12ー3 魔法少女エリ
「おのれおのれおのれー、グランバーストーー!
冒険者風情がいい気になりおって。
許さん、絶対に許さんぞ~」
「まったくだよ、パパ。
平民の癖に調子に乗り過ぎだよね。
これは御仕置きが必要だな」
「どうしてくれよう。
八つ裂きにしても飽き足らん。
オルストンもろとも地獄へ送りつけてくれる」
控室にて怒り狂うバイトン親子がいた。
圧倒的な祝福の力に気押され、また周囲の逆らい難い雰囲気に流されて渋々下げた頭の持って行き所が無くて、そうなっているものらしい。
それに……。
◆◇◆◇◆
大神官の祝福が終って新郎新婦が退場した瞬間、国王陛下はバイトン親子をこれでもかというほど、どやしつけた。
並みいる上級貴族が見守る中で。
「今後一切、この手の王国行事に顔を出す事はならん。
呼ばれもせんのに、のこのこと現れおって!
この虚けが、無駄飯食らいが。
帝国とて、お前らの命なんぞ狙いはせんわ」
『いっそ狙ってくれればいいものを』は、さすがに飲み込んだみたいだったが。
貴族連中も、日頃温厚な国王のあまりにもの怒りように引いていたが、内心では全員が無理もないと思っていたようだ。
ただ、あの馬鹿親子があのまま引っ込むとは到底思えない。
貴族殺しに出番が回るだろうと、参列者全員が語る事なく意見の一致をみていた。
そんな想いが空気として伝わってきていた。
既に貴族全員の中で、俺の称号が貴族殺しから公爵殺しにグレードアップしていたようにしか見えない。
そこからはもう、ファルちゃん無双モードだった。
手当たり次第にスイーツを夢中でかっこんでいる。
可愛らしい電気ねずみ絵柄の前掛けをつけて。
一緒にスイーツタイムに入ったトーヤの前掛けは超有名な戦争物アニメのロボット柄だ。
一目また神聖エリオンを拝みたいと周りに集まってくる貴族達は、その幼児の宴席を遠巻きに見ていた。
「おいちゃん、あそこの御菓子が食べたい!」
ファルが指を指すと、そのへんの下っ端貴族がいそいそと御菓子を取ってきて、片膝着いて捧げ持つ。
それをトーヤと半分こにしたりして食べている。
狐族のトーヤは面倒見がいいので、なんだかんだ言ってケモミミおチビ達のトップ的な存在だ。
ファルもよく懐いている。
それにしても望外なファルの活躍だった。
いざという時に精霊達を働かせる御輿にするつもりで連れてきただけだったのに。
まあ一応はベールガールとしても頑張らせたのだが、そっちはレインボーファルスとしての肩書利用のためのみの起用だったし。
どっちにしろ黒幕は俺なんで、また貴族の間に俺の悪評が広まったろうな。
おっさんの面の皮は厚いので、そんなものは屁とも思わないのだが。
さて、ここであれの登場だ。
「ウエディングケーキ」
これは日本の物と違って全部丸ごと食える奴だ。
むしろ、日本で一般的なタイプであるハリボテなウエディングケーキの作り方をエリが知らない。
今は結構ウエディングケーキも御洒落な奴に替わってきていると思うが、何故か食うとあまり美味くないらしい。
あれもコストの関係なのだろうか。
このケーキは、俺の重力魔法で崩れないようにしてあるし、各段毎にレビテーションがかけてある。
うちの奴は柱みたいな物で支えたりはせずに、みっちりと積んである。
さらにケーキの段を外した後でデコレーションが無くてみっともなくならないように、それぞれの段の上に上塗り換装出来るデコレーションもエリのアイテムボックスに入っている。
エリの頬が少し赤いのは、多分入場前に叩いて気合を入れたからだろう。
如何にも勝気なエリらしい振る舞いだ。
将来は、いいプロレスラーになれるかもしれない。
ゴメンよ、エリ。
馬鹿をやらかした奴がいたんで、お前のフォローに行けなかったよ。
そしてエリはよく通る凛とした声でケーキの説明をしていく。
コック姿が実に様になっている。
もう完全にプロだな。
「あれはどこの御令嬢?」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
またか。
まあコック姿も上品によく映えているけど。
自信たっぷりで背筋も伸ばし、堂々とした立ち居振る舞いだしなあ。
最前列に王女様達が待機しているのが印象的だ。
台に上った二人に、司会を勤める若い子爵が「御二人の初めての協同作業、ケーキの入刀を御願いいたします」と仕切っていた。
まあ結婚式の脚本を書いたのは葵ちゃんだからな。
始めて行われる日本式の披露宴でも、アントニオが威風堂々な態度でマルガリータさんを優しくリードしている。
切ったケーキは最初に王妃様と王女様達に捧げられた。
あは、王様はその後なんだな。
そして「エリちゃんのショータイム」が始まった。
浮かび上がった残りのケーキが、まるで多段式宇宙ロケットの如くに下から分離し、次々と大皿に着陸していく。
そして、その上にアイテムボックスから取り出したデコレーションが特殊な光魔法で派手に彩られながら、ケーキの上に着陸していく。
まるで魔法パティシエ少女である。
もっとも、出されたケーキなどを魔力で操っているのは無論この俺なのであるが。
会場中に歓声が上がる。
後は給仕が小さく切り分けていくのだ。
ファルたんには国王陛下がケーキを自ら捧げ持って差し出した。
ファルの前には、まだスイーツがズラリと並べられていたので提供が少し後回しになってしまったようだ。
それでも王様が食べる前に、王自ら捧げ持ってきた訳なのだが。
ファルも巨大ケーキに興奮しており超御機嫌で、「やったあ、ありがとう」と御褒めの言葉をいただけたので国王陛下もご満悦のようだ。
ケーキを作ったエリも嬉しそうだ。
「御苦労さん。よくやったな」
「うん、大変だったけど楽しかったよ」
それから俺もエリをたくさん労った。
彼女は誇りを笑顔に替えて、素晴らしいプロの顔を見せてくれた。
あの時ダンジョンで、この子を救えて本当によかった。
エリもこれで今日の仕事は終わり! のはずだったのだが、王女様方に囲まれて連行されていった。
他の御令嬢達もわいわいと一緒に付いていく。
仲良くなった王女様に誘われて、エリも嬉しそうに連れ立っていった。
ま、頑張れ。
そして、こちらも頑張って御馳走を頬張るトーヤとスイーツ専科なファル。
他のチビ達のところにも、ちゃんと同じ料理を手配してある。
ただ、ドラゴン料理なんかはうちではありふれていて、「えー、またドラゴン?」などと言う奴さえいる。
なんて贅沢な。
この華やかな王都だって、ドラゴンなんて高級食材は食べた事のない奴で溢れているというのに。
それから、おっさんも忘れずに腹ごしらえをしておく。
いつ戦闘に入らないといけなくなるかわからんのだから。
ちらとアルスを見ると、奴も片手に皿を持っていて、もう片方に持ったフォークをピピっと振って挨拶してくれる。
さすがSランククラスともなると、いちいち言葉で言う必要もない。
さて今日の獲物は家柄を鼻にかけるしか能のないチビデブな親子か。
やっぱりドラゴンと比べると物足りんな。
◆◇◆◇◆
その頃、件の親子は。
「ねえ、パパ。
僕あの精霊の子供が欲しいよ」
「そうか、では腹いせにグランバーストから取り上げてやろう。
おい、ロドス!」
彼らの執事が、いつものようにつっけんどんに名を呼ばれた。
彼は嫌な予感に襲われたものか、その恰幅の良い感じの体を彩る、貫禄ある顎髭を頻りに弄り回していた。
自分の碌でもない主人の言いそうな事など彼には想像がついていた。
何しろ、今日あった出来事は。
「なんでございましょうか、旦那様」
「グランバーストのところにいるファルとかいう、あの忌々しい精霊のチビを連れてこさせろ。
迎えにはうちの騎士団の奴らを行かせろ」
「い、いやしかし、あの方は神聖エリオン様であり、国王陛下さえ御跪きになられたとか。
そのような方に向かって手を上げれば、どのような御咎めがあるやもしれません」
「やかましい!
神の使いなどというものが実際にいてたまるものか。
この儂自ら、化けの皮を剥いでやる。
どうせ、あの男が魔法で演出しているだけなんだろう。
さっさと行け」
(はあ、これはまた困った事になったものだ。
あの男はバイトン家を決して許しはすまい。
建国以来、千年の長きに渡って続いてきたバイトン公爵家も、いよいよもって御終いだろう。
代々家宰を勤めさせていただいた我がヘルストン家も、共に御終いという事か)
ロドスはそんな事を独り言ちながら、兵の準備に勤しんだ。




