8-6 狐っ子幼男トーヤ
彼の名はトーヤ。
狐っ子幼男六歳である。
そう、彼は最初にうどんで釣れた、あの狐獣人の子だった。
え? 幼男って何だって?
女の子が幼女なら、男の子は幼男だろ(独断と偏見)。
男女共通の表現が幼児なんだから、小児に男児女児という表現があるように、幼児に対する男の子の固有表現は必要だ。
彼は狐らしい茶色というか黄土色の綺麗な毛並みの持ち主だ。
しかもこいつは、結構『せんしょ』な小僧だ。
何かに興味を持ったら、必ずバラバラにして中身を調べ始める。
もちろん、それらは決して元には戻らないのだが。
まあそういう事って子供にはありがちな事だよな。
特に男の子。
俺もよくやったもんだ。
そんな様子を見ていると、将来は工房主を目指させてもいいかなと思っている。
最初から適性がわかっていれば、そっち方面を目指して行くのも悪くない道だ。
姉貴のところの上の御兄ちゃんが、またこれが『せんしょ小僧』で碌な事をしなかったもんだ。
だが高校大学と工業系へ行って、ついには一流企業の技術職になった。
こいつも、そういう方面にいけるといいな。
せめてここではいっぱい勉強していってほしい。
幸いな事に奴は非常に勉強熱心だ。
物品の解体にも思いっきり熱心なのが玉に瑕なのだが、まあそれはそれで探求心が旺盛という事でよしとしよう。
まあケモミミ園に置いてある大概の物品は俺がコピーをとってあるので、そういう物はバラバラにされても特に問題はない。
問題は個人の私物がばらされてしまった場合だな。
職員さんには、やたらと私物は置いておかないように注意してある。
とりあえず、奴を社会見学に連れていく事にした。
まずは王都で店を開いている顔馴染みの武器屋である親父ゴブソンのところへ。
早速、親父から快く見学の許可をもらう。
ついでにミスリル剣十本の注文をもらい、その場で引き渡した。
世の中には金持ちっていうものはいるもんだな。
日本円にして一本十億円の仕入れ価格の商品なんだぜ。
当然、売値はその倍だ。
ついこの間、同じ数を売ったばっかりだというのに。
まあこいつも滅多に出回らない希少な代物らしいけどな。
最初の頃、冒険者ギルドでも中古のミスリルナイフしか置いてなかったっけ。
あれでも二億円相当だったんだからな。
トーヤときたら、もうあれこれと弄り回し、親父に質問の嵐を浴びせかける。
あのきぶい性格のゴブソンの親父も妙に丁寧に答えてくれる。
仕事柄、こういう気質の奴は嫌いじゃないらしい。
まあ、そいつは俺もわかる気がするがな。
武器屋を御暇して、狐っ子が親父に可愛く手を振って別れの挨拶をしながらついてくる。
次は革職人のところへ行った。
ここは俺の侯爵用装備を作ってくれる店なのだ。
超一流の職人の腕前に、狐っ子のブラウンの瞳が釘付けだ。
獣人の持つ全ての感覚で集中し、耳もピンっと立てて職人の方に向いている。
職人もそういう子供からの素直な賞賛に悪い気がしないのか、いくつもの商品を見せてくれ、また様々なテクニックを見せてくれる。
その辺りの作業は教材用に色んな角度から撮影をしておいた。
ついでに俺の侯爵用のマントとブーツ、それに革の上下の受け取りを済ませた。
革の服は軽くて柔らかい材質の奴だ。
鮮やかに染め込まれた紋章も格好良く入っている。
紋章は神の鷹アルフォンスの名前のとおり、「鷹」をあしらったものだ。
そして派手に描かれた紅蓮の炎、いや爆炎が派手に存在を主張している。
それを見ただけで他国の貴族まで逃げ出すらしい。
少々悪行が祟りすぎたか。
失礼な。
いちいち、お前らの相手なんかしてやるほど、この園長先生は暇ではないのだ。
本日も園児の社会見学の引率で忙しいのだから。
店の者に丁重に礼を言って店を出るが、革の手入れ用の道具が売っていたので、ついでにそいつを買っていった。
あと丈夫そうな子供用のカバンも買ってやった。
子供にぴったりのデザインをしたショルダーバッグだ。
少し大きめサイズで、いつでも作りを見られるのと、手入れの練習用にと思って。
これはバラさないように申しつけておく。
「トーヤ、こいつは見本というか手本用だからバラしちゃ駄目だからな」
「はーい」
返事はいいが、それもまったく当てにならないのだが。
まあいい。
一応、バラされた時用にコピーは取っておいてあるので。
次は馬車屋だ。
今、馬車の車体にバネあるいはサスを組み込めないか検討中なのだ。
簡単なバネ式みたいな物はあるのだがな。
いかんせん乗り心地が良くない。
俺の車のサスペンションを完成品とバラした物と両方見せてやったのだが、とてもじゃないが同じように精密な物は作れませんと言う。
まあ無理も無い。
この世界の技術水準を遥かに超えている代物なのだ。
素材レベルで無理だろう。
出来る技術の範囲内で検討してみてくれと言っておいた。
今まさに、様々なアイデアを出していたところなのだ。
狐っ子ったら、それを見て、もうあれこれと質問しまくっている。
技術者がもう目を白黒していた。
でも何かいいヒントになったらしくて笑顔で送り出してくれた。
狐っ子はやりたい放題で、心行くまで馬車のパーツや工具を弄らせてもらっていた。
御昼は、王都でも美味しいと評判のパン屋さんへ行った。
御土産分も合わせて、あれやこれやと買い込んで広場のベンチで一緒に食べる。
こういうのんびりとした青空ランチも、たまにはいいもんだ。
ケモミミ園だと、いつも食事時は戦争状態だからな。
はっと気がつくと、三~四歳の子供がこっちへ来て指を咥えて見ている。
王都にも、やはりアドロスと同じような子達がいるのだ。
ここにいるところを見ると、元は親も普通に王都の市民だったのだろうが。
おそらく冒険者か何かだな。
たぶん兄妹なのだろう。
そっくりな顔立ちをした黒髪黒目の猫さん達だ。
どうやらまたボロニャンがうちの子になるようだった。
トーヤが近づいていって、二人を引っ張ってきて一緒に食べようと誘った。
二人は喜んで夢中になって食べている。
よっぽど御腹が空いていたのだろう。
ちょっと制止して、「いきなりがっつくとよくないから、そのくらいにして、うちへおいで。御飯ならいくらでも食べられるから」と言ったら目がうるうるして、「いいの? いいの?」みたいな感じでむしゃぶりついてきた。
十分にミミを愛でて気を落ち着かせたが、二人共もふもふだった。
ハプニングという事で、途中ではあるが今日はもう二人を連れてケモミミ園へ帰る事にした。
両手に花ならぬ福猫さんの手を繋いで帰ったら、真理が新しい子を一人抱えていた。
御互いに目を見つめ合い、ついハモった。
「「お前もか!」」
笑ってしまったが、真理の抱えている子は恥ずかしがり屋さんで、真理の服をきゅっと掴んで顔をうずめてしまった。
ストリートチルドレンにしては珍しいくらいの恥ずかしがり屋さんだ。
あっちは三歳の可愛い熊ちゃんだった。
ブラウンの髪と青い瞳のおチビさんだ。
真理が軽く抱き締めて優しく愛す。
俺達は三人を連れて園の中へ入った。
一応新入りの子供達に浄化はかけてあるが、着替えさせてよくブラッシングしてから食堂へ連れていく。
身なりを整えたので、皆ぐっと可愛くなった。
夕食の仕込をしていたコックのランドさんに頼んで、スープやパンに果物の皮を剥いたセットを出してもらった。
ゆっくり食べなさいと言って、後はトーヤに任せた。
この子は面倒見がいい。
元々狐系の獣人は賢くて面倒見もいいので、獣人の冒険者グループではリーダーを務める事も多いとアーモンから聞いた事がある。
二人の黒猫ちゃんはトーヤが面倒を見る事になった。
今まで見ていた元からのグループは、サブリーダーの子が面倒を見る事になった。
そこに新しく仲間になった熊ちゃんのサーニャも入った。
今までいた子の中で、唯一熊の獣人の子がいたグループだからだ。
二人はすぐに仲良くなった。
今まで熊ちゃんは一人きりだったので、もう一人の女の子もとても大喜びしている。
熊の獣人は数が少ないのだ。
また子供の数を少し増やして、ケモミミ園は今日も賑やかしい。




