141-7 アルグランドの怪盗たち
「いやあ、昨日は危なかったねー」
「危ないというか、もう捕まっていたけどさ」
「ブー」
そして凝りもせずに夜中に集結する三人組。
本日の狙いは、ロス大陸の果てにあるアルグランド王国のようだ。
俺とアレーデの夜勤は相変わらず続いている。
なんで今更、こんな事のために俺まで夜勤をしなくてはならんのだ。
そういや田舎の、俺の父親と同じくらいの年齢の、かなり年上の従兄弟も小学校の校長先生を定年退職してから、「もうこの歳で夜勤なんかやりたくないんだが」とボヤきながら役所の施設の夜勤をやらされていたなあ。
学校の先生なんて宿直はあっても夜勤はないからな。
今の時代でも宿直なんてあるのかね。
もう小学校なんて用務員さんもいないらしいし、警備会社の人が見回りをするくらいなのか?
俺はまだ現役の小学校の校長先生なんだけどね。
俺も夜勤なんて三十年以上前の若い頃はよくやったもんだけどな。
いろんなスタイルでやったが、一番きつかったのは二十四時間を二人でカバーする制度だったな。
あれは後片付けもあるので、実際には僅かな残業代程度で実質的に連勤させられるのと同じ悪魔の制度だ。
手当は残業代を含めて、月に二~三万円しかなかった気がする。
中小企業なんて常時人手不足だから当然サビ残もあるので、実質十六時間労働だった。
パートのおばさんと、毎日出勤時と退勤時に「おはようの挨拶」をしていたよ。
あれは会社が得をするだけで、働く人達にとっては一番割に合わない制度なのだ。
一人休んだだけで仕事が回らなくなる。
さすがは人使いの荒い中小企業だけの事はあった。
だから、みんなすぐ辞めちまうんだが。
同じ仕事をしていてもバイトの方が大変割がよかった。
自給千五百円で夕方から朝まで仕事して、バイトなら月四十万円近く貰っていた気がする。
その自給すら、今でもそれ以上貰えないくらいではないだろうか。
正社員でも割増を入れて税込みで二十万円ちょいだったもんな。
そんな悲壮な事までやっていたにも関わらず、その会社は後日決定的な大赤字を出して、授業員を半分ほどに減らして、残った人も有能な人は自ら会社を飛び出していった。
その人達も五十歳を越えんばかりの年齢であったため転職先でもバイトでやっていて、アメリカのサブプライムローンに端を発する超不景気で、一斉に契約途中で首を切られてしまっていた。
もう三十年も前から、ずっとあんな事をしてきたから、そのツケを払って日本はもう滅びていくのだ。
大企業でさえも正社員は、その日の帰りに突然に通告されて一直二直で連勤なんて当たり前にあるし。
三六協定って一体なんだろうな。
監督署なんて何の為にあるのだろう。
年休以外で強制的に代休を取らせて残業代はチャラにさせ、残りの数の減った人員にまた連勤させるだけなので、更に人員が不足するから年休取得も厳しくなる。
フレックスみたいな制度は、本来の使い方をさせずに『会社の都合のいいように従業員を働かせる仕組み』として大いに活用された。
制度を作る時だけは「働き方改革!」とか会社が叫んで組合を騙していたが、まあ実態はそんなもんだ。
俺の知る限りでは、自分のいた会社でアレを社員の意思で使われた事は只の一度もなかった。
おそらく他の会社でも似たようなものなんだろう。
それが日本という国の、世界とはかけ離れた哀れな実態なのだ。
今時これより酷い人の扱いは厳しめの強権国家くらいにしかあるまい。
もっとも、そういうところは真面な人権すらないがな。
手術が必要な状態の病気になっても、なかなか休めないし。
そして手遅れになって倒れてから深刻な症状で入院していく。
それでも「さっさと出てこい」と言われるしな。
それから無理やりに出社して、もう一回倒れた後に、ようやくかろうじて病気で休めるのだ。
それでも病院から出されたが最後、無理やり会社に出させられるのだ。
そして、また倒れる。
法定伝染病にかかっても出勤して(させられて)くるから、他の奴にも被害は甚大に広がっていく。
それは、むしろ人の少ない中小企業の方が顕著なのかもしれないが。
俺は麻疹で、それをやったな。
まだ熱があるのに三日で強引に出勤させられた。
あれは学校なんかだと解熱後三日は休まないといけないものなのだ。
麻疹だけは子供のうちにかかっておきたかった。
大人になってから罹ったので症状が無茶苦茶に酷かった。
そんな感じで完全に国家が老衰し末期症状を迎えている日本のような終末の国とは異なり、このアルグランド王国は復興著しい。
まあ日本は二千七百年続いた国だが、ここは所詮千年王国なんだから、寿命の尽きた日本と比べたらまだまだピチピチフレッシュな国なので、これからこれから。
亡国の王子上がりのアルス国王、そしてデニス大臣〔ぷぷっ〕、あと草原の王者なんかもいてくれるし。
あの人はいつになったら国に帰るつもりなのか。
エクードの奴は「そのまま親父をアルグランド王国で引き取ってくれない?」などと言っているが、そんな話をあの筋骨たくましい親父様に聞かれようものなら、また余計にぶっとばされる事請け合いだ。
それに俺が送り込んだ人材達も、頼もしく頑張ってくれている。
優秀な王妃も約一名送り込んでおいたし。
もう一人の王妃の方は相変わらずポンコツなようだが、あれはもう仕方がない。
国民も、自国の正式な王族である王妃がいてくれるだけで満足(我慢)しているようだ。
大国から嫁いできてくれた優秀な王妃がいてくれるので、それなりの安心感はあるのだし。
あのポンコツ王妃は、あまり退屈させておくと碌な事がないので、たまにポンコツ仲間であるフィアを遊びに行かせてある。
あの二人は非常に気が合うようだ。
うっかりすると互いに鏡を見ているかのようだからな。
顔自体は似ていないのだが、なんとなく締まりが無いような部分は、もう本当にそっくりだ。
生まれ故郷で引き取ってもらえたポンコツ王妃はともかくとして、俺の正式な部下であるポンコツ大神官の方は誠に困ったものだ。
あれも例の力を発揮するようなシーンでは、まだキリっとしているのだが、普段の有様がもうなあ。
あれ達が二人揃うとポンコツがステレオになってしまうが、一応サポートしてくれる御兄ちゃんコンビも呼んで任せてある。
たまに歴史あるアル・グランドの王宮で謎空間が発生しているようだが、さほど大事にはなっていないようだ。
あれは雛祭りでもやっていたしな。
まあ、あの子も少しは成長しているのだと信じたい。
フィアも早く見習いを卒業させて一人前の大神官に育てないと、ジェシカに子供が出来た時なんか本当に困ってしまう。
その時は臨時でレーナに任せる手もあるのだが、一応大神官には美少女を置く決まりなので。
レーナも元大神官なだけあって大変美しい女性なのだが、あの人はもう退役した大神官であり大人の女性なのだ。
今彼女を大神官に再就役させると、まるで航空自衛隊のF4ファントムを一旦F35に変更してから、また後で骨董品である部品すら共食い整備となるF4ファントムを再配備するかのような有様になってしまう。
それにあの人も、そろそろ結婚しないと、この世界ではそろそろ行き遅れ状態なのだ。
確かジェシカが九歳でアルバ大神殿に来た時、あの人は十五歳だったのでは。
エリーンよりも少しだけ年上のはずだ。
彼女を口説く男など引く手数多だから、別に俺なんかが気に病む必要はないのだがね。
なんというかな。
大人気だった超美人芸能人が芸能界を引退して、高嶺の花から手の届くところへ降りてきてくれたというか。
少々年齢がいっていても、元アイドルの女性と結婚したいと願うハイソサエティな男は、この異世界でも大変多い。
レーナはその心根までも美しい女性なのだし。
世界中どこへ出しても恥ずかしくない立派な佳人である。
そして真夜中のアル・グランド王宮を堂々と闊歩する子供達。
しかも完全に乳幼児の集まりなのだが。
ルイも、確か今は一年五か月くらいではないだろうか。
ルイから普通の子供姿に戻ると、初めて会った頃のレミくらいの感じだ。
栄養状態は最初からいいので体付きは大きいけどな。
当然、顔はそのまま日本人の幼女そのものだ。
そして連中ときたら、あちこちの部屋を荒らしまくっている。
まあ、ちゃんと開けた引き出しを締めたり、出した物は片付けたりしているようだが。
沖田ちゃん達が、その場できちんと躾けている。
一緒になって楽しんではいるのだが。
「小さなメダル~!」
「こっちにもー」
「バブー!」
やれやれ、またか。
多分デニスあたりに断って、前もって仕込んでおいたのだろう。
そして未だに灯りが点いている広そうな部屋があったので、そっと覗き込むファンタジー3の面々。
そこには眠そうな顔で執務に励む人々がいた。
俺は時計を見た。
アルバトロス標準時で、今は午前一時か。
ここはアルバトロスから実時間で二時間半くらい大陸内時差があるので、今は日本標準時でいうと午前三時半見当なのかな。
相変わらず、御疲れさんな事だ。
そしてアルスは彼らがいるのに気がついた。
「やあ、君達。
なかなか優秀そうな面子が揃っているじゃないか。
よかったらバイトしていかないかい?
今夜は本当にきつくてね~」
目の下に隈の出来た歪な感じの笑顔で、ほがらかに語りかけるアルス。
それを聞いて大慌てで逃げ出す子供達。
彼らは怪盗、あるいは泥棒勇者なのであって、夜勤のバイトをしにきたわけではないのだ。
俺も頭を振りつつ、修羅場の国王に声をかけておく。
「悪いな、アルス。
稀人の世界では、子供は働かせてはいけない事になっているんだよ。
他にも若い子の場合は夜中の労働に従事させるには年齢制限もあるんだ」
「そうか、それは残念だ。
うちの国はとりあえず大丈夫だよ。
そんな事を言っていられるような余裕がなくてね。
みんな必死さ」
俺は再度頭を振って、こう言っておいた。
「明日、うちの人間などで応援を出そう」
「助かるよ、園長先生」
半ば死んだような笑顔、引き攣るような笑顔で書類に向かうアルス。
ああ、そういえば今月末は年度末なんだった。
初代国王が始めた『三月決算』の習わしは、この世界にも多大な影響を及ぼしていたのだった。
俺は忘れてしまわないように、その場で離宮の夜勤当直対応者へ応援要請の報を届けるのだった。




