1-4 おっさん再生される
間違いなく、このシステムは自分で作ったな。
正確には『もう一人の自分』が。
自分が一番使いやすいやり方になっている。
なんでそんな事が出来たのかはよくわからないけれど。
霧の中で見た、あの夢を思い起こしてみた。
自分自身がパソコンのシステムをいじっていた、あの夢だ。
世界を超えたあの霧の中で、そのエネルギーを利用して無意識領域下で構築したのかもしれない。
自分で意識していなくても、無意識領域下でセブンスセンスはいつも仕事してくれている。
仮に、俺の他にこの妙な場所に来ている人がいるとしても、多分ここまで細かい能力は持っていまい。
元々持っていた能力のおかげで、チートを更に上乗せ出来ているのだ。
今までも自分を助けてくれた能力だったが、今回の件で一番感謝した。
普通の人なら「これから世界を超えるので、そのエネルギーを利用して十五分くらいの時間制限内に自分の中に必要なシステムを構築しなさい!」とか、わざわざ言ってもらわないとわからないだろう。
言われても普通は出来ないがな。
この俺にだって出来ない。
それに次元の隙間から迷い込んだだけの俺達に、そんな親切な神様みたいな人はいない。
普通にリーンカーネーションを体験した人は、そういう神様みたいな人に遭ったと、人種性別宗教国家を越えて皆が口を揃えてそう言うのだという。
俺は死んで転生したわけじゃないから、そういう体験には縁がない。
それが本当に神様なのか、あるいは人類と言う種が集合的無意識の中で共有する神の概念なのか。
こいつは多分自分で使いやすいようにシステムを改造していけるはずだ。
『自分で開発したもの』なのだから。
そしてデイバッグに「アイテムボックス」を付与してみた。
設定画面が出たので、無限収納のみを設定してコピーする。
外に出して確認すると、ちゃんと魔法のカバンになっていた。
更にこれをコピーしても、コピー品にちゃんと収納の機能がついていた!
次が『再生』か。
これはアイテムボックスの中の物にもかけられるようだ。
遙か大昔の若い頃、バイクに乗っていた時代に使っていた古いキャンプ用の小型携帯ガスコンロを出してみたが、なんと新品と化した!
凄い。
この世界でも、タダ同然の中古の品物を買ってきて再生して売れば大儲けだな。
そいつもまたコピーして量産出来るし。
このまま、こっちの世界で生きていかねばならない事も頭の隅で計算していた。
苦渋の人生を送ってきたおっさんだから、若い子とは違って冒険よりも、どうにもそういう生活臭の沁みついた細かい事が気になる。
そこで、はたと気がついた。
これは人間にも効くのだろうか?
試してみたいが、得体の知れない物を自分に試すのは少し怖い。
だがヘルプをじっくり見たら人間にも有効とある。
他にもいくつもの物品を試し、また生物である植物でも試してみた。
すると萎れたそのへんの草が元気に背筋を伸ばした。
動物にはどんな結果になるのか。
本来なら動物実験とかをして慎重にいくところだ。
でも動物がどこにも見当たらない。
それも老いていたり死にかかっていたりしないと実験にならないしなあ。
自分で動物を痛めつけるのは鬱が入りそうだし。
そして決断した。
使ってみよう。
セブンスセンス、俺の内なる「確信の力」は、再生を自分に使うにあたって全く不安を感じさせない。
これで駄目な時は、はっきりと理解出来るはずだ。
特に命がかかっていたりすると、能力の高さや精度が著しく増すのが俺の能力の特徴だ。
俺が死ねば、セブンスセンスもまた死ぬせいだろうか。
これは大丈夫だと理屈でなく理解できる。
ただ、わかるのだ。
自分が欲しいと無意識に念じ、必要な力を構築した。
それが自分にとって有害であるとは信じられない。
「再生」対象を自分として、強く念じて再生をタップする。
すると何か凄まじい力が体中を駆け抜けていく。
ギュルギュルギュルという感じに体が絞られる感じがした。
なんというかこう、昔の手回し式脱水器で二つのローラーの間に洗濯物を通して煎餅のようにぺちゃんこにするみたいな雰囲気か。
「ぐええええ」っていう感じだな。
こいつはまた酷い気分だ。
思わず呻きながら四つん這いになってしまった。
そのまま、しばしプルプルと震える事しか出来ない。
やがてそれも収まってきて、ふらふらしながら立ち上がる。
これでまたMPのレベルが一つ上がったような気がする。
ふっと目を開けてみた。
「おお……」
なんと体が見事に再生されていた。
体の不具合も感じられない。
昔のまま、丁度二十代の頃の全盛期の体だろうか。
ギュっと絞られたから、すっきりとした体形になっている。
元々二十代までは、こんな感じの痩せた体形だった。
俺の肉体のピークは二十二歳くらいだったような気がする。
丁度そのくらいの感じか。
体の具合の悪かったところが全て良くなっていた。
目も歯も体中の筋肉も神経も。
ボロボロだった体が昔のように、いやそれ以上の状態じゃないのか。
頭も妙にスッキリして。
いかん、余分なところまで元気になっているようだ。
ああっ、このまま元の世界に帰れたらな!
今のところ、それはちょっと無理なようだが。
それにしても、これはいいスキルだ。
スキルの説明などから判断して、ここには魔法もあるようだが、今のところ回復魔法だの治癒魔法だのを手に入れる術は無い。
だから「システムの復元」があるにこした事はない。
システムというか、体そのものの完全な修復になるわけだが。
もしこれが魔法みたいな物であるなら、さしずめ魔法名はリペアっていうところか。
鑑定・解析・異世界言語はテンプレの性能だった。
よく使ってレベルを上げよう。
MPはもうLv7になっていた。
約13億4000万MPか。
これはもう、しばらく上がらないだろう。
PC画面を見ても魔法は何も入ってないので、実際にこのMPとやらを使えるのかどうかはまったく不明だ。
全属性とあるしMPの数値も半端無いので、いつの日か魔法を覚えられたら期待するとしよう。
隠蔽は、このシステムを隠蔽するスキルのようだ。
他にも何か効用があるのかもしれないが。
そいつがアクティブになっているので、俺の魔法PCは他の人間からは見えないはずだ。
この隠蔽のかかった状態で、俺のこのステータスを見る事の出来る奴が、この世界にはいるのだろうか。
だが何があるのかわからないので想定外は許されない。
俺のセブンスセンスは、おそらくこの世界に対応して、この魔法のPCを構築した。
外から魔法PCに対して何らかの干渉が出来ないという保証はどこにもない。
とりあえず念のために、もう少し武器を作っておくとしよう。
まず斧を各サイズで作成し、鉈・シャベル・投擲用に拡大コピーしたアウトドアナイフなどを作成する。
ウイスキー瓶にガソリンを詰めて、そいつに布で蓋をして火炎瓶に仕立て上げる。
アイテムボックスには収納した物体の分解機能があった。
逆に合成機能もあるようだし、まるで錬金ボックスだな。
中身を移すのが面倒だから、瓶入りのウイスキーを分解して瓶と中身を分離してガソリンを詰めてみた。
そして車のコピーを分解機能で分解していって、板金の溶接前まで戻してみた。
これはなかなか凶悪な代物だ。
これを頭の上からぶち込まれたら悲惨な事になる。
エンジン・AT・デフ・スチールホイール・フレームなどの重量物もある。
うちの車は車両総重量二・ニトンはある、乗用車にしては比較的重量のある代物で、鉄板も厚めの仕様だ。
これはアイテムボックスから空中へ射出できる。
レーダーと連動して高いところから落としたら凄い攻撃になりそうだ。
ガソリンをインベントリからぶちまけて、火の点いたマッチやライターをぶち込んでやったら凄い事になるかもしれない。
マッチのように擦って点火し、後は燃えっぱなしになるスウェーデンマッチなんかがいいかもな。
専用のインベントリを作成して、ガソリンを自動コピーに設定しておいた。
水を直接専用のインベントリ内に作る事にして、ガソリンも同様に自動コピー出来るように設定してみたのだ。
どの道、車の燃料用にガソリンは大量に欲しい。
今日で、ここへ来てもう二日目だ。
薄々わかってきてはいる。
このままここにいても日本へは帰れそうにない。
わかる。
俺にはそういう事もわかるのだ。
多分ここにいたら、もう一生森の住人だ。
たった一人で。
さすがに、それは辛いなあ。
なんとか日本へ帰る方法を別方面から探さないといけない。
それには人里に出た方がいいんだろうな。
こうなってくると、街へ行った時に金銭へ変えられるものが欲しい。
金はここでも価値があるのだろうか。
そういや高級腕時計を腕に付けたままだった!
自動巻き時計だからな。
外したままにしておくと、さほど時を置かずに止まってしまう。
こういう代物って若い子には馴染みがないだろうな。
うちの親父の頃は皆これで、俺も小さな子供の頃はこれを玩具にして遊んでいた。
親父が持っていたのは国産メーカーの時計だった。
俺の時計は金とダイヤの文字盤を持った成金趣味の奴だ。
こいつは前から欲しかった物だったので、思いっきり奮発しておいてよかった。
鑑定してみると、金はここでもちゃんと価値があるようだ。
よかった!
シルバーのネックレスも鑑定したら、やはりここでも金目の物のようだったのでコピーしておく。
昔は金よりも銀の方が値打ちが高かった。
だから銀行などという言葉があるのだ。
ここではどうだろうか。
しかし身分証も現地通貨も無いのは痛すぎる。
はたして街へ入れるのだろうか。
魔力の御蔭なのか、魔法のMAPで遠くにある街の画像は見られるものの、現地事情がさっぱりわからん。
いつまでもこんな森の中にいたくないんだけど、迂闊に街まで行って捕まって酷い目に合うのも嫌だ。
その辺の岩とか石も回収しておいた。
俺の能力なら、岩を分解して金属資源なんかが回収出来るかもしれないし。
一般の岩石にも金を始めとして色々な元素が含まれているのだ。
採算のとれない物に関しては、それらも鉱石とは呼ばれないが。
この俺のアイテムボックスが持つ錬金機能とコピー能力にかかれば、微量でも当該元素を含んでいればコピーして増やせるので、屑岩石が有用な元素を産む素晴らしい鉱石と化す。
岩は拡大コピーで大きくして上から落とす事も出来るし、身体強化で投げてもいい。
刃物系の武器ももう少しマシな物を作ろう。
和ナイフを部分コピーでカットして、刃の先の方で切断したものをベースに根元の方からカットした刃先を合成する。
なんとか刃渡り四十六センチの大型刃物が製造できた。
更に刃の真ん中だけをカットしたものを中継ぎにした、長いものを合成してみた。
そうしたら刃渡りが六十一センチまで伸びた。
少しは刀っぽくなったかな。
こいつは割とまっすぐな刃だったから簡単に繋ぐ事が出来た。
それを拡大コピーで一・五倍にしたものも作ってみた。
すると刃渡り九十センチの大刀が出来た。
これは持ち手が大きくて不恰好だけど、それでも身体強化の恩恵で十分に振り回せた!
これも大量にコピーしておこう。
上から落とせば敵を串刺しにできるし、投げまくってもいい。
厳選した木の枝を加工して槍の柄を作ってみた。
生木の状態と乾いた状態では反りが異なるはずだが、俺は生木内部の水分までアイテムボックスの中で調節できるのだ。
長期乾燥が必要な薪作りにはピッタリな能力だ。
試作した物を実験してみて、真っ直ぐに落ちるよく出来た奴を選んで、たくさんコピーしておいた。
色々な武器を振り回したり落としたりとか、あれこれと実験しているうちに暗くなってきた。
今夜も異世界でキャンプだ。
気合の足りないこの俺が、今日は珍しく頑張ってBBQにしてみた。
辺りに串に差した肉の香ばしい匂いが立ち込める。
炭火で焼かれた肉は、このような異様な状況でも食欲を誘う。
だが、それはどうやら俺だけではなかったものらしい。
「そいつ」は、突然に俺の世界を侵食した。
ゾクっと背筋がいきなり凍る。
ビールは入っていたものの、ほとんど無意識に近い感覚で体を動かした。
一瞬で身体強化を終えて、横に移動しざまに体を反転させていた。
そして転がるような感じで無様に距離をとった。
再生された肉体は、かろうじてその俊敏な動作を可能にした。
視界の中で、BBQグリルがスローモーションで弾け跳んだ。
俺の生体時間が伸張し拡大している。
くう、こいつはまた良くないものだ。
おそらく俺の体が明確に死を感じ取ったせいで引き起こされている現象のはずだ。
セブンスセンスは勝手に体を動かす事もあるものだし。
転がったランタンと飛び散った炭の炎に照らされて、そいつは淡い灯りの中で闇のカーテンの中に浮かび上がっていた。
その姿は生々しく、それでいて闇のスクリーンにリアルに映し出された映画のようでもある非現実感の中で、その存在を現実のものとして、まざまざと主張していた。
俺は十年ほど前に見かけた、猿系のUMAの怪物を思い出した。
だが目の前に突如出現した怪物は、あいつなんかとは明らかに異なっている。
昔見た奴は、俺になんの関心も抱いていなかった。
目には爛々とした狂気を携えていたが、それは彼が欲する山の幸に対する飽く事のない欲望だった。
だが、目の前のこいつは違った。
俺を獲物と見定めて、餌として確実に捕らえようと機会を伺っていた殺し屋、いや狩人だった。
その死への僅かな距離は、たった三メートルほど。
奴の体躯は二メートル?
それとも三メートル?
闇は恐怖をトッピングして、異形を実測よりも膨れ上がらせる。
そこにいたものは、熊とも蜘蛛とも猿とも言えないような、まさに「異形のもの」であった。
そいつは俺を凝視していた。
なんていうか、まるで体は怪物であるのに、人間に近い感じのする顔が仮面のように載っているかのような雰囲気で。
それは人間の顔とは似ても似つかないにも関わらず、そのように感じる。
動物が、ただ見ているのとは訳が違う。
なんていうか、知的に見ているような。
妙に生々しい、その白い貌が恐怖をそそる。
そいつは明らかに俺を、この俺の血と肉を欲していた。
生まれて初めて自分が被捕食対象となる、総毛立つような体験だ。
それどころではなかったので特に意識はしていなかったのだが、恐怖がそうさせたものか自動的に鑑定が働いていた。
「グリオン。魔物 Eランク」




