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134-9 意外な伏兵

「いやあ、思わぬ奇襲を食らったな。

 おや、この匂いは!」


 娘も鼻をヒクヒクさせて、ふわーっと空中をそちらへ泳いでいきそうな勢いで体を乗り出している。


「いいかおり」


 うん、そうとしか言いようがない。

 こいつは!


 予想通り、そこにはバンダナ騎士が何名かで、うどんを茹でていた。

 これまた、なかなか微妙なビジュアルだった。

 ある意味で頭にバンダナならば、この場合は合っていないという訳でもない。

 衛生面からいえば、むしろ推奨案件かもしれないのだし。


「よお」


「あ、これは魔王様。

 いらっしゃいませ」


 そう言って彼らが作っているのは『カレーうどん』だ。


 こいつらは俺の事を『グランバースト公爵』とは、なかなか呼んでくれない。

 特に悪気があるわけではないのだが。

 至極、自然体でそう呼んでくれる。


 親愛の情が籠っているのはわかるのだが、兄弟国の正式な王族に向かって王国騎士団員がそれでいいのかいな。


 本国サイラスへエミリオの留学に付きあっていた頃は、公爵と身分名で呼び捨てだったくらいなのだが。

 あれはなんというか、いわゆる硬い呼び名という奴で、今の魔王様呼びは親しみが籠っているみたいなので、呼ばれる側としてはそう悪いものではない。


 まあ基本的に国を挙げて大らかな連中なんだから、そのような些事は誰も気にしてはいないのだ。

 ある意味ではアルバトロス本国の連中よりも、より初代国王に近しい雰囲気が香ばしく香り立つ。

 本日は料理もよく香っていた。


 なるほどな。

 香辛料を日頃からよく使う南の国ならばの料理か。

 東南アジア風のカレー麺料理だ。

 実際のところ、地球でも日本風のいかにもといった感じのカレーうどんを出す国はないはずだ。


 インドでカリ料理はインディアカ米やナンと共に食すし、東南アジアでも同じく細長い米に合った汁気のあるおかずで食すのだ。


 アジアの麺料理はまた違った趣だ。

 もしも同じ種類のジャポニカ米が流通している中国に日本風のカレーうどんがあったとしたら、それは多分日本から逆輸入した麺料理なのだろう。


 中華麺に限らず、小麦粉料理である『麺』こそは中華そのものだ。

 西洋のスパゲティとて、長細いタイプの麺が中国からシルクロードを渡り波及していった物のはずだ。

 パスタなんて色々な形がある。


 それは中国では、米の穫れないほど寒い北方での小麦粉食文化の一つとして発展したはずだが、日本では蕎麦などの素材で作る方向へもいった。

 首都北京も基本的には小麦粉飯のはずだしなあ。


 だが日本人は空気を読まず、中国の今まで米が作れなかった寒冷な土地でも作れる品種を開発してしまった。

 もし中国大陸に昔から日本人が大勢住んでいたら、そういう麺食文化が発生しなかったかもしれない。

 いなくて幸いだわ。

 こう見えて俺は結構麺食いなんだぜ。


 このサイラス人が作っているものには幾つかのバージョンがあるな。

 まずは東南アジア風の麺。

 ここは気候の割には稲作をしていないため、東南アジア方面とは違い米ではなく小麦粉の麺だ。


 東南アジアも長年中国地域の影響を受けた漢字文化圏であるので、東南アジア方面でも必ずしも米粉で作った麺とは限らないのだが、まあ東南アジアこそ水も豊富で米がよく採れる気候だよな。


 いわゆる中国文化の影響は大きいのであるが、『中国(中華人民共和国)』と呼ばれる国の歴史は八十年にも満たないので、中国文化圏と呼ぶのは個人的にやや抵抗がある。

 連中は中国四千年の歴史とか叫びながら、自分達で建国うん十年と言って式典をやっているくらいだしなあ。


 あの辺りは同じ文化を長く継承していながら、しょちゅう国の範囲や国名が変わっているのでややこしい。

 ちょっと前までチベットやウイグルだって中国じゃなかったしなあ。

 あのあたりは今まで何を食っていたんだ?


 中国の一部になっても食文化は変わらんのだろうか。

 あの辺は中国になる前から漢民族が大量に移住しているはずなので、占領されて併合される以前に中国の食文化も大量に流入している可能性もある。


 日本の天津飯とかじゃないのだが、本場の中国にはなくてウイグルやチベットにしかないような美味い中華料理なんかもあるのかもしれない。


 一応は国際的には(これも微妙だ)中国とは別の国という事になっている台湾や、戦争で中国からインドに分捕られた事になっているらしい中印国境にある、国境がはっきりしない地図上の境が点線になっている地帯なんかは、現在どこの国に属しているものかすら本当のところはよくわからん。

 中印国境とか印パ国境なんか紛争の度に『点線の位置』が微妙に変わっている可能性があるしなあ。


「どっちの国(の軍隊)が実行支配しているか」で判断するしかなさそうだ。

 あの辺はもう、国と呼ぶべきか地域と呼ぶべきか紛争地帯と呼ぶべきか、呼ぶ立場によって悩むだろう。


 シリアなんかは勢力図が本当にややこしいので、あの国のどこかへ転移魔法で出現したとしても、そこをどこの勢力が実効的に支配しているのかはよくわからない。

 へたをすると現地住民でも聞く相手によっては、考え方の違いにより答えが違うのかもしれない。


 台湾も、日本と国交を持っていた頃は日本から見て正式な国家と呼ぶべきなのだろう。

 だって「国交」を結んでいたんだからな。


 しかし中国自身が台湾は自国の一部であると主張している以上、台湾と断交して中国と国交を結んだ今はそう呼ぶのもなんなのだが。

 中国は多くの国と国交を結ぶ大国で、国連常任理事国の一つでもある。


 だが現在の、中国に脅かされまくりの国際的な日本の立場からしたら、やはり日本としては台湾を国と呼びたいのはやまやまだ。


 やっぱり日本や東南アジアなんかは中国地域文化圏とでも呼ぶのが正しいのか?

 とりあえず漢字文化圏と言っておけば間違いないのかもしれん。


 だが朝鮮半島なんかは、やたらとハングルに固執していて日頃は漢字を使わないので、漢字文化圏と言ってしまっていいものかどうかすらもよくわからん。

 一応はまだ漢字も使っているはずなのだが。

 アニメのエンディングなんかでも、スタッフの韓国人の名前は漢字で出て来るのが普通だよな。


 朝鮮料理で有名な冷麺なんかも、確か原料は小麦粉じゃなかった気がする。

 あれは米だったっけかな。

 なんだったっけ。

 あの妙に歯応えのある麺は米っぽくないんだよな。


 米粉で作った細長い奴というと、中国には春雨なんていう代物もあるので、食文化的にはやっぱり米粉麺も中国麺文化といえない事もない。

 あれも原料は米粉ではなく何かの豆の粉だったような気もするし、確か子麦粉以外の材料だったような気がする。

 米粉で作った物はビーフンだったか?


 俺の怪しげな知識では、あれらが元々は中国の食い物だったのか、あるいはベトナムあたりの食い物だったのかもよくわからない。

 とにかく、発想的には中国地域文化系の食い物だった気がするな。

 

 ただ中国で麺というのは、あくまで『小麦粉で作った食べ物』という定義なのであり、別に細長く作った物を言うわけではない。

 中国では春雨はあくまで春雨なのであって、中国では麺とは呼ばれない物だ。

 我が祖国日本においても、あれを麺と呼んだことはなく、俺自身もあれは春雨と言う独立した名称の物体であると認識している。


 蕎麦粉で作られた日本の蕎麦もそうだ。

 あれは日本では確実に麺類と呼ばれる物なのだが、現在の正式名称が中国と呼ばれる国の定義によれば、小麦粉で作っていないのだから麺ではないはず。

 蕎麦も元々は細長く作られていなかった。


 ああいう形になったのは、やはり中国料理の影響だろう。

 細長い麺類は、麺汁がよく絡んで美味しいし箸で食べやすい。


 中華麺類のDNAを色濃く受け継ぎながら、ああいうフォークやスプーンを使うような変わった食べ方になってしまっているスパゲティは、まさしく異端児の中の異端児という他はないが、漢字文化圏を完全に逸脱して伝搬したものなので、オーーバーシュートとして許される内容だ。


 まあ個人的には、「あのあたり」が(麺が細長い)麺食文化の故郷、発祥の地という認識だ。



 ここサイラス王国ブースの麺は、うどんやラーメンとは違い、平たく伸ばして細く切ったものではない。

 どちらかというと、小麦粉を練った塊を平たく伸ばさずに、手で横に細長く伸ばした「すいとん生地」に限りなく近いものだ。


 うーむ。

 これはもはや、うどんでもなんでもないぞ。

 多分グルテンっぽい感じがないみたいなので、うどんの腰はゼロに近いはずだ。

 限りなく中国系麺文化とかけ離れてきた気がする。


 しかし、麺を麺と言わしめる小麦粉原料的な意味で言えば、中華料理における『麺の定義』は満たしているわけだしなあ。


『小麦粉で作られている、うどんのような? 食べ物』である以上は、麺の故郷である中国食文化地域に敬意を表して、この怪しげな食い物も麺と御呼びするべきなのだろうか。

 そもそも、これがうどんであるかどうかすら俺にはよくわからんのだが。


 ええい、あまりややこしい物を出すでない。

 本日は『うどんフェスタ』なんだから、普通にうどんと呼べる物を出してくれよな。

 まあ食えばわかるかなあ。


 掬って口に放り込むと、すいとんの食感が口中に懐かしくエア再現されて蘇る。

 これは間違いなく『カレーすいとん』だわ。


 うーん、これはちょっと新しいかもしれん。

 まあ見た目は超極太のうどんにしか見えないのだが。

 実際には蕎麦がきに近い代物なんじゃね?


 それをそのまま、香辛料をたっぷりと使ったスープで煮込んだっていう感じだろうか。


 せめて、そいつを先に茹でてからなら良かったのだろうが、練った小麦粉の塊をそのまま放り込んだようなものだ。

 スープにも小麦粉の「とろみ」が出ている気がするな。

 カレースープだから、またそれが激しく合っている感じだ。


 カップに入ったのを一つもらってみたので、俺は味見しただけで残りは娘がパクついた。


 うん。

 間違いなく、すいとんでした。

 これがまた案外と悪くはないのだが、完全に新しい別の食い物だな。

 一応これ「うどんフェスタ」なんだけど。


 もう本当にサイラス人らしいな。

 細かい事などは一切気にしないのだ。

 そいつは限りなくドワーフに近い感覚だ。


 娘は辛そうにしながらも、美味しかったと見えてペロリと平らげていた。


 お次は、同じような感じの麺? をカレーっぽい感じのスープに入れたもので、こいつは汁気の多いカレーうどんの、すいとんバージョンだな。

 あくまで普通の麺ではなくて、すいとん派を貫く気なのか。

 このスープはそう辛くはなく、レミも楽々クリアしている。


 と思いきや、お次は普通のうどんだった。

 どうやら、こっちは乾麺を買ってきただけらしい。

 アルフォンス商会で売っている、ごく普通の乾麺だ。


 それは日本のスーパーでも商品棚に常備しているような奴だった。

 サイラス人の、この辺のアバウトさがまたなんともいえないな。

 だが、これでも十分に美味しい。


 これはスープカレーうどんと、カレールウに近いタイプと両方があった。

 うん、後者は本当に只のカレーうどんだった。


 俺はこういうのが好きだな。

 カレーうどん(小)を娘と一緒に堪能して、そこのブースを離れた。


 サイラス人独特の人懐っこい笑顔と相まって、なかなか楽しめた。

 多分、本国ではもっと癖のある奴を食しているのだろうが、今回は外国での催しという事で無難な奴を持ってきているようだ。


 あそこの国で食わしてくれた食い物はどれも口に合った。

 俺は東南アジア系の料理など結構いける方だ。

 むしろ、日本国内で作って出される東南アジア料理の方が口に合わないものがあったりする。


 すいとんか、いや懐かしい。

 お袋がよく作ってくれたが、俺は嫌いだったので絶対に食べなかった。

 すいとんは親父と俺は嫌いで、あれはお袋と姉で楽しんでいた。

 食い物の好みって不思議と家族の間でも偏るものだ。


 すいとんが嫌いな奴は青魚や鯨も嫌いで、そして肉や酒、その他の体に悪そうな物を好む習性がある。

 どいつもこいつも長生きは出来そうにないタイプだ。

 大概は成人病の常習犯に決まっている。


 そいつを御汁粉に入れてくれた「すいとん汁粉」は俺も食っていたけど。

 お袋はあくまで「団子」と言い張っていたけど、あれって絶対にすいとん生地だよな。


 お袋の作ってくれた、あのすいとん汁粉をもう一度食べたいな。

 今なら、すいとんの方だって我儘を言わずに食べるよ。


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