10-2 出発
「という訳なんで、真理。
今から一緒に行こう」
いきなりケモミミ園へ転移した俺が真理を誘ってみた。
突然に転移して人がいたりしないよう、自分の部屋には特別な空間を用意してある。
特殊な魔法障壁で、中に人が入れないようになっているのだ。
床に魔道具を置いて転移スポットを設置してある。
昔のSFに登場した転送装置みたいな雰囲気を醸し出してある。
「何が、というわけなのかしら。
また唐突ね。
それで一体どこへ行くというの?」
真理はチビどもをじゃらしながら訊いてきた。
「王宮だ。
エミリオ殿下の一番上の兄貴が王太子の儀とやらへ行くらしい。
俺も今聞かされたところだよ。
王太子殿下は文官系の人で、結構ビビっているみたいなんだ。
なあ真理。
お前、いざ鎌倉って何だか知ってる?」
真理は、「ああ~」とでもいうような顔をして天を仰いだ。
「まだ続いていたのね、あれ。
まあ、そう問題になるようなものじゃないんだけれど」
「そうなのか?
王太子殿下は相当ビビっていたぞ。
まあいいか。
真理も一緒に行こうよ」
「もう、しょうがないわねえ」
そこへ声をかけてきた奴がいる。
「面白そうな話をしているね。
僕も混ぜてよ~」
その声の主は、もちろんアルスであった。
一応、王太子殿下も御一緒なんだけどね。
まあこいつの軽いノリに乗っておけば、殿下も少しは気も楽になるかな。
「ああ、いいぜ。
三人までの人数枠は取ってあるから」
「どっかいくの~」
「つれてってー」
「おみやげー」
「ぶんかいしたいー」
「駄目だぞ、さすがに今日はお前らを一緒に連れては行けん。
王子様が一緒なんだからな~」
それとトーヤは何を分解するつもりだ。
最早口癖になっているな。
行楽に行くわけじゃないから御土産は期待すんな。
適当にチビどものミミや鼻をじゃらしてから真理達に声をかけた。
「じゃあ、行くとするか」
二人の肩に手を置いて一緒に転移する。
王宮へ行くと、次期国王様はなんとまだ自室のベッドの上に腰をかけていた。
ええい、まだ若い癖に本当に腰が重いやっちゃな。
俺なんか会社の夏休みに、行く予定がなかったにも関わらず前日に突然北海道ツーリングを思い立ち、真夜中には北海道へ向かってバイクで旅立っていたんだから。
昔は早朝に東京の首都高を抜けないと大渋滞で豪い事になっていたからな。
六時を過ぎたら、もう完全アウトの地獄絵図だ。
クラッチレバーを握る左手が腱鞘炎のようになる。
止まっちゃいけない非常駐車帯に入り込んで、ぶらぶらと左手を振る破目になる。
だって、そのままじゃ事故っちゃうんだから緊急避難もいいところだ。
今のクラッチを使わずに走れるタイプのスポーツバイクが羨ましいぜ。
「やあ、お待たせいたしました、王太子殿下。
このメンバーで行きましょう。
御支度の方は?」
「ああ、済んでいるよ。
では行くとしようか。
どうせ貴方の転移魔法で行くのだろう?」
王太子殿下は腰に装飾の入ったミスリル剣を差し、それから簡易な背嚢を背負った。
「いえ、初めて行く場所には転移魔法で行けませんので乗り物に乗って行きましょう」
「乗り物?」
「外で御見せしますよ」
転移魔法で王宮の前庭へ行って、それを出した。
前回の騒ぎで全く出番の無かった爆撃機だ。
こっちから敵を攻めるわけでもないのに、何故かハイになって勢いで作ってしまったこれ。
単に爆撃機の格好をしているだけなので、風魔法で垂直離着陸するドンガラだけの紛い物だ。
本来ならば、とても王太子殿下を御乗せするような代物ではないのだが、まあ遊びに行くわけではなし。
ささっ、殿下。
勇ましく軍用機に乗って、共に試練へと参りませう。
それを真理がまた呆れたような顔で見ていた。
こいつは民間機ではないし型も古いため、内部も相当ゴツイ。
何せ、ただでさえ武骨な操縦席の他に、照準して爆弾を落としたり、レーダーで敵を警戒したりなんていう人間の席がゴチャっとまとまっているような物なのだ。
俺が、わざとそういう雰囲気を出すように遊んで作った物だしな。
本物を参考にしたわけではなくて、あくまで雰囲気を出すためにあれこれとそれっぽく配置してあるだけなのだ。
本来ならば俺が操縦するわけでもないので、こんなコクピットみたいな物は不要で、ゆったり過ごせるルームに仕上げてあったっていいのだが。
アルスは非常にはしゃいでいる。
当たり前なのだが、飛行機に乗るのは初めてだろうし。
乗り込んでからは子供のように窓にへばりついている。
こいつがOKな物って、大概子供にも馬鹿受けなんだよな。
これはまた幼稚園用にも何か飛行機を考えておくか。
俺もさすがに爆撃機に乗るのは初めてだ。
おまけに、この五十代の俺が生まれる十年以上前から使っていたという代物がモデルなのだ。
設計は更に古いだろう。
たぶん我が井上家とも悪しき因縁の深い、あの太平洋戦争で使われていたB29の後継機なんだろうから。
ジェット機になった分はあれよりも上等な機体だ。
あの「少年ジ〇ンプ」より五歳も御兄さんである俺よりも、また更に輪をかけて御兄さんな機体なのだ。
もはや少年どころか「老人フライト」とでも言うべきものかね。
機体が就航当時にこれの機長だった人の孫が米空軍に入隊して、また改修されたこいつのパイロットになっていてもおかしくないほどのレベルでの超古株だ。
これで地球でもまだ現役兵器なんだから恐れ入る。
ハリウッド映画でも御馴染みのB52は非常に息の長い機体だ。
まあ、今はこういう物もあんまり使わなくなったしね。
最新の爆撃機は搭載兵器もミサイルばっかりで、新しくこんな超大容量の爆弾倉を持った戦略爆撃機の開発もしないだろうし。
もう高速の超音速ステルス爆撃機でミサイルやスマート爆弾などの誘導兵器を落としていく時代なのだ。
最近は急速に対空兵器も超高速化しているから、それなりの敵が相手だと非ステルスで鈍足な爆撃機だとすぐに御陀仏になってしまうだろう。
こいつと一緒の時代の空を飛んでいたはずの、太古の高速偵察機SR71ブラックバードすら、あっという間に撃墜されそうだ。
そのうちにレーザー兵器が対空兵器の主流になったら、この旧型爆撃機もようやく引退かな。
あるいは対レーザー反射塗装や日本製のステルス塗料を塗って、しつこく百年くらい使っていたりして。
だが、うちだって次回にまたVIP輸送の任務が入るといかん。
ジャンボジェットベースのフライングパレス・某有名航空機メーカー中型旅客機のビジネスジェット版・高級ビジネスジェットの大陸横断機あたりを作っておくとするか。
一応、今回も護衛の戦闘機隊を出してある。
あれもゴーレムパイロットを乗せるようにしたのだ。
ラジコン飛行機では機動もたいして期待が出来ないからな。
出発の儀式を王宮前の広場でやっているので、見物人の数が凄くなってきた。
よし、早めに出るとするか。
「テイクオフ!」
風魔法でゆっくりと機体を浮かす。
真理以外は、あらかじめ酔い止めを飲んでおく。
なんという事はない。
魔法工作で作ったドンガラが、風魔法でふんわりと飛んでいるだけだ。
だが直営の戦闘機が複数帯同しているため、なかなか見栄えがする王太子様の出立の儀と相成った。
苟も次期国王を目指す儀式なのだから、これくらい勇壮でも別に構うまい。
まあ急いでもしょうがない。
ゆっくりと空の旅を楽しんでもらおうか。
トイレなんかも、しっかりと装備してあるのだ。
レーダーを見ながらのアビオニクス飛行で飛ばしている。
飛行魔物を見つけると、護衛の戦闘機ユニットが空対空ミサイル魔法にてアビオニクス連動で自動迎撃してくれるので安心だ。
さすがに百戦錬磨の飛行魔物どもを相手にドッグファイトをやれるほどの能力は、まだうちのゴーレムにはない。
将来的には精進しよう。
さっさっと飲み物を用意して殿下に薦めた。
「殿下、コーヒーをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
ゆっくりとコーヒーを啜る殿下。
この方は何をやっても落ち着いている感じで、実に高貴な雰囲気がある。
もっとも、あまりにも落ち着き過ぎていて、まだ若いくせに腰の重い印象があるのだが。
強いて言うなら日本の皇族の持つようなイメージだろうか。
傍から見ていても日本人としては本当に好感が持てる。
今日はついてきてあげて本当によかったな。
エミリオ殿下も、いつか婿に行った先で立派な王になるだろうか。
この先も何かあれば、俺も彼を助ける事としよう。
あの子は俺に対して本当に良くしてくれる。
「この飲み物は口にすると非常に落ち着くね。
とてもいい感じだ」
ふうっと、気負っていた体から緩やかに息を吐いて、王太子殿下がおっしゃった。
「ええ。
カフェインというものが含まれていて、稀人の世界では大変好まれています」
「稀人の世界ですか。
それはどんな世界なんです?
少し興味があります。
何せ、自分の御先祖様が住んでいたところですので」
アルスも一緒に興味深そうに聞いている。
うーむ。
なんて言ったものやら。
「そうですね。
まあ、どこへ行ってもいいところもあれば、また悪いところもあります。
いいとか悪いとか一概には言えないですけど。
私は日本が好きです。
貴方の御先祖様、船橋武もそうだったでしょう。
良くない部分も、もちろんそれなりにありましたが、概ね他の国と比べて遜色はなく、我が国独自で良いところもたくさんありました。
そういう部分は外国人からも評判が良いです。
この国にもそれが受け継がれているのではないですか?」
「そうですか。
それは嬉しいですね」
思わぬ日本の話が聞けて、殿下も少し嬉しそうだ。
俺はMAPを見ながら、地形を確認した。
「おや? そろそろ現地へ辿り着いたようですね。
着陸します」
眼下には、件の試練の会場である御山が雄大に広がって見えていた。




