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5-5 爆炎の果てに

 まず、最初に最下層のドラゴンのところへ転移魔法で飛んだ。

 既に身体強化・バリヤー・シールド・マジックシールドをマックスで使用していた。

 昔懐かしい鍛造オリハルコンの鎧も着込んでいた。

 そして更に魔道鎧も展開する。


 圧倒的な魔素の嵐の中で、ほぼ復活していたドラゴン三体の首を、刃渡り十メートルの巨大オリハルコン刀が次々と切り落としていく。


 魔法が上手く使えず乱れてしまいそうなほどの魔素嵐の圧力がかかってくるが、俺は一旦外部魔素を遮断して圧倒的な体内魔力のみを使用して強引にそれを押しのけた。


 通常ならば、魔素に溢れていて無尽蔵の魔法力を発揮出来るダンジョン内にてあるまじき戦い方なのだが、今日はそれでいくしかあるまい。

 時折魔法を使わずに済むタイミングで、息継ぎのように魔素を取り込んで消耗分を回復させる事にした。


 どちらかというと、器用にその魔素の暴風を上手に往なす方が有益なシーンなのだが、俺はまだそこまで魔法の扱いに長けちゃいないので、今回のところは力押しでまかり通る。


 ドラゴンよ、わざわざ復活してくれて御苦労さん。

 いいタイミングだったな。

 こいつらを真っ先に潰しておかないと、荒れ狂う魔素の恩恵でオーバーSランクの怪物として登場しそうな勢いだ。


 ドラゴンの死体はちゃっかりと回収させていただいたぜ。

 俺の称号が「ソロドラゴンスレイヤーダブル」から「ソロドラゴンスレイヤートリプル」へと変化した。


 そして、ここに【ナパーム】をぶちまけた。

 自動車用オイルの添加剤と洗剤の界面活性剤の成分から『ナパーム剤』を合成しておいたのだ。


 複雑な正規の合成方法はシカトして、ネットを見つつアイテムボックスの機能で強引に作りあげておいた。

 この手の物はインターネットから拾った化学式と合成するという概念を与えると、アイテムボックスが勝手に創り上げてくれる。


 これがそのうち必要になる気がしていたんだ。

 この辺りの準備が何の前触れもなく出来てしまっているのがセブンスセンスの強いところだ。


 ナパーム弾は俗に言うようにナフサとパーム油で出来ているわけじゃない。

 このナパーム剤とナフサ(ここではガソリンを指すものとして)を2:98の割合で混合するとナパームが出来上がる。


 ナパームは非常に粘性が高く、ねっとりしていて体や衣服にくっつくと取れないので対人兵器としては最悪な代物だ。

 もちろん魔物にとっても最悪な代物だろう。

 雑魚魔物なんか、あっさりと焼き尽くす事だろう。 

 これを各階層にびっしりと埋め尽くすように超大量に流し込みながら上へと向かった。


 魔物達は粘性の高い可燃物に塗れ、焔を吐く魔物が一匹でもいれば、そこは文字通り火の海と化した。


 巡回する間に襲ってくる魔物は倒しつつ、ダンジョン内を周る。

 転移の合間にも魔物が襲ってくるが、防御はSランク魔物を想定しているため連中から攻撃されても大事には至らない。


 Sランクやその上位種が沸きまくっていたら、こうはいかなかった。

 これは四十七階から下への工作を潰せた恩恵だろう。

 深い階層までやられていたら、最悪SSランクのドラゴンとの単独戦闘を覚悟しないといけなかったかもしれない。

 それは俺にとっても未だ未知の領域だ。

 このスタンピード騒動の只中でやっていたいイベントではない。


 雑魚は火焔も魔物からの攻撃にもビクともしない最強の魔法金属製の戦闘ポッドが自動操縦による掃射で片付けてくれる。

 ダンジョンの中に人間さえいなければ、そういうアレな代物も使い放題だ。


 かなりあちこちでAランクの魔物とかが無数に沸きまくっていたが、戦闘ポッドにはレベルマックスの上級魔法も仕込んでおいたので完全に掃討戦になっている。

 ふう、こいつら上級魔物だけは絶対外へ出せないな。


 キメラの耐久性が特別に異常なのだと、ここで初めて知った。

 Aランクでも大概は上級魔法一~二発で消し飛んでいくが、キメラだけはそうはいかない。


 Aランク魔物の上位種が発生して、異様にしぶといケースとたまに遭遇したが、それこそ俺の圧倒的なまでのHP任せの戦闘や、強大なMPが担保してくれる魔法の威力による力押しで強引に押し切った。


 上位魔物の死体が回収出来るケースは回収しておいた。

 時間が惜しいので、出来る分だけをパッと回収するだけだ。

 今度からアイテムボックスに自動回収システムを作っておくか。


 一応人の有無も確認しながら進んだ。

 その辺りのシステムは、この前にダンジョンから戻る際に作ってあったので助かる。


 やがて全ての階層にナパームの散布を終了する。

 ここで俺もようやくダンジョンから脱出した。


 いやあ、こいつはひでえ有様だった。

 いつ終わるともわからんモンスターパレードの中で魔法をぶっ放しまくり、向かってくる奴を切り裂き続けたんだからな。

 俺に『血塗れ』の二つ名が付いたっておかしくないくらいの状態だ。


 ダンジョンの最下層から始め、永遠とも思える時間の中をしゃにむに戦い続け、もういい加減ゲンナリした頃、ようやく上まで辿り着いた。

 広い底の方から上がって来たので、上へ行くほど段々と狭くなり魔物のレベルも下がって楽になっていくのがまだ救いだった。


 底の方は上位魔物が湧きまくっているので、中々先へ進まないからなあ。

 そいつらの掃討を優先しないと、奴らに外へ出られてしまったら待ち構えているアドロスの冒険者達も面倒な事になるから、こいつらだけは絶対先に片付けておかないといけなかったし。

 スタンピードのGOサインが出ていなかったものか、魔物がダンジョンの外へ出ていこうとしていなかったのは幸いだった。


 他の雑魚連中は全てナパームで焼いてしまう予定なのだから、大物の掃討を行うのが目的で、とにかくナパームの散布作業が最優先だ。


 そして外から超大量の過酸化水素を「転移魔法」で次々と送り込んだ。

 転移魔法の新しい使い方をマスターしたのだ。

 まるでSFに登場する亜空間兵器のような使い方だ。


 そのために各階層をあちこち回って、転移のポイントを大量に作りながら上へ上がってきたのだ。

 もっと前にこれをやっておけば楽出来て、今日死に物狂いでやっていなくてもよかったのだが、こいつをやってみようと決定したのが、ついさっきだから仕方がないなあ。


 過酸化水素は液体ロケットなどの酸化剤にも使われたりした物だ。

 不安定なんで、すぐ酸素を供給してくれる。

 化学の実験でもフラスコの常連客として御馴染みの奴だ。

 洞窟内でナパームのような脱酸素兵器を使用すると酸素が不足するため、追加でこれを送りこんだのだ。


 濃度の高い過酸化水素自身にも強い殺傷力がある。

 そもそもナパームの主原料たるガソリン自体が生物にとって大変有害なのだ。

 これだけは、たっぷりと作ってあったしなあ。


 その上、過酸化水素は可燃物と混合すると発火する事もある。

 それだけで発火しない階層にはアイテムボックスの「火種インベントリ」から火のついた火種を転移魔法で送りこんだ。


 この技を「爆炎のインフェルノ」と命名した。

 すべてが燃え尽きたラストには酸欠と一酸化炭素中毒の地獄が待っている。

 これがナパーム攻撃の恐ろしさだ。

 これだけの量をダンジョン全域へ向けて一気にぶちまければ、さすがのダンジョン・エアコンも仕事が間に合うまい。


 非人道的という事で国際的に使用禁止が叫ばれ、仕方なく米軍さえもナパームではない同様の効果を持つ新型兵器に切り替えたくらいだ。

 連中は日本やベトナムで、民間人相手にあまりにも無差別な大虐殺を殺り過ぎたからな。


 強大な魔物といえども、血液を持って活動する生き物はこの地獄から逃れられない。

 完全な非魔物道的兵器だ。

 残念ながら彼らの魔物権を主張してくれる弁護士のような者はこの異世界にはいない。


 順次火力をチェックし、心配なところへは追加の燃料と酸化剤を投入する。

 まさに情け容赦なし。

 まるで火炎地獄の番人たるイフリート様にでもなったかのような気分だぜ。

 地獄の鬼さえ裸足で逃げ出すような悪魔の祭典だ。


 入り口に超厳重なシールドを施して封印しておき、そのすぐ外でシールド強度の監視をしながら焼き上がりを待った。

 魔物だって口が利ければ、「熱い、出してくれ、助けてくれ」と叫びながらシールドを叩き哀願するのだろうが、そんなもん俺の知ったこっちゃない。


 ある意味、『焼き物』の世界だ。

 原材料は生もの、いや生魔物だがね。


 排煙はそのまま、アイテムボックス内に設定しておいた専用インベントリにオートで吸収していく。

 これをそのまま外へ出したら公害レベルの大惨事になるわ。


「おい、どうなった?」


 アントニオがいつの間にか隣に転移を決めている。

 そして間髪入れぬタイミングで反対側に真理が現れる。


「今、ダンジョン内部全体の焼き上がりを待っているところだ」

「そうか」


 アントニオも前に言った事と併せて即納得したようで、淡々とした返事を返す。


 迷宮の入り口の向こう側も赤々と燃え盛っている。

 一階層は蓋になる部分なので、常時燃料を追加しながら特に念入りに焼いている。

 炎のカーテンで、ここまで死に物狂いで這い上がってきた魔物がいれば行く手を塞ぐように。


 魔物はただの一匹も外には出てこなかった。

 というか出られないようにしてあるのだが。


 おそらくすべての魔物は入り口へ辿り着く事無く、煙に巻かれ焼かれ力尽きてダンジョンの床へ吸収されていったのだろう。

 ここまで根性で上がってこれそうな耐久力を持った強大な魔物は全て俺が掃討しておいた。


 それから、みんなで優雅に御茶しながら鎮火するのを待った。

 アルミテーブルの上で二重風防付きのカセットコンロで御湯を沸かし、少し御洒落なポットで紅茶を淹れる余裕さえあった。

 御茶請けは、エリに作らせたマフィンやサクサク系の薄いビスケットだ。


 その間、真理にどう言い訳しようかなと考えていた。

 千年もの間暮らした大切な武の思い出の詰まった家を焼いちまったからなあ。

 まあ土下座だな。

 焼き土下座は勘弁して!


「いいのよ、家の事は気にしなくて」


 時折、真理の方をチラチラと見ている俺の様子から察した真理がそう言ってくれた。


「いいのかい?」


「あそこはただ、やる事もなくて、ただ約束を守るためにいるだけの場所だった。

 あなたには感謝しているわ。

 千年越しの想いは果たされたのだから。

 それに、あの場所はあの程度の事でどうにかなったりしないわ。

 多分ダンジョンも」


 そうだな。

 ナパームはそんなに致命的な兵器じゃない。

 あんな使い方をすれば魔物を含む酸素呼吸生物は全て死滅するが、迷宮なんていうものは多分滅びない。


 迷宮にはダンジョンコアというものがあるらしい。

 これを破壊しなければ無くなったりはしない、とはダンジョンの専門家たるベルグリットからの受け売りだ。


 とはいうものの結果はどうなるかな。

 レーダーMAPで確認したが、どうやら魔物は全部見事にこんがりと焼けたようだ。

 レーダーMAPで見る限りでは、赤点は見事に消え去っていた。

 スーパーウェルダンというか、もはやただの消し炭だ。


 ダンジョンは資源鉱山の意味合いもある。

 もし、このまま貴重なダンジョンが使用不能になったなら、この国にとっては大きなダメージになるのかもしれない。


 もしかして、敵はそこまで考えた作戦だったんだろうか……さすがに、そこまでの深読みはないかな。

 俺のような人間の存在や行動までは予測できまい。

 まあ、真理もああ言ってくれていることだし大丈夫なのではないか。


 ある程度時間を置いてから完全防備のスタイルで各階層を回ってみたが、魔物は見事なまでに全滅だった。


 もう迷宮の一部は復旧を開始している。

 まるで生々しい火傷跡が急速に完治して、ケロイドになっていた部分がペリペリと剥がれて新しい皮膚が顔をのぞかせているような感覚だ。

 そのうちに通常レベルで魔物なども復活するだろう。


 特に異常な魔力は感じられない。

 あの、おかしな石も役割を終えたのだろう。

 あるいは廃棄物としてダンジョンに吸収されてしまったものか。


 ふー。

 こんなにこんがり焼けているのを見ていると、BBQでも食いたくなってくるな。

 そういや俺はBBQをしにキャンプ場へ行って、こんな世界へ来る破目になったのだった。


 BBQをやるんならアーモンとレッグ、真理、アントニオとアンドレ師匠、ベルグリット、チームエド、エリ一家に、ル-バ爺さんとエミリオ殿下なんかも呼ばないとな。

 エルミアの教会の子供達も呼ぼうか。

 あー、エルミアといえば、預けておいたエリ一家を迎えに行かなくちゃな。



 エルミアの教会へ行くと、最早御祭り騒ぎだった。

 エリが色々と屋台などを出していたので縁日状態だったのだ。


 俺も調子に乗って、輪投げやヨーヨーも出してしまった。

 暇潰しにこういう物まで作っておいたのだ。

 いつか金魚掬いとかもやりたいな。


「向こうは片付いた。

 今から王様達のところへ報告しに行くから迎えは遅くなる。

 夕方までには片付けてくれ。

 御飯はみんなで食べていていいよ。

 そのくらい経った頃には、あれこれと落ち着くだろう」


「「「「「ハーイ」」」」」


 みんな元気がいい。

 結構なことだ。



 ダンジョンの門番は全てを見守っていた。

 彼らは命をかけた歴史の生き証人だ。

 その使命と誇りを守り抜いた貌は、なんとも言えないような感じに強く輝いていた、


 アドロスの冒険者ギルドの連中も「俺達の出番が無かったな」と完全装備のまま武器を担いで大笑いしている。

 ふう、たいした連中だぜ。


「みんな、ありがとう。

 こいつを置いていくから、これの代金で飲んでくれ。

 せっかくの稼ぎ時なのに稼げなくて悪かったな。

 こっちも街を守るために必死だった。

 早めに動けたんで、なんとか間に合ってよかったぜ。

 こいつらに外へ出られて散開されていたりしたら御手上げもいいところだ。

 この街中が戦場だったに違いない。

 そん時はみんなの出番だった」


 俺は迷宮の底で手に入れた高ランク素材を一山、今夜の祝勝会の飲み代用にカンパとして置いていった。


「なあに、構わんよ。

 命あっての物種さ。

 さすがにスタンピードは洒落にならんわい。

 まあ逃げ出す気なんざ端から欠片も無かったが、その高ランク魔物の素材の山を見ただけでゲップが出るわ。

 下手をすればギルド丸ごと全滅したっておかしくはない状態だったんだからな。

 むしろ、それが当然のような気もしてきたぞ」


「ああ、違いねえ。

 これで、まだほんの一部なんだからな~。

 俺が直接戦った奴だけでも素材の回収が出来たのは僅かな量なんだ。

 それどころじゃなかったからな。

 殆どの奴は物理的に大量の可燃物で生きたまま焼いちまったし」


「おっほ、そいつは桑原桑原」


 そう言いながらも腹を揺すって笑っているギルマスのケニー。

 冒険者ギルドのギルマスなんて、こんな連中ばっかりなんだろうな。

 だが冒険者連中も臨戦態勢を解き、戦闘装備のままで景気よく叫んだ。


「おお、それだけありゃあここの冒険者全員で三日三晩飲みまくったって十分釣りがくる。

 それ、皆の衆飲むぞ。

 おい給仕、ありったけの酒を持ってこい」


「みんなも御疲れ様。

 今日は思いっきり飲んでくれ。

 俺は王宮へ報告に行ってくる」


「おう、功労者のお前も後で顔を出してくれ」

「ああ、そうしよう」

 

 冒険者連中の歓声をBGMとして王宮へ跳んだ。

 それから王様へ事の成り行きを報告した。

 厳しい顔付きで報告を聞いていた国王陛下も破顔してくれた。


「御苦労じゃった。褒美は後程にな」


 王都の冒険者ギルドへも報告に行く。

 冒険者達も勢揃いで魔物の群れを迎え撃つ準備をしていた。

 そこで初めて見る完全武装のギルマスの姿。


 なんと騎士の如くの特注らしき装飾入りの総ミスリル製金属鎧に身を固め、同じくミスリル製らしき大剣を両手で足の前に挟むようにして座っていた。

 兜は騎士の兜のようではなく、冒険者らしく簡素なタイプだったが。


 おっさんとはいえ、なかなか格好いいな。

 さすがはドラゴンスレイヤーである元Sランク冒険者だけの事はあった。


「ギルマス、全部終わったぜ。

 もう魔物は来ない」


「そうか、御苦労」


 ふうーっと大きく息を吐くと、彼も言葉短く労ってくれた。

 こっちにもカンパの品を一通り渡してから、挨拶してギルドを御暇する事にした。


「じゃあ、もう帰るわ。

 みんなが待ってる。

 さすがに今日は疲れたぜ」


 それからエリ達を迎えに行って、結局俺も一緒に飯を食っていた。

 みんな楽しそうだ。


 エルミアには、また皆で遊びに行く約束をさせられた。

 俺にとっては嬉しい約束だ。


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