11-3 オルストン家
ピンポーンじゃなくて、ドアについている呼子の仕掛けがカラーンと乾いた音を立てた。
すぐに間を置かずに爺やさんがドアを開けてくれる。
「お待ち申し上げておりました。
アル様」
ここの爺やさんには、堅っ苦しい挨拶は抜きにしてもらっている。
なんたって俺はアントニオの相棒枠に収まっているような男なんだからな。
さっそく中へ通されてサロンにて待つ当主夫妻に挨拶をした。
「やあ、御目出度だって?
おめでとう~。
これ御祝いね」
一応、御祝いの品には俺が作成した素材による素敵ラッピングがなされている。
包装の支度は葵ちゃん謹製だね。
マルガリータさんは嬉しそうに、ちょっとうっとりしながら受け取った。
「まあ、ありがとうございます。
素敵な包装ね~」
「御気に召したなら、包装材などは別でプレゼントしますよ。
あと包装のやり方の資料なんかも」
そう、これは新生オルストン家のいい武器になるんじゃないかと思って、葵ちゃんに色々なやり方を、この世界の文章にて図解入りで書かれた説明書を作ってもらったのだ。
さすが現役の高校生だっただけあって、彼女の文章の習得スピードは速い。
このおっさんでは完全についていけない。
俺は特に外国語が苦手だしな。
あと、例の精霊の世界大中継の技術、あれも俺の魔力をバッチリ使っていたので無条件でゲットできた。
それを魔石に付与して魔道具に加工してみたのだ。
いわゆるポータブルDVDプレイヤーみたいなもんだ。
その魔道具に、ラッピングのやり方などを説明してくれるネット動画などの映像を記録して翻訳をかけたものだ。
この家が没落した理由の一つに融通の利かない脳筋一族というレッテルがあった。
出産時の御祝いの御返しに、このラッピング技術を御披露すれば、瞬く間に新しいオルストン家は一味違うと言ってもらえるだろう。
何しろ、ラッピング用素敵素材はこの世界では俺にしか作れない特殊素材ばかりだから、オルストン家経由でないと絶対に手に入らない。
他にも、日本式の各種デザインの包装紙でピシっと包まれた物品には、地球の外国人のように感銘を受けてくれるはずだ。
頑張ってこれを活用してくれ。
これにはマルガリータさんを守る意味合いもある。
彼女の出身が出身なだけに周囲からとやかく言われかねないので、それを黙らすための必殺社交武器として使うのだ。
必要なら他にも何か与える予定で、そっちの担当は葵ちゃんだ。
彼女はインターネットを操り、地球在住の女子高校生の友人・後輩の現地工作員を通じて、生の情報収集が出来る凄腕のエージェントだ。
この手の小手先の技術で我が祖国日本を上回る国家は、両世界を見回しても他に只の一つも存在しない。
更に俺の物品作成能力で色々と再現できれば、ほぼ無敵かな。
貴族社会に親オルストン派が誕生するのも時間の問題だ。
ケチをつける奴は……まずいないだろうな。
彼女マルガリータさんの支援火力が、この貴族殺しであるグランバーストなのだし、彼女の旦那だって大概なのだ。
アントニオ本人にはあまり自覚が無いのだが、「平然とグランバーストとコンビが組める男」として最早その名は響き渡っている。
おまけに奴自身も竜殺しの称号持ちなのだ。
元々がアルバトロスきっての武闘派の一門なのだし。
とりあえず特殊スタンドを組み上げて、そこに苦心して作った俺渾身の作であるプレゼントを吊るしてみる。
あれから検索して調べたのだが、これはスマイルメリーとかベッドメリーとかいう名称らしい。
いや、なかなかいい感じだ。
このスタンドは揺れたり衝撃を受けたりしても簡単には倒れないよう色々と付与が為されている。
アントニオにも揺すったりして試してもらった。
こいつは、うちのガキどもが色々とやらかすので、自然にたっぷりと磨かれた技術なのである。
目を細めてそれを見るアントニオ。
今の奴からは最初に出会った頃の、あの尖がった雰囲気はまるで感じられない。
数々の修羅場を潜り抜けて、ほぼ二十年越しの悲願を果たしたのだ。
さぞかし感慨深い事だろう。
用意されていたベビーベッドでは、素早くファルが上がり込んで御満悦な御様子だ。
可愛らしいファルス形態の彼女を、マルガリータさんが楽しそうにプレゼントのガラガラであやしている。
そういや、食い物を渡すのを忘れていたので慌てて出した。
これも喜んでもらえた。
当然ドラゴンも持って来てある。
オルストン家では、慶事にはドラゴン肉で祝う風習があるそうだ。
なんて一族だろうな。
アントニオも自分で狩ったドラゴンの肉は取っておいたらしい。
いつか家を再興した時のためにと。
復興した際に御祝いをして、領民にも振舞ってやったという。
俺はアントニオのアイテムボックスに、まだ持っていた三十メートルのドラゴンを丸ごと突っ込んでやった。
そういやスタンピードの時にまた三頭まとめて狩っていたな。
「へえ、ドラゴンなんて貰ってしまってもいいのか?」
「ああ、だってお前ら……結婚式、まだだよね?
ここじゃ御祝いにドラゴンが必要なんだろう?」
「あ、ああ。
でも色々あった俺達だからな。
そいつをどうするかと思っていたんだが、もう御目出度だしな」
「あー、でも貴族がそれじゃあマズイんじゃないのか?」
「ま、まあな」
そう言って穏やかに笑うアントニオ。
無理に御披露目しても、マルガリータさんがとやかく言われるだけだと思っているのかもしれない。
貴族の体面よりも彼女を誹謗中傷から守れるならばそれでいいと。
いかにも、こいつらしいよな。
だが、そんなものを黙って見ているアルさんではないのだった。
既にあるものは用意されている。
ただマルガリータさんが妊娠したので少し手直しが必要かもしれない。
その件は葵ちゃんに相談だな。
運動会の前に準備を終わらせねばなるまい。
というわけで、俺は早々とオルストン家を辞して国王陛下の前にいた。
また例の国王執務室の方で。
この王様も俺なんかによくホイホイと会ってくれるもんだ。
「……そういう訳なので、ちょっと各方面への根回しを御願い出来ますか?」
「うむ。
かつての王国の恥を美談に仕立て上げようというわけじゃな。
よろしい。
そちらの方はやっておこう。
結婚式の仕度の方は任せたぞ」
「任されました」
さっそく園へ戻って葵ちゃんに確認した。
「葵ちゃん、例の物は?」
「はい、手直しがいるんですよね。
御針子グループを転移魔法で現地へ運んでもらえば大丈夫です。
もちろんミシンも持ち込みで。
一応、地球の王国で王族が使った物を用意しました」
にこにこしながら葵ちゃんが答えてくれる。
こういう事って女の子は大好きだからなあ。
「うん、御願いねー。
あと運動会の方はどうかな」
これまた素敵な笑顔が却ってくる。
葵ちゃんはイベントが大好きだなあ。
そういや結構オタクさんなのだった。
「もうバッチリですよー。
予行演習もチビ達が張り切っていますしね」
お次はエリのところへ向かった。
「やあ、どんな具合~?」
「アル御兄ちゃん!
もうバッチリよ。
ほぼ完成品が出来ているから。
ちょと試してみて」
そこにある物は、プリンアラモード・チョコレートサンデー・バナナ? パフェなどだ。
そいつに使ってある物はバナナによく似た果実だが、バナナが嫌いな俺でも美味しいと思うような上物の果実を使っている。
そしてチ-ズケーキ。
俺はチ-ズケーキが大好きなのだが、これまた甘さ控えめで素晴らしい出来だ。
この子は本当に上質というものがよくわかっている。
最近暇があるとエリ-ンの奴がエリのところへ入り浸っているらしい。
エドがそう言って嘆いていた。
作るのが楽しい人と食べるのが楽しい人の組合わせで、しかも名前までも似ているしなあ。
仲が良くて何よりだ。
「上出来、上出来。
後で葵ちゃんにも試食してもらうよ」
葵ちゃんだけでは済まないだろうな。
うちには匂いに敏感な生き物が大量にいるんだし。




