6-2 遠足日和
そうこうするうちに、随分とチビ達の装備が充実した。
ネットからの有料無料の取り寄せ型紙で王都の店で色々な服を作らせたのだ。
作らせた店が関心を持ってくれて、一般向けにも売らせて欲しいといってきたので喜んで許可を出した。
異世界の子供達が少し御洒落になりそうだ。
化学繊維の布地なんかは元から作っていたし、ネットを見て各種の織り方もイメージ作成のスキルで強引に再現した。
だいぶ失敗したりもしたが納得のいくものは出来た。
だが残念な事に、ここでのミシンの再現は非常に厳しいものがある。
特に自分が日頃使ってない機械だから、なかなかイメージが湧いてこない。
うちにあった足踏みミシンは、小学校低学年時分までは、くるくる回して遊ぶ玩具として重宝したものだが。
小学校の家庭科でも足踏みミシンを使っていたな。
学校設備は基本的に古いので、あれが電動化したのはミシンが低価格化して叩き売りみたいになった、もっと後の時代だろう。
昔はミシンメーカーの販売店で毎月積み立てをしてミシンを買っていたのだ。
そういう通帳みたいな物があったな。
服のデザインに興味を持った子もいて、熱心にノートに書き付けている子もいた。
なかなか可愛い絵だ。
俺が見ているのに気が付くと、「みちゃダメ。あっちいって!」とケモミミな頭でぐりぐりされて、可愛く追っ払われる。
ヌイグルミや編み物に興味を持つ子もいた。
そのうちデザイン裁断縫製と一通りこなすチームが出来そうだ。
その間もアドロスで正式な料理学校を立ち上げたり、職業訓練校みたいなところも作ってみる。
住民の主力が貧民街の人間である街なので、生徒はすぐに集まった。
わからない事があったら日本のネット相談室の出番である。
ついでにブログも立ち上げて、有料サービス付属の容量無限写真館のリンクや、動画サイト画像のまとめのページも作った。
動画サイトには様々な激闘の記録や、ダンジョンの様子・各街の様子・可愛いケモミミども・建設中のフードコート・冒険者ギルドの様子・大魔法炸裂のシーンなどもアップされた。
ランクアップ試験や王宮・王族の人々などもアップされている。
まさか本物とは思われていないので、「素晴らしいCGの出来ですね。感激です」とかいう感想がたくさん届く。
「おお、そうだろう、そうだろう。
俺は天才さー!」
俺もそんな感じで適当に返事を返しておく。
掲示板にもスレを立てて、可愛いケモミミちゃん画像でネット民を悶えさせた。
猫が一番人気、次が狐で、三位は狼か。
俺としては、個人的に熊ちゃんが捨てがたい。
うっかりーとか言って、魔物の超グロ画像も混ぜてやったりする。
色々なシーンを走り抜ける車の模様を、その車を作っている自動車メーカーに売り込んだりもした。
圧巻は魔法演習場のガラスの大地を駆け抜けるシーンだ。
ケモミミのチビどもが、いっぱい車の屋根に乗ってしまったりしている映像なんかも送ってみた。
残念ながら、それらの映像は買ってもらえなかった。
国内も打ち切り間際の売れ線じゃあない車だしなあ。
動画サイトはそこそこ人気で、広告料金から税金分を除いて、日本のマンションの維持費とか子供達の洋服の型紙代くらいは出そうだ。
船橋武の妹の方の本家真理さんも楽しんで見てくれているようだし。
車や自転車とかの色々な部品を加工したり、イメージ作成のスキルで三輪車や子供用自転車も作ってみた。
それに乗って遊ぶ時は園内から出ないように言ってはあるが、見ていてハラハラする。
この世界では道路交通法のような法律が発達していないし、ここは棄民都市アドロスなので住人のそういう意識は更に低い。
最初に王都へ来た時に、貴族の馬車に子供が撥ねられていたのは衝撃的だった。
いくら旧三河ナンバー地区の民度が低いと言われていたって、さすがにあそこまで民度が低くはない。
あれで貴族だっていうんだから笑わせる。
まあ価値観とかがまったく違う世界なんだけどな。
だったら三輪車や子供用自転車なんか作るなよとも思ったが、子供達がああも楽しそうにしてるのを見るとね。
あと遊具も、ブランコに滑り台にシーソーなどの定番は完備している。
回転遊具はちょっと怖いんで今回はパスした。
タイヤのアスレチックを作ってみたが、あれは小さい子に大人気だ。
運動会がやれるように、広めの運動場も用意してみた。
このケモミミ幼稚園は街の隅っこにあるので、使う土地にはそう困らない。
代官も、そういう用途なら好きに使ってくれと言ってくれている。
必要な手続きなども代官所で全てやってくれている。
彼も自分が治める街の発展が楽しみで仕方がないらしい。
利権絡みで邪魔建てしそうな悪党共は彼と一緒に全部滅ぼしたしな。
図画工作も授業に取り入れる。
粘土を手にいれ、ひまし油を使った油粘土を作成する。
俺は子供の頃にこいつが大好きだったな。
凄い臭いがするんだけど、心に残る忘れ難い代物なのだ。
もしかしたら、子供が口に入れたがらないように、ああいう変な臭いになっているのかもな。
可塑性の物体だから美味しい匂いがしていたら絶対に食べる子がいるわ。
紙粘土も作ってみた。
それの色付きバージョンも。
画用紙で切り紙工作させたり、折り紙に切り絵もやってみた。
紙飛行機もネットから設計図を大量にダウンロードしたもので遊ばせた。
小学校で使う算数教材は大きめに作った。
あの正規のサイズで作ると小さい子が飲み込んでしまうのでね。
材質は一応木で作っておいた。
算盤はなかなか手強かった。
あの材質というか質感はなかなか難しい。
精密木工品なのだ。
だが俺は再現してみせた。
昔は算盤塾に通っていたからイメージはばっちりなのさ。
さんざん弄くり回した品だしな。
今でも俺の頭の中には算盤の影が在る。
算盤を持った猫をトレードマークにした商業ギルドの看板は存在するのに、何故か算盤自体は存在しない不思議な世界。
まあ本格的な物は俺でさえ作るのが難しい代物なので、先人にも作成は難しかったか?
俺はもう、すっかり幼稚園の運営に夢中になってしまった。
更に一か月が経ち、いつしか異世界ライフも五か月が過ぎていた。
そして商業ギルドから使いが来て、屋台村の準備が出来たという。
それはもう喜び勇んで見にいった。
ラーメン屋台に始まり、うどん、焼きそば&お好み焼き、たこ焼き、唐揚げ&フライドチキン、そしてエリにやらせて苦労して薄紅色の煎餅部分を再現してみせた玉せん。
この世界で卵なんていう物は贅沢品な食い物なのだが、そこは敢えて玉せんを作ってしまう。
あれ、俺が作ろうとすると卵がボロボロになって仕方がないんだよね。
エリは一発で上手に作ってみせたが。
綿菓子にチュロス、ジューススタンド、ホットドッグ・サンドイッチにシシケバブ。
ハンバーガー、クリーム鯛焼き・人形焼、おチビのためのカップケーキ・ホットケーキ、そして定番のクレープは異世界にしかない果物なんかも使っている。
とりあえず、ざっと十五店舗がズラリと並んだ。
せっかくなので、フードコートのこけら落としを園児の遠足に予定したから、子供達はみんな大喜びだ。
『明日は晴れる』
確信の力でそう理解した。
なんというセブンスセンスの無駄遣いだ。
そういう真似は日本にいた頃からの風習なので今更なのだが。
天気予報は『彼』の得意技だ。
俺は彼の事を「お天気イコマ君」なんて呼んでいた。
単に日常使いの能力なのだ。
殆ど会社の仕事くらいにしか使ってこなかったからな。
あれは本当に役に立った。
まあ遠足とはいえ、どうせ向こうまでは転移魔法を使っちゃうんだけど。
この世界にバスなんかないし。
金はあるから馬車を手配してもいいんだがな。
だがこの数の園児がいるのだ。
初の遠足行事の引率責任者としては転移魔法一択だ。
こいつら絶対に途中で電池が切れる!
結構ちょこまかしそうだし。
あの歳じゃあ、しょうがないんだけどね。
フードコートのまだ空いているスペースがあるので、そこを転移先とした。
まあ、天気がいいに越したことない。
当日の十一時。
みんな朝から大興奮だ。
可愛い刺繍やアップリケのついた巾着リュックを背負い、自分の持ち物やネット情報から再現した地球素材で作らせた靴やサンダルを履いている。
中には可愛い子供用ブーツを履いている子もいる。
一歳のチビ公は俺がちゃんと抱えている。
最近、ようやくそこまで仲良くなったのだ。
あの子は本日何があるのかよくわかっていないようだが、楽しい事があるという事自体はわかっているようだ。
興奮が耳や尻尾から仄かに見てとれる。
子供三十名に職員が十名、自分と真理とアントニオ、他にダンジョンの街の話なんでベル君もゲストで呼んだ。
久しぶりなのでギルマス・アーモンも誘ったのだけれど、どうやら忙しいらしく「また今度な」と言われてしまった。
アドロスの代官は当然視察にやってくる。
あと商業ギルドの面々も。
子供達は彼らに元気な挨拶をしている。
みんな早く屋台に突撃したくて、うずうずしているようだ。
チラチラとこっちを見ているし。
「よーし、みんな。
行ってよーし」
俺が突撃開始の号令をかけた。
毎日、園の行事や御遊びなんかを始める時もそうしているのだ。
うぞーーーっと子供の群れが屋台に襲いかかる!
だが、一番最初に襲いかかっていたのがエリ-ンだった。
今もケモミミ園の警備対応を頼んでいるチームエド。
エドがつかつかと歩いていって、日本から持ってきた新聞紙で作成したハリセンでエリーンの頭をスッパーンっとはたく。
最近は俺が作ってやったこれがエドの御気に入りアイテムなのだ。
エリ-ンに突っ込みをいれるのに最適なアイテムらしい。
十五軒もあると、さすがの餓鬼魂軍団も目移りする。
「デザートおいちそう」
「いやいや、まずはごはんでガッツリでしょ!」
物心ついた時から飢えてきた元ストリートチルドレン達が食い物屋台を前にして右往左往する様を、街の大人達は微笑ましく見守っていた。
きっと、この街はもっと良くなっていく。
俺じゃないけど、みんなそんな確信めいた気持ちで見ていたようだ。
ベル君も嬉しそうだ。
彼は優しいタイプの人間なので、打ち捨てられていたアドロスの人達の事をいつも気にしてたらしい。
なんたって、そこの担当の仕事をしていたんだからな。
それに彼自身も実家では酷い扱いを受けていた人間だったので。
虐げられてきたような人間じゃないと、ああいう人達の気持ちはわからないだろう。
俺が今こんな孤児院の真似事みたいな事をしているのも、まあつまるところは、そういう事なのだ。
俺はおチビと一緒に、まずカップケーキから攻める。
こいつが、おチビの一番大好物なのだ。
あれこれと屋台を回って、御腹一杯でお眠のチビを愛しながら皆を見て回った。
たくさんの笑顔がこの異世界に満ちていた。
大人も子供も皆等しく。
俺も嬉しかった。
一人この異世界へいきなりやって来て、今が一番幸せな時間なんじゃないのかな。




