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9-3 オルストン伯爵領

 昨日までの諜報活動の結果を国王陛下に報告した。

 すると陛下は笑って、こう言ってくれた。


「竜殺しコンビのSSランクとSランクを自ら敵に回し、尚且つもう一人Sランクを敵に回すと申すか。

 愉快な親子じゃの」


「全くです。

 だが油断は禁物ですね。

 皇太子は傑物、非常に厄介な人物です。

 俺の事を稀人だと疑ってますね」


「まあ、そのくらいは言うじゃろうな、あの男も。

 兄弟の優劣は幼き頃よりはっきりしておった。

 もし皇帝が早死にしておったら、もっと厄介な事になっておったわ」


「どの道、うちにちょっかいをかけてきたら死んでもらいますから」



 それから、まずアントニオのところへ顔を出す。

 せっかくの新婚家庭へこんな形で訪問したくなかったぜ。


 オルストン伯爵領、そこには突出した産業や特産品は無いものの、気候には恵まれている、なかなかいいところだ。

 領主が武功に偏る嫌いはあったものの、全体的には平均レベルを越える豊かな領地であった。


 代々、「我々貴族はいざという時に国を守れればいい。そう、あの初代国王のようであればいいのだ」という考えでやってきたらしい。

 その代わり、代々優秀な代官を置いていた。

 それはそれでまた秀逸な判断だと思う。


 先々代の代官を務めていたのが、あの爺やさんである。 

 爺やさんは無事に代官を勤め上げた後に、息子達の教育係として立派に三人を育てあげたのだ。

 どうりであの兄弟、曲がった人物が一人もいないわけだ。

 一番上の御兄さんなんか、ぐれていたっておかしくない境遇なのにな。


 オルストンのかつての屋敷を再び領主館にしたと聞いた。

 人に道を聞いたらすぐにわかった。


 その年配の人は涙を流し、「先代様には何の落ち度もなかった。これで先代御領主も浮かばれる」と喜んでいた。

 慕われているな、オルストン家。


 領主館の古びた、それで風格のある大きな扉のノッカ-を鳴らした。

 竜をあしらった素晴らしい意匠の作品だ。

 どうせ、この一族の事だからドラゴン退治とかしょっちゅうだったんだろう。


 このドアは是非とも欲しい。

 今度コピーさせてもらおう。


 しばしの後に内側から鍵を外す音がしてドアが開いた。


「貴方様は?」


「やあ、初めまして。

 アルフォンス・フォン・グランバーストと申します。

 御当主のアントニオ……じゃない、オルストン伯爵は御在宅でしょうか」


 執事さん? は素敵な笑顔で挨拶を返してくれる。


「ようこそ、グランバースト侯爵様。

 御活躍は主より聞き及んでおります。

 ささ、中へどうぞ」


 屋敷はなかなか趣のある感じだ。

 強いて言うなら、ラスベガスのダウンタウンにあるラスベガス創設から在ったような名門ホテルあたりを思わせる。

 シックなデザインと磨き抜かれた木の内装が風格を感じさせる。


 別にあそこまでボロくて古いわけではないのだが。

 むしろ隅々まで手入れが行き届いているといってもいい。

 一度没落した家なのにな。


 俺のそういった感慨を見抜いたものか、彼は続けて説明してくれた。


「この領地の代官はオルストン家に任命された最後の代官でした。

 いつかオルストン家が復興すると信じて、この屋敷もきちんと手入れされていたのです」


 そいつはまた粋な計らいだねえ。

 領民の皆さんも中々やるもんだ。


「アル」


 振り向いたらアントニオの屈託ない笑顔が出迎えてくれた。


「よっ」


 貴族家の当主に対する俺の軽い挨拶に苦笑いしつつ、だが熱く握手を求められる。

 こいつと会うのも久しぶりなんで、ガッチリと握手してやった。

 奥様も出てきてくれたので御挨拶を。


「御久しぶりです。

 マルガリータさん」


「御久しぶりです。

 アルフォンスさん」


 この面子なんで、そう堅苦しい事は無しで。


「随分急な訪問だな、どうした?」


 普通貴族だと、訪問の前に手紙を持った前触れが来るのが普通だ。

 奴も貴族に復帰したので貴族の風習に慣れようとしているのだろう。

 あの没落当時の頃はアントニオも小さな子供だったから、そういう風習には関わっていないだろうし。


「悪いな。

 今日はそれどころじゃないよ」


 手短に事情を説明してやった。

 帝国での映像も見せたら、さすがにアントニオも難しい顔をしていた。

 何しろ「家族諸共ぶっ殺す」って言われているんだから無理もないわ。


「そうか、知らせてくれてありがとう」


「またちょっと大変になるが、奥さんはしっかり守れよ。

 俺もまだうちに戻っていないんで、もう帰るわ。

 また連絡をくれ」


 そう言うや否や、俺は転移魔法で消えた。


「相変わらずせっかちな奴だ。

 爺、各方面に警戒するよう通達を出してくれ」


「かしこまりました」


「マルガリータ、心配するな。

 俺が必ず守る。

 それよりも帝国の連中は無謀だな。

 あいつにちょっかいをかけるなんて」


 それを聞いた奥さんは笑って、そっと主人の腕を取った。

 俺は防犯用に置いてきたカメラでそれらのやりとりを確認すると、唇の端を少し上げるのであった。



 それから、すぐにケモミミ園に戻って様子を見て回る。


「ただいまー」 

「どこいってたのー」


 ケモチビどもがわらわらと沸いてきた。


「ないしょー」

「ええー!」


「おみやげはー?」

「ええー!?」


 俺は、そんな子供達の様子に愛おしくなって、チビどもの頭をぐりぐりしてやった。

 ふと気が付くとすぐ後ろにアルスがいた。


「お帰りなさい。

 帝国はどうでした?」


「ああ、ちょっとヤバイ雲行きかな?

 エドや真理も集めて皆で話をしたい」


 そして全員が集まってから、おもむろに話し始めた。


「まあぶっちゃけ、帝国は俺とアルス、それにオルストン伯夫妻を殺すと言っている。

 アルス、お前は一応引き抜き工作ありで、それを断ったら殺すってさ。

 皇帝からの第二皇子への勅命だ。

 皇太子は渋い顔をしているっぽいがな」


「そりゃまた、豪く高く買ってくれたもんだ」とアルスは首を竦める。


「ははは。なんたって、お前は単に俺に雇われているだけなんだからな。

 アルバトロス王国の正規の伯爵や名誉侯爵とは一線を引かれるさ」


「あの帝国の相手は御免だなあ。

 逃げてもいいかい」


 笑ってそう言うのだが、こいつも結構目がマジかな。


「まあね。

 そのへんは情勢次第だ。

 俺だって、いざとなったら子供達を連れて逃げるし」


「それがいいかもね」


 元々フットワークの軽いアルスが笑いながらソファに体を預ける。

 

「いや、冗談抜きでね。

 家なんか収納で持ち運べるしな。

 ヤバかったら転移魔法で一旦退避してから俺だけが戻ってきて、攻めてきた奴らを片付ける選択肢もあるしね」


 色々と考えはあるが、ここは柔軟に行こう。

 勝利条件は子供達の生存だ。

 真理だのアルスだのは殺しても死にそうにないタイプなのだし。


 エドは冷静に聞いてくる。


「具体的にはどう攻めてきます?」


「まだわからないけど、仮にも俺達を相手にするんだ。

 Sランクくらいは寄越すだろう」


 帝国での諜報活動は、まだまだ継続だな。


 よし。

 退避先となる、文字通りの『セーフハウス』を作ろう。

 ストリートチルドレンの子供達を保護するような奴じゃなくて、物騒なハリウッド映画なんかでよく窮地に逃げ込む場所として用意するアレだ。

 その他の退避先も考えよう。


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