第133章 離宮のお正月 133-1 ウサギとお餅つき
今年も異世界に御正月がやってきた。
今はもう日本に帰れるし日本円の資金にも余裕があるので、御正月用品などは日本でも買い込んでくる。
やっぱり、本場日本で作られた品々が俺の離宮には相応しい。
御蔭でシェルミナさんも鼻高々だ。
主に、そのために輸入しているといっても過言ではない。
シルベスター離宮の前面には、日本の業者に特注で頼んでおいた大型で高価な法人向け門松が聳え、王宮正面入り口にも同じく巨大なそいつが屹立している。
これは兄弟国であるサイラスにも贈られたのだが、バンダナ騎士団や気候故にラフな格好をしている王族と門松の組み合わせは微妙だ。
東南アジアの国の大統領府や王宮と門松のコラボみたいなものだからな。
初代国王を神聖視するアルバトロスの貴族達の間にも『日本製門松』の注文が大ブームであり、またこの時期には日本製雛人形の受注も開始していて、アルフォンス商会は年明け早々に商売繁盛だ。
地球では貴重なカズノコも、こちらの海の産物で賄っている。
また地球産のカズノコは特別扱いされて、わざわざ買い求める貴族や商会などの富裕層はいた。
生憎な事にそれは日本産ではなく外国産なのだが。
お袋が言っていたが、太平洋戦争前は瓶に入ったカズノコをおやつ代わりにボリボリと食っていたという。
それもどうかなと微妙な気もするのだが、まあ魚の卵なので栄養価は高いと言えない事もない。
やたらと塩分が高そうなのが鬱だけど。
昔はそういう事をあまり気にしていなかったんだ。
そのせいで平均寿命に関しては微妙だったが。
うちの母方の爺さんも、確か七十歳で亡くなったはずだ。
親父の実家は田舎の一軒家の農家で、味噌まで自家製だった。
とびきり美味い物は無かったのだが、綺麗な空気や水、そして自然の恵みの恩恵で代々九十三歳くらいまで生きた。
近年の食事の洋風化や添加物等の影響で、親父方の長寿な一族も寿命はかなり短くなりつつある。
大きく増えた死因は癌だ。
やはり人は自然と共に生きるべきなのだろう。
大戦中に母方の家で飼っていた犬猫の飯なんか、味噌汁ぶっかけ御飯とか、おかか飯だったんだからな。
塩分調整一切無し!
とにかく保存食って、そういう大変体に良くない物なのだ。
ドワーフの正月飯などは塩分が高くて、日本の老人が食ったら即死しそうなほど塩分が高い。
だがトーヤ達に合わせて、親方一家は日本風の比較的健康的な御節に切り替えているようだ。
もちろん、それらは山本さん謹製の品だ。
日本でも異世界産カズノコとして、厚生労働省の厳しいチェックを通過して販売されている。
そう品質や味は変わらないのだが、物珍しさから結構売れているようだ。
こっちのカズノコは完全に無添加なので、その辺が富裕層に受けている。
これは織原のアルバイトだな。
今、自力で結婚資金を貯めているらしい。
なかなか見上げた根性の持ち主だ。
あいつは他にも、あちこちへ仕入れに出かけていて、いろいろとニッチな製品を取り扱っているようだった。
異世界の餅米とかも、案外とそれなりにあるようだが、それらも味は期待出来ないらしい。
前にメルスで食った餅も、ちょっと素朴な味わいだ。
ただし、あれこれとブレンドしてみると独特の風味があって、それなりに需要があるようだ。
山本さんがスキルで出す物は、日本の正規の品をベースにしているので純異世界産とは言い難いようだし。
俺も試食してみたのだが、異世界産餅米のブレンド品は、ちょっと俺の好みには合わなかった。
山本さんが美味しい餅米を作ってくれるというのに、何故そんな物をわざわざ食わねばならんのだ。
こっちの餅米の品種なんて、あまり人の手が入っていない、ほぼ野生の代物だ。
日本や周辺国を含めたところで作っていたジャポニカ米は、昔は愛知県で八割方改良していた品種だったらしいと子供の頃に聞いた。
矢作川の豊田側から取水していた明治用水が通っていたあたりが、その主な舞台だったろう。
子供の頃に社会の教科書で、安城市のあたりは『日本のデンマーク』と呼ばれたと習った。
その名残で、今でも『デンパーク』と呼ばれる公園というかテーマパークがある。
俺は中に入った事はないが、花をメインにしているようなので、カップルや家族連れに人気なのではないだろうか。
今でも安城市の明治用水沿いに設けられた自転車道を通ると、明治用水が走る西尾市のあたりまで田んぼばっかりだ。
今の日本各地で作るブランド米は当時の物とは違うとは思うけどな。
昔はササニシキとコシヒカリが二台巨頭だったが、ササニシキなんて店頭で見かける事もとんと無くなり、まるでプラズマテレビと液晶テレビの対決のようにコシヒカリの圧勝に終わった。
そして例によって地球から来た連中が、今年は異世界の餅つきに参加している。
離宮の庭で、いつもの連中の声がかかる。
「そーれ、行くぞー。
ジョゼ~」
まるで女性米軍兵士の特殊部隊員のように、下は迷彩服のズボン、上はカーキ色のタンクトップという出で立ちのベルーナが気合を入れている。
正月にはとても相応しくない格好だな。
在日米軍基地なら、それでもいいと思うが。
ベルーナも頭にはブランド物のバンダナキャップを装備し、手には杵を持ち、それを振り上げながら叫んでいた。
「ちょっと、ベルーナ。
気合を入れ過ぎて、あたしをつかないでよ?」
顔を顰めながら、おっかなびっくりに蒸した餅米を整えているジョゼ。
まあ、こういう行事って外人の方がやりたがるものなんだよな。
日本人の大人って、餅つきなんて面倒なのであまりやりたくないのだ。
特に最近の餅つき機は高性能なのでな。
それらは餅つき以外の性能も持ち合わせて汎用化されているので、今も電器店に並んでいる。
昔、子供の頃は、俺もあれで餅つきをするのが大好きだったものなのだが、大人になった今はちょっとな。
ちょっとつく具合が悪いと、餅つき機の中で餅がSF映画に登場するブロッブのように暴れて凄い音がしていたっけ。
あの辺の具合は洗濯機の脱水行程と一緒だな。
連中の傍には、可愛らしいウサギの四天王達が立っているので、何かあったら止めてくれるだろう。
うちのゴーレム達も忍んでいるし。
ウサギって餅なんて食うのかね。
まあ餅の原料だって、元は草の実なんだが。
ハムスターも御蕎麦なんかが大好きだよな。
連中にあれを食わせてはいけないみたいだけど。
まあ体に悪い物を食べたがるのは人間様も一緒だけどな。
子供達は、餡やきな粉などの用意をして皿を並べて待っている。
もっぱら織原組のチビ達だ。
素人が、そう簡単に上手く餅をつけないと思うのだが。
織原は西田ちゃんと一緒に、近くにテーブルを構えて準備しているが、少し距離を置いているのが笑える。
魔法でシールドまで張っているようだ。
織原組の子供達にも、あまり近づかないように注意していた。
「ジョゼ、そう心配しなくても、この世界には凄い回復魔法があるんだぜ。
それに首さえ残っていればエリクサーを使えばなんとかなるんじゃないか?
まだ試した事はないから命の保証は出来ないけど」
「シャラップ、魔王様。
だからってこの異世界で、日本の風習にどつかれたくなんかないのよ~」
「はっはっは。
じゃあ、お前がどつく方に回れよ」
「いやよ~」
顔を顰めているジョゼに、気合の乗ったベルーナが張り切って声をかける。
「さあいくぞ、ジョゼ」
だが嫌な予感に襲われたジョゼは、さっと手を引っ込めた。
まさに、その途端に杵が振り下ろされた。
うちのゴーレムは、そのくらいでは動かずに静観したままだ。
完全に見切っているのだ。
「ベルーナ、危ないわね!」
「ちょ、ちょっと手が滑っただけだ」
「もう! 交代よ」
だがベルーナほど肉体派ではないジョゼは、初めて持つ杵の重さをコントロールできなかったらしい。
まあ御嬢様だしな。
おまけにベルーナの奴は臼の上に、間抜けにも頭を突き出していたタイミングだった。
「きゃあ~」
杵を思いっきり降り過ぎて体が泳いでしまい支えられずに慌てるジョゼ。
だがゴーレムは誰も動かずに、アレクがちょいっと可愛い手を伸ばして支えた。
「あ、ありがとう~、アレク」
「ジョゼ、お前こそ気を付けろよな。
体力ないくせにー。
やっぱり私がつく」
だがアレクは上手に杵を持つと、ペタっとついてみた。
ウサギの手でどうやって持っているんだよ、あれ。
そして、ちょっと楽しかったらしい。
そのうち、ぺたぺたと可愛らしくつき始めた。
愛する御主人様と、いい呼吸でついている。
結構器用だな、こいつ。
少なくともこの俺よりは。
その姿を見て、「月にはウサギがいて、餅つきをしている」という昔の迷信みたいな話を思い出し
た。
あれって中国の話じゃなくて日本のオリジナルだったっけかな。
確か中国人には月の模様が違う物に見えていたような気がする。
その図体を別とするのであれば、アレクもウサギ丸出しのそのスタイルは可愛らしいだけのものだけれども。
新年明けましておめでとうございます。
おかげさまで、まだ連載は続いております。




