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7-2 ストーカー

 それを聞いて彫像のように凍りついた若い兵士。

 俺が正装の上に着込んでいたマントというかローブを手に持ったまま、見事に固まっている。


 隣国の貴族、しかも上級貴族である侯爵を一介の国境警備兵が脅したのだ。

 これは間違いなく国際問題である。


 そして俺はそのむさくるしい彫像どもに、そっと声をかけた。


「おい、俺のローブを返せ。

 河の上は寒いから羽織っていたんだ」


 カタツムリか何かのように、まるでスロウのような時空魔法でもかけられて時の進みが遅れたかのようにノロノロとローブを渡してくる、その若い兵士。

 上役の方は、どうやってこのピンチを逃れようかと必死に考えを巡らせている様子だった。


「ところで用というのは一体なんだ?」


 それを聞いた若い兵士の驚いたような顔。


「お前らが俺に用があるというから付き合ってやったのだぞ?

 この侯爵たる私が。

 おい、なんとか言ったらどうなのだ。

 ん?」


「はっ、はっ。

 そ、それは~」


 これまた脂汗を流しながら、あの威張り散らしていた隊長が豪く下手に出ている。

 俺は笑いを噛み殺しながらこう言ってやった。


「ここはいいところだな」

「は?」


 鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で上官は俺を見つめた。


「静かで喧騒もない。

 実を言うと俺は今、王都アルバのごたごたから逃げ出してきて御忍び中なのだ。

 俺に羽を伸ばさせろ」


「は、はあ」


 まだ首を傾げている上官。

 やれやれ。


「わからん奴だな。

 ここは御目溢しをしてやると言ってるんだ。

 今日ここを通ったのは商人で冒険者のアルフォンス。

 間違ってもアルバトロス王国侯爵アルフォンス・フォン・グランバーストなどではない。

 そうだな?」

 

 俺は鋭い目付きでニブチンな兵士を睨む。

 まだどうしたらいいかわからない無能な兵士に俺は溜め息を吐き、その上司である隊長を睨んだ。


「もし、俺がこの国でうろうろしているなんて噂でも流れようものなら、貴様ら……」


「わ、わかりました。

 そ、そのようにいたします。

 ははーっ」


「時に隊長さん。

 この国で子供への土産物といったら、何があるのかな」


「そ、そうでございますね、今から王都へ?」


 隊長が作り笑顔の揉み手で聞いてくるので、俺は黙って頷いた。


「それなら、今でしたら絵細工が有名です。

 あれは色々な種類があります」


 うーん、絵細工ねえ。

 何かの絵の細工品なのかなあ。

 ちょっと微妙だな。

 うちのすっかり擦れてしまったケモチビどもが、そのようなチャチな響きの物で納得するだろうか。


 無理だな。

 アントニオ、ここは君だけが頼りだ。

 あいつら用には美味い食い物なら確実だぜ。


 やれやれ。

 なんでこんな、本来なら素通りするはずの場所で隣国の兵士を脅していなきゃならんものやら。

 さっさとアントニオのところへ行くとしよう。

 飛行魔法フライ発動!


 ぐいぐいと加速して上空から多少は景色を眺めつつ、あっという間に王都ならぬ帝都へと距離を詰めていった。

 今日はお上りさんとして行くわけではないので、帝国の景色の見物はまた今度だな。

 帝都ベルンへは、ちゃんと専用の貴族門を通って一冒険者として入った。


 まあSSランクの冒険者、しかもこの暴れん坊である俺がやってきたのだから、情報はすぐに上へあがっちゃうんだろうけどね。


 向こうも俺が来る事くらいの事は想定はしているだろう。

 国境で口止めしたのは、ただの馬鹿どもへの腹いせだ。

 この国は別にぼんくら揃いってわけじゃない。

 俺が来たという情報は関係各所にすぐ打ち上がるだろう。


 帝都はもっと物々しい体制なのかと思ったが、少し期待外れだった。

 なんか、あっさりと入れてしまえたし。

 まあ今回は貴族という立場としての入門であったが。

 帝都入場は王都アルバとそう変わらない雰囲気だ。

 国境の検問所はいかにも独裁国家らしくて、とってもいい感じだったのに!


 まあ、アルバも最初は物々しい感じがしたけどな。

 あそこはまた派手な城塞都市だったからなあ。

 ここはそうではなく、むしろ優美とすら感じる。

 それでもアルバでは、俺自身はすぐに門前で並ばなくてよくなってしまったし。

 

 ついあちこちで、初めて訪問した街の風景に見入ってしまった。


 アントニオに連絡を入れたのだが、すぐ来れないという。

 それで、ちょっと御店などを冷やかしていたのだが、その中で心惹かれるものに出会ったのだ。


 なんていうか、「墨絵」みたいな物に?

 なんだか、とっても趣があって目が吸い寄せられる。

 特に買って帰りたいわけじゃないんだけど、それらは妙に爺心をくすぐる。

 いや、こんなものを買っていったって、別に幼稚園に飾るわけじゃないしな。


 後、何故か掛け軸っぽいものがあって、そいつは壁に飾れるようになっている。

 ふと思いついて、そいつのまっさらな白紙の物はないか訊いてみた。

 あると言われたので、各サイズをもらうことにした。

 それと、なんとなく気に入った墨絵擬きも買った。


 それらの紙の質は割合といい。

 まるで和紙のように素晴らしい品質だ。

 帝国国内かどこかの特産品なのかな。

 何の植物を加工したものだろう。

 案外とダンジョン内で採れる奴だったりして。

 もちろん、それなりの価格はしたのだが、値段に見合って満足のいく品物だった。


 子供用の絵も見てみるか。

 ケモミミ園に飾ってもいいしなどと思っていたら、アントニオから電話が入った。


「やあ、待たせたな」

「ああ、あちこち見て回っていたところさ」


 そして奴が泊まっている宿で会う事になった。

 アントニオの話では、昨日から妙な男達に付きまとわれてるらしい。

 遠巻きに囲んでいる感じで、どうこうしてくる事はないようなのだが。


 試しに路地へ誘い込もうとしてみたが、まったくついてこなくて遠巻きにしているだけだったようで、正体不明なのが不気味で対処に困るという。

 なんといっても試験に集中出来ないから。


 ライバルを蹴落としたいという同業者による嫌がらせの線も考えられるが、どうにもそうは思えない。

 連中からは何かもっと刺々しい感じがするのだという。


「何にしても不気味でな。

 なにしろ、ここは敵地のど真ん中なんだから」


「了解。

 お前の試験の間は、俺がそいつらと遊んでやっておけばいいというわけだな。

 まあ、そのつもりで紋章入りのマントなんかも持ってきたわけだし」


「ああ、頼むよ。

 やっとAランク試験が受けられるんだ。

 そっちに集中したいんでね。

 この俺の手でオルストン家復興の悲願を果たすんだ」


「ラジャ!」


 さて、奴との話は済んだ。

 ここには小煩いアーモンもいないことだし、いっちょ派手に遊ぶとするかな。


    ◆◇◆◇◆


 その頃、王都アルバでは……。


「ううっ!」

「どうしました? アーモン」


「レッグか。

 いや、なんでもないんだ。

 ちょっと寒気がしただけだ」


「いけませんね。

 そういう時は我がウィルストン家直伝の青鰭蜥蜴の煎じ薬を飲まなくては!」


「いや遠慮するよ。

 超クソ不味いじゃないか、あれは」


「だからいいんじゃないですか。

 良薬口に苦しといいますしね」


「それよりも、あの連中だ。

 いや、アントニオの方は問題ないな。

 あの男が隣国で何かやらかさなきゃいいんだが。

 ギルマスの立場としては非常に頭の痛い問題だ」


「まあ、普通にやらかすでしょうね」


 レッグが平然とそう言ってのけた。


「まあ、そうかもな。

 あれだけキナ臭い事件の後では、何があってもおかしくない。

 あの男が大人しくはしとらんだろう。

 もっとも、アントニオに何かあっても困るので非常に悩ましいのだが」


    ◆◇◆◇◆


 その頃、俺とアントニオは酒場で飲んでいた。

 意外と美味い帝国の酒に感心しながら。

 オープンテラスの小洒落た店で周囲を見渡せる状態で。


 そして、しっかりとレーダーMAPによる探索を張り巡らせ、「アントニオを付けまわす人間」という検索条件で調べてみた。

 すると結構な数がMAP上で点滅している。

 マーカーを付けるにはアイテムボックスと同じで、相手の目視が必要だ。


 ちょうど上手い具合に近くまで来ている奴が一人いた。

 そして、なんと今座っている席からそいつと目が合ってしまった。

 さっそく、そいつにマーカーを設置しておいた。

 ついでに写真も撮る。


 女か。

 そいつは俺に気付かれてしまったので慌てて、さっと場から離れていった。


 マーカーは便利だが制限もある。

 一度につけておけるマーカーの数は十まで。

 常時使用で相手を追跡し続ける負荷の高いスキルだからだな。

 MPの制限と同じで負担を減らす仕組みなのだろう。


 こいつは魔素のあるところなら追跡できるが、場所によっては表示が困難な場合がある。

 深い地下とか、魔素が著しく乱されているところなどだ。


 とりあえず相手が一人なら追跡するのはそれほど困難な仕事でもない。

 リアルに追跡しながらなら大丈夫だ。

 俺は先に店を出る事にした。

 そっと店の裏口から出る。


 マーカーをつけたのは、まだ若い女だった。

 かなりの美人なのだが、それだけで目立ち過ぎるほどではない。


 髪もありふれた感じの色合いで、たいして化粧ッ気もなく、服装も派手な感じでもなく地味でもない。

 要は目立たない格好をしているのだ。

 わざとそうしているのだろう。

 着飾って化粧を入念に施したら、かなりの美人に化けるかもしれない。


 隠密系スキル並びに、先日手に入れたディスサーチをかけて、やや距離をあけて追跡する。


 女は石畳を早足で貴族街へと抜けて行った。

 貴族街の入り口を警備する衛兵と話をしたかと思うと、そのまま貴族街の中へと足早に抜けていった。


 やはり外国だけあって、ここは異国情緒がある。

 王都アルバの貴族街だと、建物も角の丸みが感じられてもっと柔らかい感じがするのだが、ここの建物はエッジが効いてるというか。


 建物自体もシャープな形状のような感じがする。

 文字通り尖がっている雰囲気なのだ。


 ここの連中の心も尖っているという事なのだろうか。

 そういう事は日本辺りでも有り得るシチュエーションかな。

 沖縄なんか、建物を見ただけでも如何にもゆるゆるな雰囲気だしな。

 ハワイなんかもそうだ。


 発注する側の人間や、実際に設計して建てる業者の心映えが反映されるというか。

 環境や地域による流行みたいな物もある。


 その建築物群の一つである一際大きな御屋敷に、彼女のマーカーは吸い込まれていった。

 俺は資料用に写真に取ってから目視による転移を行った。


 今まで行ったことのある場所以外でも、目で見える範囲ならば転移は可能だ。

 レーダーMAPによる誘導転移は可能だが、よくわかっている場所でないと怖くて出来ない。

 どうしてもやらなければならない時以外に危険を冒すつもりはない。

 女より先回りして、そいつが来るのを待っている。


 女は屋敷の中へ入っていくので、ドアの隙間から目視転移で中へと入った。

 パッと見で内部の様子を確認したのだ。


 かなり広かったので侵入しても特に問題はなかった。

 内部へ転移した途端に、執事やメイドを弾き飛ばすとかいう無様な展開はノーサンキュー。

 そんな事になったら激しく警戒されてしまって、それはもう豪い事になるだろう。

 当分ここへ近寄れなくなってしまう。


 それに姿や気配のない見えざる敵がいるとバレたら、特別にそういうものを探査出来る人間を呼ばれてしまうかもしれない。


 後をつけていったが、どうやら女は招かれた部屋にて屋敷の主と話をしているようだ。

 俺もドアが閉まる前に手早くするりっと目視転移で中へ入り込み、近くへいって聞き耳を立てておく。


「貴様。

 何故、戻ってきた」


 何かこう凄く迫力があるような、厳つい感じの初老の男が詰問するかのように女を睨んだ。


 あの皇帝のように権力者として威厳を放つ感じではなく、なんというか仕事人というか、そういう感じのパリっとした雰囲気の男だ。

 もしかすると、元軍人かそれに準じるような人間なのだろうか。


「申し訳ありません。

 近付き過ぎて、相手に顔を見られてしまいまして」


「馬鹿め、焦りおって。

 よいか、マルガリータよ。

 お前達親子の運命は、お前にかかっておることを忘れるな」


 男は再び厳しく睨むようにそう言った。

 そして元気なく項垂れる女。

 それらも色々と写真に撮っておく。


 彼らの会話が終って女は出ていってしまったので、邸内のあちこちを探索に行く。

 気分は泥棒勇者だ。


 これでもう、いつ来ても直接屋敷のあちこちへと転移出来る。

 この屋敷は、鑑定したところによればニールセン侯爵邸だ。


 さっきの男が当主っぽいのだが、何故こんな大貴族がわざわざ、今は貴族でもなんでもない無頼の冒険者に過ぎないアントニオにちょっかいをかけてくるのだろうか?


 一応ニールセン侯爵本人らしき人物にもマーカーは付けておいた。

 あの女も、なにやら訳有りのようだったし。

 どうやら難儀な事になるような予感がするなあ。


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