返す。
「失礼ね、後暗い事情ってどういう意味よ!」
怒るアレクサンドラを見て青年は優しく微笑む。
「とにかく、君が僕のあげた腕輪を着けてくれていたお陰で、こうして君を見つけることができた」
「腕輪? もしかして、あなたはルカ?」
そう言ってその青年をよくよく見つめると、それはシルヴァンだった。
「えっ? あれ? で、殿下?」
アレクサンドラが戸惑っていると、シルヴァンはアレクサンドラの手を取り、ゆっくり顔を近づけそっと口づけた。
「そんなこと、いけませんわ!!」
そう叫んだ瞬間、目が覚める。起き上がるとそこは自室のベッドの上だった。
周囲を見渡していると、慌てた様子でロザリーが走ってきた。
「お嬢様?! どうされたのですか?」
「ロザリー、なんでもないわ。それより昨日はいつの間に寝てしまったのかしら。殿下は? アリスはどうしたのかしら?」
ロザリーはほっとしたような顔をすると微笑んだ。
「昨夜、お嬢様がとても深く眠っていらっしゃったので、王太子殿下が起こさないようにとお嬢様をこちらまでお運びになられました。そのあとでシャトリエ侯爵令嬢は、王太子殿下がお見送りなさったので、大丈夫だと思います」
「殿下が?!」
「はい!」
殿下にそこまでさせてしまうなんて、あとでどう思われるか……。
アレクサンドラはそう恐怖しつつも、アリスとシルヴァンの仲が少し深まったなら許されるかもしれないと考えた。
その瞬間、先ほどの夢の内容を思い出すとなぜか胸の奥が少しキュッとした。
「いやだわ、こんな気持ちになるなんて」
思わずそう呟くと、ロザリーが不思議そうに尋ねる。
「お嬢様? 本当に大丈夫ですか?」
「えっ? えぇ。平気よ。とにかく二人には謝らなければいけないわね。ロザリー、あとでアリスに謝罪の手紙を書くから準備しておいてちょうだい」
そうロザリーに指示し、アレクサンドラはベッドから離れた。




