9-6 偵察
敵の迎撃準備にすっかり夢中で、一番肝心な情報収集を怠ってしまっていた。
いかん、いかん。
まずは手近な王宮から。
もちろん、一番情報が上がっていくはずであるトップの王様のところだ。
「今のところ、特に有益な情報は無いのう」
「そうですか」
それでは拙者これにてゴメン。
俺は両手を組み合わせ、忍者のように両の指二本を立てて、ドロンっていう感じに煙のエフェクトまで使ってかき消えた。
インビジブルの魔法で。
「全くもって、あやつときた日には」
国王陛下が溜息を吐いた。
それに構わず宰相が続ける。
「まあ、あれはあれでよいでしょう。
あくまで国軍以外のおまけである、有益なプラス要因となる人間ですからな。
それよりも来たる防衛戦の予算関係で……」
このおっさんにとっては御遊び同然の対帝国戦も、国の偉い人にとっては大変な事態なのだ。
うちは、いざ戦争となったら最悪はこの国から逃げちゃってもなんとかなるからな。
次にニールセンのところへ見に行った。
インビジブルの魔法をかけたまま、奴のマーカーを頼りに跳ぶ。
一応はぶつかったりしないように空中に出る座標の感覚で。
彼はいかにも貴族らしく、今は狩りの最中だった。
どうやら本日の獲物は中々の物であるらしい。
満面の笑顔を浮かべているので悪人面でもなんか憎めんな。
御付きの人を連れて思いっきり楽しんでいらっしゃる。
駄目だ、はい次。
そして帝国皇帝は。
執務室で……執務机の前でコックリコックリと居眠りをしていた。
まあ、あの歳だと執務とか結構しんどいよね……。
それを横目に、俺は遠慮なく色々と重要そうな書類を捜索していく。
だが、たいした戦果がない。
この前の時にニールセンのところで情報は漁りまくったからな。
ここへ上がってくる情報も、大半はあそこからくるのだ。
ここはそれ以外の国家情報も大量にあるので大変だし。
それから第二皇子を覗きに行ったのはいいのだが。
こいつめ、真昼間から女とハッスルしていやがった!
女との戯言でなんか言ってくれるかもと思って少しの間だけ頑張って見張っていたのだが、これをずっと監視するのは精神的に来るものがある。
なんで俺が、こんな奴のハッスルを見張っていなきゃあならんのか。
どんな罰ゲームなんだよ。
捜査の過程のために、押収したエロビデオの鑑賞を強制的に日がな一日させられている女刑事の心境だ。
俺は覗きの活動を非常に得意とする特異な冒険者なのだが、本物のエロい覗きは趣味ではないので早々に退散する。
特に有用な事は何も言ってくれなかったし。
まったく、どいつもこいつも!
皇太子さんよ、あんただけが頼りだぜ。
だが皇太子殿下ときたら……大量に積み上げられた書類の束と格闘していらっしゃった。
書類を広げたまま激しく唸っとらっせる。
せっかくの端正な顔が台無しだぜ。
「殿下、睨んでいらっしゃっても書類の束は減りやしませんよ」
理知的な感じで、偉い上司にも容赦がなさそうな二十代始めくらいの女性が言った。
「フランチェスカ、お前はいいよな。
自分がやるわけじゃないんだから」
「当然です。
それは私の仕事じゃありませんので」
帝国皇太子殿下ドランさんは、少し渋そうな顔で女性の方を若干睨みつつ、黙々と書類との格闘の続きを始めた。
こいつら……本気で攻めてくるつもりがあるのか?
監視していて馬鹿馬鹿しくなっちゃうな。
もう俺もケモミミ園に帰って、おチビと遊ぼうっと。
あとは監視カメラにお任せだ。
とっととケモミミ園に帰り、前から考えていたジャングルジムを設置してみた。
前に作るには作ってあったのだが、事故がありそうで危ないかもと思い設置は控えていたのだ。
全員に落ちて頭など打ったりしないよう念入りに申し付けてから、突撃のGOを出す。
一斉に新型遊具に夢中でとりつく子供達。
おチビ猫もえっちらおっちらと登頂していく。
獣人の子は力が強いから、一歳児でもこれくらいの事は出来る。
この子も、もうそのうちに二歳になるのだが。
逆に見ていて保護者の方がハラハラするんだけどね。
その様子をほっこりして見ていたのだが、はっと気がつくと天頂を制覇して高笑いをしている怪しい影が!
エリーン、お前か!
その勝ち誇ったようなドヤ顔をやめろ。
それはお前のために作ったんじゃなくて子供達のための遊具なんだからな。
次の瞬間「スパーーン」とハリセンの音が鳴り響いた。
地面に引きずり降ろされ、ジャングルジムの王者としての地位を剥奪されたエリーンは、エドに襟首を掴まれて引きずられていった。
それをジャングルジムの上から子供達が手を振って見送った。
最近はこういうのが毎度の日常風景だしな。
回転遊具も作る事は作ってしまったのだがなあ。
あれはまだ出す勇気はない。
俺がまだ小さな子供の頃、あれには凄く怖い思いをした事があるのだ。
あれに捉まったまま回し過ぎて、かなり勢いよく速度がついているのに手を放せなくなってしまっていてなあ。
なんとか死に物狂いで踏ん張って、回転が落ちて無事に降りられるようになるまで、かろうじて落ちずに済んだのだが滅茶苦茶に怖い思いをした。
あと、あれは何ていうんだったかな。
手でぶら下がって渡っていく水平に渡した梯子みたいな奴。
そうそう、確か雲梯だ。
小学校には鉄棒や滑り台と並んで、大概設置してあるよな。
あれもちょっと作ってみたのだが、ジャングルジムほどは人気が出なかった。
結構オランウータン気分が味わえて、なかなか楽しい物なのだが。
あ、なんと定番の鉄棒を忘れていたじゃないか。
たいした公園でも何でもないような場所にまで設置されている定番の中の定番のような遊具なのに。
さっそく各高さで作ってみる。
すると、尻尾で鉄棒にぶら下がる芸当を早速マスターした奴がいる!
その子は小柄な猫幼男だ。
かなり長い尻尾の持ち主なのだが、その使い方をついに極めたっていう感じで非常に御満悦の御様子だ。
その逆さになった格好のまま、ぶらぶらと揺れて大変面白い構図になっている。
普通、猫には無理なんじゃないか、あれ。
せいぜい、飼い主の腕に巻き付かせるくらいで。
大概は猿なんかの特技だよな。
それを見た熊っ子二人がなんか悔しそうだ。
あのまん丸尻尾じゃ、ちょっとあれを真似するのは無理だからな。
おじさんは、あの大変可愛らしい熊尻尾が大好きなんだけれど。
本日は大変有意義な一日だったな。
ケモミミ園の遊戯設備がいっぱい増えたよ。
そして引き続き、前から欲しかった物を作ってみた。
バンガローを高床式にして机・椅子セットを外して、『それ』を取り付けたものだ。
そう、これは『縁側』だ。
中には作成に成功した畳を敷く。
井草らしき植物は無かったので代用品を使ってイメージ作成で製作したものだ。
中には帝国土産を改造した掛け軸と墨絵も飾った。
壁は綺麗な壁土を配置し、その上からキレイな壁材を塗っておいた。
おっさんには左官屋さんのスキルは無いので、アイテムボックスの合成機能謹製の和風な壁なのだ。
ネットを通じて日本サイドの協力を受けて作成された浴衣を着て、醤油煎餅を齧って日本茶を啜る。
実に悪くない一時だ。
もう毎日これでも満足できる。
だが、ここは幼稚園だったのだ。
あいつらがこのような良い物を見逃がすはずがない。
あっというまに六畳一間の楽園が、ケモミミ園児で埋め尽くされた。
しかも何かこうケモチビ・ピラミッドっぽい感じで、びっしりと。
だが、一言だけ言っておくぞ。
「お前ら、畳の上では靴を脱げ」
子供達も御煎餅は気に入ったようだ。
口の回りを粉だらけにして食っている。
意外な事に、モダンな物が好きそうなカミラも和風な煎餅が気に入ったようで、バリバリと音を立てて齧っていた。
あ、一個大事な用件を忘れていた。
急ぎ転移魔法で代官のところへジャンプした。
だが会うなり言われてしまった。
「こんにちは、侯爵閣下。
今日はまた変わった装いですね」
あ、しまった。
ゆったりとした着流し風の着物のまま来ちゃった。
足元も草履だし。
まあ、とりあえずそれは無かった事にしてアイテムボックスを利用して、その場で一瞬にして日常系爆炎装備に着替え、日本茶と煎餅を勧めながら話を切り出した。
「そういや今度、帝国の奴らがこの街に攻めてくるんですよ」
思わずブッと御茶を噴く代官のエドモント氏。
「そ、それはまた。
帝国が王都ではなくてここへ?
一体何故でしょう」
手ぬぐいであちこちを拭きながら聞き返してくる代官。
「ケモミミ園狙いですよ。
私を精神的に追い詰め、剰え殺すと。
出来ればついでにうちにいるSランクのアルスを引き抜ければ良し、さもなきゃ彼も殺すと。
アントニオ、オルストン伯爵御夫妻も殺したいとか言っていましたよ」
「そ、その情報はどこから?」
「帝国の皇帝が自ら第二皇子に勅命を。
私、その場にいて盗み見していましたので」
代官はうーむと唸っていたが、こう言ってくれた。
「わかりました。
街の警備の方は厳重にしておきます」
俺も頷いて言葉を返す。
「こっちの方は迎撃準備が出来ていますが、帝国の奴らが不真面目で、ちっとも攻めてこないんで困ったものです。
早く片付けて夏祭りやプール開きをしたいんですがね」
代官は苦笑いして「それはいいですね」と言ってくれた。
俺も「街で色々な事をやりたいですよね」みたいな挨拶をして代官屋敷を辞した。
帰ってから、日本の幼稚園でも使っているような組み立て式幼児用プールを出してみた。
もう夏が待ちきれない。
それはとっくに作ってあったのだが、組み立てと注水試験がまだだった。
一応組んでみたのだが、あっという間に子供で一杯になってしまった。
おかげで水を入れる前にサイズの確認が出来た。
これなら十分使えそうだ。
一旦子供達をプールの外に出し、職員をみんな呼んできて注水試験をしてみる。
ありがたい事に水漏れは無いようだ。
さすがはアイテムボックスの中で精密に組んだだけの事はある。
俺が自分で組んだら、底の抜けた柄杓になりそうだ。
これだけ柄杓がでかかったらナンバーワンの船幽霊になれそうだ。
さっそく激しい水音がして、もう飛び込んだ奴らがいる。
そして次々と服のまま飛び込んでいく。
まあやるとは思っていたけどな。
日本のプールと違って常時浄化の機能を付与してあるので衛生面での問題はない。
溺れる奴がいないように職員皆で付きっきりで見ておいた。
うちの体力自慢なケモチビ連中に限って、まずその心配はないと思うのだが、まあ念のためだ。
季節は夏なので気温は高い。
日本のように梅雨で蒸し暑いわけではないので、この季節にしては快適だ。
冷麦・ソーメンもこの季節に向かって開発済みなので、流しソーメンをやるのも悪くない。
それをやるにしても、帝国が早く攻めてこないと落ち着いてやれない。
もうこっちから先に攻めるか、それとも催促してやろうか。
あと打ち上げ花火は試作したのだが、安全性に今一つ自信がない。
防御の魔道具を子供達に身につけさせれば大丈夫かも。
あのガラスの大地なら会場としてどうだろうか。
まるで砂漠のようにうねる虹色のガラス平原が、夜空の花火の光を反射して、きっと綺麗に映える事だろう。
今度お試しで、打ち上げ試験に行くかな。
またネットに動画を上げてやろう。
心は敵襲よりも、徐々に夏のお楽しみへとシフトしていった。




