6-6 Aランク試験準備
翌日、俺はアントニオと一緒にギルドの食堂兼酒場で御茶を飲んでいた。
ギルド職員に奴への言伝を頼んでおいたのだ。
「久し振りだな」
「ああ、どこかの園長先生は忙しそうだったからな」
目の前には、どことなく以前に比べたら何か余裕のようなものを漂わせている青年がいた。
こういう物は地球にいた頃も度々目にした光景だ。
俺は満足気に笑って茶を一口啜る。
「Aランク試験は伸びちまったな」
「ああ、本当に困ったものだ。
まあ、さほど焦っているわけではないのだが、先が見えないという状態は実に悩ましい事さ」
その秀麗な眉目を若干曇らせながら愚痴を溢すアントニオ。
「まあ、こんな事をしたら帝国も自分達が外交で困るだけだし、へたをすると次の開催が回ってこなくなる。
こうなっているのも、連中が元々この国に攻め込む算段だったからじゃないのか?
侵攻中止にはなったけど、どうにも侵攻を諦め切れなくて、まだ攻めたい奴とかが国内ですったもんだしているんじゃねーの?」
「ははは、案外とそうなのかもな」
軽く首を竦めるアントニオ。
彼も今は只の無頼の冒険者アントニオだ。
国家の戦争には関係がない。
かつては王国の守りの要である『王国の剣』とも謳われたというオルストン伯爵家は、他ならぬアルバトロス王国王家の一員たる公爵家の手によって滅びた。
ただ、かつてはその栄誉を血筋として受け継いでいた者の内の一人であった彼の、その横顔は少し寂しげであった。
「俺も応援に行きたかったけど、やめとくわ。
帝国絡みの話は、全部俺が元凶で潰した話だしな。
それに一応は俺も、この国の名誉侯爵なもんだから」
「だな」
その少し苦笑交じりの表情から察するに、彼の脳裏に浮かぶは俺のトラブルメーカーぶりか。
「訓練相手が必要なら付き合うけど」
「そうだな。
少し頼むか。
もし本気でやるんなら、お前以外に相手がいない。
ギルマスは忙しいし。
だけど、お前もケモミミ園の方はいいのか?」
「それは大丈夫だ。
訓練も朝から晩までやるわけじゃあるまい?」
「それはそうだな」
「この間の一件はアントニオも関わっていた話だから気になるんで、俺もAランク試験は一緒に行きたかったんだが、迂闊に俺が一緒に帝国へ行くと破蛇になって、逆にお前にデメリットが出かねん」
「ははは。
まあ、訓練だけ付き合ってくれたらいいさ」
そして訓練のために移動したそこは、御存知魔法演習場「ガラスの園」だ。
久々に魔道鎧でガチンコか。
ここであれを初めて使った時は豪い事になったっけな。
唸りを上げて、俺の魔道鎧がまるで物質感を伴うかのように生成する。
「ん? どうしたアントニオ」
なんだか固まってしまっている奴がいる。
「お、お、お前、それはなんだ?」
「嫌だな。
お前からパクった魔道鎧に決まっているだろう。
今更何を言っているんだ?」
「はあ、ちょっと見てろよ」
そう言うと奴は俺に向けて思いっきりパンチをくれてきた。
はて、たいしたダメージが入らないな。
「どうした?
本気でやらんと訓練にならんぜ?」
「やってる……ドラゴンを殺す気でやっているはずなんだが。
お前の魔道鎧は一体どうなっている?」
「そういえば、魔力のレベルが二つ上がったな」
「マジかよ」
「あ、そういえば、こういうものがあった」
そう言いながらベスマギルを出す。
「な、なんだ? その奇妙な物体は。
ん、べスマギル?」
アントニオが鑑定をかけて首を捻る。
「ああ、 べスマギルはオリハルコンの一つ上の魔法金属だ。
もうこれ以上の物は無い究極の魔法金属なんだ。
有り体に言えば、あれこれとオリハルコンの千倍の性能を持つ代物だ」
その信じられないような話を耳にして絶句するアントニオ。
「こいつは初代国王が理論として唱えていただけの物で、製造に半端ない魔力が必要だから、彼自身もべスマギルはまずこの世界に誕生しないだろうと言っていたらしい。
今までこの世には無かったが、昨日御茶を飲みながら片手間に作ってみたんだ。
そうしたら魔力のレベルが二つも上がった。
もう無茶苦茶な魔力量になったぜ」
更に絶句されたが、諦めたように彼は言葉を紡いできた。
「どこから突っ込もうかと思ったのだが、お前のやる事に何か言ってもしょうがない。
それで、そいつがどうかしたのか?」
相変わらず話が早い奴だな。
それでこそ、さすがはアントニオっていうもんだ。
「真理用に魔力を溜めておけるよう、魔石代わりに作ってみたんだが、これがあったらお前も魔力に困らないんじゃないかと思って」
俺は、多角柱状に作ったベスマギル製バッテリーを魔力で操り、空中でくるくると回転させながら俺達の間の空間を煌かせた。
「な、なるほどな。
それは面白い考えかもしれん」
「ここに二十京MPの容量のべスマギルがある。
これをアイテムボックスの腕輪の中に入れたまま魔力を取り出せないか?」
「まあ、お前がそう言うんだから、お前にはそれが出来るっていう事だよな?」
「まさにその通りさ」
俺はコクコクと頷いておく。
そしてアントニオはベスマギル製バッテリーをアイテムボックスへ無造作に放り込んだ。
「じゃあ試してみるか。って、うわっ」
「どうした?」
「いや、出来る事は出来るんだが、お前と違って俺は魔力量がそこまでは多くないんで、あっという間に魔力が満タンになる。
こいつは凄まじい魔力量を蓄えているな」
「慣れたら使えそうか?」
要は太陽電池で充電しながら電力を消費するポータブル電源みたいなものだ。
ああいう乱雑な使い方はバッテリーの寿命が縮みそうであまり良くないのかもしれないが、この場合は何の問題も無い。
「そうだな。
魔力切れの心配が無い上に、もっと強力な魔法とかも使えそうだ」
「ああ、それに魔道鎧の動力として使ったら、魔力切れの心配をしなくていいからガンガンいけるのかなと思って」
「うむ。
色々と練習してみよう」
「一つ言い忘れていた。
それは絶対にアイテムボックスから出すなよ?
誰かに見つかったら世界中から狙われるから」
「また、とんでもないものを……まあ、いつもの事か」
「君も段々わかってきたじゃないか。
でもこんなのは、まだまだ序の口だからな」
そこから話題を変えてみた。
「あとよー。
Aランク本戦で、とんでもないのが三人いたぜ。
正確には二人と一匹だ」
「一匹?」
「ああ、ドラゴンが人化して混じっていた」
「……なんでまた、ドラゴンがAランク試験なんかに出ているんだ」
「ああ、なんか人間の女の子を嫁に貰っていて子供までいたぞ。
子供はドラゴンハーフという種族だ。
生活がかかっているから、絶対にまたAランク試験には出てくるんじゃないのか。
あいつは本物のドラゴンブレスを吐きやがるからな」
俺の目の前に、迷宮でのドラゴンとの死闘を思い出して苦笑いする冒険者が約一名いた。
「残りの二人のうちの一人は、物理攻撃と魔法を完全に無効化する呪いの鎧を着ていた。
毒物も無効化出来るって言っていたな」
「あのなあ。
どうやって倒したんだよ、それ」
「全体をシールドで囲んで、中の空気を全部抜いたら倒れたのさ。
アイテムボックスで空気を回収しただけだけど」
こいつも空気っていう物がしっかり理解出来ているのだろうか。
酸素濃度とか言ったってわからんだろうな。
酸素もあればいいっていうもんじゃないので。
酸素自体は物を酸化させてしまう力があるので、生物にとっては一種の毒でもある。
だから俺達の体は皮膚で厳重に護られているのだ。
大昔の酸素濃度が高かった時代の生き物は、現代の大気の中では生きられないだろう。
周辺の空気の組成を大規模に弄るだけで魔物の大軍勢を滅ぼしてしまえそうだ。
魔法なんていうとんでもない代物があるので、この世界の科学知識の水準が今一つよくわからない。
もしかしたら錬金術師なら理解出来ているのかもしれないが、この脳筋系の一族であるオルストン家ではどうなのか。
「うーん。
参考になるような、ならないような」
「要するに、真っ当な戦い方じゃ勝てない相手という事さ。
それでもまあ、穴が無いわけでもないしな。
一応やりようはあるし、対策として考えた事もあるから。
そいつとは絶対に真っ向からやりあうなよ。
剣の腕は無茶苦茶凄そうだ。
絶対に勝てっこない。
俺が完全にヤバイと感じたくらいだ。
お前って剣の腕は、俺とどっこいくらいじゃねえ?」
「まあ、そうかもな」
それだけ、伝説の魔道鎧の威力が凄まじいという事だ。
今の俺ならそれがわかる。
剣の方はギルドで散々特訓をして、ようやくそこまでいったんだからな。
「あと魔法で凄い奴もいる。
そいつは決勝まで残ってきて、この魔力が超豊富な稀人たる俺と一時間は派手に魔法を撃ち合ったからな。
あれこそ、素でとんでもない奴だ。
真摯な精神で修練に修練を重ねて、若くしてあの域に辿り着いた怪物君だぞ。
驕りなんぞ欠片も無いモノホンの漢だった。
あれこそ世界中の魔法使いの規範となるべき男、魔法使いの中の魔法使いだ。
それこそ、そのベスマギル・バッテリーの大魔力でなんとかしろ。
あいつは攻撃魔法が凄いから、防御魔法は強化しとけよ。
俺の時は向こうが魔力切れで降参した。
この辺までは、まだ性格が真っ当で好感が持てる。
だが暗殺系の人間も出てくる。
隣国の奴らは、お前の事も邪魔くさいと思っているだろうから十分気を付けろよ。
俺も魔道鎧を切っていたら変な技を食らって、のっけからダウンを食らったしな」
「ああ、十分に気を付けるとしよう」
それから毎日色々と、あれやこれや工夫したりして二人で訓練した。
こうして、万全の態勢とはいえないものの、一応はアントニオのAランク試験の準備を終えた。
やがて試験の日取りも決まって、一か月遅れでのAランク試験が開催決定と相成った。




