1-6 初めての街へ
そして異世界にて四日目の朝がやってきた。
う、体中が痛いぞ。
さすがに俺の車の荷台で丸くなって寝るのは無理があったか。
脚の裏側を圧迫するので良くないが、次はやっぱりシートを倒して寝よう。
震災の時などは車中で寝る際にはこれが一番良くないが、何かクッションになるような物ををかましておけば少しはマシになるかもしれない。
朝食は野菜ジュースとサラダ、作り起きのハムエッグにオニギリと味噌汁の準和風定食の組み合わせだ。
今日も頑張って荒野を行かねばならない。
朝から栄養はしっかりと摂らないとな。
さあ出発しよう。
この異世界の荒野へ。
街へ入る時の一応の設定は作っておいた。
遠方からの商人というものだ。
『山間で静かに暮らしていたが、魔物が出るようになったので僻地を出て商売を始めるようになった。
生まれた国は覚えていない。
家族で旅をしていたように思うが気が付けば一人きりだった。
盗賊ないし魔物に襲われたものか。
自給自足で暮らしていたが、とうとう居場所を出ざるを得なくなった。
ここで商売してみたいので街に入りたいのだが』
こんな曖昧な話が通じるものかどうか、よくわからない。
この世界でも戸籍とかが日本並みにしっかりしていたらアウトだ。
もしかしたら身分証が無いのが重罪かもしれない。
日本では住所不定なだけでも犯罪者扱いで捕まってしまう。
怪しい奴として捕まえられたりしたら豪い事だが、このまま荒野を旅するというか、ただ流離うのもまた辛い。
かといって拷問や死罪はゴメンだ。
実に悩ましい。
いざとなったら車を出して全力で逃げよう~。
開けた場所なら相手が地上最速を誇るチーターでもなんとか逃げきれるぜ。
少々荒れ地だろうが、俺の車はティラノサウルス程度の鈍足が相手なら余裕でぶっちぎれる。
そんな感じで腹を括った。
商品は用意してある。
調味料の小分け用に買った、ガラス瓶やプラ素材の瓶詰めの空き瓶などがあった。
それをコピー能力で、粗悪なガラスや木の素材に作りかえてある。
俺のアイテムボックスの中では、そういう材料置換のような事も出来るのだ。
不純物を混ぜて素材のレベルダウンを図る事さえ可能だ。
その中には砂糖・塩・胡椒などのあまり差し障りの無いものが入っている。
後はタオルなんかだ。
そいつは、少しこの世界では質が良すぎるような気もするが、まあ木綿製品だしいいかなと思って。
あまりカラフルな物はやめておいた。
MAPの写真機能を見る限りでは、この世界にもそういう物はあるようなのだが、地球で工業的に量産された現代製品は、この世界ではあまりにも異質過ぎるのだ。
そしてウイスキー。
これはラベル包装を全て剥がした。
とっておきだった泡盛の古酒も用意する。
酒瓶の形が綺麗過ぎてヤバイ技術のような気がするが、なるべくこれは出さない方向でいく予定だ。
替えとなる酒用の容器が手に入ったらまた考えよう。
陶器の容れ物なんかはあるのではないか。
あと包装を剥いたクッキーなんかも用意した。
これも適当な入れ物を探せばなんとかなるか。
パスタは外装を外せば売ってもいいかもしれない。
インク吸い上げタイプの高級万年筆も持っているが、これはちょっとマズイ気がする。
多分ここでは羽ペンか何かだろうな。
外国産の高級クリスタルグラスも、ちょっとどうかなと思う。
半端でない品物なのが見た目だけでバレバレなのだ。
現金は無いのだが、金板をなんとか用意しよう。
アイテムボックスで角ばった形のウイスキー瓶を、時計に使われていた金を増やした物を素材にしてコピーする。
「ウイスキー瓶コピー(金)」なんていう物が出来た。
そいつを十本ほど作り、身体強化してナイフで切りわけた。
道具も強化されたナイフなので、同じく強化され力も強くなった俺の体は、柔らかい材質である純金など苦も無く切り分けた。
そして曲がりなりにも『金板』と表示される物体が見事に出来あがった。
切り札としては不錆鋼であるステンレスなんかがあるが、これはさすがにヤバイので出したくないな。
この世界では、地球に有る錆びない純鉄のオーパーツ並みにヤバそうだわ。
一応は万が一の為にステンレスも用意しておく。
服装は、Gパン・革のブーツ・スエット・とっくりセーター・ボンバージャケット・百均の黒い毛糸帽子といった、目立たない地味系ファッションで固めておいた。
黒・紺を中心にした服装をしておけば無難だろう。
やや大型のデイパックも黒系で、こいつはファスナーとかも隠れて見えない仕様だ。
これも魔法の鞄仕立てなのだが、万が一没収された時の事を考えて、わざわざ作っておいた容量制限をしたデチューン品を背負う。
中身を出す時に間違えないように、厳選した商売品だけを分別してこれに突っ込んである。
とりあえず車を運転していくので軽めの服装でいる事にした。
体が再生されたため、もう眼鏡すら不要になったので快適だ。
道なのかどうかもよくわからないような山間の隙間道をゴトゴトと進む。
何があるかわからないので時速三十キロ程度で。
走りながらオートマップ機能で、魔法PCに詳細な地図が作られていく。
初期の状態で街や街道などは載っているのだが、山道なんかは載っていないし目印なんかもない。
山というか森林の詳細MAPが刻まれていくので、これを頼りに元の俺が出現した場所へ戻ろうと思えば戻れる。
俺がこの世界へやってきたあの場所だけが、今のところ元の世界に帰るための唯一の手がかりだった。
一時間ほどで、なんとか山道から出る。
ここはMAPによると元の位置から五十四キロくらい離れた場所か?
おっと、どうやら街道らしきものに出たようだ。
ここには石畳こそ引かれてはいないが、紛れもない街道と呼ぶべき物がそこにあった。
きっと道中は轍の酷い場所とかがありそうだな。
この車ならまず轍なんかに嵌らないだろうし、もし嵌ってもアイテムボックスに一度収納して別の場所に出し直せばいいので特に問題はない。
どうせコピー品なので、最悪は壊れた場合も次の車両に乗り換えればいいだけの話だ。
いよいよとなったら、車で走れるようになるところまでは歩いてもいいし。
MAPによれば、街へは後五十キロメートルほどの道のりだ。
現在時計は午前八時を指しており、時間的には十分余裕がある。
この買ったばかりの車向きの、少し荒れた道行きのドライブを楽しむ余裕さえあった。
昨日、あの怪物を一人で退治したせいもあるかな。
この世界でも少しはやっていけそうな気がしてきたのだ。
それに車の中は早く移動できるのも相まって、歩くよりも大きな安心感がある。
スキルで車体の強化もしておいたし。
乗り換え用に、強化した車両のスペアも用意してある。
車窓からの眺めは圧倒的に緑が多い印象だ。
標識も何も無い、ただ地面を平らに均しただけの道なのだ。
この道は雨が降ったら、きっと酷い事になるだろう。
ロシアのまるで泥濘の海であるかのような道無き道で、アメリカの本格的な大型4WD車がスタックしてどうしようもない状態になった映像をテレビで見た事がある。
そんな状況に見舞われたら、車高的にこの車では太刀打ちできない。
昔の荒れ地用に作られた特殊な車を、わざわざレトロ感を出したスタイルでリメイクした車だから、普通の車と比べたら確実に一線を画するほどこいつも荒れ地向きの車なのだが、さすがにここ異世界の荒野ではなあ。
季節柄、紅葉した木もあるのだが、日本の紅葉のように美しくは無い。
アメリカのそれのように大雑把だ。
若い頃に四輪車でアメリカ横断旅行をした事がある。
それは秋口の丁度今時分であったのだが、七百キロメートルにも渡って紅葉が続いていたが、色合いが大味で全然綺麗じゃなかった。
やっぱり紅葉は日本に限るぜ。
なだらかに続く未舗装の街道を、ゆっくりと進みながら十時前にはもう目的地の街についた。
その佇まいは実物を見ると、かなり厳つく感じる。
俺は車を降りて収納した。
太い鉄材を組み止めたといった感じのごついスタイルの門自体が、自分の侵入を拒否しているかのように錯覚する。
少し躊躇ったが、手の平に人と三回書いて飲み込んでから、徐に門へ近づくと勇気を出して門番に話しかけた。
「こんにちは。
私は遠方からやってきた商人です。
ここで商売してみたいので街に入りたいです。
実は身分証が無いのですが」
言葉は通じたが、説明に納得してもらえなかったようだ。
「なんだと?
お前は盗賊の仲間なんじゃないのか?
あるいは、どこかの国の間者じゃないのか?
出自や身分などを偽って街に入ったら死罪だぞ?」
ああ、どこの国へ行っても、この手の職業の人は人を疑うのが商売なんだね。
「金は持っているのか?
街に入る時には、銀貨一枚を徴収されるが」
「あっと、すいません。
持っていません…… 」
商品も見せたが、疑いの眼を向けられた。
まあ無理もない。
商人のくせに現金も持っていなかったし、名前を書けと言われたが、なんと……ここの文字が書けなかった。
そもそも字が読めないし。
「商人のくせに字が読めないし、書けないだと?」とまた疑われた。
それだと契約書を書いたり読んだりも出来ないからなあ。
商人失格だわ。
それと身分証の管理も厳しいらしい。
「人頭税の関係で台帳も整備されている。
村でも厳しく管理され、毎年村長から担当の役人に書面で提出され、管轄の領主の下で保管される。
お前みたいな奴が、そうホイホイといるはずがない」
ううっ、考えが甘かった。
打ちのめされた。
どこの出身か言えれば、まだよかったらしいのだが、それもない。
日本にあるうちの町名じゃなあ。
この街はそれほど大きくなさそうな感じだったので、もしかしたらいけるかなとか内心では思っていたのに。
それはここが辺境だからだそうで、特に規則が甘い事はなかった。
「もうこの先に街はない。
商売がしたいなら、この街道を戻って村を回れ。
辺境の村に来る奴は少ないので歓迎されるだろう」
だが彼らはそう教えてくれた。
まあ、それなりには親切なのか……。
俺は彼らに礼を言って、とぼとぼと街道へ戻る。
思わず途方に暮れたが、これだけ厳しく身分を改めるような国で、身分証もないのに捕まらなかっただけマシだったと思うしかないだろう。
作者は再生のスキルを使わずとも、免許の更新時に何故か『要眼鏡』が取れてしまいました。
最初に免許を取った時からずっと要眼鏡だったんですが。
還暦目前だというのに奇跡が起きましたね。
元々、眼鏡をかけなくても普通に運転出来るくらいの視力はあったのです。




