10-4 盟友なる者
翌朝、俺が魔力の鍛錬をしている頃に殿下が起き上がってこられた。
「おはよう、グランバースト侯爵」
「おはようございます。
夕べはよくお休みになられましたか?」
「ああ、それはもう実に快適で素晴らしい夜を過ごしましたよ。
この小屋は一体どういう仕組みになっているのです?」
「えー、それは、あっはっは」
何しろ日本のプロが作った製品なのだ。
電気配線なんかも大変にしっかりしている。
俺が作った、なんちゃら製品とは訳が違う。
最初の頃はよくわからなかったのだが、今ならわかる。
これは間違いなく俺の魔力で動いているのだ。
魔力を電力に変換しているようだ。
世界を超えた際の「神の時間」に自分で(正確には『あいつ』が)創造したシステムなのだ。
魔法発電機と言っても過言ではない。
これを元に発電魔石を作成できた。
しかも最高の状態の安定したAC100Vを提供してくれる正弦波方式の奴なのだ。
これがおかしな簡易式のものだと、PCの充電などに悪影響があったりする。
少し古い自動車の室内にあるコンセントは、タブレットやノートPCのような精密電子機器に使用するには適していないような電力システムだ。
俺が作った良い発電システムは、葵ちゃんにもいっぱい渡してある。
彼女はケモミミ園の子供達向けにもあれこれと作ってくれているのだ。
さて、それでは出かけるとしますか。
俺達はまた隊列を作って、それなりに険しい山道を進む。
だが出発して一時間も経たない頃、俺はそいつの気配に気が付いた。
これは!
真理もアルスも気が付いてこっちを見たが、俺はにっこりと笑い返した。
それで通じるあたり、こいつらは得がたい人材なのだ。
「ささっ、殿下。
先を急ぎましょうか」
アルスは笑っていたし、真理はやれやれといった風情だ。
そして、そいつはついに姿を現した。
これまた巨大なドラゴンだ。
しかも俺が初めて出会うエンシェントドラゴンで、SSランクの怪物だった。
白銀の鱗、そして百メートルになんなんとする巨大な体躯。
まるで山の中にまた山があるようなものだ。
あまりにも巨大すぎて、道の前に立ちふさがる事が出来なくて、山の側方からこちらを向いている感じだ。
そして爛々と輝く緑の目には、これまた膨大な魔力を湛えていた。
このような巨体が、一体この山のどこに隠れていたものだろうか。
その凄まじい巨躯を覆い隠すには、この深谷幽山といえども容易ではあるまい。
王子様が息を呑んで固まった。
そして慌てて腰の剣に手をやるが、手が震えているので上手く柄が掴めていないようだ。
殿下、しっかり。
何せ、この試練は『無事に帰らなかった奴は一人もいない』のが最大の売りなんだぜ!
そしてドラゴンは、突如くぐもった声で言った。
「我は、この聖地鎌倉を守護する者、ダイブツの名を持つものだ。
何者ぞ。
この聖地を侵すものは決して許さぬぞ!」
おい、武……。
色々と台無しだよ。
まあ、お前の性格が段々とわかってきたような気もするが。
ちらっと真理を見るが、彼女も苦笑していた。
「ドラゴンよ!
道を開けよ。
我は稀人を祖とするこの国の王族だ。
試練を受けるためにやってきた。
道を開けねば成敗する!」
うん、そいつは俺がね。
すげえ格好いいセリフだったけど、若干膝が震え気味で、チラチラとこっちを見る仕草がなけりゃあな。
それに相手は図体がでかすぎて道を塞いですらいないがな。
それでもまあ見直した。
あの西遊記に登場する、情けないだけの三蔵法師よりはグッといけているぜ!
ドラゴンは目を細め、王子を値踏みするかのように見ていたが、やがてにっこりと笑い(驚いたぜ! ドラゴンって笑うんだ)こう言ったのだ。
「よくぞ来たな、アルバトロス王国第二十六代国王になる者よ。
我は初代国王船橋武との約定により、歴代の試練を見届ける者としての役割を持つ見届け人である。
やれやれ、今回はとんだ青瓢箪が来たものだと辟易しておったのだが、なかなかどうして。
気に入ったぞ、小僧」
おや、今までの殿下の醜態は全部見られていたようだな。
そしてそいつは次に、こんなとんでもない事をのたもうた。
「おい、真理よ。
久しいな。
ところで、そこの魔王は一体なんだ。
とんでもない魔力の持ち主だ。
そやつは本当に大丈夫なのか!?」
おい、ちょっとそこの蜥蜴君。
あっちの物陰でお話しようか。
主に肉体言語で。
その巨体が収まる物陰を捜す方が困難なのかもしれないのだが。
「ふふ、御久しぶりね。
実はこの人も稀人なのよ。
油断すると、あの武以上に自重がないから要注意中の要注意人物よ。
やる事為す事、あれと被るから」
武の奴め、とうとう自分の創造物から『あれ』扱いされるようになったか。
まあ無理もないのだが。
「はははは、そうであったか。
稀人殿、お名前は」
「俺の名は井上隆裕だ。
こちらの世界では、アルフォンス・フォン・グランバーストと名乗っている。
どうかアルと呼んでくれ」
「そうか、ではアル殿。
宜しくな」
「ああ、宜しく。
あんたの名前は?」
「我の名は白銀竜バルドス。
今は亡き船橋武を無二の友とする者だ」
そして話がまったく見えていない王太子殿下が混乱して訊いてくる。
「い、一体どうなっているんです、これは」
「え? これは試練なんでしょ?
ドラゴンにちょっと脅されて逃げ帰るような情けない奴に一国の王は任されませんよ。
こいつは王にならんとする者の覚悟を試すための試練なのさ」
「な、なんと……」
目を丸くする王太子カルロス。
「ちなみに殿下。
彼が敵でない事は、ここにいる俺達全員は最初からわかっていました。
俺やアルスはSランククラスの冒険者、そして真理に至っては千年来の知り合いのようだから」
「そうであったのか……」
殿下は、ややげんなり気味に天を仰いだ。
「それでは参ろうか」
おもむろにドラゴンがそう言う。
「え?」
殿下が、きょとんとした顔で間抜けな声を出した。
「我の試練を乗り越えし者は、我が案内する事になっておる。
あ、ちょっと客がおるが気にしないでくれ」
「客だと?
滅多にやらないような大事な試練の真っ最中にか?」
そう言うや、バルドスは人化を始めた。
それはもう壮絶な感じなのだが、本人は手馴れた物のようだ。
脇で見ていると、ベキバキボキゴキっていう感じで超大変そうなんだが。
なるほど、人間サイズでいるならこの山に居たって困りはせんわな。
それからバルドスの案内で山道を登っていく。
殿下もしんどそうだったが、試練の見届け人の前で弱音など吐けようはずもない。
歯を食いしばって、足元をもつれさせながらも必死で登っていく。
決して弱音など吐いたりしない。
それをバルドスは黙って生暖かい眼差しで見詰めていた。
脳裏に映るは、最早会う事も叶わぬ嘗ての盟友の姿か。
今しがた真理に聞いた話によると、この国を興す大変な戦いに、この竜も手を貸してくれていたものらしい。
共に戦った者達の行く末を見守り、王となる者に試練を与え導いてきたのだという。
先祖の盟友が見守る中、試練のために死に物狂いで踏ん張った王太子殿下の目の前に、山道を左カーブに抜けたところで道が開けた。
「ようこそ。
我が盟友船橋武の子孫よ。
ここが王太子の儀の試練を行う場所だ」




