9-11 死神の最期
ベルンシュタイン帝国は対外的に、リック・フォン・アスペラルド伯爵の爵位の剥奪と、それに加えて帝国からの追放処分を行った。
帝都ベルンの冒険者ギルドは、リックの冒険者資格を剥奪した。
表向き、帝国は自国の貴族が起こした不祥事について謝罪をし、俺とアントニオに対して各白金貨十枚の賠償金を払った。
そんな雀の涙のような金を貰ったって俺にとっては大幅に赤字だけど、安全は金には換えられない。
子供達は無事だったんだから、帝国と痛み分けの結果でもそれでよしとしよう。
俺は見事に子供達を守るという勝利条件を満たしたのだ。
これでもう帝国は、表立って俺とアントニオには簡単に手が出せなくなった。
その水面下の交渉の中で、マルガリータさんとその母親と妹、そして帝国に居た葵ちゃんについても帝国は文句を言えない事になった。
そうでないと俺がゴネると。
その辺の話はしっかりと伝えてもらった。
そして俺は交渉の場の入り口にぺったりと張り付いて、柱の影からじーっと日がな一日連中の事を睨んでいる。
柱に両手をかけて、顔半分だけを出して思いっきりジト目で。
交渉中の両国文官達が、こっちの方をチラチラと見てかなり気にしていた。
俺の悪評は王国・帝国に留まらず、生中継ライブにて全世界に響き渡った。
全世界の精霊の加護を受けたらしい事も伝わり、絶対に手を出したり関わってはならないとも。
よく見たら、俺の魔法PCのステータスに物凄い数の精霊の加護が犇めきあっていた。
魔法PCにカウントさせたら、二千万個以上の加護がある。
何故だろう。
本来なら非常にありがたい物の筈なのに、俺にはレストランの予約リストにしか見えない。
きっと食うだけ食って加護すら寄越さずに食い逃げしている奴が大量にいるのではないだろうか。
あれだけの無謀なまでのMPを食われたのだから、最低でも数億体は精霊がいたのではないかと思われるし。
いっそこんな加護は、一つ残らずゴッドディスコントラクトで全部吹き飛ばしてやろうか。
そうも思ったのだがなあ。
「いえ、それはさすがに勿体ないかと。
だって、それはもう前払いした物ですので」
大神官たるジェシカにそう言われれば、そうそう無碍にも出来ん。
くそう。
絶対にこの元は取ってやる。
精霊どもめ、一生扱き使ってやるからな。
精霊達を怒らせると大飢饉になったり、大災害が起きたりして大変らしい。
そんな風には全然見えんのだがな。
奴等、ただの食欲魔人にしか……あ、誰かに似てるなとか思っていたら、エリーンにか!
なんか、ちょっとゲンナリした。
あと俺には、何故か精霊魔王というおかしな称号がついていた。
どうも、みんながそう呼んでいるらしい。
せめて精霊王なのか魔王なのか、はっきりさせてくれ。
俺はどっちでもいいぜ。
リックがやってきた騒動の間、子供達はぐっすりと寝ていて何も気付いていなかった。
獣人っていうのは感覚が鋭敏なんじゃなかったのか?
みんな食い物の匂いには人一倍敏感なんだが。
まあ俺がなるべく騒動を遮断するように気を配ってはいたのだがね。
子供達を叩き起こして避難させるような不粋な事がなくて幸いだった。
アルスには約束通りに残金の白金貨五枚をやったのだが、なんだかここが気にいったらしく、もうちょっといたいと言ってくれた。
本当に自由人だな。
今は彼も転移の腕輪があるので、行きたいところへ好きに移動できるようになったのもあるんだろう。
あと、かつて彼がチームを組んでいたアーモンやレッグさんがアルバに居るのもある。
彼にとっては家族も同然の人達だったようだ。
確かに親子ほど歳が違うしな。
道理でアーモンから絶大な信頼を受けているはずだ。
少なくとも俺よりは。
ま、家族なんじゃ仕方がねえ。
この前のスタンピード騒ぎの時も、彼は現役Sランク冒険者としてアルバで彼らと共に魔物を待ち受けていたらしい。
Bランク冒険者の御二人はどこかでダンジョンに潜るつもりらしい。
ダンジョンの数の多い帝国の方面かな?
この国の北にあるダンジョンへは、あまり高ランク冒険者は来ないと言っていたしな。
この先も何があるのでわからんのでCランク冒険者部隊はそのまま維持しておいた。
俺の金払いはいいし、高級装備も無料貸与なので、みんな喜んでやってくれた。
国王陛下は、もうにこにこだ。
とりあえずの帝国の脅威を退けた上、相手に大きな貸し一つみたいなものなのだから。
しかも証拠を各国に公開した形で公然と、相手の無条件降伏に近い形での勝利なのだ。
笑いが止まらないとは、まさにあの事。
結局、幽閉された帝国の皇太子と瀬死の状態である皇帝はどうなったのかな。
もうどうでもいいやっていう感じで見にもいかなかった。
カメラポッドも、今の手打ち状態の中でバレたら非常にマズイので一旦回収してある。
アントニオからはまた礼を言われた。
マルガリータさん達の件で。
「今度ゆっくりと遊びに来てくれ。
この間から慌ただしかったからな。
マルガリータの母親と妹も、お前に正式な礼を言いたいそうだ」
「ああ、そのうちにな」
葵ちゃんは相変わらずレミのお馬さんだな。
絵細工の新作も絶好調らしい。
もう、こそこそしなくてもいいと言ったら嬉しそうにしていた。
貸してやったPCやタブレットで家族ともメールで連絡を取っているようだ。
写真やビデオメールを送り、俺と一緒にいる写真も送ったので、日本人の保護者といられるから家族も安心していたようだ。
可愛い子供達と一緒に笑顔を振りまく映像も送られた。
家族にはだいぶ驚かれたようだが、それでも無事な姿を見て喜んでくれたとの事だ。
いつか、きっとこの子を日本へ連れて帰ってやろう。
だが、あの伝説の稀人国王・船橋武にも出来なかった事が、果たして俺に出来るものだろうか。
案外と、今回俺に懐いた精霊どもが何か役に立つかもしれないな。
まあその時には追加報酬の魔力くらいは、たっぷりとくれてやるさ。
◆◇◆◇◆
その頃、帝国西部国境付近にて。
リックは必死になって隣国ザイード王国へと急いでいた。
ここは西部にある草原の国へと続く荒涼とした風景の岩だらけの山道だ。
西方への出征にも使われるので、それなりの道ではあったのだが。
この山を超えれば隣国の草原地帯へと抜けられる。
リックも正規の良く整備された街道は使いたくない理由があるのだ。
反対側はリックが敵対したアルバトロス王国で、帝国の下側に在る王国も具合がよくないので、こちら側へ抜けるしかない。
「くそっくそっくそっ。
あのグランバーストの野郎!
あいつさえいなけりゃあ、こんな事には。
なんで俺がこんな目に」
悪態を付きながら西の国境を越えようとしているリックがいた。
馬はあまりにも無茶に飛ばし過ぎたせいで、途中で息絶えてしまった。
足として大切な馬に回復魔法をかけてやる配慮すらないのは、いかにも使い捨て名人の死神リックといった様相だ。
その御蔭で荒い息を吐きながら、彼はゴツゴツとした荒地を、ややつんのめり気味に先を急ぐ破目になった。
「あの稀人野郎。
いつか、きっと必ず……」
「それは無理だな」
唐突にその声を遮るものがある。
「誰だ!」
古巣の帝国に追われる男リックは、いきなりかけられた声に飛び上がった。
「俺さ」
人の背よりも高い岩の上にその男は立っていた。
隠遁とした感じの一見すると学者っぽい感じの風貌で、口髭を生やしたマント姿の男だ。
「なんだ、バランか!
お、脅かすな。
俺は今日中にこの国境を越えないと帝国に狩られる。
今日は、お前に構っている暇なんかないぞ」
追われている身であるにも関わらず、同じ帝国のSランク冒険者だっ顔見知りのバランには、リックもそれなりに心を弛緩させた。
同じSランク冒険者なのだからという、一種の自負というか驕りがあったのかもしれない。
次の瞬間、バランは無言で猫のようにしなやかに舞い降りた。
最後まで台詞を言い終えられたのは、かつての同僚としての優しさなのか?
「それ」を見つめる寡黙な男の表情は変わらない。
リックは声もなく崩れ落ちた。
心臓の辺りに真っ赤な花を咲かせて。
それは無理だなと言ったバランの台詞の意味は、この世とあの世のどちらで理解したものか。
帝国はリックの口封じに出たのだ。
知りすぎた奴が何をするかわからない。
仮にもSランク冒険者となっていた奴なのだ。
止むを得ず追い出さざるを得なかったとはいえ、敢えて他の国の戦力とする理由もない。
Sランク冒険者同様に、世界に数人しかいない貴重な人材であった転移魔法使いさえ、あっさりと始末する奴らなのだから。
かつての同僚に看取られて散った、死神と呼ばれた男の最期だった。




