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7-11 最後の襲撃

 いやあ、この大会は本当に長く感じたな。

 ただの見物なら、あっというまに終っただろうに。


 さて帝国の奴ら、これからどうするのかな。

 俺に手を出したらマズイんじゃなかったのかい?


 ピッタリとアントニオに張り付いていたっていいんだが、それじゃあ俺の腹の虫が収まらない。

 喧嘩は売らせてやるよ、アントニオに。

 そして、その後は……。


 最後の締めとしてベルンシュタイン皇帝によるアントニオの表彰が終った。

 さすがにアントニオに対して帝国からの勧誘はなかった。

 オルストン家は融通の利かない一族として有名だからな。

 かつてはアルバトロス王家に忠誠を誓い、今もアルバトロスにて復権を望んでおり、まさに今その願いが成就しようとしているのだから。


 あれが帝国の皇帝か。

 さすがに厳つい顔立ちだな。

 細面で、決して体格がいいわけでもないのだが、骨太でガッチリとした顔付きだ。


 そしてあの力強い眼光。

 無闇と鋭い訳ではないが、物事はきっちりやらんと気が済まないタイプだな。

 こいつを敵に回すと手強そうだ。

 いや、もうとっくの昔に回られているんだけど。

 皇帝にもマーカーだけはしっかりとつけておく。


 この会場に皇太子や第二皇子の姿はないな。

 連中の顔も見ておきたかったんだが。


 皇太子っていうのはどんな人物なのだろう。

 急進派好戦派ではないと聞くが。


 皇太子が交渉の余地がありそうな傑物なんだったら、皇帝と第二皇子をこっそりと消しちまったって悪くない。

 まあ、さすがにそんな真似をしたら大騒ぎになってしまうが。

 皇帝の姿はしっかりと映像に記録しておいた。


 皇帝は今どんな気持ちかな。

 アントニオはまだ、只のBランク冒険者だ。

 今ならまだ殺せる。


 Aランクになって国へ帰って、王宮で正式にSランクに推挙をもらってからギルドで手続きをしてSランクへ。

 そして伯爵位を叙爵する。

 そうなったら、いくら帝国とはいえ簡単には手が出せないから、今度は陰謀頼みかな。



 それから、無事に帝都の冒険者ギルドで手続きを終わらせた。

 こうしてアントニオは晴れてAランク冒険者になった。

 でも、まだ帝国はアントニオを殺せる。


 長居は無用だが、国境はちゃんと通って帰らないといけない。

 俺も御者席との間の窓から覗いて、道中は用心深く警戒しながら馬車で進んでいたのだが、いきなり前に人が飛び出してきた。


 いや違う。

 転がるように出てきたから、どうやら無理やりに放り込まれたらしい。

 うちの馬車の馬に蹴り飛ばされて無残に転がったのは……女?


「う、こいつは!」


 それはなんとあの、パルミア家の御嬢様だった。

 最初に出会った時に任務に失敗して、どこへ行っていたかと思えば。


 うわあ、用済みな奴を足止めの丸太代わりに有効活用したのかよ。

 もちろん馬車は見事に止まった。


 こっちを動揺させようっていう腹なのか~。

 この帝国においては、彼女と似たような境遇であったアントニオ相手に、この御嬢様ほどインパクトのある丸太は存在しないだろうなあ。


 だが、このアルさんはそんなに甘くはないのだ。

 いや思いっきり動揺はしたけどな。

 俺はこの殺伐とした世界の人間ではないので、こういう非常な事にはどうにも慣れない。


 もう今回は何もかもが使い捨て三昧のオンパレードだった。

 味方ごと犠牲にするような容赦のない攻めが引きも切らない。

 この前のダンジョン騒動の時も、世界でも片手で数えるほどしかいない貴重な転移魔法使いが使い捨てにされていたし。

 あの皇帝達の歪んだ性格が、やる事為す事に滲み出ているような気がするなあ。


 御者に、そいつには構わずさっさと馬車を動かせとせっついて、アントニオにはとっとと馬車の中から転移するように言おうとしたのだが……。


「おい、アントニオ早く……あれ?」


 え? ちょっとアントニオさん?

 あんた、この安全な馬車の中から外へ出てどこに行くのさ~。


 そして、なんとアントニオは彼女の側に行き、しゃがみこむと優しく声をかけた。


「御互い、国の事情で翻弄されてしんどい人生だな」


 女は既に血塗れでぐったりとしてしまっていて、もう半分光の薄くなった目で、それでもうっすらと涙を浮かべた。

 もはや彼女は瀬死の状態にあり、紫色になった唇が僅かに「ありがとう」と言ったように感じた。


 奴らも、この二人がこのようにする事態は予想外だったのか、様子見しているような感じだ。

 それに俺が魔力の圧力で、相手が身動き出来ないように思いっきり威嚇していたからな。

 まったく世話を焼かせてくれるぜ、マイフレンド。


 アントニオは黙って腕輪の力でゴッドヒールをかけまくると、しばしの間、課題達成型魔法独特の金色の魔法光を浴びて完治した彼女を抱き(かか)えて馬車に戻ってきた。


「後は頼む」

「ああ」


 俺は頷いたが、一応は声をかけておく。


「そのまま直接ケモミミ園へは行くなよ!」


 万が一、さっきの一幕がすべて芝居で女が敵方だった場合、ケモミミ園の子供達が危なくなる。

 無言で頷いて、アントニオは馬車内から転移魔法で消えていった。



 これから起きる事は帝国にとっても王国にとっても、御互いに無かった事になる出来事だ。

 まだ帝国の版図にいるわけだし、あまり派手にはやれないが、そもそも向こうはそうたいしたメンバーが残っていない。


 雑魚のBランク十五人と、更にそれ以下の雑魚が二十名だ。

 これでSランク相当のAランクとSSランクをやるつもりだったらしい。

 まあ残り物のメンバーなんだから仕方がないけどな。

 最後の悪足掻きに過ぎない。

 例の傭兵のリーダー格と、あのヤバそうな五十人を事前に片付けておけたのは行幸だったわ。


 付与をたっぷりとかけてアイテムボックスにしまってあった、切れ味鋭い鍛造オリハルコン刀、それに加えて魔道鎧を発動した。

 魔法で倒すのではなく、ここは敢えて連中に見せつけるために刀を持ち出した。

 これでも奴らにはもったいないくらいだ。


 魔道鎧の速度でもって、全部斬り捨てるのに三十秒とかからない。

 切る端から死体は収納していく。

 今回は俺にしては自分でも不毛と思うくらいアンダーテイカーに徹しているが、こいつらに変な情は無用だ。


 こいつら敵の手先であるBランクを生かしておくと、ケモミミ園の子供達が骸に変わる可能性がある。

 それだけは絶対に駄目だ。

 それに女をああいう使い方するのも思いっきり気に食わない。


 だから敢えて、俺としては苦手なのであまりやりたくないのだが、奴ら帝国へのメッセージを込めて、直接俺自身の手で殺す意思をはっきりと表すように刀で斬ったのだ。

 もう時代劇もいいとこだぜ。


 日本の時代劇は、御茶の間に血を見せない工夫をしていたから小学生の俺も喜んで見ていたが、ここではもう完璧なR15指定以外の何物でもない。

 いや、ここまで殺ったら創作番組だとR18まで行っちまうかな。


 日本の司法だと、判例上は三人以上の殺人は死刑判決の対象となる基準なので、そこまでいったらもう規制の対象じゃないか?

 この世界へ来て一年も経っていないというのに、もう目出度く殺人履歴が三桁の大台に乗っちまったよ。

 あーあー。


 だが悪党どもに甘い顔なんかを見せるつもりはまったくない。

 その辺は甘いマスクの好青年に任せておいた。


 俺のパワーで足元の石畳を砕かないように細心の注意を払って立ち回る。

 考える事はそれだけだった。


 レーダーにまだ一匹映っているのだが、こいつは只の監視役だろうから残しておこう。

 そんなものを斬ってもしょうがない。

 今回の騒動のエピローグはそいつに報告させるとしよう。

 お前はその役目で運が良かった。


 俺は辺りに飛び散る大量の血痕を収納して死刑執行の痕跡を消しておいた。

 何しろ「全て何も無かった事」にするのだから。


 それからひらりっと馬車に戻ると、何食わぬ顔でそのまま進めさせた。

 この中には現在アントニオが乗っている事になっている。


 しかし実際には、アントニオはアルバの冒険者ギルドへ転移して、女をアンドレさんに預けてからギルマスと共に王宮へ向かったはずだ。

 そして約束通りに国王陛下よりSランクの推挙を受けて、それからまたギルドにトンボ返りで戻りSランクカードを発行される。


 それから再び王宮にて、もうそうするにはかなり遅い時間であるにも関わらず、伯爵位の叙爵を受けているのだ。

 更にその場にて正式に新オルストン伯爵家を興す事も認められる。


 もう本当にややこしい手順なのだが、こういった手続きは絶対に省略できない。

 そういう物が大事な事なのだ。

 行き来する手間だけは転移魔法による省略が可能だ。


 奴は念願を叶えた。

 だが、まだやる事が残っているので、諸用件を済ませたアントニオは転移魔法で馬車に戻ってきた。


「ただいま」


「お帰り、新オルストン伯爵。

 では出かけるとするか」


「ああ」


 俺達は馬車の外へ出た。

 アントニオは、華やかで簡略化されたデザインの竜の紋章が入った貴族のマントを翻しながら。


 まあ、これで俺達が転移魔法持ちなのは帝国にバレたわけだが、そのような事は今更だ。

 その場に馬車を置いて、俺達はフライの魔法で国境へ向けて飛び立った。

 アントニオもベスマギルの御蔭で、フライを思う存分に使う事が可能だ。


 あの先にもまだ手勢が用意されていたようだが、もうこうなった以上は帝国もアントニオには手が出せない。

 対外的には大使館にて、大使のマリウス伯に暫定で爵位を認められた事になっている。

 そのために、わざわざ大使館へ寄って帰ってきたのだ。


 これは大使館の馬車だ。

 その中は外国であり、いかに帝国といえども馬車の中には手が出せない。

 手を出したら最後、この上なく不名誉かつ国際的にも非常に不利な形で即開戦だ。


 だから俺達が外へ出るように仕向けたのだが、予想外の空気になった上、俺がとんでもない魔力を放射して威圧してやっていたので、奴らはアントニオを殺すために動けなかった。

 所詮は残り物の雑魚しかいなかったから、動けたとしても無理だったろうがな。


 だから俺も、使うと肉を断つ感触や血飛沫なんかが苦手な刀をわざわざ持ち出して斬ったのだ。

 度重なる悪辣なやり口に、さすがの俺も腹を据えかねたので、報告役である監視の人間に俺が甘い人間でない事を見せる、ただそれだけのために。


 大使館の馬車で運んでいる人間に手を出しただけでも大問題なのだが、帝国は夜盗の仕業とシラを切り、強引に押し切る算段だったのだろうか。

 相手がまだ冒険者のうちはなんとでも出来ると。


 こういう時に、いちゃもんを付けられても緊急な叙爵を強引に押し通せるように、アントニオには今までにたっぷりと実績功績を積ませておいたのだから、そこは俺の作戦勝ちである。

 こういうところは、いかにも老獪である高年のおっさんの強みだよな。

 亀の甲よりおっさんの高(年)。


 国境の河を強引にフライで越える。

 その前に必要な出国手続きは、例の国境詰め所の顔馴染みの隊長さんに依頼して手短に便宜を図っていただいた。

 むろん、笑顔で喜んでやっていただけた。

 今度は貴族が二人になっているしな。


 SランクとSSランクの、一目でそれとわかる煌びやかな高ランク冒険者カードを見せてやったので隊長は顔を引きつらせていた。

 改めて何者に喧嘩を売っていたのか理解出来たのだろう。


 さっとエール河を飛び越え、途中でまた筏が魔物に襲われていたので、アントニオと手分けしてそいつらの首を狩った。

 なんだかまた、妙に大量にいやがったので遠慮なくみんな狩ったら、筏上の子供達が手を振ってくれた。


 こんな日暮れ近くの時間に河を渡るなよな。

 河ヘビは色が濃いから、ここの深くて透明度の低い河だと見にくくなるぞ。

 まあこの川に棲む魔物は、昼夜を問わず日中でも普通に襲ってくるのだが。


 王国側の詰め所は、さすがにこのマントだけで円滑に通れた。

 諸君、御勤めご苦労さん!



 ああ、本当に長かったなあ。

 帝国内で大使から伯爵位を与えられた事になっているので、改めて国王陛下に帰国の挨拶をするためにアントニオは王宮へ向かった。

 今回の「裏国家間戦争」のすべてが終了した事を報告するためだ。

 まあ土産話だけには事欠くまい。


 奴と別れてからケモミミ園に帰ると、葵ちゃんがスウェットを着てお馬さんになっていた。

 ネコミミおチビのレミが楽しそうに彼女を乗り回している。

 ピコピコと動く可愛らしいネコミミと尻尾が大変忙しそうだ。

 ああ、それを見ているだけで本当に癒されるなあ。


「お帰りなさいです~」


 葵ちゃんの、のんびりとした挨拶に思わず殺伐としていた心が和む。


「だいぶ、ここにも馴染んだようだね」

「おかげ様で~」


 そして、おチビ猫のレミが馬上から、葵ちゃんの背中をポンっと蹴ってジャンプオフで抱きついてくる。


「おかえりー。

 おみやげは~」


 この、最初は俺にはなかなか懐かなかった子も、今ではこんな風に迎えてくれるようになった。

 本当に嬉しい。

 この場所と、この子達は絶対に守ってみせる。


「えんちょうせんせい、おかえり~」

「おみやげ~」

「にゃ~」


 口々に叫びながら、子供達がむしゃぶりついてくる。


 しまった。

 うっかりと着たままだった王国のマントが、涎や鼻水手垢などで大変な事になってしまった。

 浄化や再生のスキルの存在に感謝する。


「みんな、ただいま」


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