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137-10 最後の強敵

「ふっふっふ、本当に再戦を楽しみにしていましたのよ、親方」


 今度はちゃんと冒険者装束に身を包み、ふさふさで怪しげな、カラーリングもド派手な仮面をつけた王妃様が言った。


「こっちこそ楽しみで夕べは眠れなかったのだぞ」


 小学生か、あんたらは。

 親方はにこにこしつつ、大木をへし折るかのような恐ろしい音を立てて、ごつい指を鳴らした。

 まるで誰かの肋骨が次々と砕けていくかのような大音響がダンスホールに響き渡り、多くの人々の心胆を寒からしめていた。


 あのなあ。

 でも安心しろよ、あんたらはこの白虎将軍アルフォンスが必ず守るから。

 何しろ、あの二人と来た日には、これ以上ないくらいどっぷりと俺の関係者なんだからなあ。

 その俺がこの場にいながら、無関係の人間に何かあったなんていったら堪らんわ。


 このやる気満々の親方を前に平然と笑っていられるのだから、うちの御義母様は本当にたいしたものだ。

 これぞ、まさに実力一本槍という奴だな。

 一本どころか十本くらいありそうだけど。


 親方も気合を入れたものか、今度はシンプルな廻しではなく、派手な魔物大陸産の凶悪そうな魔物柄をした、金銀糸で豪華絢爛な刺繍に飾られた前飾りをつけた格好だ。


 ええい、大相撲の千秋楽か!


 そう。

 きっと、ここはアルバトロス王国王宮の大舞踏会会場なんかではなく、日本にある両国国技館あたりであるのに違いない。


 そして、こちらもまた豪華に十台並べられた銅鑼を王国騎士団が鳴らしてみせた。

 全ての銅鑼がタイミングを合わせて鳴らされ、まるで一つの大きな銅鑼が鳴ったかのように聞こえるのは、騎士団長を倒された王国騎士団の意地と誇りと矜持であろう。


 俺達親子三人は、その立派な儀礼に対して王家を代表して惜しみない拍手を送ったので、騎士団もまた立派な礼を返してくれた。


 もう、国王陛下ったらどこへ行っちゃったのかな。

 あ、まだあの参加者としての格好で愛妻へのエールを送っているようだ。

 大根を両手に握り締めて、例の大根踊りで応援する構えだ。


 これはアカンな。

 まあ、一応ここは元第二王女様が王家の代表という事にしておくとするか。

 王太子殿下夫妻も多分どこかでラブラブな感じに御観覧なのだろうが、日頃は仕事が忙しくてあまり一緒に遊べていないみたいだから、あの二人の事はそっとしておこう。


 試合開始直後、にこやかに近付きながら目一杯の指弾を飛ばしてくる王妃様。

 親方の足元のアルバ・コンクリートが弾け飛んで床に穴が開く。


 機関銃かよ。

 できれば、その技は封印しておいてほしいものだ。

 というか、まだ節分気分が抜けないのか。

 今回は豆ではなく実弾()のようだけど。

 俺は観客を守るシールドの強化を厳重にしておいた。


 俺は穴が開いた床を丁寧に修復しながら思った。

 こういうイベントを毎回やるというのなら、いっそこの王宮をゴーレム砂浜やゴーレムスキー場の如くにゴーレム化するか。

 その方が手間も要らないし。


 いや、単に俺が不精したいだけなんだけどね。

 万が一王宮内部へ敵に入り込まれた時も、王宮が自力で防衛行動を取り、敵を封じ込めたり捕らえたり出来そうだし。

 空中庭園事件当時は、そういう王宮内部へ敵の手先が入り込んでしまうような案件も多々あったらしい。


 そして親方は駆けた。

 大横綱の立派な前飾りを揺らしながら。

 壁を、天井を。


 王妃様の放つ機銃掃射に追われながらも、実に楽しそうだな。


 いいけど、王妃様。

 あんたは自動追尾式のロボット機関銃か何かかい。

 本家中国人の指弾の名手だって、そんな発射速度と威力はないぞ。

 高ランク冒険者って、なんて非常識な連中なんだ。


 だが、もっと非常識な光景が眼前で繰り広げられたのだ。

 そこには天井を蹴ってスカイダイビングのように降ってくる親方の姿があった。

 もちろん、パラシュート抜きでの捨て身の重爆撃だ。


 そして当然のように避けられ、自爆して床に大穴を開ける親方。

 おいおい、無茶をするなよな。

 困るだろう、主に王宮の床が。

 

 そこへ猛然と突っ込んでいく王妃様。

 そして大穴から這い出して起き上がる親方と、なんとがっぷり四つに組んだ。

 ダウン状態から立ち上がる最中のゴリラに襲いかかる猫科の大型猛獣の如く、親方が些か後手に回り、王妃様が有利な形での取り組みだ。


 それを見て、思わず舞踏会場全体が沈黙した。

 あのなあ。

 ロッテ様、あんた一体どういうつもりだ。


「なあ、シル。

 さすがにあれは止めた方がよくね」


「うーん、多分大丈夫じゃないかしら」

「え、本当に!?」


「うん。

 うちの御母様はそういう人だから」


 そして、一つになったシルエットは動かない。

 あれ、まさかこれって。


「やるわね、親方」


「それはこっちの台詞じゃい。

 まさか、人族の女性がのう」


 マジかよ。

 実力で親方と『力』で均衡しているのか。


 ねえ、ロッテ様。

 あんた、本当に人族なの?

 ドワーフと先祖が一緒っていう事はない?


 武の子孫が、ただ面白いからというだけの理由でドワーフの女性を第二王妃として嫁に貰っていないなんていう保証はどこにもない。


 いや、この一族としてみれば、それはないか。

 あいつは初代王妃様一筋の一途な奴だったみたいだし。

 もしかしたら獣人的な魔力を体の強さや力に変換する使い方を習得済みとか。


 そして、そのまま一時間が経過した。

 だがピクリとも動かない二人。


 互いに機を伺っているのだろう。

 これが俺だったら、焦れてゴロゴロと転がってしまいそうなくらいの膠着した体勢だ。

 とりあえず仕方がないので、その将棋の千日手のような勝負を見物しながらカクテルでもチビチビやる他はない。


 うちの御令嬢などは、俺の必殺の魔法障壁を張った安全地帯の中で他の貴族のおチビさんの子供達と一緒に、床にピクニックシートを敷いておやつ会の主宰を始めてしまった。

 離宮の料理長ジョバンニ謹製の御菓子やエリの作品なんかだ。

 山本さんの華やかな和菓子なんかもあるな。


「あの二人動かないねー」

「うん、ピクリとも動かないわ」

「もしかしたら、二人とも立ったまま死んでいるんじゃない?」


「あんた、王妃様に向かってなんていう事を。

 さすがに不敬罪よ」


 おやつを食べながら見学していた子供達も相当焦れているようだ。

 それを高ランク王妃イヤーで聞きつけたものか、王妃様がニヤっと笑う。


「親方、決着の時が来たようね」


「ほう。

 それは望むところよ」


 だが、そこから見学者達は信じられないものを見た。

 長身の親方の体が徐々に浮き上がっていき、足が伸びあがり、踏ん張りが利かない。


 元々、王妃様はしっかりと踏ん張りの利く体勢で、親方の方は若干力が死んでいる感じの体勢からスタートして王妃様有利な状況から膠着が始まっていたのだが、それにしてもまさか。


「む、これはっ! またなんと」


 王妃様は驚愕に顔を歪ませた親方の体を腕を使って素早く上手に上に送り上げ、掴む場所を一気に下方へともっていった。

 まるで、俺とブルーアイランドの巨大マテ貝との取り組みであるかのようだ。


 そして必死に掴んでくる親方のパワーをものともせずに、一瞬体を屈めたかと思うと一気にジャンプして飛んだ。

 そして空中で親方ごと体を上下入れ替えて逆さ向きとなり、天井を蹴った勢いで親方を思いっきり頭から床へぶち込んだ。


「ブレーンバスター!」


 おい、それ絶対に違う技だから!

 まあ意味的には合っている気がしないでもないが。


 本物のプロレスラーだって、ここまで荒っぽくはねえぞ。

 あれは一応、固い木の床の上に布一枚くらいは敷いてあるんだからな。

 厚めの布一枚の防御力は悪くないものだ。

 空中戦をかます高さも、せいぜいコーナーポストの上程度だし。


 崖から転がり落ちるような時にもコート一枚着ているかいないかで、時には生死を分けたりもする。

 我がグランバースト公爵領内に存在するアドロス・ダンジョンにおいては、布の帽子一つで天井から降ってくる殺人スライムによる被害に対応出来るのだ。


 ここの下は木の床のマットじゃなくって、大理石風の処理を施した強固なアルバコンクリートなんだから、これを食らったのが並みの人間なら堪ったものじゃないだろう。


 なんて、おばはんなんだ。

 絶対にありえねえ。


 本人は見事に飛び退ってクルクルと空中回転し、体操選手の着地のようにピシっと両手を上げた。

 俺と娘は、あらかじめ用意しておいた『10.0』と書かれたプラカードを上げて、彼女の偉業を称えた。


「勝負ありっ、それまで!」


 そう言って銅鑼を鳴らしたのはアニキ、親方の息子だ。

 いや自分の親父がやられちまったくせに楽しそうだな~。

 アニキ本人も、いつもあのタコ親父にやられっぱなしだからな。


「ひゃあー、これは凄いものを見ちゃったなあ」


「こりゃあ、国を上げての号外ものだなー。

 さっそく帰って作らなくっちゃ」


 そんな事を叫びながら、愛用の一眼レフのカメラや最新型のビデオを回していた御狐王子達。


 自分達の親父があの為体だというのに、いいのかねえ。

 だがまあ、あの国の今夜のつまみは、これで決まりっていう事だよな。


 そして親方は誰の救助も待たずに、自らが命中して頭から突き刺さっていた大穴から自力で這い出てきた。

 首をコキッコキッと鳴らしながら左右に動かして、それを終了の鐘としたようだ。

 やれやれ、これがドワーフ最強の男っていう奴だよ。


「いやはや、まったくしてやられたわい。

 参った。

 潔く負けを認めよう。

 わしの完敗だ」


「ほっほっほっほ。

 とりあえず、バレンタイン・イベントの決着はついたわね」


 このおばはん、これをまだバレンタインの延長と主張するというのか。

 これを毎年やるつもりなのかなあ。

 嫌だなー。


 だが、試合後にテーブルが会場に設えられて、ワゴンで運ばれてきたものがあった。


「ん? 軽食か何かかな」


「ああ、あなた。

 それは」


 そして金属製でドーム状になっている丸い蓋を取った俺の目に映ったものは。


「うわあ、芋虫型チョコだあ」


 そう、そいつは去年レミが作っていた、貴族にも大好評だった巨大な芋虫型チョコだった。


「大丈夫よ、あなた。

 これは芋虫成分が入っていない物だから」


「いや、それ芋虫の味するじゃん。

 しかも、すっごくリアルに」


「なんだ、アル。

 お前の娘が開発したチョコだぞ。

 これもなかなか美味いもんだ」


 そう言って親方は、ひょいっと巨大なそれを丸ごと一匹掴んで口に放り込んだ。

 まったくもう。


「あのね、パパにはこっちをあげる」


 そう言って、レミは可愛く包んでくれた包みを差し出した。


「ありがとう」


 よかった。

 今度は普通の奴だな。

 俺はその場で包みをほどいてみたが、やはり普通のチョコのようだ。

 個装の包装紙を剥がして口に放り込んだが、普通に美味しかった。


 こいつはミルクチョコだな。

 俺は綺麗に全部平らげてしまった。


「ありがとう。

 うん、美味しいよ」


 今年は教育の成果が出たか。

 俺は感激していたのだが、ふと娘を見ると何か凄いドヤ顔だ。

 シルも少し悪い顔をしている。

 こいつは、まさか。


 俺は御代わりとして置かれていたチョコを解析してみた。


【チョコレート。

 ただし、原材料はすべて芋虫。

 味・香りはチョコそのもの】


 俺はがっくりと膝をついた。


「あれ、レミちゃん。

 もうパパにバレちゃったみたいよ」


「えへっ」


 あっちゃあ、やられたあ。

 こんなところに最後の強敵が隠れていやがった~。


『究極の選択、カレー味のなんとかと、なんとか味のカレー』の話を思い出しちまった。

 まあこの世界で芋虫は食い物の内に入るらしいのだから、まだマシかなあ。


「トホホー。

 まあ愛娘の手作りチョコが美味しかったのだから、ここはそれでよしとしておくかねえ」


 そして空白の三秒をおいて、俺はいつもの奴を始めた。


「そんな訳あるかああああああ」 


 この俺の絶叫で今回のイベントは幕を閉じ、その後で大いに他の連中のツマミになってしまったのであった。


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