8-5 チビ猫レミの大冒険
ネコミミおチビのレミ。
生後十八か月。
そして、スチリートチルドレン歴推定二か月以上。
拾ってきた子猫が警戒して、なかなか懐いてくれないという人の気持ちがなんとなくわかる今日このごろ。
最初見た時は髪もぼさぼさで結構ボロニャンだったのだが、しっかりと御風呂に入れさせて髪も梳かしたら、ちゃんと可愛くなった。
真理は上手に愛して御風呂に入れていた。
昔もよくそうしていた事があったらしい。
任せたぜ、副園長先生(勝手に任命)。
俺は御風呂オモチャの製作係だ。
指でつまむとキュっキュっと鳴くアヒルさんや蛙さんは異世界の必需品。
レミたんは銀髪にオッドアイの可愛いおチビさんだ。
金目銀目ではなく青と緑の組み合わせで、本物の猫とは違って幸いな事にオッドアイでも聴覚に障害は無いようだ。
本物の猫でも白い猫にオッドアイが多いらしいが、この子も髪は銀髪だから白に近いかな?
お耳は正三角形の頭に接していない二辺がやや膨らんで、ボワボワっとした感じになっている。
それは体の割におっきめだから、とても可愛い。
尻尾は細くて長い奴だ。
今日もあまりの可愛さに頭を撫でようとして、思わずひょいと手を伸ばしたら、見事なスウェイバックで鮮やかに躱された。
獣人のおチビさん、身体能力が高過ぎ。
あんた、ほんの数か月前まで完全に赤ん坊だったよね?
まあ、いきなり猫パンチのカウンターで拳闘や盾術の弾き技パリーを決められないあたりは進歩があったという事か。
他の子に聞いたところ、食い物を無心したりすると蹴りやパンチをくれてくる大人がいるので、本能的に振り払う習慣があるらしい。
いきなり後ろに立ったら、某有名殺し屋のように蹴られそうだ。
だが俺が他の子の頭を撫でているのを見ているので、俺は敵ではないと認識されてはいるようだ。
毎日おやつや御飯をくれる人だし。
とはいえ、まだ幼い体に染み付いた防衛本能は簡単には消去できないのだろう。
まあ気長に行こう。
この子も言葉を喋るようになったら変わってくるだろう。
姉貴のところの姪っ子も人見知りが物凄くて、今のこの子に近いようなチビの頃は俺の顔を見る度にピキっと固まってしまっていた。
もうこの子は一生俺には懐かないかも! と絶望していたのだが、三歳の時に父親の実家へ引っ越したら性格もアクティブになって、おっさんにも懐くようになった。
まあ、今回も気長に待つさ。
そんなある日の事。
レミたんは突然すっくと立ち上がった。
ん? どないしてん?
なんだか、何かの決意を秘めたような表情をしていらっしゃる。
ここへ来てから、こんな真剣な表情をするのは見た事がない。
そして外へ出て行こうとしている。
え? おチビ出ていっちゃうの?
おっさんの事がそんなに嫌い?
衝撃を受けたおっさんは隠密系スキル全開で、そっと後をついていった。
ここを出て行って、一体どうするというのか。
仲間だってここにいるのに。
心配すぎる。
おっさんの心配をよそに、彼女はすったすったすったと歩いていき、そして辿り着いた先は。
子供用バスケットゴールだった。
俺謹製である子供用の小さなバスケットボールを、よいちょっと両手で持ち上げると、えいっとばかりに投げた。
そして見事に外れました。
「頑張れ! リバウンドを制するものは……」
違うか。
レミたんはじっとボールを見ていたが、「ふんっ! 今日のところは勘弁しておいてやるわ」みたいな風情でゴールを睨み、しかし拾ったボールは投げずに放り捨てて、あっさりとそこを立ち去った。
強い決意を秘めた感じの割には根気がないのね……。
まあ、まだこんなチビなんだしな。
だが彼女の様子を観察していて、なんとなくわかった気がする。
どうやらここを出ていくつもりはないようだ。
バスケットゴール0~一才児用も作るべきかなー。
でも、その年代のおチビは一人だけだから1ON1も難しいしなー。
大きい子が相手だと一方的にボコボコにされちゃうだけだし。
次に向かうはサッカーゴールだ。
まあフットサルの子供サイズ用なんだけど。
こいつはネット通販なんかでよく見かけるようなチャチな奴だ。
子供がぶつかっても怪我をしないようにという事で、わざとそうしてある。
もちろん俺が作った物で、この世界では売っていない商品なのだ。
異世界にはサッカーの競技すらないからな。
今レミたんが履いている足回りはサッカーシューズではない。
街の工房で作らせた子供用の、機能より可愛さ重視の靴である。
素材も現代日本製の物を使った製品なので、この世界では俺が素材を与えた業者以外の人間には作る事が出来ない代物なのだ。
そして可愛らしい猫キックは見事に空を切り、レミたんは仰向けに倒れた。
しばらく動かなかったので心配で鑑定したら、特に怪我も状態異常も無いようだ。
そのまましばらく天を睨んでいたが、俄かに起き上がるとパンパンっと土を払い、まるで宿敵を睨むかのようにゴールとボールを交互に睨んでいたが、そのまま立ち去った。
どうやら心の中でライバル認定していただけらしい。
それから次に向かったのはシーソーだった。
座ってみたが一人なので当然動かない。
そして彼女は駆けた。
シーソーの上を。
もちろんシーソーの板は反対側にバッタンと傾いていった。
当然レミたんはコロンっと転がってしまったが、すぐに起き上がった。
パンパンして体についた土を払いながらも、なんだか凄く満足そうだ。
……これもシーソー遊びの一種と言えん事もないのだがな。
危険だから、この遊び方を禁止にするかどうか非常に悩んだ。
獣人の大きい子だと、これでもなんとか転ばないで遊べそうなのだが、レミたんにはまだ無理そうだ。
だが園長先生が悩んでいる間に、彼女は次の獲物に取り掛かった。
ブランコである。
鎖に捉まって強引によじ登り、揺れまくるブランコになんとか一人で座ってみた。
だが最初動かすために漕ぐための足が届かなかった。
必死に足をぶんぶんするも無駄な努力に終わった。
本人は必死なんだけど、ブランコは平静を保っていた。
駄目だ、可愛い過ぎる。
彼女には1カメから4カメまでがついており、あらゆる角度から捉えている。
うちの撮影ユニットは優秀だ。
また素晴らしい映像を地球へ届けられるだろう。
そして、レミたんは飛んだ。
体をぐっと縮めて、殆どお尻の反動だけに頼って。
これは、なんというかあれだな。
大きい子がブランコを漕いで、最後にその勢いでポンって飛ぶ奴をやりたかったんだな。
両手を下に向けて広げ、御膝を曲げて着地する感じが凄く可愛い。
ケモミミも左右三十度に開く感じで、尻尾はピンっ!
なんというか、猫耳獣人幼女ならではっていう感じの可愛らしさだ。
まあその場で飛んだだけなので、飛距離はまったく出ていないのだがな。
まだ地面に足すら届かんのだし。
また今度、おチビ用の極小サイズのブランコを設置しておくか。
お次はタイヤアスレチックか。
えっちらおっちらと、ちょっと芋虫っぽい感じによじ登ってタイヤのお立ち台に立った。
そして、ぴょんぴょんぴょんぴょんと飛び跳ねる。
三往復くらいしてから満足したもよう。
豪いドヤ顔だ。
そして彼女は最大の難関に挑んだ。
多分、人生最大の試練なのではないだろうか。
なにせ歩き出すようになってから、まだそう経っていないからな。
彼女が挑む塔は遥か高みにある。
そう、それは「滑り台」だ。
レミたんは、紅葉みたいな可愛い御手手でパンっとほっぺに気合をいれ、決意も新たに塔に挑んだ。
そう、あたちは登頂者!
まあうちの滑り台に、ド○アーガとかが出たりはしないから見ていても安心なんだけどね。
すぐそこにあるダンジョンの中なんかだと、へたをするとアレよりもヤバい奴がいるのかもしれんのだが。
幼稚園のすぐ傍にドラゴンまで湧くダンジョンがあるのはどうなんだろうと、今更のようにアレについて考察してみた。
日本だとヘリコプターなんかも幼稚園の上空は安全のため飛行禁止になっていたはずだ。
まあ考えるだけ無駄なのだが。
なにしろ、あれがあるからこそ、このアドロスの街があるわけなので。
まあスタンピードでもない限りは魔物もダンジョンの外へは出てこないのだし、それはもうこの間やったよな。
海溝性の大地震と一緒で、エネルギーを大放出したばかりだから当分スタンピードは起こらないのではないか。
まあ園長先生がドラゴンスレイヤーTの称号持ちなのだし、副園長先生だって長らくダンジョンの住人だったから、おそらくドラゴン相手にだってまったく苦戦しないだろう。
もし子供が危ないなんていったら、彼女がドラゴンの大群を相手にしたって全部仕留めるはずだ。
あの御姉さんってば、一体どのような凄い魔法を搭載していらっしゃることやら。
きっと結果的に幼稚園兼孤児院の晩のおかずが増えるだけの話だろう。
今度、室内用のちっさい滑り台でも作るか。
俺も子供の頃、それが子供部屋にあってよく遊んだなー。
そいつは二階にあって、また階段が急だったもんだから、その部屋に辿りつくのがダンジョン並みの難易度だった。
階段のつるつるな、まるで屋久杉かと思うような感じの木の板が滑りやすくて、幼児にとってはすげえ怖かったし。
降りる時も、階段に這いつくばりながら、下を見ないようにしてずりさがって降りていった。
あれと比べたら、ここの歩きやすい迷宮なんて只のピクニックコースみたいなもんだぜ。
ゴミを捨てても床が処理してくれるし、空調まで完備なんだからな。
レミたんは気合も新たに、えっちらおっちらと一生懸命に登っていく。
頑張れ、頑張れ。
まあ普通は、よちよち歩きの一歳児が一人で滑り台に挑戦せんけどね。
つうか、親が一緒にいたら止めるっしょ。
「登頂を始めてからどれほどの時が過ぎただろうか。
まだ頂上は見えない。
だが私は必ず行くのだ、あの天にも届かんばかりの頂まで!」
そんな雰囲気で必死こいて登っていらっしゃる。
そして彼女はついに辿りついた。
きっと今の彼女にはそこが世界の頂みたいに見えるんだろうな。
なんかスゲエ誇らしげだ。
やべえ。
あまりにも可愛い過ぎる。
しかし、そこには最後の難関が待ちうけていた!
そう。
滑り台は登ったら、滑って降りてこないといけないのだ。
彼女はきっと覚えている。
正面から大きい子達が滑ってくる、その迫力を。
それを見て結構ビビって尻尾が丸くなっていたのを覚えている。
あの時の事を思い出したら、ちょっとほっこりした。
今、彼女は人生最大の頂に立っている。
つまり……「山高ければ、また谷深し」な訳だ。
あれは本人からしたら、バンジージャンプ台の上か、スキーの本格的なジャンプ台のスタート地点、あるいはプールの超大型スライダー出発点とかに見えているんだろうなあ。
頑張れ、勇者よ!
あ。
足が滑ったー。
ころころと見事に転がり落ちていくレミたん。
「ニギャアーー!!」
可愛い悲鳴が俺の耳朶を打つ。
笑っちゃいけない、笑っていちゃいけないと思うんだけど、つい笑ってしまった。
そして優しく風魔法で受け止める。
ふんわり、ふんわりっと。
ターッチダウン!
ネコミミ幼女は無事に地面へ降りる事に成功した。
彼女は熊のヌイグルミのように可愛らしく地面に座っていた。
コングラッチレーション、君こそ勇者だ。
レミたんは可愛らしい御尻についた土をパンっと払うと、スタスタと園の建物の方へと歩き出した。
だって今日のおやつは彼女の大好きなカップケーキなのだから。




