7-8 試合開始
大使のマリウス伯に新しく稀人を保護した事を伝え、例の絵細工の技術を恐らく帝国も狙っていただろう事も伝えた。
あと今のところ帝国が稀人の技術を悪用する懸念はないとも。
そして合法ではないが、葵ちゃんを転移魔法でアルバトロス王国へと連れ帰り、そのまま俺の保護扱いにする事も伝えておいた。
これが一番大事だ。
いくら稀人を保護するといっても、王とて国の存亡がかかっているのだ。
彼女が色々と強要される事になっても困るので、今は王宮預かりにするわけにはいかないからな。
それからケモミミ園へ彼女を連れて行きアルスやエドに紹介して、彼女にはエリーンについてもらうようにした。
ここも今では護衛として結構な数のCランク冒険者を増やしてガードを固めてあるので、エリーンをそちらに当ててもそう問題はない。
更にSランクであるアルスもいるのだ。
それに、もうすぐAランク試験が始まる。
葵ちゃんの件で王様のところまで回っている暇はない。
だから、さっと大使館へ寄ってから来たのだ。
王国へは大使から連絡が行く。
チビ達の頭を十分もふってから、俺は転移魔法で帝国へ向かった。
第一試合開始は九時からだから、まだ三十分ある。
出場する試合の開始三十分前に控え室へ行くのだ。
張り出された表を見る限りはまだまだだ。
その間にアントニオに電話してみた。
そうしたら会って話したいという。
ん? これは何かあったか。
試合会場は八面あるので各ブロックに一面が割り当てられる。
会場は開けていて、その周りを階段状に観客席が取り巻いてる。
バリヤーはしっかりかけられているようだが。
一試合が十分~十五分程度で、自分のリーグの試合が一時間に四試合見当行われる。
予選が二十三試合で本戦が三試合だ。
昼休憩をはさみ、十六時くらいには終るはずだ。
まあ何事もなければの話なのだが、おそらく今日はそういうわけにはいくまい。
一ブロックを二つにわけているので、二十五人を十二人と十三人に分けている。
右側と左側を交互にやっているが、アントニオは左側の十二人の方の組の、外から三番目の組だ。
両側とも外側から試合を進めているので、右側のブロックから始まったからアントニオは六番目の試合となる。
彼が控え室に行くのは九時四十分くらいになるだろう。
まだ一時間以上ある。
そして会うなり、アントニオはこのような事を言ってきた。
「朝、ここへ来る途中で暗殺者に狙われた」
しまった。
余分な事をしていなくてアントニオについていればよかったか。
はあ、こいつが無事で良かったぜ。
「俺も試合にばかり注意を向けていたんで、少し警戒がおろそかになっていたんだ。
お前が仕込んでおいてくれたバリヤーポッドのおかげで助かったよ。
毒を塗った吹き矢で狙われてな」
おい、暗殺者。
攻撃がちゃっちいな。
強力なミサイルでも余裕綽々で防ぐバリヤーポッドの性能が泣いてそうだ。
まあ音もなく敵を倒せる毒吹き矢は、暗殺用途であれば案外と馬鹿にならんのだがな。
米軍だって軍事行動で見張りを倒したりする際には吹き矢を使ったりしているくらいだからな。
あれだって当てるために習熟するのに結構苦労がいるのだ。
「まあこれで、お前を狙っている事がこっちにバレたと思うから、この手は使えないだろう。
武門の誉れオルストン家に、早々同じ手が通じるなんて向こうも思っちゃいまい。
第一試合が終ったら気を付けろよ。
俺ならそこを狙うな」
「ああ、気を付けよう」
「だが、だからこそ、実はそこが狙い目だ。
次は違った角度から意外な攻撃が!」
「おい!」
「馬鹿、俺だって冗談で言っていないからな。
本当にそうなってもおかしくない情勢だ。
お前、今マジで帝国から殺されそうになっているんだからよ」
「……わかった。
肝に銘じるとしよう」
「あくまで今は試合に集中だ。
だが第一試合の後は絶対に気を抜くなよ。
そこは切り替えろ。
生き延びたかったらな」
それからレーダーでおかしな連中がいないかチェックしてみた。
チッ。
あまりにいっぱい居過ぎてよくわからん……。
Aランク試験って、よく観察するとこうなんかい。
自分の時は気が付かなかったな。
まあアルバトロス王国開催で、御気楽参加だった自分の時と、帝国でヤバイほど命を狙われている今のアントニオの場合とは状況が全然異なるのだが。
どいつから狩るかな。
とりあえず、対象赤点にのみ思いっきり一垓MP分ほどの殺気を込めて放った。
「失せろ」と強烈に意思を込めてみた。
どうやら全員倒れたらしい。
狩る手間は省けたか。
レーダーから赤い点は消えたが、不思議と灰色にはなっていなかった。
まったく、人の仕事の邪魔ばかりしやがって。
どうせなら全員灰色の点になって、くたばりやがれ。
無意識の内に手加減しちまったか。
どうも俺は性根が甘くていかんな。
気配を消して、控え室の警護をしておく。
控え室の中にもカメラポッドを浮かべてある。
全ての控え室へ事前に侵入済みなので、転移魔法でいつでも乱入できる。
俺は苛々しながら待つ。
来るならさっさと来いよ。
俺は釣りに絶対向かないような気の短いタイプなのだ。
俺の……俺のケモミミ園に手を出すだと?
子供達を襲撃するだと?
なあ、皇帝様よ。
たかが、こんな遅れた中世みたいな世界の帝国の独裁者風情が。
これだから俺は昔から独裁者っていう奴らが嫌いなんだよ。
こんなしょうもない国は地球にもいっぱいあるけどな。
もう決めているんだ、帝国皇帝。
そして第二皇子シャリオン。
お前らはギルティ、お前らにだけは必ず死んでもらう。
あの子達は俺が護る。
舐めんなよ。
俺がどれだけ近代兵器を魔道化出来るアイデアを持っていると思うんだ?
しかもインターネット持ちで、製造業出身特有の生産特化のスキルも持っているのだ。
元々、俺は稀人の国日本の中でも、ある意味でその中枢の一つであるとも言える製造業スーパー特化エリア『日本のデトロイト』からやってきた人間なんだぜ?
お前達は俺をとことん怒らせた。
絶対に許さねえ。
結局、かなりの時間頑張っていたのだが、待ち人来たらず。
むう。
そうこうするうちに、アントニオの第一試合が始まった。
相手は……忘れもしない、あんの糞爺だった。
俺の試合の時に、人を小馬鹿にしてギブアップして逃げやがった、あの暗殺者の爺だ!
(おいアントニオ、そいつはヤバイ暗殺者の奴だ。
多分お前の事も試合中に狙っているぞ。
遠慮はいらん、速攻でアレをぶちかませ)
アントニオにそう念話を送る。
そして、それは試合開始早々にいきなり炸裂した。
爺が暗殺者としての厄介な動きを始める前に。
さすがは魔道鎧を操るほどの一族だけあって、【死合】における初動の大切さを知っている。
そして、それは必死で躱して逃げようとする爺を執拗に追尾して見事に命中した。
バーカ、てめえみたいなアナクロ爺が近代兵器に敵うかよ。
あー、アントニオめ、もう勝ったのかー。
審判がアントニオの勝利を宣言している。
俺なら、すかさずもっと甚振るのになー。
武道の誉れの一族は俺よりも更に甘ちゃんだなあ。
そう、敵を追尾する機能を持ったミサイル魔法に、弾頭として「アレ」を載っけておいたのだ。
前回、俺が爺にぶつけられなくて肩をプルプルさせていた、あのでかい風魔法の直径五メートルの大物をだ。
ミサイル魔法に搭載しておくと何の魔法かよくわからない。
弾着してからの御楽しみだ。
何か魔法が追ってくるとしかわからないだろう。
魔法をぶっ放した後ではギブアップも通用しないから逃げ回るしかない。
前もって魔法の中身がこれだと知っていたら、即座にギブアップされていたかもな。
さすがにアレを食らったら、あの手練れの爺も死んだろう。
さて、ここから本番だぜ。
来るかな、暗殺者は。
アントニオ、そいつだけは俺の獲物だからな。




