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アレクサンドラはまだアリスが戻ってきていないのだと思い、慌ててダヴィドに訊いた。
「ダヴィ、どこにいたの? それにシャトリエ侯爵令嬢は?!」
すると、ダヴィドは苦笑した。
「それが、レックスを探してる途中で彼女に会ったから一緒に宝を探そうと声をかけたんだが、『足が痛いから宝探しは辞めて屋敷にいる』って」
そんな説明を聞いていると、屋敷内から勢いよくアリスが飛び出してきた。その姿を見てアレクサンドラは慌てて繋いでいたシルヴァンの手を振り払った。
「殿下! 私探しましたのよ?」
アリスはそう言ってシルヴァンの前に立ち潤んだ瞳で見上げると、横に立っているアレクサンドラに気づく。
「よかったですわ! デュカス公爵令嬢もご一緒でしたのね。ダヴィドさんとはぐれたって聞いて心配いたしました」
アレクサンドラはアリスの手を取った。
「せっかく招待しましたのに、楽しませることができなくてごめんなさい」
「とんでもないことですわ。私もっと足を鍛えますから、次も呼んでくださいます?」
「もちろんですわ」
「よかったですわ」
そこでセバスチャンに声をかけられる。
「みな様、美味しいお茶をお淹れいたします。中へどうぞ」
「ありがとう、セバスチャン」
アレクサンドラはお礼を言うと屋敷内へ入った。
セバスチャンの淹れたお茶を飲みながら、アレクサンドラが見つけたイヤリングをみんなに見せると、アリスはそのイヤリングを見てうっとりしながらシルヴァンに言った。
「私も、いつかこんな素敵なイヤリングを男性からプレゼントされたいですわ」
シルヴァンは微笑み返す。
「君のように素敵な令嬢になら、いくらでもプレゼントをくれる者はいるだろう」
「あら、ありがとうございます」
アリスがそう答えると二人は見つめ合った。
そんな二人を見ながら、今日は失敗してしまったが二人の距離が少しは近づいたのではないかと思った。
だが、もう少し後押しが必要かもしれないと考え、お茶が終わったあとそのまま晩餐会を開くことにした。
突然の申し出だったが、その場の全員が喜んでその招待を受けてくれた。
さっそくセバスチャンに準備をするように指示を出すと、アリスが思いついたように言った。
「せっかく招待してくださったんですもの、お礼をしたいですわ。私のシェフを呼んでもよろしいでしょうか?」
それに対しシルヴァンか答える。
「いや、実は僕のシェフを呼ぼうと思っていたのだが……。君を疑っているわけではないが、食べるものに関しては信頼のおけるものに頼むことにしているんでね」
アリスは一瞬とても驚いた顔をしたが、気を取り直したようにシルヴァンに微笑み返す。
「そうなんですの? では、デザートだけでもどうでしょうか。とても美味しいドライフルーツを持ってきてますの。それに心配でしたら、ケーキを作るところを見張らせればいいんですわ!」
すると、シルヴァンは一瞬困ったような顔をしたあと微笑む。
「そこまで言うのなら」
「よかったですわ。それではそれぞれがお好きなドライフルーツで焼き菓子を作らせますわ」
アリスはそう言ってシルヴァンに満面の笑みを返すと今度はアレクサンドラに向き直る。
「デュカス公爵令嬢はどんなドライフルーツがお好きですの?」
ぼんやり二人を見つめていたアレクサンドラは、突然話をふられ驚きながら答える。
「私の好みですの? そうですわね、あえて言うなら無花果が好きですわ。ありがとう、シャトリエ侯爵令嬢」
「礼には及びませんわ」
そう答えるとアリスはアレクサンドラをじっと見つめ、思い切ったように言った。
「それよりデュカス公爵令嬢に一つお願いがありますの」
「なにかしら?」
「私のことは『アリス』と、名で呼んでいただけないでしょうか?」
アレクサンドラはその嬉しい申し出に満面の笑みで答える。
「いいんですの? でしたら私のこともアレクサンドラと呼んでくださるかしら?」
アリスはそれを聞いて目を見開くと、口元を両手で押さえて答える。
「本当ですの? 本当に私なんかがお名前で及びしても?」
「もちろんですわ!」
「ありがとうございます!」
アリスはそう答えると頭を下げ、嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見てシルヴァンは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
そのあとアリスはシルヴァンとダヴィドにもドライフルーツの好みを順に確認し、一度ドレスを着替えると言って帰っていった。
アリスをエントランスまで見送ると、他の者たちも着替えるために一度解散となった。
アレクサンドラは部屋に戻ると、急いで湯浴みをし着替えて支度を整え、みんなを迎える準備をした。
そうしてアレクサンドラはアリスとダヴィドをエントランスで出迎えると、食堂へ案内した。
シルヴァンは屋敷内で自由にしているようだったので特に声はかけなかったが、アリスたちが到着するころには食堂へ来ていた。
そうして四人全員が揃ったところでアレクサンドラが挨拶をし晩餐会が始まった。
シルヴァンの隣にはアリス、そして向かいにはダヴィドが座り、斜向いにアレクサンドラが座った。
急な話だったとはいえ、昼間の宝探しの話やモイズ村の話など会話は途切れることなく、食事中は終始和やかな雰囲気が流れた。
アリスは積極的にシルヴァンに話しかけ、更に隣同士で座っていることによって自然と距離が近くなってはいたが、シルヴァンがアリスに対して少し素っ気ないような感じがしていた。
次々に食事が運ばれ最後のデザートに差し掛かると、アリスの連れてきたシェフがドライフルーツと木の実の入った焼き菓子をワゴンに乗せて持って来た。
そして、その焼き菓子を皿ごと持ち上げると、全員に見えるように傾けて見せながら説明する。
「本日用意いたしましたのは、木の実を蜂蜜で絡め軽く焼き色をつけたものとドライフルーツのバケットでございます」
それを見て、アレクサンドラが笑顔で答える。
「とても美味しそうですわ。甘くて香ばしい香りがしますもの。この香りは、蜂蜜に焼色を付けたときのものですの?」
それに対してアリスが嬉しそうに答える。
「流石アレクサンドラ様、そのとおりですわ。私最近このお菓子がとても気に入っていて、是非みなさんにも食べてもらいたいと思っていましたの」
そして、シェフに焼き菓子を切り分けるよう言い、等分に切り分けられた焼き菓子にフルーツソースがかけられ、それぞれに配られた。
アレクサンドラが渡された皿を見ると、大粒の無花果のドライフルーツにフルーツソースをかけたものが添えられていた。
アレクサンドラはアリスの気遣いを嬉しく思いながら、その焼き菓子を口に運ぶ。
「美味しい! これ、とても美味しいですわ!」
思わずそう言ってアリスの顔を見ると、アリスはほっとしたような顔をした。
「本当ですの?! よかったですわ〜。お口に合うか心配でしたの。殿下はどうでしょうか」
話をふられ、シルヴァンはいつもの穏やかな笑顔で答える。
「とても美味しいと思う。君のシェフは素晴らしい腕を持っているのだな」
するとアリスは瞳を潤ませ上目遣いで言った。
「お褒めにあずかり光栄です。それに満足いただけたみたいで本当によかったですわ。私、それが今日一番に嬉しいです」
そう言ってしばらく二人は見つめ合った。




