9-1 殺しのライセンス
晴れて、見事Sランク冒険者となったアントニオ。
だが、これであの帝国がいらんちょっかいをかけてくるのを諦めたとは思えん。
何より、あの瞬神ニールセン侯爵が大人しく引っ込んでいるわけがない。
今ベルンシュタイン帝国は、皇帝や第二皇子のような急進派が主流だ。
戦争に気乗りしていない世継ぎの皇太子なんか空気も同然の有様らしい。
もっと頑張れよ、次期皇帝陛下。
今のままだと皇帝になれないぞ。
なによりも、奴らはこのケモミミ園を襲撃する計画を立てていた。
そういう事なので我がケモミミ幼稚園は、只今絶賛KY(危険予知)訓練実施中だ。
念のために冒険者も増量しておいた。
アーモンの伝手で、信頼できるBランク冒険者を二人手配出来たのだ。
「へー、あの瞬神が相手か」
二人とも楽しそうだった。
ベリルとジョンソンという二人のBランク冒険者である。
どちらも三十代後半で、経験豊富な高ランク冒険者だ。
アーモンの話だと、かなりの強者だそうだ。
どことなくエドに近いような落ち着きを感じさせるタイプで心強い。
アルスはアルスで、いつもの如くだ。
「そうだね。来るなら歓迎してあげなくちゃね」などと言いながら、にこにこしている。
こいつが一番こええよ。
俺はまだこいつの能力を知らない。
知っていたらアントニオみたいに魔改造してブーストアップしてやるのに。
いざとなったら勝手に改造するとしよう。
アントニオくらい俺の自重無しに耐性があるといいのだが。
そういう意味では、あの男は本当に逸材だった。
そういえば奴は嫁さんを連れて領地へ行ったんだったな。
またいつでも遊びにきてくれと言っていた。
今はそれどころじゃないんだけど。
御祝いのベビー用品を開発をせにゃあいかんな。
少し領地開発を手伝ってやるのもいいかもな。
製糸関連の装置や編み機なんかを入れてやったらどうだろうか。
いきなりミシンは少しヤバイかな。
いつか本人に相談しよう。
編機なんか原理は簡単だから家庭用クラスならいつでもいける。
それくらいならネットを見ながら試行錯誤でも出来るだろう。
あれはうちにあったから、俺も弄った事があるし。
構造もミシンのように複雑ではない。
あれは丸ごと金属の塊だから、重機関銃の分解運搬みたいに、でかくてクソ重いけどな。
捨てる時に閉口した。
家庭用編機はプラスチック化の波に乗るまでもなく、需要減退により絶滅したのではないか?
ブームは彼氏へのプレゼントに手編みのセーターやマフラーをという方向へ向かったのでは。
大型の産業用の物も気候は結構複雑だが、基本的には子供達に作ってやった子供の玩具の編み機と同じ原理なのだから。
大元は地元西三河産の機械であるのに加えて、名古屋の工作機械の美術館で展示してあるのを見た事があるし、ネットに写真も載っている。
イメージ作成のスキルはマジで最高だから製作は可能だろう。
ああ、もうなんかのファンタジー小説みたいにネットで買い物できるようにならんかな。
理屈っぽいおっさんが自分で科学的根拠をベースに構築したスキルだから、そういう神様系のスキルは無いんだよなあ。
この世界、どうやら実在する神様はいないらしいし。
まあ絶対にいないと限ったものではないのだが。
おそらく、この惑星にも地球同様に『彼ら』が居るのではないだろうか。
こんな命に満ち溢れた星になら大概あの連中は居るもんだ。
とりあえず、帝国の方面には俺が偵察に赴くとしようか。
本陣の守りは、Sランク一名・Bランク二名・Cランク二十名・能力不明の強者である魔道ホムンクルス一名と手厚い。
真理は魔法が使えると言っていた。
元々、御本人様自体が魔法の塊みたいなものだしなあ。
更に俺の作ったヤバイ魔法を大量にアイテムボックスへ突っ込んでやっておいたのだし。
あいつの腕輪にも魔法を仕込んでおいた。
「あたし、今日から魔王を名乗ってもいいかしら」
真理はそんな事を言って笑っていた。
「うん、いいよ」
更に戦闘ポッドにバリアポッド、ナースポッドにいたるまで山盛り腕輪のアイテムボックスに突っ込んでおいた。
「あなたは、あたしに一体何と戦争させようとしているのかしら……」
などと言っていたが、気にせずに更にバッテリー用のベスマギル百垓MP分を突っ込んでおいた。
これだけ預けておけば、真理なら帝国のSランクなんぞに負けやしないだろう。
更に駐屯する部隊用に兵舎として、もう一つセーフハウス用の建物を建てた。
その後ろには射撃場を設け、魔法銃タイプのカービン銃を兵に貸与して訓練をした。
これはもちろんベスマギルはもちろん魔法金属なんか使っていない。
高純度の魔石が組んであって俺の魔力を込めてある。
予備弾倉ならぬ、予備魔石も持たせてある。
そいつも本物の銃の弾倉型だから使いやすい。
セレクターレバーで魔法の種類は切り替えられる。
スタン・ストーンバレット・アイスランス・ファイヤアロー・マジックアロー・エアカッター・エアバレットなんかだ。
初級魔法で御馴染みのものばかりだが、好きなだけ撃ちまくれるし、魔石の魔力消費を気にしないなら威力も上げられる。
魔法を使えない冒険者も、魔法を魔力の制限なく撃てる。
あくまでも貸与であり、本人以外は使えない制限付きだ。
これを分解しようとすると、またとんでもない事になる。
転移魔法によるホーミング機能がついており、真理のアイテムボックスがホームになる。
これらは真理の意思でも回収出来る。
ホーミング機能があるため、回収に目視の必要はない。
本来は出してはいけないものであり、俺も出したくはないが、ここは子供達の安全を最優先する。
ギルマス・アーモンが聞いたら、また目から火を吹いて怒りそうだ。
これが欲しくて変なちょっかいをかけてくる貴族とか外国勢力がいたら、なぜ俺が貴族殺しと呼ばれているのか、その身で思い知る事になるだろう。
◆◇◆◇◆
さて、偵察という事で久しぶりの帝国行きだ。
どうせ転移魔法持ちなのは帝国にバレている。
勝手にうろうろしていたって構わないが、今回は瞬神の動向を知るのが目的だ。
大人しくコソコソするとしよう。
御邪魔しまーす。
という事で、毎度御馴染みニールセン侯爵邸に直接転移した。
インビジブルや他の隠密系も発揮している。
ディスサーチを使用しているため絶対にバレないだろう。
ニールセン侯爵は執務室にいて、椅子に座っていた。
そして……居眠りしてやがった。
いい身分だな。
まあ御隠居なんだけど。
少なくとも軍は退いている。
御隠居なら御隠居らしく、大人しくしていてほしいものなのだが、まったく困った爺さんだ。
しかし、余計なちょっかいをかけて起こすわけにはいかないし。
俺は爺の額に肉とか書き込んでやりたい欲望をかろうじて抑え込み、遠慮なく部屋の中の資料なんかをさばくってコピーしまくってやった。
王国へ侵攻したり、うちを襲撃するための資料をな。
MAPで検索したらごろごろ出てきた。
隠し金庫の中にあったものまで金庫ごとアイテムボックスに収納してコピーした。
こういう物もきちんと元の場所へ戻せるのだ。
魔導式の警報装置でも仕掛けてあったならヤバイのだが、この世界の金庫にそういう類の物はないらしい。
あ、御爺ちゃん。
もっと寝ていていいですからね。
俺は収穫を土産に浮き浮きな気分で帰った。
それらの資料によると、今回のアルバトロス王国への侵攻は断念された。
弱気な! とか、王国恐るに足らず! とか勇ましい意見が相次いでいるようだったが、結局上の連中も今回は絡め手でジャブを食らわすという形で意見を統一したと。
内側から崩す方向なのは、この前にアルバトロス王国の腐敗にメスが入り少し風通しがよくなったのと、裏切り者を出し辛い雰囲気になってしまっているアルバトロス王国の現状を打開したいという話のようだ。
戦争は何も正面からのぶつかり合いだけではないのだ。
いわゆる非正規戦っていう奴だな。
悪いな、全部俺の仕業だったわ。
一言で言うと「俺を潰す」と。
前回みたいな状況で正面からやるわけにはいかないので、こそこそと攻めてくるという事のようだ。
子供達の拉致誘拐、その他いろんな手管で俺を精神的に追い詰めるとある。
これが日本なら、どんな脅しがあっても泣き寝入りで、訴えても警察はにやにやしながら御茶を飲んでいるだけ。
逆に世話をかけるなと警察から脅しの電話まで入ってくる始末だ。
脅迫事件ではないが、俺は実際に、被害者なのに警察から堂々と脅迫の電話を受けたことがある。
警察の部長を名乗る男が、「そう、お前は被害者だ。だが俺に面倒をかけるつもりなら、お前も加害者扱いにしてやる!」などとブルドッグ声で生意気な事を抜かしやがった(ノンフィクション)。
だが、ここは日本ではない。
「仕留めていい」
むしろ仕留めないと問題があり、他者から糾弾されるだろう。
日本だったら絶対許されない自力救済。
これが日本なら警察は一切助けてくれず、悪のみが天下の往来を堂々と風を切って歩き、国民は涙を飲むだけだ。
裁判所も悪には優しく、被害者には冷たい。
だが、ここでは王の名の下に正義の執行が許される。
既に俺の中では帝国の奴らはギルティ。
情報戦では、こちらが圧倒的に有利だ。
脳筋イノシシ帝国の馬鹿どもに地球人の戦い方を見せてやろう。
資料一式まとめたコピーを謁見の場で国王陛下に手渡して報告した。
それを見て陛下も難しい顔をしている。
そして、俺はぶっちゃけた。
「陛下、とことんやっちゃってもいいですか?」
「うむ、許可しよう。
この王の名の下に」
俺は見事に『殺しのライセンス』を手に入れた。




