11-5 おかしな訪問者
朝ふと目が覚めたら、子供が一人俺にへばりついている感触がした。
小さい子なので、おそらくレミだろう。
この子は俺がよく抱えているんで、たまにベッドに潜り込んでくる事がある。
しょうがないなと思い頭を撫でてやったら、なんとケモミミが無い。
そんな馬鹿なと思い、朝日が差し込む中でよく見たら知らない子がへばりついている。
俯せなので顔は見えないが、パッと見に女の子だな。
今のレミより小さいくらいだ。
レミは先月二歳になったので、この子は多分一歳児だな。
何故か服も着ていないし。
一体どこから潜り込んできたものか。
また真理が新しく拾ってきたのか?
そう思っていたら、ジョボボボボと派手な音がしている。
やられた!
どこからそんなにと思うくらいの勢いでお漏らしが始まった。
しかも、そいつはホカホカの湯気の中でも起きずにそのまま寝ているし。
うわあ、この子は大物だな。
しかし、これくらいの事にたじろいでいたら園長先生なんぞ勤まらんのだ。
まあ大きい方でなくて幸いであった。
と思いきや、子供がポンっとレインボーファルスの姿に変わった。
なんだファル、お前かよ。
何故おしっこをして元に戻る!
体が小さくなるからか!?
これは多分あれだな。
成長したので更なる魔力摂取を求めて、充電端子の大型化を求めての形態変化か。
まだ小さなレインボーファルスの形態に比べ、人型状態での端子の面積は百倍くらいあるんじゃないか?
更なる成長を求めて、魔力を欲して俺の布団に潜りこんできたらしい。
元に戻ったのは充電完了という事なのか?
変身の仕方を見ると明らかにドラゴンとは異なる。
やっぱり精霊系の存在なのかな。
うーん、よくわからん。
とりあえずベッドとファルに浄化の魔法をかけて、自分の着替えを済ませてから、レインボーファルス形態のファルを頭に載せて部屋を出る。
朝御飯の時間なので。
朝からもう子供達が走り回る。
御世話係の人達の怒号が響き渡る毎朝御馴染みの風物詩が展開されていた。
真理が何匹か捕獲に成功したようだ。
「元気があって大変宜しい」
毎朝の見慣れた光景を見終えて、箒を持って外へ出て門前の掃除をと思ったら、子供が一人いて門から中を覗いているのが見えた。
男の子か。
いや? これはたぶん子供じゃないな。
理屈でなくわかるぞ。
鑑定 ジョリー。精霊の森の大神官。
おっと、こいつはまた突っ込みどころが満載だな。
とりあえず捕獲するとしますか。
俺は目視転移して一瞬にして奴の後ろに立ち、肩をちょんちょんと突いた。
そして振り向いた奴の顔に向けて、にっこりと笑顔で誘ってみた。
「やあ。
精霊の森の神官さん、一緒に御茶でもどうだい?」
テーブルの上でケーキに鼻から突っ込んでいるファル。
そして居心地悪そうに、少しもじもじしている精霊の大神官。
「こいつの事で来たんだよな。
こいつの卵をうちに捨てていったのはお前か?」
「す、捨てていったとは人聞きの悪い!
ただ、ただ……」
「ただ?」
俺はそいつを睨みながら問い質す。
「ちょっとの間、育てていただけたらな、と」
「ほおー、随分と虫のいいお話だな。
そんな無責任な親元には帰せんな。
俺達の国日本にはそういう決まりがあってね」
「そ、そういうわけには」
「では今すぐ引き取れ」
「それも困ります~」
「だめー、ファルちゃんつれてっちゃだめー、このわるものめー」
柱の陰から覗いて見張っていた子供達が、手に手に箒やモップなどの得物を持って大神官ににじり寄る。
相手の見かけが小さい子供なので、うちの子達も豪く強気だ。
「待って!
御願いだから私の話を聞いて」
「言い訳くらいは聞いてやろう」
精霊も切れそうなほど研ぎ澄まされた、魔力を帯びたオリハルコン刀をぶらぶらさせながらそう言う俺。
そして、冷や汗をかきながらジョリーが話し始めた。
「では、まずレインボーファルスについて、どれほど御存知ですか?」
「たいして知らないな。
なんか育てるのに魔力を馬鹿食いするっていう話だが。
前回の騒ぎで俺に目を付けただろう。
お前は、俺に加護を寄越した奴の一人だな。
もしかしたらと思って、今見たらレストラン予約リストに名前が載っているぞ。
あんときゃあ、よくもちゅうちゅうちゅうちゅうと遠慮なく吸ってくれたな。
お前に魔力の対価となる仕事を頼んだ覚えはない。
この食い逃げ野郎が。
帰れ!」
「わ、私は……えーと……すいませんでした~」
「こいつは、もううちの子だ。
お前らなんかに渡すつもりはない」
「えー、お話だけ聞いていただけないでしょうかー」
「命乞いくらいは聞いてやろう」
そして、そいつの話によるとレインボーファルスというのは精霊の守り神のようなものだという。
「なんといいますか、精霊から見たら非常に神聖というか、聖なる存在と言いますか」
「聖なるものねえ」
精霊達の聖地、精霊の森。
その森に危機があらん時には、ファルスの力は膨れ上がり、森を包みまるで詰め物のように中の森を守ると。
大量の魔素を吸収し、全ての災厄から精霊の森を守る『膨らむものファルス』。
その中でも、特別に良質な魔力で孵化させられたものはレインボーファルスと呼ばれ、とてつもない力を秘めるという。
かつて一度しか誕生した事のないレインボーファルスが生まれた今、精霊の森から大神官が派遣されたというわけだ。
それ……絶対に武の奴の仕業だろう。
チラっと見ると真理が首を傾げていた。
あれ、違うのか?
バルドスの爺め。
武の盟友なら、たぶんレインボーファルスの事も知っていたはずだ。
惚けてファルを俺に育てさせるつもりだったのか?
ファルの母親は、森にまで来た強大な災厄を払うために力を使い果たしてしまった。
その後、なんとかファルの卵を生んだのだが、育てるどころか孵化させることも出来ぬ。
そして先日の中継騒ぎを見て、俺のところへ持ってきたという事らしい。
しかし生まれてきた者は、またしてもレインボーファルス。
もうそのまま放っておくわけにはいかなくなったという話のようだ。
奴は口の周りをクリームだらけにしながら、そのように説明してくれた。
どうでもいいが、全く説得力に欠ける格好だな。
「一つ聞きたいんだが、お前らって魔力だけで生きていけるよね?
なんで甘いものにそう目が無いんだ?」
「はあ、何故だか自分でもよくわからないのですが、こうして精霊から人の身などに顕現すると、活動を支えるためにこういう甘い物を摂取したくなるのです。
何分こういうものは高うございますので、中々口に入らなくて。
そもそも精霊の森からでは入手が困難でございまして。
また我々は人とは異なり、料理のような事はいたしませんので。
いや、お恥ずかしい」
口の周りを拭いながらジョリーがそう言った。
ファル、こいつもそうなのか?
ファルが人化した事、おしっこをして元の姿に戻った事など聞いてみたが、そいつも首を捻っている。
まあ希少な存在なのだしなあ。
精霊の大神官でもよくわからないのか。
個人の資質という事もあり得る。
ファルは性格が大物っぽい感じの奴だし。
「という訳なので、私もしばらくここにおいてください」
「いいけど、ただでは駄目だな。
俺の下で働いてもらおう」
かくして、またしても妙な奴がケモミミ園の住人になるのだった。




