6-3 待ちかねた物
日本は今頃ゴールデンウィークかあ。
もう随分と長い間世捨て人だった俺には縁が無い言葉だ。
長い事引き篭もっていてゴールデンウィークもへったくれもなかったし、やっと宝くじ一等賞金八億円を手にしたかと思えば、何故かこのような異世界へ来てしまった。
クリスマスや正月と違って特に祝うようなイベントもないし、五月が誕生日なので御馳走はそっちで食うしなあ。
未婚だから大人になってから子供の日は関係なかったしね。
ここではやってみるか。
そのうち、鯉のぼりでも作ってみてもよいし。
そんなある日、その知らせは届いた。
それは王都の商業ギルドに頼んでおいた物だった。
入荷次第、こちらの商業ギルドへ届けるよう頼んでおいたものだ。
まず小豆、そして蕎麦、その上なんと鰹節まで!
パックの削り節は日本から持ってきているので、そいつは別に切羽詰ってはいないのだが、なんと米まであった。
米は植えればちゃんと育つ奴だ。
これまた立て続けにまとめて入荷したものだ。
それを聞いた途端、俺は気が動転し、取るものもとりあえず転移してしまった。
床に座って食べる用のテーブルと座布団っぽい物、そして両手にはチビの御飯。
しかも膝の上に載せていたチビレミまで一緒に転移してきてしまった。
チビがキョトキョトして周りを見渡していた。
「あたちの御飯はどこ?」みたいな感じで。
そして御飯を見つけたので、おっさんに催促した。
「うー」
「はいはい」
この子はあまりにも幼くしてストリートチルドレンとなったために、碌に言葉を覚える時間がなかった。
食い物を捜すのに毎日必死だっただろうしな。
仲間とは一緒にいたのだが、幼くしてそれまでの生活があれだったので、あまり喋らないようだ。
そいつはわかる気もするのだが。
うちの姪っ子もあまり喋らない子で、その手の子供用の施設にも通っていたが、そう特に問題はなかった。
御爺さんが寡黙な人だったので、たまたまそれが隔世遺伝したのだろう。
別に知的障害なわけじゃない。
時間差をおいて、そのうちにいっぱい喋りだすだろう。
今はこれでいい。
俺の事は、ちゃんとおいちゃんと呼んでくれるし。
最初の頃は懐いてくれなくて本当に酷かった。
俺は落ち着いてチビに御飯を食べさせた。
全部食べてもまだ足りなさそうだったので、カップケーキを持たせておいた。
ロゴスが生暖かく見守る感じで、それを見下ろしていた。
なんとなく、俺まで見守られている感じがしたのは気のせいだろうか。
「ははは。
そんなに慌てなくてもブツは逃げやしませんよ」
「いやあ、お恥ずかしい」
さすがに、これには俺も大笑いだ。
いや日本人ならこれくらいは普通だよな。
なんたって西洋風の異世界で島流し中の身の上なんだぜ。
ひょいっと気軽に近所のスーパーで粒餡の御菓子や蕎麦が買えるわけじゃないんだ。
俺も歳を食ってからはラスベガス旅行の途中で西洋飯を胃が受け付けなくなって、後半は値段の高い日本食レストランに入り浸っていたから食費がかかって仕方がなかったな。
「稀人にとっては大切なものなんでしょうなあ」
「初代国王が見たら、それらを抱き締めて人目も憚らずに号泣した事でしょうな。
あるいは、ただ黙って手にした物を見つめて、はらはらと涙を溢したものか。
それほどのものです」
「それほどの……」
「まあ、私はたまたま色々と日本の物を持ってこれたので泣きはしませんが。
それでも、これらの品は嬉しいですねー」
持ってきてもらった商品を受取って収納して代金を払った。
御目当ての品を大量ゲットで、もうホクホク顔の俺。
チビはよくわからないようだったが、俺の様子からきっと素敵が待っているのだろうと判断したらしく、じーっと俺を見ている。
「ふっふっふー。
おいちいの、いっぱい作るからなー」
思わずおチビの脇を持って抱き上げて、一緒にくるくると回ってしまった。
御腹一杯のチビも可愛らしい猫耳をピコピコさせて、尻尾をゆらゆらと御機嫌そうに動かしていた。
それからケモミミ園へ戻り、調理実習室でまず小豆を煮る事とした。
今やおっさんも、ここに住み着いているのだ。
そういや、おっさんだってホームレスなのだった。
お金は山盛りあったのだが、家は無かったんだよな。
宿には泊まっていたけど。
エリにも応援を頼んで、なんとか粒餡を完成させた。
水飴も白砂糖も用意してあったし。
あらかじめ色々な準備はしてあったのだ。
いつか餡子が手に入ると信じて。
最中の皮・大判焼きの外側の生地・小倉トースト用の食パン・餡ドーナツ・おはぎ・大福・ドラ焼きの外側。
その他の鯛焼きなんかも、いつでもスタンバイだ。
お汁粉も準備万端だ。
正月には屋台を出すか。
エリ-ンなどはエリに密着警護の体制になっているし、子供達も試食スタンバイだ。
エリはもう日本風の食材の扱いは手慣れており、なんと一発で餡子製造を成功させたのだ。
そして園内に素晴らしい拍手が沸き起こったのだった。
おやつタイムにしては、これまたガッツリだった。
いやあ至福の一時だ。
俺もおっさんの体のままだったら、御腹の肉が絶対にヤバイ。
再生のスキルに大感謝だ。
晩御飯は早速蕎麦を頂く事にした。
醤油・味醂・出汁で簡単な蕎麦汁を作成した。
出汁は日本から持ってきた食い物の分解品を使用する。
また塩・酒・砂糖なんかが入ったバージョンも用意した。
みんなでキャーキャー言いながらあれこれと作った。
なんとエリは蕎麦打ちまで、あっさりとこなしてみせた。
エリ、恐ろしい子!
エリーンも真剣な目付きで、見様見真似で割と上手に作った。
なんという食い物に対する情熱と執念か。
俺や子供達が作ったボロくなった奴は、もうソバがきにでもするしかない。
あれだって良い物は、わざわざ蕎麦屋で専用に作って出されるほどの物なのだが。
あれはたぶん、今の細長い麺としての食べ方が登場する以前の昔の喰い方だよな。
入手した米は試しに炊いてみたのだが、肝心の味の方はうーむと唸ってしまうようなものだった。
さすがに異世界の野生の米のような奴を、魚沼産コシヒカリなんかと比べちゃ可哀想だよな。
探せば、もっといい米が流通しているかもしれない。
あるいは品種改良をやれるような環境を整えてみるか。
異世界生活も五か月半が過ぎた頃には、フードコートもプレオープンできた。
なんと国王陛下と宰相が視察にきてくれた。
他に御付きの人もいて、全部で二十人くらいの団体さんだ。
俺と代官にロゴスと、フードセンターの所長が出迎えた。
まず案内するのはターミナルステーションからだ。
主に王都からやってくる貸し切り馬車や貴族の馬車が、そこへ乗り付けられるようになっている。
屋台村の横からパーキングゾーンが始まり、屋台村・催事場広場・フードコートの裏まで貴族用の第一パーキングがある。
そこからロータリーで転回できる場所がある。
馬車でいちいちバックするのは厳しい。
普通は道幅を上手に使ってUターンするもんだが、それだと他の馬車とかち合ってしまうからな。
そこが満車の場合は、直進して野外劇場裏の第二パーキングへ行ってもらう。
ここもロータリーになっているので、事故が無いように第二パーキングの出口から第一パーキングへ出る際には交通整理の係が誘導する。
それでも収まりきらない場合は、申し訳ないが乗客に降りていただいてから、施設の向こうの整地された場所へ馬車を移動させてもらう。
馬の御世話にも余念がない。
野外劇場の正面にはVIP・パーキングがあるので、空いていればそちらへ誘導する。
フードコート正面には、普通の乗り合い馬車のパーキングがある。
そして屋台村へ。
まあ屋台前に簡単な椅子やテーブルが置いてあるだけなんだけど。
ここにはアーケードの屋根がついているので雨天でも営業可能だ。
これはぐるりとコの字型に施設を囲んでおり、雨の日でも濡れずに馬車から降りることが出来る。
その隣に催し物の広場があり、屋根付き連絡通路を介してその向こうにフードコートの建物がある。
中には壁際に店舗が並び、真ん中のゾーンには白いテーブルや椅子がズラリと並ぶ。
ゴミ箱もしっかりと設置され、掃除の係も大勢用意されている。
ショーケースの中に食べ物が並んでいたり、食べ物の説明が写真付きで書かれていたりするし、またメニューの看板も立てられている。
この辺はパネルや看板を、アイテムボックスに入れて写真と合成したものである。
将来的にはこれが絵になるのかな?
あるいは魔導カメラの写真とか。
この魔導大国アルバトロス王国ならば、それも可能だろう。
カメラなんて本来の原理は簡単なものだ。
まあ高性能な物を求めたらもうキリがない。
いくら日本企業が強い分野だといっても、さすがになあ。
まずはピンホールカメラから?
色々とお持ち帰りも出来るようになっている。
藁半紙の袋や、紙バッグなどが推奨梱包材だ。
貴族向けには有料で高価な木の器とかも用意されている。
ビニール袋やプラスチックのパック容器だと、散らかされてどこかでゴミになっているとまずい。
そういう物はいつまでも残ってしまう。
フードコートの中は魔導ランプで明るく照らされ、御土産屋が何件も用意されている。
ゆっくりできるカフェも用意され、かなりモダンな内装だ。
とりあえず、コーヒーやココア、コーラやサイダーなどのドリンクも用意される。
そして、ここの目玉であるラーメン横丁だ。
こいつは十店舗用意した。
最初はラーメン研究所の人間が総出で運営する。
その向こうには屋外劇場も用意され、音楽や芝居もやっている。
ここには屋根付き楽屋付きのステージがある。
客席は露天式なのだ。
実は屋根用に受け軸が設置されており、必要ならアイテムボックスを設置してあるので、その中から屋根を出して自動で嵌めるだけだ。
殆どオープンカーの幌かハードトップみたいなものだな。
既にセッティングされた魔道具なので、係がボタンを押せば一瞬にして収納から飛び出して屋根が出来る。
そして普段は解放して屋外の爽快感を楽しむと。
スイーツから、がっつり系おやつに和風甘味、ラーメン・ピザ・ハンバーガー・うどん・焼きソバ・お好み焼き、そしてついには優しい甘みの餡子系もデビューした。
国王といえども、この異世界の人には馴染みの無いスタイルの食堂街なので、驚きを持って迎えられた。
「これはまた色々と作ったものじゃな。
面白いものじゃ」
「多分これから、ある程度の施設にはこうやってフードコートが作られていくのではないかと。
とりあえず、今はここでしか食べられないものも多いですが」
俺は、にまにまを押さえ切れない感じで説明する。
見えない尻尾が勢いよく振られていたかもしれない。
「本来はそれぞれの目的の施設で、多数の客に簡易に手早く食事を提供する目的で作られるのが、このフードコートと呼ばれるセルフサービスの食堂なのです。
ここは最初にフードコートを作る事自体が目的なので、逆に他の部分がおまけですね」
そして改めてこう説明した。
「これらは……稀人が見たら涙を流して喜ぶものです。
初代国王が夢見て果てなかったであろうもの。
今ここに彼がいたならば、涙を流しながら嗚咽したでしょう。
ぜひ御土産に持って帰って初代国王の墓に御供えください」
「そうであったか……。
では、ありがたくそうさせてもらうとしよう」
「ちなみに、初代国王である船橋武の妹さんの話によれば、彼は餡子系の食べ物が大好きだそうで、御勧めは御萩・鯛焼き(粒餡)・大判焼きですかね。
団子も結構好きだそうですので、みたらし団子もお勧めですなあ。
今度餡子の団子も作って、彼の御墓へ御供えに行こうかなと……って、あれ? 陛下どうかしましたか?」
「今、なんと……言った?」
「は?
いえ、 初代国王は餡子が大好きであったと」
「そうではない!
今、初代国王の妹と」
「ええ、船橋真理さんとおっしゃいます。
今日本で……ああ、日本は稀人の国の名ですね。
そこに御墓も作り、毎月命日には餡子の御菓子を御供えに行っているそうで。
御仏壇も買ったそうです」
「初代国王の妹御と話を?」
「ええ、連絡手段があります。
初代国王が行方不明になったのは、向こうの時間でまだ二年も経っていませんし」
「な、なんと……」
国王陛下棒立ちである。
これがボクシング中なら致命的だ。
あ、なんか凄いショックを受けたみたいだ。
まあ自分も最初に聞いた時はそれなりにショックだったけどね。
そうか。
彼女もこっちの世界では王族という事になるのか~。
「妹様か、どんな方であるのかのう……」
ああ、じゃあちょっと見せてあげるか。
今更過ぎるけどな。
「真理~」
「なあにー」
「ちょっと、こっち来てー」
「何かしら?」
「陛下、これが真理さんです」




