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7-1 国境にて

 今は日本のカレンダーで言えば六月八日にあたる頃だ。

 もう異世界へやってきて半年近くにもなるか。


 アントニオは隣国のAランク試験に臨んでいた。

 彼には、一応通信の魔道具を渡しておいた。

 世界に満ちる魔素の海を魔力で揺らがせて情報を伝える方式だ。

 こいつは真理が魔素の動きに敏感だったのにヒントを得て作ったものだ。


 物は本物のスマホベースで作ってある。

 バッテリーの代わりに魔石を使用しているが。


 ほぼスマホをベースにしているのに、何故か魔石の魔力でちゃんと動く。

 元々がそういう通信をするための機械だからだろうか?

 アイテムボックスの能力をあれこれと使って作ったしな。

 自分でやっていてなんなのだが、時折この世界は不思議に満ちていた。


 まあ、これも魔力で動かす魔道具と化しているのだがな。

 伝達方式は、電力会社が電線を通した通信をしているのをイメージして作ってみたものだ。

 魔素という広大なエネルギーに満ちた海を、魔力という信号波が駆け抜けていくイメージなのだ。

 そのようなイメージで付与を行った。


 とりあえず、普通に携帯のように会話は出来る。

 どうせなら可愛い女の子に贈りたかったよ。


 転移魔法で遠くへ行き通信状況を確認したが、魔素が続く限りはどこまでも通じるようだ。

 まだ個別信号の識別が出来ないので、今は俺とアントニオの間のみで使えるホットラインだが。


 すでにケモミミ園の子供達は「それって何かいいものなの?」みたいな感じでロックオンしているみたいだ。

 特に女の子が。


 女の子って、なんであんなに電話が好きなんだろう……。

 仕方がないので、あいつらには糸電話をくれてやっておいた。

 俺がこの世界へ持ち込んだ紙コップを使って図画工作で作らせてみたのだが、みんな大喜びだ。


 もちろん、おチビ猫娘も夢中だ。

 最近は、あの子もよく喋るようになった。

 もう一歳九か月になるのだものな。


 一応、風魔法で声を届ける方法はあるのだが、魔法が届く距離が限られる。

 パーティというものを組むと、「念話」というテレパシーのような物が使えるが、さすがに隣国までは届かない。


 テレパシーは確か距離はあまり関係ないのではないかと思ったのだが、実際にはどうだろう。

 サボテンは栽培してくれている御主人様が地球の反対側で事故死したりすると、距離が離れているのにも関わらず凄いショックを受けるようだから、そうじゃないかと思うのだが。


 念話はテレパシーではなさそうなので、距離が離れているとスマホよりも性能は劣るようだ。

 それで今回は何があるかわからないので、こういうものを用意したという訳だ。


 よぽどの事は無いと思うのだが、最近の情勢は妙にきな臭い。

 名誉貴族称号を持つだけの俺は違うが、アントニオは正式な王国貴族に返り咲く予定だ。

 しかもSランク冒険者の伯爵家当主に。


 もし隣国との戦争になったら、あいつも出る事になるだろう。

 果たして帝国が何も仕掛けてこないと言い切れるのか?

 かつては「王国の剣」とまで謳われた一族に対して。


 アントニオの奴からは定期連絡が来る事になっている。

 これが一定の期間連絡が無い場合、俺が一度見に行く事に取り決めた。

 不法入国は拙いので、その場合は国境だけはちゃんと通る予定だ。

 幸いにして今のところ、そのような事態にはなっていない。 


 隣国、それは西方のベルンシュタイン帝国と呼ばれる大国だ。

 皇帝の下、貴族の権限の強い国で、平民は家畜も同然の扱いで亜人は基本奴隷だそうだ。


 領土拡張の野望に燃える強権国家だ。

 元は小国だったのだが、周りの国を次々と併合していき今に至る。

 そのあたりの事情は、この大陸の他の国々も似たり寄ったりの歴史を辿っているらしいが、そこは今も別格であるらしい。


 嫌な国だな。

 あんまり行きたいと思わない。

 そんな国じゃあ、そう面白いところも無さそうだし。

 とりあえずは、アントニオから連絡が無ければどうする事も出来んしな。


「じゃあ、みんな。

 今日は『結んで開いて』をやるからな」


 子供達みんなには、材料の布地を持ち込みにして王都の御店で作らせた、可愛い御揃いのスモックを着せてある。

 そのうち、御遊戯の発表会をやらんといかんな~。


 ケモミミ園は今日もマイペースだ。

 こういう時にはピアノかオルガンが欲しいよね。

 俺は楽器が弾けないので、そういう物があっても宝の持ち腐れなのだが。


 音楽は、もっぱらネットに繋いだPCからの音楽だ。

 俺をルーターとして、持ち込んだノートPCをネットに繋いでいるのだ。

 ノーパソのスピーカーでは音が小さいから風魔法でブーストしている。


 そうこうするうちに御遊戯も終って、今日の工作は折り紙だ。

 こいつらって本当に油断がならない。

 ネットでダウンロードしたハイパー折り紙とかもガンガンやっているし。


 みんなも折り紙をさっさと終らせて、ダウンロード型紙で作る紙飛行機の製作に熱中している。

 ちっちゃい子にハサミとか使わせるとドキドキするが、今のところ指を落とした奴はいない。

 第一、そのためにグレーターヒールとかの強力な回復魔法を習ってきたのだし。


 ちゃんと紙飛行機の先っぽに、安全のためのスポンジを付けるように言いつけていると通信機が鳴った。

 周りからの注目が凄い。

 特に女の子が食い入るように見ている。

 ケモミミがピンっと立っているし。


「どうしたアントニオ、こんな時間に」


「ちょっと相談がある。

 今からこっちまで来てくれないか?」


「ああ、いいけど」


 それから、子供達に向き直って宣言をする。


「じゃあ、おいちゃんは友達に呼ばれたからちょっと行ってくるので」


「「「えーー」」」


「おみやげはー?」

「なるべく期待に応えよう」


 しかし、あの帝国に子供達への土産になるような物なんかあるのかよ。

 それだけが心配だな。


 さっさと転移して国境付近へと出る。

 そこからは徒歩で国境へと向かった。

 アルバトロス王国とベルンシュタイン帝国との国境になっているエール河。

 こいつは幅が数キロもあって、この大きな河を渡れば帝国の国境だ。


 色々と五月蝿いのでフライでは行かず、船に乗って越えていく事とする。

 こうやって正規のルートで入らないと、あれこれよくないらしい。

 ええい、五月の蠅め。

 めんどくさいな。


 船はこれがまた、たいしたものじゃない。

 全長八メートルくらいの、限り無く(いかだ)に近い代物だ。

 これには三十人ほどの乗客が乗っている。

 この河には凶悪な魔物が出るというのに、よくこんな筏で渡る気になるな。


 そういや俺も船は作っていなかった。

 今度作ってみよう。

 あれこそ、どんがらだけでいけそうだ。


 たまたま隣にいた女性が抱いていた一歳くらいのチビを(あや)していたりしたら、すぐ近くの水面がザバーーっと持ち上がった。


 そいつは巨大で物騒な鎌首を持ち上げた。

 鑑定してみると、こいつはBランクの河ヘビだ。

 この川もでかいだけあって、結構ヤバイ魔物が棲んでいるようだ。

 俺はレーダーで見ていたので、既にそいつの存在を知っていた。


 軽くエアカッターを飛ばして首を切り落とすと、目視でアイテムボックスに収容した。

 こんな奴は、Bランクといえども俺の強大な魔力を込めれば初級魔法で十分だ。

 こいつって勝手に水面へ現れて鎌首を上げてくれるので、なんていうか気軽に首を落としやすいんだよね。

 安全に船の下から攻撃してひっくり返すという知恵はないらしい。


 日本では名にし負う首狩り民族たる三河人相手に自ら首を差し出すとは愚かな。

 まあ水蛇なんだから、形状的に習性からそうなるわな。


 隣のチビはまだ小さいせいか、ビビるどころか魔物退治のイベントに歓声をあげている。

 やれやれ、将来は大物確定だな。

 親の方は思いっきりビビってガタガタ震えていたが。


 他の連中も口々に礼を言って褒めそやしてくれた。

 いいけど、お前らもこんな物騒な河を渡るんならもっと精進しないとな。

 ちゃんと川で使用出来る魔物避けとかを持ってこいよ。


 そして、しばらくして対岸へと着いた。

 なんだか色気もへったくれもない、地球のどこかのヤバイ国の兵士の詰め所みたいな建物がそこにあった。

 よくある灰色のコンクリート製の建物で回りは鉄条網というアレである。

 生憎な事にコンクリートはないようで、石造りの建物だった。


 だがそれも外観が暗い色合いをしている物だ。

 まあそういう雰囲気の場所だという演出をしたいのだろうな。


 強引に突破すると機関銃で撃ち殺されそうな雰囲気だ。

 もっとも、この世界でそんな物騒な物を持っているのは俺だけなんだが。


 詰め所にて越境手続きのために並ぶ。

 俺はこういう面倒な事が苦手な性質なのだがね。

 待つのが嫌いな性格なのだし。

 初めて王都アルバへ入る時は本当に閉口した。


「おい、そこの貴様あ」


 おや、誰かが叫んでいる。

 ここの兵士か?


「おい! 聞こえんのか?」


 あれ? なんだか俺の方に真っ直ぐ寄ってくるような気がするな……。

 そして俺の目の前に、まだ若そうなのだが、かなり厳つい感じの兵士が立った。


「何か御用ですか?」

「用も何も、こっちへ来い!」


 そして、そこへそいつよりも階級が高そうな兵士がすっとやって来た。

 そいつもまた根性曲がりな顔をしている。

 それでなんとなく、こいつらの用件の察しがついた。

 俺はそのまま大人しく二人にドナドナされていく。


「おい!

 お前、ここがどこだか知っているのか」


「国境警備所でしょ。

 まさか隣国からの旅行者が何も知らないでここへ来たとでも?」


「なんだと!」


「まあまあまあ、隊長。

 それに貴方もそんな口の利き方をしてはいけません」


 そう宥める口調の若い兵士だったが、その目は濁りきり、激しく腐っている。


 俺は金持ちそうな商人風の格好をしているし、人の良さそうな顔をしているしな。

 いわゆるカモっていう奴だ。

 さて、こいつらはどうしたいのかな?


「貴様は我々を舐めきっている。

 そんな奴はどういう目に遭うか教えてやろう!」


 その上官は舌なめずりをしながら、俺をそう言って脅した。

 こいつらを見ているだけで、もう帝国っていう国がどういう国なのか完全に解かってしまった。

 確実に俺とは反りが合わん。

 早いところ帰るとしよう。


「隊長、まあまあ。

 君、ちょっと」


 若い兵士は俺を手招きする。

 そして小声でこう囁いた。


「駄目じゃないか、偉い人を怒らせちゃ。

 ここは私が上手に宥めてあげるから。

 ね、だからわかるだろ?」


「何が?」


 俺は簡潔(シンプル)に答えてやり、若い兵士は驚いて困惑を顔に浮かべて呟いた。


「何がって……」 

「じゃあ用が無いなら、俺は詰め所に戻らせてもらうぜ」


 そう言い捨てて、俺は奴らを置き去りにしてスタスタと歩き出す。

 すると身分の高い方の兵士が顔を真っ赤にして、今にも俺に掴みかからんとした。


「隊長、抑えて抑えて。

 君~」


 上官を諫めた方の若い兵士は、俺が被っていたゆったりとしたローブをグイっと引っ張った。

 そして、それが外れた下から見えたものは。


『アルバトロス王国侯爵位を顕す紋章入りのマント』だった。


 振り向いた俺は、少し低めの声で奴らに黒い笑顔を向けた。 


「よお、責任者の方とお話がしたいんだがな」


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