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7-12 大団円

 俺は部屋に飾った帝国土産の墨絵の出来に満足げな表情を浮かべた。

 やっぱり歳を食うと、こういう物があると妙に落ちつく。


 あと白紙の掛け軸っぽい物にネットの画像を転写して掛け軸擬きも作ってみたが、なかなか良い出来になった。

 帝国もなかなかやるじゃないか。

 こっちへ戦争を仕掛けてくるんじゃなかったら、また遊びに行くんだが。


 あれ以来、帝国からのおかしなちょっかいはない。

 だが油断はならない。

 あのAランク試験の時の、通常なら有り得ないようなレベルである狼藉の数々は絶対に忘れられない。


 殆どのマーカーは用済みなのでもう外したのだが、ニールセン侯爵の分は残し、新たに皇帝にマーカーをつけておいた。

 本当は皇子達にもマーカーをつけたかったのだが、いなかったものはしょうがない。


 葵ちゃんは、もうすっかりケモミミ園に馴染んでいた。

 彼女は小柄な童顔で懐っこい性格なので、子供達にも大人気だ。

 葵ちゃんにもケモミミっ子達は人気だったのだが。


 また彼女の絵細工が子供達の間でまた超人気だ。

 なんというか俺の子供の頃のように、昭和の時代に子供達の嗜好が紙芝居からテレビ漫画へ変遷していった頃のような雰囲気だろうか。


 彼女には地球のインターネットに繋がるコピーしたノートPCを与えておいたので絵柄も著しくパワーアップしたようだ。

 ルーターは俺の魔法PCなんだけど。


 それは何故か、回線の中継器であるはずの俺が傍にいなくても地球のネットと繋がっているのだ。

 どうやら通常の方法で繋がっていないものらしい。

 まあ、普通は異世界に日本のインターネットが繋がってはいないわな。

 あれこれと素材も大量に与えてあるので、彼女は他にも色々と作っているようだった。


 なんだか急に子供が増えたような気がする。

 確か全部で三十四人だったはずなのに、数えたら何故か四十人もいた。


 まあ細かい事はいいか。

 どうせまた真理が拾ってきたのだろう。

 武と一緒だった頃も、たくさん子供達を保護したりしていたようだ。

 まあ、あの苦難の時代じゃ孤児も大量発生していただろうから無理もない。

 いわば国自体が、このケモミミ園みたいな有様だったろう。


「懐かしい雰囲気ね。

 本当にあなた、やる事為す事が武と被っているわね」


 そう言って笑う真理も物凄く楽しそうだ。

 千年の時を越えた微笑みで。



 アルスは、結構ここでの暮らしが気に入っているようだ。

 いい事だ。

 頼りにしているぜ、Sランク。

 彼には専用の住居をあてがってある。

 なんというか、例のバンガローを改造したものだ。


 やっと今回の件が片付いたので、敵はその内にここへ攻めてくるだろう。

 俺もしばらくここを動きたくないな。



 フードコートは連日の大盛況だった。

 結構貴族や大商人なんかの使用人が王都から買いにくるようだが、出来れば主自ら足を運んで出来立ての美味しい物を食べてもらいたいもんだ。


 エリーンはもちろん、ここの常連の中の常連だ。

 ここではプリンは三個までとか言われないので。

 しかも試食係特権で永久無料らしいし。

 エリは本当の姉のように、あいつの事を慕っている。


 エリーンの奴、あれだけ食っても何故か太らないんだよなあ。

 まあ俺も二十八歳くらいまではそんな感じだったのだが。

 御蔭で今の再生されたボディもスリムな状態なのだ。



 そして、もう一つ驚く事があった。

 アントニオの奴が結婚するというのだ。

 なんと、御相手はあの時アントニオが助けたパルミア家の御嬢さんだった。

 同じように不遇だった境遇が、御互いの心を強く引き合わせたようだ。

 なんというか、吊り橋効果ならぬ丸太効果?


 そういう事なら仕方がない。

 もう一仕事しておくとするかな。


 俺は帝国へ転移魔法で舞い戻り、彼女がいたという修道院へ向かった。

 そこにいた三人の女性の写真を撮り、帰ってマルガリータさんに見せた。

 それは彼女の母親と妹だという。

 残りのもう一人は、彼女の替え玉として置かれた女性だという話だ。


 俺は修道院へトンボ返りして、MAP検索して彼女達を捜してから修道院の責任者を呼びつけた。

 そして「この二人は連れていく」と宣言してやる。

 当然、駆けつけて来た奴は驚いて激高した。


「なんだと!?

 貴様、ふざけるな!

 どこから侵入した」


 奴は声高に抗議の声を上げたが、俺は思いっきり悪い顔でせせら笑った。


「ほお、いいのか?

 そっちの女性はパルミア家の御嬢さんじゃないぞ。

 さすがにそれが世間にバレたらマズイんじゃないのかい。

 その話題は帝国貴族の間ではタブー視されるほどの大問題だったんだろう?


 なんだったら、こっちから問題にしてやろうか。

 必然的に芋蔓式にあれこれと、俺達に対して帝国のやった事が明るみに出ちまうがなあ。

 そんな事にでもなった暁には、お宅の国の皇帝ちゃんが顛末を聞いた後で超激怒すると思うのだが、ここの責任者であるお前的にはどう思う?」


 たちまち相手は顔色を失って沈黙した。

 俺の不遜で揺るがぬ声音から、本当にやりかねないと感じとれたものらしい。

 もちろん、相手がゴネたら本当にやるけどなあ。


 この俺を甘くみるなよ。

 何と言っても、この俺は「かなりアレな昭和のおっさん」なんだからな。

 この殺伐とした異世界なら、当然それなりの対応をさせていただこう。


 そうなったら、おそらくこいつは証拠隠滅のためニールセンに消されてしまうだけだ。 

 そして俺は金貨が百枚ほど入った袋を中身を見せつけてからポイっと投げ渡し、こう言い放った。


「その金で二人の代わりとなる人間を用意しろ。

 残りはお前が取っていい。

 だが瞬神の野郎が、もしここに来る事でもあったのなら伝えておけ。

『今度俺達にちょっかいをかけてきたら殺してやる。今回は見逃がしてやっただけだ』とな」


 そう言い捨てると、俺は今のシーンを空中筐体で撮影した映像をサービスで大型ディスプレイに映して見せてやったのだ。

 これで奴には『アルバトロス王国高位貴族(よりにもよってこの俺)から金貨百枚の収賄』という大変ヤバイ容疑が付け加えられ、その現場を撮影した証拠映像を俺が握っているという事が理解出来ただろう。


 二人を連れて有無を言わさず強引に転移魔法で王国へと戻った。

 奴は金貨の袋を握り締めながら、無言でそれを見送っていた。

 こいつはもう俺には絶対に逆らえまい。

 ミッション・コンプリート。



 そして彼女達は久しぶりとなる家族の再会を果たした。


「マルガリータ……」

「御姉さま」


「御母様、ジェニファー……」


 マルガリータと二人は抱き合って涙を流した。


「ふう、相変わらず無茶をする奴だ。

 でもありがとう。

 しかし、これは後で問題にならないか?」


 アントニオが、臆するでもなく普段通りの感じでこう言ってきたが、俺は大笑いで受け流した。


「なあに、大丈夫だろう。

 だって俺は、対外的には王国から一歩も出ていない訳だし、脛に傷を持つのは御互い様なんだ。

 向こうだって今回ばかりは追及してこないさ。

 あれこれとやらかした証拠の映像はバッチリと押さえてあるから、連中が何か言ってきたところで裏から脅せる」


 俺も今回は律儀に国境なんて通っていないもんね。

 単に転移魔法により不法侵入してきただけなのだ。


 こういう時のために、普段はちゃんと国境を通っているのだからな。

 俺が正式に国境を越えていない事は、例の国境警備隊にいる『俺の舎弟』がきちんと証明してくれる事だろう。

 くっくっく。

 どうよ、この俺様の真っ黒さ加減はよ。


「ははは、そうだな。

 いかにもお前らしいやり方だ。

 何にせよ、お前には感謝しているよ。

 ありがとう」


「いや、これも結婚祝いの一つさ。

 おめでとう。

 何せ、俺はあの時無慈悲に彼女を見捨てていこうとしたんだからな。

 せめて、これくらいはさせてくれよ」


「いいんだ。

 俺の方が間違っていたんだから。

 でも、あの時はああせずにはいられなかった……」


 そう夢見るかのような表情でアントニオは言った。

 少し前の、いつも何か苦しそうにしていた彼とは、まるで別人であるかのように。


 彼をまるで憑き物のように苦しめていた惨事の悪夢は、もう過去の物となった。

 そして何よりも、新オルストン伯爵家の当主となる事が決定している彼には、新しい家族が出来るのだから。


「アントニオ。アンディさんのところへ行くのか?」

「ああ、アンドレ兄貴とマルガリータと三人で行ってくる」


「頑張れ」

「ああ、ありがとう」


「アルフォンス様、本当にありがとうございます」


 マルガリータ嬢も目に涙を浮かべて言ってくれた。

 俺は笑顔で二人の手を握り締めて返答に代えたのだった。


    ◆◇◆◇◆


 ここは旧オルストン伯爵領。

 所定の手続きが終れば、ここはそのままアントニオが当主として治める事になる。

 今は代官の治める土地だ。


 その旧領都の(はずれ)に、屋敷とも呼べぬような、貴族から見たら見窄(みすぼ)らしいとさえ言える家があった。

 今は代官の治める土地からも外れているような、訪れる人も皆無な寂しい土地に建っているのだ。


 そこにアンディ・フォン・オルストンはいた。

 オルストン家は爵位を剥奪されたものの、この名前を名乗る事は許されていた。

 しかし、彼は今ただのアンディと名乗っていた。


「坊ちゃま、昼食の準備が整いましてございます」


 家の主であるオルストン家の元爺やがアンディを呼びにきた。


「あ、ああ。

 いつも済まない。

 いつまでも、お前に世話をかけているわけにはいかないと思っているのに」


「何をおっしゃいますか。

 アンディ坊ちゃまの御世話をする事だけが、今やこの年寄りの唯一の生き甲斐です」


「ありがとう、爺や。

 弟達にも大変な苦労をかけてしまって、本当に心苦しいよ」


 そこには暗い表情で俯く、元貴族の跡取りがいた。

 だがドアにつけた呼子細工が渇いた音で鳴っている。

 どうやら誰か客が来たようだ。


「おや、御客さんだ。

 一体誰なんだろうな。

 こんなうらぶれたような家を今更訪問する客なんて。

 坊ちゃま、お先に食堂の方へ」


 だが、玄関先からは爺やの発する驚きの声が響いた。


「ああっ!」


「ど、どうした、爺や!」


 そして慌てて小走りで見に行ったアンディの目に映ったものは。


 そこに在ったのは、長らく会っていなかった二人の弟と、妙齢の美しい一人の女性の姿であった。

 しかも三男の弟であるアントニオは、伯爵位を顕す王国のマントを身に纏っていた。


 アンディは思わず目を見開いて呟いた。


「アントニオ、お前……」


「兄さん、俺は頑張ってSランクに上がったんだ。

 それで国から正式に伯爵として認めてもらえた。

 国王陛下も、うちの事は随分と気に病んでくれていたよ。

 再びオルストン伯爵家を興す事を認めると言ってくれた。

 まあ、色々と手伝ってくれた奴もいたんだけどね。

 いつか、そいつの事も紹介するよ」


「アンディ兄貴、 アントニオも頑張ったんですよ。

 ドラゴンもソロで倒したし」


「それは本当か?」


 驚いたアンディが訊く。

 彼にとってアントニオは、まるで自分の子供のようにしか思えぬほど幼い少年であった印象を今も拭えない。

 自分の事をまるで父親のように慕ってくれていた、あの可愛い末っ子の弟であるアントニオがソロでドラゴンを。


「ああ、それにこの領地もオルストン家に戻ってくるから!」


 胸を張ってアントニオがそう答える。

 あの頃は何も出来ずに、この父親代わりもしてくれていた歳の離れた兄に頼るばかりの幼児だったが、今は違う。


「そ、そうか。

 立派になった今のお前の姿を両親にも見せたかったな。

 あの事件の後、心労で立て続けに亡くなってしまった……」


「兄さん!

 アンディ兄さんには、また商売の方を頑張ってほしいんだ。

 あれは兄さんのせいなんかじゃないよ。

 運が悪かっただけさ。

 こんなところで燻っていないで、爺やにもまた活躍してもらってさ。


 あ、あと兄さんに紹介したい人がいるんだ。

 今日はそのために来たんだから」


「それは、そちらの女性の事かい?」

「ああ、さあマルガリータ」


「初めまして。

 マルガリータ・フォン・パルミアと申します。

 あ、あの……御義兄様とお呼びしてしまっても宜しいでしょうか」


「あはは、良いに決まってますよ。

 どうか弟を、アントニオの事を宜しく御願いします」


「兄さん、実を言うと彼女は帝国貴族の出身で……」


「ああ、いいさ、いいさ。

 どうせ何か事情があるんだろう。

 後で聞かせておくれ。

 爺や。

 すまないが、みんなの分も食事を用意してくれないか」


「かしこまりました」


 嬉しそうに、本当に嬉しそうに皺を歪める好々爺がそこにいた。


「さあ、みんなそんなところにいないで。

 中に入った、入った」


 そして、この家で何年ぶりになるものかわからない、楽しげな会話が賑やかに響くのだった。 


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アントニオ君、アンディさんアンドレさんマルガリータ嬢、本当によかったね(*´▽`*)
[良い点] みんなが、 幸せになる。 こういう話、 たいすきです。 [一言] マンガの単行本を、 買って、 応援しています。
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