138-9 蟹を求めて
翌日、仕切り直しという事で蟹漁を再開した。
現場の海域に戻ったのだが肝心の毛蟹の姿が見当たらない。
非常に不気味な嵐の前の静けさだ。
「連中、また何か企んでいやがるのかな」
「でしょうねえ」
シドも俺の横に並んで少し楽しそうにしている。
彼は、初めてあのクラブエンペラーに出会って以来、あの毛蟹どもの魅力の虜になっているようだった。
「じゃあ、こっちから仕掛けるとするか。
とりあえず索敵しよう」
俺はお魚バージョンの捕獲ゴーレム・マーク2を放った。
毛蟹どもにやられたものよりも、もう少しパワーのある物を作ってみたのだ。
去年の釣り竿もそうだったのだが、こういう物は現地で都度状況に対応して作った方がいい。
特に毛蟹のように、どんな手に出てくるかわからないような相手の場合は特に。
連中は楽しそうに、すいすいと異世界の北海を泳ぎまくったのだが、一向に毛蟹は見当たらない。
「くっそ、俺だけじゃなくて、やはり連中も何か特別な事を独自に企んでいるなあ」
「ふふ、企んでいますねえ」
うん。
本当に嬉しそうだな、シド。
好敵手という奴なのか。
まあ、それもわかるような気もするのだがなあ。
だが異世界の魔の海を制する海賊王たる者の好敵手が、魔物毛蟹というのは如何なものだろうか。
「仕方がない。
蟹が見つかるまで釣りでもするか?」
「いいでしょう。
ふふ、あなたが焦れないといいですがね」
「抜かせ。
今日の俺は今までの俺ではないのだ。
この秘密兵器があるのさ」
いや、これってただのゴーレム釣り竿なんだけどね。
地球のネットで評判の釣り師を探して、その達人の竿裁きをキャプチャーさせていただいたのだ。
それを自動でやってくれているのさ。
キャプチャー魔法で俺がやる事も出来るのだが、さすがにそれでは不粋だから、あくまで魔道具製作に徹した。
その熟達の、至高の動きを学習した成果を、その魂に刻み付けた者達。
邪道とはいえ、その創り上げた逸品を用いて果敢に攻めあげた釣果の数々を手にしたのだ。
もちろん、地球の釣り師様に礼金はたっぷりと弾んでおいた。
だが彼らは勝利の宴席で酒を酌み交わしながら、こう言ったものだ。
「井上さん。
釣りっていうものはね。
ただ釣れればいいっていう物じゃないのですよ」
「ええ、まあ。
それは十分にわかっているのですがね。
それはもう子供の頃から、あれこれと。
でもね、どうせ釣りをするのなら思いっきり釣りたい気持ちなのは、やまやまなのですよ~」
俺は子供のように拳を顔の横で振り回しながら熱弁した。
「あっはっは。
その気持ちはわかりますがね」
その俺の身振り手振りを駆使した熱演がおかしいのか、彼も本当に笑っていた。
彼の釣り仲間達も。
釣果と共にいただく酒は実に美味しい御酒でありました。
インチキしてスキルを用いたとはいえども、自分の力で釣った魚を料理してもらうのは、実に楽しいものさ!
ベテラン釣り師さん達に素人釣り師の気持ちをわかってもらえて嬉しいぜ。
いつか異世界へ釣りに招待したいね。
でも超大物の魔物が釣れたら、どうしようかしら。
まあ俺が一緒なんだから誰も困らないけどね。
どうせなら親方も一緒に連れていくか。
ドワーフは釣りが好きだから凄腕釣り師は大歓迎されるだろう。
きっと「先生」とか「師匠」とか呼ばれて、大いに持て囃されるのに違いあるまい。
そうそう、そこにいるシドからもね。
そして本日俺が垂れた糸には、大きな引きがあった。
これはかなりの大物だ。
しかし、すぐにバラけた。
「ちっ」
「まあまあ、公爵。
気は長く持たないとね」
子供の頃から王族として、そういう教育を受けてきただろうあんたと一緒にしないでくれよ。
こちとら生まれた時から親譲りで気が短いんだからよ。
ヤクザに自分の席を盗られて、ヤクザを相手に怒鳴り散らして競艇場の椅子の取り合いの喧嘩を始めるような親父の子供として生まれてきたんだ。
もちろん、席は親父が確保した。
話がこじれて野次馬に競艇場の係員を呼ばれると警備室へ連れていかれ、ヤクザは出入り禁止を食らうからな。
そうすると、そいつがノミ屋のしのぎを出来なくなるので組長から怒られるのだ。
そのくせ、あの糞親父め。
限りなく忍耐を必要とする釣りには、何故か妙に凝っていたんだよな。
会社の付き合いで船に乗って釣りに行き、鯖とかをよくいっぱい釣ってきたもんだ。
クーラーボックスいっぱいの釣果は家族で美味しくいただいていたけどな。
だが、どういう料理にしてくれたのかまでは思い出せない。
たぶん、我が家の定番の鯖料理である塩焼きなんだろう。
今はもう日本の海で、その鯖すら釣れなくなってきた。
その後も俺達は魚を釣っていたのだが、そのすべてがバラけた。
何故か他の漁師達も同じだった。
だんだんと俺の額に青筋が浮かんできたのを感じて、シドも苦笑いだ。
「いや、こんなに釣れないなんて、また珍しい事もあるもんですね」
「あのなあ、珍しいだとお?
そんな訳あるか~。
お前のところのプロの漁師さんも、まったく釣れていないじゃないか。
こいつは、きっと」
俺はシドが止める間もなく、自ら海へと飛び込んだ。
そこには、器用に鋏で仕掛けから魚を外している蟹達がいたのだった。
「あ、見つかっちゃったなあ、おい」みたいな感じで頭をかいている蟹ども。
このお。
「貴様ら~」
そして特技の水中ジェット噴射で散り散りに逃げる蟹ども。
この野郎、本当に碌でもないな。
「まったく」
上に上がった俺を苦笑気味のシドが迎えてくれる。
頭から海水でびっしょりになった俺を、船側から片手で引き揚げながらも彼は笑っている。
映像は上にも届いていたからな。
「いやあ、やるな。
クラブプリンセスとやら。
なかなかのものじゃないですか」
ああ。
こいつの「好敵手は認めざるを得ない魂」に火を点けてしまったのか、クラブプリンセス。
シドって、こういうタイプには弱いからな。
また御気に入りの毛蟹が一匹増えたってか。
ちっ、認めたくはないのだが、あの雌蟹めえ。
思っていたよりもかなり手強いな。
てっきり、しょうもない残念な奴だとばかりに侮っていたのによ。
女っていう奴は、どうも勝手が違う。
陰湿って言うのか、奇抜っていうのか。
男とは思考の形態が種族を越えて根本的に違うような気がしてならない。
男女で脳の構造というか、思考形態そのものが完全に異なるのだから当たり前なのだが。
「やるな。
だが負けんぞ。
クラブプリンセス、貴様は雌だから獲って食ったりはしないが、必ず毛蟹は仕留めて見せるからな」
海洋資源保護の考えを、この世界で初めて打ち出したのは確かに他でもないこの俺だ。
だからといって、毛蟹という貴重かつ美味な水産資源を諦める謂れなど、この魔王の魂のどこにも微塵もないわ。




