1-7 盗賊
やれさて、これからどうしたものか。
俺は車を降りて歩いていた。
街へ行くまで何事もなかったので、少し油断していたのかもしれない。
こんな人の通る街道だから、魔物みたいに危険な存在もそうそう出ないだろうと。
その考え自体も間違っていると後で知ったのだが。
身体強化のレベルを上げようと思って、わざと歩いていたのだ。
なんでこのように変なレベルの上がり方をするものか、さっぱりわからない。
せっせと歩き、休憩しつつも五時間は歩いた頃、いきなり何かが空を裂く音が聞こえた。
なんだ? と思う暇もなく数人の男が前後を塞ぎ、俺は見事に取り囲まれてしまった。
うはっ、こんな経験は生まれて初めてだぜ。
アメリカじゃあ刃物強盗は経験したけどなあ。
あれは結構フレンドリーに攻めて来て油断させておき、それからいきなり刃物を突き付けるので心が固まって動けなくなる。
そういう感じで心の落差に付け込むような悪質な強盗だった。
この連中は、どう見ても瞬刻の間も御友達になってくれそうな雰囲気は欠片も見えない。
こっちは最初から警戒しているから、むしろアメリカの刃物強盗に遭うよりは心に余裕がある。
あの羆数頭分の迫力があったグリオンに比べたら、こいつらなんか只の人間なのだからな。
よく見たら足元に矢が突き刺さっている。
さっきの音の正体はこれか。
たまたま時間を見ようとして、急に立ち止まったので命中しなかっただけなのだ。
また「いつもの奴」なのかもしれない。
こういう、まるで偶然のようにしか見えない危機の回避の仕方は、俺にはよくある事だ。
危ないところだった。
いけない。
失意のあまりレーダーを展開してなかった!
ええい、馬鹿か。
遅まきながらレーダーを展開したら、見事に画面が真っ赤っかだ。
はあ。
つまり敵意ありという事か。
全部で十人か。
全員、薄汚れた革の服を着て、その上から粗末な防具をつけている。
もれなく、いかにも山賊でございといった風貌だ。
目の前には八人。
木の蔭に隠れている伏兵が二人。
きっと隠れている連中は飛び道具を持ってやがるんだろうな。
この世界に銃はあるんだろうか?
連中は、手に手に刃物の得物を持って舌なめずりしている。
どうやら銃は持っていないようだ。
代わりに弓矢を使っているらしい。
あれだって殺傷力は馬鹿にならんがな。
地球でも昔はどこの国も、あれで殺し合いをしていたのだから。
矢羽根の出来を見る限りでは、連中が使っている弓矢の殺傷力は高そうだ。
こいつらは盗賊だった。
鑑定すると、軒並み殺人だのなんだのといった凶悪な罪状がずらずらと並んでいた。
駄目だ、ボーッとしていたら殺される。
俺は瞬時に判断して、アイテムボックスから車を出してさっと乗り込んだ。
この間の怪物に懲りて、随分と動きはよくなったようだ。
追い詰めた獲物が、まさかそんな方法で逃げ出すとは思っていなかったらしくて、あっけにとられる盗賊達。
俺は大急ぎでドアをロックする。
よかった。
乗り込もうとして、鍵がかかっていて慌てるなんて馬鹿げた展開がなくて!
すかさずエンジンをかけてシフトレバーをドライブに叩き込み、ぐいっとベタ踏みでアクセルオン!
その凄まじく唸りを上げる、俺の故郷である日本のデトロイトで生産された強大な四リッターエンジンの咆哮と、見た事も無いような派手な色彩の塊がフルスロットルを受けた結果の突進に、盗賊共は慌てて飛びのいた。
そんな緊迫した命がかかっている時でも無意識にシートベルトは忘れない。
習慣というものは恐ろしいものだ。
ついでに奴らの持ち物をいくらか目視でアイテムボックスへ収納しておいた。
それを元に奴らの所属とかがわかるかもな。
それは何かの役に立つかもしれない。
足元に刺さっていた矢も咄嗟に回収しておいた。
ふ~、危なかった。
これは脳内御花畑と言われても仕方が無い。
いやあ、命の安い世界だな。
俺はこのまま、この見知らぬ危険な世界を放浪するしかないのだろうか。
魔物に山賊か。
実にありがたくないな。
街の生意気な口を利く金髪ヤンキーくらいなら、相手が酒でも飲んでいる時にでも背後から忍び寄って、大きめのスパナで五十七回くらい殴れば大概は羊か丸虫のように大人しくなるのだが、こいつらは殺してしまわないとどうしようもないからな。
今度はレーダーMAPをしっかりと展開し、警告アラームも出しておいた。
さっきのところで、あの街から二十キロメートルくらいの位置まで来ていた。
今度はそこから十キロメートルほど走ったところで村が見えてきた。
地図どおりだな。
次の村はまたそこから三十キロメートル先だ。
広域地図によると、この国は日本の数倍の面積がありそうだが、人口密度はかなり低そうだった。
ちょっと空いたスペースで車を止めて、またシミュレーションをする。
さっきの二の舞は御免だ。
村へ入るのに車はやっぱりマズイよな。
特にこの真っ黄色の派手派手ボディは。
パンとジュースで腹ごしらえを済ませ、バケツトイレに小便をしてから服装のチェックをしてみる。
時計を丸ごと丈夫なステンレス製のアクセサリーのような物に変えてコピーし、アイテムボックスを付与してある。
左側には剣・ナイフ・槍・斧などの武器を入れてすぐ出せるようにし、火炎瓶やガソリンのインベントリ、発火器具のインベントリも用意した。
そして右側には、いざとなったら岩や鉄板を前に展開して盾に出来るように、その手の物を収納してある。
基本的に右で持つ物は左へ、左で持つ物は右に収納してあるのだ。
魔法PC内のアイテムボックスからも出せるわけだが、中には膨大な種類の物資が入っているので、いざという時すぐに出せなかったら命取りになるから専用のアイテムボックスを用意したのだ。
さっきは『『車~~!』』と、必死に念じたのだ。
車もすぐ出せるようにこちらへ入れてある。
さっきの事もあるので、車にも念入りに強化の付与をかけ直しておいた。
レーダーMAPもしっかりと展開する。
勢い込んで村に向かったが、柵で囲まれた村の入り口には誰もいない。
でも、きっとどこかで見ているはずだ。
そうだよな⁇
そのまま歩いていると、突然に誰何の声がかかる。
「お前は誰だ!
余所者だな」
そいつは普通に村人っていう感じの粗末な格好だった。
まあこんな村なんかじゃ余所者には煩いよな。
「こんにちは!
私は旅の商人です。
ここへは商売と一夜の宿を求めてやってきました」
俺はその厳しい声かけに精一杯の笑顔で対応してみせる。
「ほお?」
彼の顔には不信の二文字が張り付いている。
俺の格好が、ちょっとこの世界のファッションと微妙に違うからなあ。
革のブーツにジーンズ、トレーナーに革のジャケット。
背中にはやや大きめの、工業製品である大量生産品の綺麗な形をしたデイバッグときたもんだ。
そういう状態であったので、相手の関心を誘導するためにここで爆弾を投下してみた。
「この先で盗賊を見かけましたよ。
後、これは拾った奴です」
目視収納で引っこ抜いてきた、土がまだ付いた状態の矢を見せた。
まるで土付き大根並みの新鮮さだ。
いくら新鮮でもこいつは食えないけどね。
それを見た男は目を丸くして、「一緒に来てくれ」と言われた。
大急ぎで村長宅へ連れていかれたのだ。
ここは割合と大きな屋敷だな。
まあ、小村だからそうたいしたものじゃないのだが。
それから適当に脚色した内容で説明する。
「向こうにある街とこの村との距離の三分の一くらいの場所でした。
俺が出会った連中の人数は十人です。
実に凶悪そうな奴らで、かなり武装していました。
こっちが先に見つけたので命拾いしましたけど」
ここは、おおげさなくらい身振り手振りでアピールしておく。
矢も見せると、村長は口髭の生えた口元を一文字にして考え込む様子だった。
「最近、街道にて盗賊に襲われた者もおる。
至急防衛の準備をせねばならない。
いや、よく知らせてくれたな」
「村を襲撃する事もあるのかですか?」
「もちろんだ。
この界隈でも十年前に村が襲われて、その村は今はもう無い。
この矢はその時の連中が使っていたものに近い。
おそらく全部で十人などという少人数ではないだろう」
こ、こわ~。
そういうのってブラジルの奥地あたりだと、最近でも聞くような話だな。
あれはガリンペイロだったっけ。
連中の中には、そういう略奪した村の人間を皆殺しにするような無法者の奴もいるという。
手慣れているあいつらは、正規の国軍による掃討さえ免れるらしいし。
サンパウロあたりの都会から来たブラジル連中と話していたって、結構大概な話も聞かせてくれるから、当局の目の行き届かないような奥地ではそういう事もあるのだろうな。
ブラジルは警察なんかもヤバそうだし、そもそも治安が思いっきり悪い。
三十年以上も昔に知り合った、自分の会社のブラジル営業所で働いていたというリタイヤ層である日本人のおじさんから聞かせてもらった話は驚愕の内容だった。
向こうへ行くなり会社の上司から無言で拳銃と弾丸を渡されて、赴任祝いに『自分の身は自分で護れ』という言葉にされていないメッセージを贈られたらしい。
俺は思わず顔が歪むのを抑えきれなかった。
「矢一本で、そんなことまでわかるのですねえ……後、こんなものを一緒に拾ったのですが」
そして奴らの持ち物の中から、紋章のようなものが入った布を見せた。
途端に村長の顔色が変わる。
「奴らだ……」と呟く。
「この村に商店はありますか?」
現金が欲しいので訊いてみる。
これくらいの村ならば物々交換でもいけそうな気はするが。
「あるとも、この先を道なりに行けば村で一軒の小さな店がある。
あんた、塩は持ってないかね?」
「ああ、ありますよ。
塩・胡椒は持っています」
「それは良かった。
村の防衛戦もあるからな。
代官経由で入手を依頼しようかと思っていたところだ。
丁度いいから店に卸しておいてくれ。
村長のダムルにそう言われたと言えばわかる」
村長に浅く礼をして、村の少し歩きにくい凸凹道を急いだ。
木で出来た垣根に沿った石ころだらけの道を、指定された通りに歩くと本当に小ぢんまりとした、粗末な店があった。
「こんにちは。
ダムル村長に言われて来ました」
「はい、こんにちは。
なんだい? お前さんは。
村長がなんだって」
いかにも村人でございといった感じの粗末なシャツとズボンを着た店主が、俺をじろじろと無遠慮に眺めまわしながら聞き返してきた。
「ああ、私は旅の商人なんですが、途中で盗賊団を見かけまして。
なんでも昔この界隈の村を襲った連中かもしれないという事で、防衛戦の準備に塩とかが欲しいと」
ここでは、いつもは使わない丁寧な言葉を猫なで声で出してみる。
「なんだって?
あの傭兵崩れである手練れの連中か!
わかった。
塩はあるだけ出してくれ!」
今、会話の中に何か非常に物騒な単語が混じって……。
一応、バッグが寿司詰めな感じを装って、実はバッグの倍くらいの量の商品を出した。
プラ瓶詰めの容器をガラス容器と木の蓋に置き換えてコピーしたものと、テーブル胡椒の容器を同様にしたものだ。
「こりゃあ」
と言って店の主人は目を丸くする。
ヤバイ、何かまずかったか?
「何か?」
俺は緊張気味に聞いてみた。
「こいつはまた立派な容器だな。
結構値段が高いんじゃないかい?」
「さあ? そんなに高くなかったですけど」と適当に誤魔化す。
粗悪なガラス瓶でも駄目だったか。
容器は全部木製にしておけばよかったかな。
だがもう遅い。
仕方がないので、これで強引に押し切る事にした。
「今はそんな事を気にしてる場合じゃないですよ。さあ早く査定してください!」
そう言って店主を急かす。
「わかった。
そうだな。
せっかく来てくれたんだし、容器も上等だ。
物もよさそうだし、一個銅貨五枚で引き取ろう」
俺は少し考えるような素振りをしてから答える。
「わかりました。
初めての取引ですし、それで手を打ちましょう」
いかにもサービスしましたよ、という感じでにっこりと取引に応じる。
どうせ原価0円なのだし。
いやいや、元はちゃんと日本で買ってきた物なのだ。
ちょっと物体コピー能力により増やしただけで。
塩胡椒各百個で銅貨千枚分になった。
しめて銀貨二枚と大銅貨三十枚と銅貨五百枚だ。
「悪いな、こんな村だからどうしても細かくなっちまう」
「いえいえ、良い取引をありがとうございました。
ちなみに宿はありますか」
「ああ、酒場を兼ねて一軒だけ。
たまに来るおまえさんみたいな行商人が泊まるくらいだ。
まあ宿に期待はしないでくれ。
その代わり安いぞ。
一泊銅貨五枚くらいだ。
塩一瓶分だな。
わははは」
よかった!
村経済の物価は安いみたいだ。
多分銅貨一枚で百円くらいかな?
とすると今の手持ちは日本円で十万円くらいかー。
まあ悪くないな。
一泊五百円かあ。
激安!
完全に大昔のバックパッカー向け宿の値段だなあ。
あるいは、それ以下かな。
相部屋のユースホステルだって一番安くても二千円台だった。
お金は手に入れたが、これをコピーしてしまうわけには絶対いかない。
盗賊達のステータスには「賞罰」がついていた。
やってしまったら確実につくだろうな、これ。
いざとなったら隠蔽先生の出番なのかもしれないが、この世界は油断がならない。
隠蔽を無効にするような、魔法スキルや魔道具がないと限らないのだし。
そんな危険は絶対に冒すわけにはいかない。
たとえ一兆分の一以下の確率だとしてもだ。
俺は元々極端にリスクを嫌がる人間なんだから。
それで却って人生が不幸になった事も多々あったくらいだ。
そもそも、金をコピーなんて精神的に受けつけない。
偽札作りは地球でもテロリスト国家の御家芸なのだから。
地球の共産圏の国って本当に駄目な連中だったよなあ。
最近はあいつらも結構金持ちになったから、今は一部の国を除いてやっていないのだろうが。
札のお金も相当ハイテク化しているから、貧乏国が真似て偽札を作ろうとしても難しいけどな。
俺の場合、商売品はいくらでも手に入るのだから、そのような事をする必要は全くないし。
そんな禁忌はちょっと受け付けない。
この世界にも、きっと鑑定持ちがいるだろう。
あれは別にチートな能力じゃない。
さっきの村の商人も持っていた。
スキルで鑑定されるのだから、やたらなものは出せないしな。




