11-1 この子はだあれ?
ある日、園児達が大きな卵を拾ってきた。
それがケモミミ園の裏手に落ちていたというのだが。
これまたでかい、斑色の奴だった。
全長三十センチはあるだろう楕円系で、実に見事な卵型だ。
まあ確かに卵なんだけど。
ただし、黄色と青と赤の組み合わせとなる警戒本能を強烈に刺激するサイケな色合いの奴だ。
お前らチビスケのくせに、よく平気でそんなでかい卵を持ち歩けるな。
「ヤバイ」
一目見てセブンスセンスが疼く。
「駄目!
元あったところに捨ててきなさい!」
「やだーい」
「いーや」
「あたちがひろったのー」
「ぜったい、そだてる」
「おいちいかな」
おい、最後の奴。
これキノコだったら一発でアウトな色合いだぞ。
仕方が無い。
こうなったら腕づくで、と思ったら。
「パース」
チビどもめ、投げやがった。
あんなでかい卵を。
そして子供達がラグビーのように走って逃げる。
ボールもパスしあったり。
あぶねー、あぶねーよ。
仕方がないので無理に追いかけるのは断念した。
あの卵、絶対に俺の魔力が目当てだ~。
親か、それとも奴自身がなのか。
俺も少し考えなおした。
そいつが俺の知らないうちに、その辺で妙なものに孵化されても困る。
既に俺の自然放射魔力を収集済みなのかもしれんのだし。
例の精霊による映像中継の一件で、俺の魔力量も随分と上がったからな。
諦めて、そいつは園に置く事にした。
そして生き物係も決めた。
誕生した奴がヤバい生き物だったら、園児に泣かれようが喚かれようが、その場で遠慮せずに抹殺する覚悟でいる。
万が一の事があってはならん。
とりあえず目を離さないようにしよう。
どうせ今は秋のもふもふ運動会があるんで、そっちの準備に追われているから俺も園に居ずっぱりなのだ。
というわけで俺は思いっきり油断していた。
相変わらずなおっさんである。
昔、それで村が一つ焼き討ちに遭ったよな。
「「「えんちょーせんせー」」」
可愛らしい園児達からの呼びかけに、作業中だった俺の頬も思わず緩んだ。
「お、どした?」
「タマゴわれてきたのー」
俺は盛大に噴いた。
そして大慌てで卵小屋へと向かった!
「ピキッピキピキピキビキッ」
かなりヤバい音声付きで、今にも孵化しそうな巨大卵。
鑑定しても、やっぱり何の卵なのか皆目わからん。
卵事体に隠蔽がかかっているのだろうか。
あるいは、よほど特殊な物なのか。
卵は、やたらと丁寧に敷き詰められた藁の上に大事そうに置かれ、子供達が車座になって見ている。
子供達が、すげーワクワクしているっぽい。
みんな目がキラキラしていて、ミミと尻尾の動きが~。
場合によっては生まれてきた生き物を始末せにゃあならんので、俺としては大変に気が重い。
「ビキッビキッビキキキキッ」
段々と音が派手になってきた。
もしもの場合に備えてスマホで真理とアルスを呼び寄せる。
相変わらずスマホは注目度が高い。
お前らにこいつはまだはええ。
日本でも、お前らの歳だと親からスマホ取り上げてゲームをして遊んでいるような奴しか持っていないだろ。
二人とも駆けつけてくれたが、生まれるにはもう少し時間がかか……。
「ボヒュム」
なんだ?
何が起きた?
今、妙な音がしたな。
そして俺は目の前で両手をわたわたさせた。
う、前が見えん!
「キュウゥゥーー」
どうやら孵化した奴が卵から飛び出して俺の顔に張り付いていたものらしい。
そして次の瞬間、うっかりと超至近距離で真面に目が合ってしまった。
(あ、これアカン奴)
くそ、どうやら刷り込まれてしまったようだ。
しかもずり落ちてきたので、落ちまいとして鼻の穴の横あたりに前足をかけて頬の肉二か所をギュっと掴み、後ろ足で丁度唇の端の下あたりの顎の肉二か所を力一杯に掴んでいる。
向こうも落ちないように必死なのかもしれないが、それはもう言い様もないくらい大変に不快だった。
だが子供達が、そいつをすげえロックオンしているのがわかる。
仕方がない。
俺はそいつを愛すように優しくもふもふして、軽く魔力を流してみた。
すると、ふっとそいつから力が抜けて俺の掌に落ちてきたので、そっと受け止める。
上から見たり下から見たりしてみたのだが、何の生き物なのかよくわからない。
首を捻ったのだが、一応記録として撮影ポッドできっちりと撮影しておく。
一見すると可愛い雛っぽい感じの……ドラゴン?
だが多分ドラゴンなら雛でも、もっと一目でドラゴンとわかるはずだろう。
それとはまた違う不思議な感じの可愛さだった。
まあとりあえず危ない感じの生き物ではなさそうだから、このままケモミミ園に置いておいても大丈夫かな。
そういうわけで、みんなに宣言した。
「最初は見るだけね。
触っちゃ駄目。
生まれたての赤ちゃんだから」
「「「「えーー。えんちょうせんせーだけ、ずるいーい」」」」
抗議の声がコーラスしたが、ここは躾。
「まだ赤ちゃんだから、だーめ。
みんな、御兄ちゃん御姉ちゃんになったんだから我慢しな」
「うおー。おれ、おにーちゃんだー」
「あたち、おねーちゃんー」
おー、この手はまだ使えたようだ。
藁のベッドの上にそっと置いて寝かせながら、安心するように優しく頭を撫でておいたら、その子は瞑っている目をきゅっと更に細めた。
子供達も食い入るようにして、その可愛い様子を見ている。
鑑定。
「レインボーファルス。雌」
ん? 聞いた事のない名前が出てきたな。
「真理、レインボーファルスって聞いた事あるかい?」
彼女も少し思案げにしていたが首を捻る。
「ごめんなさい。
心当たりが無いわ。
それに、あたしって迷宮引き篭り歴が長いし」
そうだった。
こいつは俺と同じ、いやそれ以上の比べる事さえ馬鹿馬鹿しくなるほどの年月の、圧倒的なまでの引き篭もり歴があるんだった。
「アルスはどう?」
「悪い。
特に心当たりが無いなあ」
Sランク冒険者のリストにも該当無しか。
「心当たりを当たってくるから、ちょっとそいつを見ていてくれ。
なんかあったら連絡をちょうだい」
早速転移で王都冒険者ギルドの、ギルマス・アーモンのところへ向かう。
アルスの一件以来、他に知らない人がいないかどうか探知してから行く事にしている。
「ちわっす」
「おー、お前かー……」
だいぶ御疲れのご様子だな。
それっ、ヒール。
こいつは上手に使うとリフレッシュ効果がある。
「御茶でもどうだい?
あまり根を詰めてもよくない」
コーヒーを三人分入れて、チョコレートを出す。
「頭に糖分をくれてやれよ」
「ああ、ありがとう。
それで、今日の用件はなんだ?」
チョコを摘まみながらアーモンが訊いてくる。
「レインボーファルスって知っているか?」
「いや、聞いた事がないな。
レッグ」
資料の整理をしていたサブマスも、御茶休憩していた。
この人も案外と甘党なのだ。
実家で作ったゲロまずな薬を平気で飲めるのにな。
「今までの資料を見る限りでは、耳にしない名前ですねえ」
映像資料を見せたが、さっぱりわからないようだ。
まあ、まだ赤ちゃんだしな。
地球の哺乳類の赤ちゃんなんかでも種族の判別がつかない事も多い。
犬の子だと思って拾って育てていると狐や熊だったりする事もある。
そのうちに育つと、すぐに犬じゃないのがわかるけどな。
「魔力を御飯代わりに出来るっぽい。
この間の一件で、俺の魔力が凄いのが世界中の精霊どもにバレちまったからな。
なんか妙な案件を押し付けられたような気がせんでもない」
「はっはっはっ。
頼られているな、園長先生」
「まあ子供達が凄く喜んでいるからいいのだが。
とりあえずのところは、ケモミミ園のマスコットとして頑張ってもらおうか」




