10-3 王子様と山登り
機体は無事に目的地へ着陸し、全員機を降りた。
レビテーションの魔法で多少浮かせて着陸させたのでスムーズな事この上ない。
この機体にもゴーレム魔核を埋め込んであるので、単純な動作は自力でやってくれる。
裾野から見上げても、この山は実に雄大だな。
富士山みたいに綺麗な形ではないが、何か仙人でも住んでいそうな神々しさがある。
なんだかこう、修行の舞台とでもいうのか。
アメリカの奇岩地帯みたいなところじゃなくて、どちらかというと中国の昔の物語にでも出てくる幽谷のような感じが近いだろうか。
武道の修行をするには向いているかもしれない。
まるで孫悟空にでもなった気分だな。
今日はいい感じに雰囲気を出されておられる三蔵法師も御出でになられているのだし。
人数的にも見事に西遊記だ。
馬は戦略爆撃機だけどな。
みんなも、おおーっという感じでその風景を見ている。
チラっと殿下を見たが特にビビっている様子はないな。
まあSランクが、いやSランクが一人にSSランク一人がついているのだ。
他にもダンジョンの女王みたいな感じの、人外の馬力がありそうな御姉さんもいるし。
この強者三昧なメンバーと一緒なのにビビられていても、ちょっとな。
元々、最初は一人で来る予定だったのだろうし。
「殿下、もう御昼の時間ですよ。
腹ごしらえをしてから行きましょう。
たいした物は出せませんがね」
そう言ってピクニックテーブルを並べていく。
アルミテーブルを二つ、そして椅子を人数分出した。
互いに向かい合うようにではなく、スペースがゆったりするように椅子を交互になるように置いた。
まあなんというか、そういうのんびりした空気なんだよね。
それからアイテムボックスから出来合いの食事を出して並べていく。
コンソメタイプのカップスープに、あとはサラダパックに薄切りハムを添えて。
パンの缶詰のスライスと、もう食べ頃に焼き上げてある和牛サーロインステーキのハーフサイズ。
デザートとしてこの世界のオレンジに似たフルーツと、そしてアイスクリームに食後のコーヒー。
食事の後、しばらく腹ごなしの昼休憩をしてから十三時頃に出発した。
隊列は俺が先頭で次が殿下、その次が真理、そして殿がアルスの隊列だ。
そして殿下の足に合わせて、ゆっくりと山の斜面を上っていく。
ちょっと足元がゴツゴツとしているので、よく注意して進む。
魔法で道を均しながら行ってもいいが、ここは試練に使う場所なのだから、それだとさすがに趣がね。
あの口ぶりだと真理が事情をよくわかっている。
そう危険な事はあるまい。
そもそも、そういう趣旨の行事ではないのだし、真理自身がこの行事を始めた人の相棒なんだしな。
戦力は大幅に過剰なくらいで、何かあったとしても飛行魔法や転移魔法もある。
これが試練でなかったら、目視で転移とかフライの魔法や飛行機で上まで行ってしまってもいいくらいなんだし。
実に気楽なもんだ。
別に帝国の連中の相手をするわけじゃないんだしね。
もし帝国が相手だとしても、相手の人数によっては楽勝じゃね?
あのバランとかいう奴はまた話が別なのだが。
頂上まで約十キロ、そして曲がりなりにも道はある。
九十九折の山道で、なんというか富士山登山みたいな感じかな。
そこまで標高は高くないのだが。
日本では、普通に爺さん婆さんが早朝出発の日帰り登山で上る程度の山じゃないのだろうか。
標高八百メートルから、まあせいぜい千メートル前後までといったクラスの山じゃないかなあ。
しかし、さすがに只のピクニックロードではない。
石ころだらけの、時には大きな岩とかを登るシーンさえもある荒れた道だ。
まあ、ここまで道が荒れているのは富士山登山くらいのものか。
標高と空気の濃度の関係で、あそこまで息は切れないけれども。
時速二キロほどで、ゆっくりと上っている。
もしかしたら今日中に目的地まで着かないかもしれないな。
まあいいか。
それでも特に困りはしない。
そして、十五時にもう殿下がへばった。
まあこれも予想の範囲だな。
少々ふくよかな殿下の体型から予想すれば、こんなものだ。
デスクワークの多い人なのだから仕方があるまい。
「よーし、休憩~」
もうゆっくり休めるようにバンガローを出した。
ここで御泊りか、それとも車で行くかで会議をしよう。
殿下には、しっかりと休めるように御布団を出して差し上げた。
「これから、どうするんだい」
アルスが訊いてきたが、俺はのんびりと答えた。
「まあ、そのあたりの事は成り行きで決めればいいよ。
俺達は只の付き添いなんだから、その辺は殿下次第さ。
ここは別にダンジョンじゃないのだし。
御泊りだと、夜の見張りをどうするかだが。
それか、いっそ車で行っちまうか。
今日みたいに試練のような事をやる場合に、それもまたなんなのだが」
「車ってなんだい?」
「あー、アルスは見た事がなかったっけ?
じゃあ、今から試乗しようかね。
真理、ちょっと殿下の世話を御願い」
「おいおい」みたいな顔をした真理を置いて、さっそく車を出してアルスを車に乗っける。
しっかりとシートベルトに縛りつけて。
その辺の荒れた山道を少し走り回っただけだが、アルスがもう大興奮だ。
「凄い凄い!
なんで、これで行かないんだい?」
「それじゃ試練にならんだろう。
どうせ歩いたって高が知れているよ。
出発を朝からにすりゃ、夕方までには帰ってこれるくらいの楽勝な場所なんだ。
帰りは王宮まで転移魔法で帰ったって構わないしさ」
「それもそうだね。
でも帰りは、これで帰りたいなー」
ええい、子供か!
俺達が帰る頃には殿下も起き上がっていた。
さすがに車には呆れていたが。
「そうですね。
試練なのだから自分の足で行かないと。
ですが、今日はもう行けそうにないです。
申し訳ないけれど野営の準備をしていただけますか?」
「わかりました」
とりあえず、トイレ用バンガロー・シャワー用バンガロー、そして自分達用のバンガロー二つを出した。
夜の見張りは、寝る必要のない真理がやってくれるとの事だ。
彼女は、いつも夜は寝ないで子供達の見回りをしているのだし。
俺もレーダーで警戒アラームをセットしておく。
アルスはきっと何かあれば、すっと起きてくれるだろう。
いつものほほんとしているが、彼は俺みたいな素人なんかとは違って真正のSランク冒険者なのだから。
王太子殿下にはシャワーの後にビールなどを楽しんでいただいてから、今晩の食事の支度を整えた。
しっかりと登山の運動をしたせいで、きっと今までで最高の酒の味だったのではないだろうか。
夕食にはケモミミ園で作ってもらったポタージュスープ、街で作った特製ソース付きのビーフの冷製の香味野菜添え、熱々のポークしょうが焼き、パンケーキなどをお出しする。
日本から持ち込んだキャンプ場の赤ワインは殿下も美味しいと言って喜んでくれた。
遠い祖先の住んでいた国の酒というのも相まって。
食後はフルーツ盛り合わせに、オレンジシャーベット、コーヒーで締める。
まあ、そこそこのメニューである。
普通は、こんなところにくれば堅パンと干し肉なのだから。
なんと王太子殿下は、それを背嚢に入れて携行してきていた。
さすがはこの国だな。
いくら試練とはいえ、仮にも王太子殿下にそんなもんだけを持たせて一人で山登りをさせるとは。
これが隣の帝国かなんかだったら!
そういや、今頃帝国の連中はどうしていやがるのだろうか。
食事を終えると、殿下はこう申し入れてこられた。
「いや、御馳走様。
美味しかった。
今日はもう休ませていただくよ。
私も、もう少し体を鍛えねばな。
国王になったとて座ってばかりもいられないのだから。
それでは御休み」
そう言うなり、彼はバンガローに消えていった。
一応暖房器具を入れてあり、使い方も説明しておいたから快適そのものだ。
そういや王子様に毒見するのを忘れたな。
まあ今更か。
そもそも、ここには王太子殿下に対して一服盛るような不届きな奴など誰もいないしね。
というか俺達以外に人っ子一人いない、なんていうか只の山だわ。
それよりもドラゴンの奴め、ちゃんといてくれるんだろうなあ。
なんかそっちの方が心許なくなってきた。
なんたってドラゴンがいてくれないと殿下の試練にならないではないか。
いざ鎌倉っていう物が何なのかよくわからないのだが、王太子として国から正式に認めてもらうには、役人へ提出するためにそいつを持って帰らないといかんのだよね。
「机仕事の多い王子様は大変だなー。
帰ったら、なんか健康器具でも作ってプレゼントするかな」
「それもいいけど、僕達も飯にしようよ」
とアルスから催促が入る。
「そうだな。
じゃ適当にやるか。
大概の物は持っているから、何か食いたいものあったら言ってくれ」
俺達は、皆でわいわいやりながら飯を食った。
出来合いの料理をざっかけなく楽しんだり、簡単にバーベキューコンロで炙ってみたりして。
こんな感じの気楽な事も、たまには悪くない。
最近は血生臭いような話ばっかりで、いい加減にうんざりしていたところだ。
このアルスっていう男は、そういうムードを吹き飛ばすような特別な雰囲気がある。
この俺の二代目相棒には相応しい相手だぜ。
こいつだって、いつも脳天気な仕事ばっかりじゃないと思うんだが。
まあ何にしろ、不思議な雰囲気の男だ。
今日は真理も楽しそうにしていて、本来なら人造生物たる彼女が食べなくてもよい飯にも、ちゃんと付き合ってくれた。




