7-10 地獄試合閉幕
ここでアントニオは一回休みだ。
あと二回で御家再興が成るんだ。
気負わずにいけよ。
あいつも、ちょっと人心地がついてホッとしてるところだろう。
ど-せ残りの連中も暗殺者なのに決まっている。
次の相手は割と普通っぽく見えた。
なんだか蟷螂を彷彿とさせるように痩せぎすで、全く強そうには見えない野郎だ。
だが油断してはいけない。
こいつも暗殺者だ。
俺には理屈でなくわかる。
(こいつも黒だな。
気を付けろよ。
お前を相手にするのに、絶対に真っ当な手で来る訳がねえ。
さっきまでの事を忘れるな)
(わかっている。
用心していくさ)
試合開始直後にアントニオが動く。
だが動いた先に敵のスキルによる攻撃が着弾する。
うむう、先読み系の力があるのか。
攻撃は淡く光るような感じの物で、そうたいした事はないようなものだ。
だが、その一見たいした事がなさそうな攻撃に何故かアントニオが膝を着く。
(ど、どうした!?)
俺は慌てて念話を入れる。
(わからん。
何故か知らないが、いきなり全身の力が抜けた。
何かわかるか?)
(いや、だが普通じゃない。
あまり真面にやりあうな。
致命傷にならなくても戦闘不能にされたら命取りだ。
向こうは失格になったって構わないんだから、倒れたところを審判が止めたって殺しにかかってくるぞ。
気が進まないが、ここはMIRVでいくか。
あれは一回見せているから、それでも躱されるかも。
だが今回は「アレ」も用意してあるしな)
そしてアントニオは再びMIRV全弾いった。
こいつって本当に躊躇いがないよな。
そして炎幕が消えた時、なんと相手はピンピンしていた。
なんて奴だ。
会場はまた悲惨な有様になっていると言うのに。
しかし、いくらなんでもおかし過ぎる。
あのフェンリルを余裕で倒せるほどの猛烈魔法を束にした爆裂な火焔嵐の中で、掠り傷一つ負わないなんて、そんな馬鹿な。
俺じゃあるまいし。
だがレーダーが警戒アラームを発してきた。
何だ?
会場内を表すレーダーMAPに映ったのは赤点が五十ほど自動で表示された。
ああ、わかった。
こいつらが場外から支援していたのか。
戦っているこいつ自身はルーター、ただのターミナルに過ぎない。
こいつを中継して、五十人がかりでアントニオに対してリンチ紛いの攻撃をしていたのだ。
こんなもん、反則以外の何物でもないわ。
五十一対一の戦い。
アントニオが膝を着いたのは、試合スペースの外から放たれた何かのスキル攻撃だったのだろう。
今もアントニオの攻撃が、剣も魔法も悉く空を切る。
感覚に訴える誤認スキルのような物なのか、あるいは空間操作系なのか。
それ自体に致命傷を負わせるような力のない支援スキルだって、こうも大量に組み合わせて使われるとこの威力になるのか。
しかも、あれだけの数で支援すると、ベスマギル動力の御蔭で魔力が無限大に等しいようなスーパー魔道鎧の持ち主とも渡り合えるのかよ。
こいつはヤバイ手だな。
またこういう戦法で来られた時の対策を練っておかないと。
だが生憎だったな。
実際には五十一対二だったんだから。
俺は隠密系スキルを全開にした。
もちろん得意のディスサーチも。
そして赤点を一つ一つ襲撃して丁寧に消していった。
奴らは各々、隅っこで突っ立って見物していた。
一見すると、ただ突っ立っているように見えるが、その実いつでも機敏に動ける一番自然体な態勢で。
何かあればその場で逃げられるようにってか。
うぬう、実に手慣れてやがる。
俺だってこんなところで魔法を撃てないので、仕方がないから隠密したまま不意討ちで口を塞いで、剣で一突きにして刺し殺していく。
これがまた嫌な感触なんだよな。
そして倒した相手は即座にアイテムボックスに収納していく。
こいつらが各々目立たない位置に陣取ってくれているので本当に助かった。
御蔭で他の仲間に気付かれる事無く迅速に事を進められた。
連中も仕事に集中していたので、なんとか仕留められた。
これが襲撃を警戒されているモードだったら、逃げられてしまったかもしれない。
なんというか、手慣れていて逃げ足にも自信がありそうな奴らばかりだ。
こんな連中を残しておいて堪るものか。
もしかしたら、元々は俺対策で集められていた連中かもしれないじゃないか。
さすがに温厚な性格で無駄な殺しは厭うこの俺でさえも容赦は出来ない。
こいつらを生かしておいて、後でまたこの面子にて場外乱闘シーンで襲撃してきたなんていったら!
今ならこいつらも油断してるからいいけど、街道沿いのどこかで隠れられていたりすると面倒だ。
また、こいつらにケモミミ園へ来られる可能性さえあるのだ。
即断で殺る以外に選択肢がない。
あいつら全員で下卑た笑いを浮かべてニヤニヤしながら、苛めに等しい一方的な戦いを高みの見物していやがったのだが、それが奴らにとって人生最期の笑いとなった。
くそ、あの最初の盗賊団の襲撃以来の大虐殺になってしまった。
生涯殺人数記録を大幅に更新したぜ。
もうすぐ三桁の大台が迫っているな。
俺は人を殺すのは好きじゃないのだが、今回はそいつがこれでお終いじゃないだろう事は感じ取れた。
雰囲気からして、こいつらは冒険者ではないようだった。
もしかしたら暗殺者ギルドか傭兵あたりの連中なのかもしれない。
収納の中で検索してみても、身元を明らかに出来るような物は何一つ持っていなかった。
だが、そういう碌に資格もないような完全に裏の人間の方が厄介なのだと、世の中では相場が決まっている。
対戦相手の男は驚いたように目を見開いた。
いきなり支援が全く来なくなったので。
(アントニオ、奴は場外から五十人の支援を受けていた。
そいつらは全部始末したから大丈夫だ。
アレを出せ。
思い知らせてやれ)
頷いたアントニオはそれを出した。
その数、実に一万機。
俺のスキルで厳重に隠蔽されているから、これを見る事が出来るような人間はそうそういまい。
そう。
そいつはダンジョンで使用していた攻撃ポッドだ。
今回はとことん強力な魔法を搭載してある。
支援を失った奴に、もはや勝機はない。
アントニオは全力でいった。
なんの躊躇いもないな。
いやあ、その辺の容赦なさには惚れ惚れするぜ。
孤立無援の対戦相手は恐慌の内に、見事なまでに粉々になった。
ついでに、先に再度MIRVで壊されていた会場も更に輪をかけて破壊されまくっていた。
本日二度目だが、さっきの会場もいつの間にか復活していたのだ。
魔法建築士か何かが急速に突貫工事で修復したのだろうか。
どこへ行っても裏方をやる人間は大変だな。
まあ、かくいう俺自身もそういう作業は大の得意なのだ。
特に再生のスキルを用いれば、こんなもんは一発で復活させられるぜ。
しかも、二回も相手をぶっ殺した上に試合スペースまで粉々にしてしまって、これでアントニオは一切お咎め無しなんだものな。
そりゃあそうさ。
暗殺者のいる舞台の上から、ターゲットであるアントニオを引き摺り下ろすわけにはいかないだろうしな。
これだから官製のイベントっていうものは油断がならねえ。
続けて間髪入れずに決勝戦開始だ。
アントニオを休憩無しで戦わせる意図が見え見えだな。
まあ元々冒険者ギルド自体が、そういう事には無頓着というか、一切御構いなしの団体なのだが。
俺の時もそうだった。
それも含めての実力審査なんだから、Aランク冒険者になった奴なんて、どいつもこいつも大概な連中なのだ。
次の手はなんだ?
最早それが楽しみですらあるなー。
次は鎧の大男が現れた。
こいつはまた図体のでかい野郎な。
手には一際でかい大剣を持っている。
ん? こいつは動きもなんだか変だな。
普通の人間らしくない、まるで映画に登場するクリーチャーのような、ずるずるした不自然な動きだ。
よく見ると、鎧の周りには極太の鎖が巻き付いていて、まるでどこかに縛り付けられていたみたいだ。
その鎖を引きずる不気味な音が、会場の殺しアム、いやコロシアムに低く響くのがまたなんとも。
こいつはまた異彩を放っていやがるなあ。
なんとも不気味な感じがする野郎だ。
背中の毛が全て総毛立つような、何とも言えない嫌な感じだ。
しかも、俺の強力無比な鑑定も効かない。
これは……もしかして人間じゃない?
あの竜男でさえ鑑定できたのに、ああいう奴とはまた別な何かだ。
もしかしたら生物ですらない?
そして体の奥から湧き上がるような激しい衝動の波。
『危険』『危険』『危険』……。
言外の意味がそのままストレートに伝わってくるようなレッドアラーム感が、まるで物理的に感じられるかのように叩き付けてくる。
(アントニオーーー!
そいつを今すぐ始末しろっ!
そいつは多分人間じゃない。
いや生き物ですらない。
もしかすると……)
だが危険を察知したアントニオが、すかさず飛びのいた。
なんと彼の強固極まりないはずの魔道鎧が切り裂かれていた。
そいつが、いきなり剣で切りかかってきたのだ。
のろい動きから急激にスイッチした、突然の俊敏な急襲にアントニオも完全に避けきれなかったようだ。
そして、その切り裂かれた部分の魔道鎧は何故か修復しない。
う! これはきっと「のろい」ではなくて……。
(アル! なんだこれは!)
(多分呪いのようなものだな。
きっと呪いの魔剣だ。
だがむしろ問題は本体の方だ。
あれはマジでヤバイ)
(ど、どうしたらいい!)
(実は君の腕輪に、残りのゴッド級の魔法を作成して仕込んでおいた)
(またか!)
(とりあえず、あの厄介な剣から潰そう。
ゴッドディスカースを使え。
魔力はサポートしてやる)
アントニオはゴッドディスカースを使用したが、とてつもないMPを食っていった。
一瞬にして二百京MPのベスマギルバッテリーの半分以上を魔法発動時の始動トルクとして食った。
更にぐいぐいとMPが減っていく。
この化け物め、一体どれだけ呪われているんだよ!
一本作るのに二百兆MPが必要な魔石付きの十倍サイズ巨大オリハルコン剣を五千本以上製作するのに必要なMPなんだぞ。
同サイズの巨大ベスマギル剣が五本出来ちまわあ。
それは普通サイズのオリハルコン剣五百万本を無から創り上げる事が可能な魔力なのだ。
それを魔法始動時のみの負荷で食っちまうなんて。
普通ありえねえだろ‼
それだけあったら、この大陸中の兵士全員にオリハルコン剣を支給出来ちまうわ。
俺が即座に遠隔で消費魔力を補充しているので、アントニオのベスマギル・バッテリーは魔力が満タンのままなのだが。
このためにバッテリーへ『充電用リンク』を設けてあるんだからな。
更に追加で奴のアイテムボックスに八百京MP分のベスマギル製魔力バッテリーを放り込んだ。
そして、しばし続いた聖魔法の輝きは収束し、とうとうさしもの魔剣も崩れさった。
だが危機が去ったわけではない。
(へえ、いよいよ奴さん本体がおいでなさるぞ。
アントニオ、ゴッドホーリーを準備しておけ。
多分、奴は……)
そして、まるで俺の念話を遮るかのように奴が吼えた。
その咆哮に魂までも腐らせんとするような呪いを悪魔のような雄叫びに『載せ』て。
それは咆哮自体の効果ではなく、それに搭載したスキルとして会場全体に放っている。
その咆哮自体は、相手の対応を遅らせるための只の目晦ましで、そいつは耳を塞いでいても防げない。
実際には、耳を塞ごうがサイレントの魔法を使用しようが、これは防げない。
ある意味で俺のミサイル魔法みたいなもんだなあ。
あれは避けても、しつこく相手を追尾していくからな。
こいつめ。
人間じゃないくせに、なんて手の込んだ手段を使うのだ。
賢い。
かなりの『特級クラス』なんだな。
なんてこった。
そして会場にいる全ての人が呪われた。
この俺さえも。
なんと魔法が使えねえ!
くそ、俺とした事がまんまと魔法を封じられてしまった。
むう、見事に嵌められたな。
こいつは『場外にいる俺対策』も込みになった二重の罠なのだ。
驚愕。
こいつは間違いなくアンデッドだ。
しかもかなり凶悪な。
こんなの絶対予選にはいなかったよな。
どうして本戦の決勝にいるんだよ。
本戦にだって出てねえだろ!
さすがにこんなシードはインチキだあ。
ふざけんなよ。
なんで帝国は、こんな有り得ないようなもんを飼っていやがるんだ。
完全にイカレていやがる。
アンデッドは巨大に膨れ上がり、そいつが着ていた鎧さえも粉々に砕けた。
鎧の中に封印されていた奴を、これまた封印効果のある鎖で縛り、無理やりコントロールしながら会場へ強引に載せたのか。
そいつは真っ黒な瘴気の塊のような奴で、それでいて妙に生々しい生物的な印象を力強くアピールしてくる怪物であった。
くそ、こいつもやはり元は人間であるせいなのか。
その名残を本人の意思で押し出してきているのか。
こいつはまた嘆かわしいこった。
御互いになあ。
だがこいつも、もう生きてはいない只の死せるアンデッド・クリーチャーなのだ。
なんて無茶をしやがるのだ。
今日の観客は全員災難だな。
さっきも毒ガスを食らっていたし。
あ、俺もそのうちの一人だった。
やれやれ。
俺はアントニオに指示を出した。
(さっさとそいつに引導を渡してやれ)
(しかし、どうやってだ?
あいつの咆哮に呪われて、強化されていたはずの魔道鎧さえも消えちまった)
(アイテムボックスの中の「アルフォンス魔法のインベントリ」を見ろ。
お前自身の魔法は封じられていて使えなくても、この俺の魔法そのものが、その中に各種多数格納されている)
(こ、これか)
(入っているよな。
ゴッドホーリープレイス)
(あるな)
(俺の最凶の代物を突っ込んでおいた。
そいつをベスマギル全開で使え。
俺のベスマギルの在庫も渡そう。
ゴッド系魔法は課題達成型魔法。
そいつは負荷に応じて際限なく魔力を食っていく。
その代わり、魔力さえ足りれば必ず最大の威力で成功する。
魔力だけは惜しむな)
そう言いながらも、俺はアントニオのアイテムボックスに遠隔でベスマギル・バッテリーをどんどん突っ込んでいく。
(お前、このえげつない代物をどれだけ持っているんだ……)
(うるさい。いいから、さっさとそいつを始末しろ!)
アントニオはアイテムボックスから引っ張り出した、俺のゴッドホーリープレイスを放つ。
そのアルバ大神官ジェシカ直伝の魔法から強制的に進化させられた、神の領域にある光の奔流は吸い込まれるように奴へ命中した。
そして、どんどんと魔力を持っていく。
まるで懐中電灯をちょっと明るくするためだけに、最大出力で全力運転中である百万キロワット級の原発の全電力を丸々一基分繋ぐようなものだ。
その代わりに夜空を照らすサーチライトのように、遙か天空まで照らし出して明るくなるのだろうが。
そんな光は太陽系さえも突き抜けていきそうだな。
もっとも普通なら懐中電灯が丸ごと溶けて蒸発しちまうんだろうがな。
それは呪われた人々で溢れ返る会場全体にも、福音に満ちた光のカーテンかカーペットであるかの如くに広がっていった。
その対象に、この俺自身をも含めて。
(おい……本当に大丈夫か?
ベスマギルの魔力がどんどん空になっていくんだが)
(構わずにいけ。
これは、まだまだいっぱいあるから大丈夫さ)
さあ、この魔王アルフォンスと魔力勝負だ。
この化け物め。
ややゲンナリしたようなアントニオは、そのままこの常識はずれの魔法を維持している。
もうこの会場が永刻無限に輝き続けるのではないかと思われた時、おおよそ一垓MPほど使ったあたりで奴の呪いそのものとさえ言えるような漆黒の体は徐々に崩れはじめ、やがて土くれのようにぼろぼろになり、とうとう塵と化して残骸一つ残さずに消え去った。
あたりは、まるで無人の野であるが如くに静謐が支配した。
ゴッドディスカースは使っていないのだが、元凶を退治したせいなのか、あるいは最大限に放射された聖光に包まれていったせいなのか、とにかく会場の観客も含めて呪いは全て消え去った。
この変則的で最強のアンデッド浄化魔法は、ゴッドディスカースプレイスとして登録しておいた。
もうこれは完全に力押しの世界だよな。
この俺でなかったら切り抜けられないほどヤバイ代物だった!
帝国め、ふざけるにもほどがあるぞ。
限度っていうものを弁えろよ。
もう完全に意地糞になってやがるな。
これだから強権国家っていう奴はよ。
この試験には世界各国から参加者がいて、おまけにスカウトも兼ねて各国の大使まで会場にいるんだからな!
というか、その権勢を誇るためだけに用意した豪華なAランク試験専用会場に、帝国自身が彼ら各国大使などを招待しているはずなのだが。
そのあたりの事情が、Aランク試験などは冒険者ギルドに任せきりのアルバトロス王国とは趣がまったく異なる。
「おーい、審判。
試合の判定はどうしたあ!」
俺はわざとでかい声でヤジってやった。
審判はハッと我に返り、偉い人の方をチラチラと見ていたが、当然指示は来ない。
さすがにこれは、どう足掻いたって取り繕いようもないだろう。
まあ決勝戦の対戦相手が崩れちまったんだから、帝国皇帝にだって、さすがに今更手の打ちようがないよなあ。
決勝後の『最終特別戦』を開催しようにも、もうそれに相応しい選手がいまい。
今のアンデッド野郎が最終兵器だったはずだ。
連中も、あれを斃されるなんて思ってもいなかっただろうよ。
というか、さっきのアレの異常さは無かった事にされているのか?
本当にもう。
なんて強引な国なんだろう。
よかったなあ、俺はここで試験をやらなくて済んでさ。
審判も直に諦めて宣言を出した。
「勝者アントニオ選手。
これにて全ての試合が終了しました。
今回のAランク試験はアントニオ選手の優勝です」
さあて、ここからが本番だな。
さっき使ったベスマギルは在庫の一パーセントにも満たないが、回収した空になった物に魔力を全て補充しておこう。
アントニオには代わりに魔力が満タンになった奴を同じだけ返しておいた。
今の俺ならさっき消費したMPも、時間回復で二時間もかからずにまた満タンになる。
かかってこいよ、殺し屋ども。
表のステージは終わりだ。
ここからは裏の選手たる俺の出番なのだ。




