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10-1 王太子の儀

 アルバトロス王家の王太子カルロスは眠れない一夜を終えた。

 ついに、ついにこの日がやってきてしまったのだ。


 彼は寝台からそっと足を下ろし、膝の上に肘を置き、組んだ両手の上に顎を乗せた。

 そして叫んだのだ。


「あーー、行きたくね~っ‼」


 そう、今日は王家というよりも、王太子になった者にとって一生に一度の苦難の日であったのだ。


    ◆◇◆◇◆


 俺ことアルフォンスは、今日は急遽王様に呼ばれて王宮へと出かけた。

 急に一体何の用だろう。

 また帝国絡みの話なのだろうか?


 しかも呼ばれたのは謁見の間ではない。

 まだ午前中で、いつもなら謁見の仕事をしているはずの時間であるにも関わらず。

 案内された先は国王執務室である。


 そこは華美ではないが、超豪華な感じの部屋だ。

 壁も扉付きの棚なども、皆上等な材質の木材が贅を尽くした加工や塗装がなされている。

 派手な装飾品なんか何もついてはいないが、どれもこれも特級品である。


 出来のいい金のかかったスーパーヨットの、シックなオーナールームよりも遥かに上といった風情であった。

 実にいい趣味だ。

 こういう物は主の人柄が滲み出ている事が多い。


「うむ、よく来てくれたの、アルフォンス。

 実は折り入ってお前に頼みがあってな。

 私的な頼みなので、ここで御願いするのじゃが。

 御主、うちの王太子を知っておるな?」


「ええ、ちょっと大人しめの方ですよね」


 今まで直接話した事はなかったが、特に悪い評判は一切聞かない人物だ。

 奥手なのか、まだ独り身らしい。

 この大国の未来の国王が、いいのかそれで。

 確か、もう魔法使いになる歳の筈なのだ。


 そのうちに子孫を残しにくいような歳になっちまわないか?

 生殖細胞は経年劣化していくから、人間の寿命がどれだけ伸びても子作り可能な年齢は寿命に比例して伸びたりはしないのだ。


「あれも頭は切れるし采配なども悪くはない。

 仕事が忙しくても文句一つ言った事もない。

 いずれ王の仕事を任されたとしても、きっちりとその大役をやってのけるであろう」


「はあ、一体それのどこに問題が?」


 俺は腕組みをして首を傾げた。


「実は先日王太子に据えたばかりで、まだ『王太子の儀』を終えてはおらんのでな。

 国から正式に王太子とは認められておらんのじゃ。

 帝国とのごたごたも一旦収まったので、今がいい機会と思うてな。

 そういう訳での、ついにその日取りを決めたのじゃ。

 ついては御主に王太子の儀の付き添いを頼みたい」


 王太子の儀……この国に、そんな習慣があったのか。

 そういう話は聞いた事がないな。


「ええ、別に構いませんよ。

 それで、それはいつなんです?」


「実は今日なのじゃ。

 本来は試練なのだから一人で行かねばならんものなのでな。

 それでわしも迷っておったので、御主に話すのが遅れてしまった。

 まあ儀式なので、必ずしも一人で行かねばならないというわけではなくての。

 中には幼くして王太子になる者もおる」


「それで、その王太子の儀というのは、どんな内容なので?」


「うむ。

 北方にある山へ登り、ある物を取ってくることじゃ」


「そのある物とは?」

「いざ鎌倉、というものじゃ」


 はあ?


 思わず腕組みしたままズッコケた俺の顔は、実に間抜けそのものだった。

 おっさんなので、これまでも随分と間抜けな事はやり尽くしてきたつもりなのだが。

 それでも、こんな間の抜けた顔を晒したことは、かつて一度も無いだろう。

 そんな顔だった。


「ど、どうしたというのじゃ」


 国王陛下も俺の予想外の反応に驚いたらしい。


「い、いや何でもありません。

 王太子の儀は重要な儀式ですもんね。

 それは……あの、やはり初代国王の御提案なので?」


「そうじゃが、何か変かの」


(王様あ。そりゃあもちろん変に決まっていますがな。武~~)


 何か無性に興味が沸いてきたな。

 意味的には、まあわからん事もないのだが。


「他の人を連れていってもいいですか?」


「うむ、それは構わんが、あまり大勢ではの。

 あやつの格好がつかん。

 これがエミリオの歳ならば特に構わんのじゃがな」


「わかりました。

 総勢で、せいぜい二~三人に抑えます。

 それで肝心の王太子殿下はどちらに?」


「自室で支度をしておる。

 まだ出発の踏ん切りがついておらんのだろう」


 だから俺が呼ばれたんだな。

 国王執務室を出て、案内の人に王太子殿下のところまで連れていってもらった。

 おっと王太子殿下ときたら、まだ自室で座っていらっしゃるな。

 立ち上がれ、若者よ。


 こちらは割と質素な部屋だ。

 それなりに家具とかはあるのだが、豪華さは欠片もない。

 すべて上質なものではあるのだが。


 なんか、この人からはフランスのルイ十六世あたりを彷彿とさせるような朴訥さを感じるな。

 質実剛健を良しとする土地で生まれ育った俺的には、こういう人物には非常に好感が持てる。


「王太子殿下、御初に御目にかかります。

 アルフォンス・フォン・グランバーストです。

 王太子の儀に行かれるそうですね。

 国王陛下から頼まれて御一緒する事になりました。

 宜しく御願いいたします」


 胸に指を揃えた左手の掌を当てて、この国流に礼を尽くしながら言った。


「初めまして、王太子のカルロスです。

 まあ、そう畏まらないで気楽にやってください。

 あなたの御噂はかねがね。

 あの爆炎が同行してくださるとはありがたいですね。

 何しろ私は文官肌な王太子でして。

 山登りというだけでも気が重いのに、竜が出るといわれているあの山へ一人で行くなんてと、今もこうして座り込んでいる次第です」


「そうですか。

 でも、そう御心配なさらずに。

 今まで行った人で、帰ってこなかった人なんていないんでしょう?」


 そう。

 そんな危ないところへ次期国王を一人でやる訳がない。

 俺なんか言ってみれば、ただの神社の御守りみたいなもんなのだ。


「まあ、それはそうなのですが」


 ちょっと歯切れの悪い人だな。

 だが玉座に座れば、きっと優秀な王様になるだろう。


「あと、ちょっと呼んできたい人がいるので、いってきます」


「ああ、どうぞ。

 って、ええ?」


 わざと彼の目の前で転移して消えてやった。

 こういう事は今のうちに慣れさせておこう。


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