5-4 戦慄
今日も引き続きダンジョンへ調査へ出かける。
もう異世界へ来てもう八十三日目か。
もう三月の下旬で容器のいい季節になったな。
だが、そんな麗らかな初春の空気とは異なる緊迫したムードが漂っていた。
アドロス危機一髪!
ベル君も、なんとか転移魔法に慣れてきたようだ。
これでいつでもダンジョンの専門家が呼び出せる。
俺は少し黒い笑いを浮かべつつ、今日は俺が最初に倒したキメラの出現したと思われる十五階へと向かう。
調べてみたが特に不審なところは無かった。
そのまま十六階へも行ってみる。
ドラゴン一家が出現した最下層や、その他べルグリットが指定する場所も隈なく調べてみたが、特に異常は見られなかった。
ダンジョン専門家である役人のべルグリット、ベテラン冒険者のアントニオ、特殊感知持ちの俺、千年ここで暮らしたダンジョンの主ともいえる真理。
この面子で何も異変を見つけられなかったという、その事実こそが重要な調査結果だ。
とりあえず、これで現地での調査は一旦打ち切ることにした。
帰還して国王陛下にその旨を報告して、詳しい調査報告書はべルグリットが作成して提出する事になった。
俺達は全員褒美を貰い、更にアントニオは功績を上乗せだ。
これはアントニオが新しく起こす予定のオルストン伯爵家としての功績となる。
だが俺はそれで終わらせなかった。
それは多分、俺がセブンスセンス能力者だから。
いや違う。
セブンスセンスという『者』と一緒に在る人間だからだ。
「アントニオ。
もうちょっとだけ付き合ってくれ」
「なんだ?」
「一つ試してみたいことがある。
無駄足になるかもしれんが。
場合によっては戦闘になる可能性があるんで、お前だけを連れていきたい」
「わかった」
俺はまだこの結果に納得出来ていない。
もう少し見ておきたい事がある。
「真理はギルドで待っていてくれ」
「そうね。
じゃ御茶して待ってるわ」
そういや、真理って戦えるんだろうか。
まあ千年もダンジョンに引き籠っていた奴なんだから、きっと大丈夫なんだろう。
そういや、最初に真理と出会う直前に凄まじい強者の香りを感じ取ったんだった。
セブンスセンスがな。
きっと強いぞ、あの御姉さん。
そもそも人間じゃないんだしなあ。
俺達はダンジョン内へと転移した。
さっそくレーダーMAP検索を開始する。
検索キーワードは「この国に敵意を持った人」だ。
もしかしたらと思って、これで検索してみた。
相手が何をしてくるかわからない。
アントニオは保険だ。
上から一階ずつ試していった。
そして、なんと四十七階で反応有り。
そんな奴が今この時、このダンジョンで本当にいたのかよ!
転移魔法で近くへ移動した。
その場所へ急ぎ、インビジブル・気配遮断・隠密などを使用して二人でそっと近づく。
そいつは部屋のようなところにいた。
(あいつは何をやっているんだ?)
何か石のようなものを埋めている?
そして作業を終えたらしきその男はニヤアと不気味に笑った。
俺はその全てをビデオで撮影していた。
魔法の効果は、持ち物であるビデオなんかにも影響を及ぼすらしい。
こっそりとビデオに映されていたって、視線とかに敏感な人間ならば気が付くと思う。
特に俺の死線は激辛だしな。
だが相手は作業に熱中しているのもあって、全く俺達に気が付いていないようだ。
懐から出した袋の中から別の石を取り出して、次はどうしたもんかと思案顔をしている。
すかさず目視で一個アイテムボックスに収容してみた。
なんだろうな、これ。
鑑定してみようかと思ったのだが……。
次の瞬間、男がふっと消えた!
や、やられた。
転移魔法か。
そういや、あれは俺だけの専売特許じゃなかったんだっけ。
この世界には元からあるものなのだった。
忘れていたぜ!
レーダーMAPを全階層に展開する。
ダンジョンみたいなところでは、これだと大幅に解像度がボケてしまうのだが、おおよその方角は判明する。
いた。
多分すぐ下のあたりだ。
そこに確実にいるとわかっているならば、能力で大方の見当はつくのだ。
アントニオを連れて、そこに一番近い転移ポイントへ跳んだ。
そして、また走る。
どうしても走る分だけ遅くなるな。
二人共、速度に優れる魔道鎧持ちなのが救いだ。
だが、とうとう見つけた。
また何かを埋めているようだ。
「スタン」
いきなり奇襲で、こいつを食らわせる。
野郎も、まさか『異世界人の異能に検索されてつけ狙われていた』とは予想出来ていなかったようだ。
仕事に没入していたようだし。
無防備だった男はその場に倒れた。
持ち物は全部没収の上、厳重に縛り上げておく。
更に俺特製の「スペルキャンセラー」で魔法を封じる。
とりあえず作った定番の首輪型だ。
いずれこういうケースもあるだろうと思い、作っておいてよかった。
これは魔力の発動を検知して待機魔法状態のディスペルを素早く連続で発動するものだ。
もちろん、俺のSPディスペルだ。
何しろ能力が能力だけに、転移魔法を使われたら一瞬で逃げられてしまう。
それから、今そいつが埋めていた物も取り出す。
その足で王宮へ戻り、男と持ち物を王国騎士団へ引き渡した。
彼らに断って例の石はいくつか持っておく。
ライオルさんやギルマスにも見てもらおうと思って。
一応、その石も鑑定してみた。
「魔素放出石(複製品)。
ダンジョンに埋め込むと、外部から魔素を大量に集めだす。
強力に魔素を放出し、急速に魔物をポップさせる。
多数使用すると容易にスタンピードを引き起こす」
俺は慌てて、王宮の謁見の間へ飛び込んでいった。
もう直接謁見の間へ転移していったのだ。
本来なら王宮内は魔法に制限がかかっていて、そういう事は出来ないはずなのだが、何故か俺にはそういう非常識な事さえ出来てしまう。
「これ、ここをどこだと思っておる!
無礼であるぞ!」
謁見の間の警備をしていた近衛兵に注意される。
転移してきたとは思われていないらしい。
まあ普通は魔法を使えない筈の場所だからな。
「それどころじゃないんだ。大変だ!」
そして陛下が俺を諌める。
「どうした、アルフォンス。
落ち着くのじゃ」
「謁見中失礼いたします。
ダンジョンにこんなものが!
怪しい男がこの石を埋めていました。
男は捕縛して王国騎士団に引渡しました。
これはスタンピードを引き起こすアイテム、しかも大量生産品です!」
「な、なんと!」
これを聞いて、さすがに王様も顔色が悪い。
「これまでに何個埋められたものか。
既に最低でも一個は埋められたのを確認しました。
もう全てがダンジョンに取り込まれ、効力を発揮し始めた頃でしょう。
あの男は転移魔法を使用していました。
絶対に逃がさないようにしてください。
今は魔法封じの道具を首に付けさせていますが」
「転移魔法だと!」
おや、いいリアクションだ。
あれって、そんなに希少なのかな?
悪いな陛下。
俺は日常使いさせてもらっているよ。
つうか、今もそれを使ってこの謁見の間に入ったのだが、そこまでは誰も見ていなかったものらしい。
「今からまた見に行ってきますが、ダンジョンがどうなっているかは保証出来ません!」
そう言って俺は謁見の間から引き揚げる。
陛下は真剣な表情で考え込んでおり、謁見の間は騎士団などが慌ただしく動き、騒然としていた。
それから、王宮の外で待たせておいたアントニオと共に再びダンジョンへ向かった。
なんかダンジョンの中で物凄く禍々しい気配がする。
理屈でなくわかる。
「おい、気を付けろよ……」
さすがの俺も慎重にならざるを得ない。
「ああ、言われなくても、これは」
同じく顔を顰めるアントニオ。
さすがは手練れの冒険者だ。
尋常ではない魔物の気配をダンジョンの外からでも感じとれるらしい。
「ヤバかったら一旦撤退だな」
「もちろんだ」
まず中には入らずにスキルで確認する事にした。
さすがのアントニオも顔色が悪い。
レーダーMAPで見ると洞窟内が見事に真っ赤っかだった。
もう赤点どころではなく、濃淡ある赤さがMAP上をうごうごと埋め尽くし蠢いていた。
ぐはあっ、これは!
「この赤い点の密集が全部魔物なんだ。
もう点なのかどうかすらも定かじゃないレベルの密度だぜ。
既に中はびっしりと魔物でいっぱいだわ。
うはっ、でかい赤点もようけおるなあ。
こいつらは多分Aランク以上だぜ。
はは……」
アントニオにもそれを可視化して見せた。
最近はこういう芸当も出来るようになったのだ。
「う、こいつらが全部外に溢れたら」
俺の乾いた笑いに呼応して、アントニオの奴も深刻そうな声を出す。
エリやポールにマリー、おチビどもの顔が目に浮かんだ。
一旦撤収だ。
石の回収はもう諦めた。
多分もう各階層に、あるいは目ぼしいところへは既に埋め終わっていたのだろう。
徐々に高められていた魔素がじわじわと上昇し、ついには畝るように勢いをつけて、今最後の仕上げにかかっていたという事か。
もうそれらがダンジョンに取り込まれて、魔物発生を大々的にブーストしているはずだ。
仕方がないので利己的に行動した。
どの道、もう完全に手遅れなのだから。
真っ先にエリ一家を迎えにいった。
「エリ!」
「あれえ、アル御兄ちゃん。どうしたの?」
「いいから、一緒に来るんだ。他のみんなも一緒に」
「え? え?」
「早く!」
「う、うん。わかった」
始めは混乱していたエリも、俺の必死な形相を見て支度を始始めた アイテムボックスを渡してあるので、大概の物は中に持っているから簡単な身支度だけだ。
「行くぞ」
ほどなく全員支度が出来たので、転移魔法でエルミアへ跳んだ。
「ふう、いきなり転移魔法かあ。なんか、びっくりしたあ」
「びっくり」
「なの!」
皆に驚かれたが、もう有無を言わさずにエルミアの教会へ転移した。
「あれ? アルフォンスさんじゃないですか。一体どうされました?」
「ああ、今ちょっと時間がないんだ。悪いが、しばらくの間この人達を預かってくれ。あれこれと支度は持たせてあるから」
「そ、そうですか。わかりました」
「悪い。急ぐんで、悠長に説明をしている暇がない。また後で迎えに来る。それでは!」
突然の疎開だったので双方に驚かれたが、神父様は皆を預かる旨を快く了承してくれた。
それから手早く王様のところへ報告に行った。
もう完全に手遅れだったと。
スタンピード発生は時間の問題だ。
それを聞いた陛下も厳しい顔だ。
国のトップに立つ者として、国民の命の取捨選択を迫られているのだ。
「王都防衛を最優先とする。アドロスに兵は送らぬ」
一度静かに目を瞑った王が、次の瞬間に下した非常の決断は王都防衛だった。
棄民都市アドロスは即座に見捨てた。
王として当然の判断だ。
むしろ、その決断の速さを褒められるべきシーンだ。
あまりにも時間が無さ過ぎる。
何しろ王都とアドロスの間には、たった二十キロの距離しかないのだから。
王都防衛さえ、果たして間に合うのか怪しいものだ。
王が号令をかけたって、兵隊が今すぐに全員戦えるわけじゃない。
軍を総動員出来るような臨戦態勢にある訳ではないのだ。
既に国家非常宣言でも出ていれば別なのだが、まずは平時に配置されている分の即応部隊を配置につかせるしか出来ない。
それも戦時体制の厳しい戦闘訓練を行っている状態ではないから、戦争時のような全力戦闘に比べたら劣る戦力となるはずだ。
これからそういう物が、国軍や王都に駐留している貴族諸侯の軍勢に、公爵家の騎士団なんかにも発令されるのだろう。
連中もさぞかし泡を食う事だろう。
国民の王都外への避難なんか絶対に間に合わないだろうな。
こんな事態を知らされてもパニックになるだけだから。
却って防衛の邪魔になろう。
外出禁止令を出して、各自で家の中にいさせるしかない。
彼らが自力で王都から逃げ出すのも不可能だ。
アドロス側ではない三方の門で避難民がつっかえてパニックを起こし、軍すらもせいぜい第二隔壁までに封じ込められて行動不能になるだろう。
確か上の門は王族専用通路になっているはずだから、二方向の門しか使えないし。
次に王都冒険者ギルドのギルマスのところへ行き、手短に事態を説明した。
そして真理とも合流した。
「これは!」
ギルマスもこれにはさすがに考え込み、訊き返してきた。
「お前はどうするんだ?」
「もちろんダンジョンへ行くさ。
せっかく風通しよくしたあのアドロスの街を、くだらねえ話で潰されたくない」
「そうか、気を付けろ。
こちらも緊急クエストを発令し、人を集めて対応にかかるとしよう」
「そうか。じゃあ、これカンパで渡しておくわ」
俺は各種ポーション類などを大量に置いていった。
それから真理とアントニオを連れて、三人でアドロスへ転移した。
まずダンジョンの門番に事情を知らせておく。
彼らは話を聞いて驚いた様子だが、軽く眉を上げただけだった。
さっきから魔物が大量に出ている、とは聞いていたようだ。
中にいた連中は既に皆出てきているとの事だ。
冒険者、逃げ足はええ。
まあ、この場合は好都合なんだけど。
王都からの応援は一切無い事も彼ら門番二人には告げる。
逃げても王は罰しないとも。
だが、連中はもう覚悟を決めたようだ。
動く気配は微塵もない。
「私達はここの門番ですから」
俺には、そう手短に答えた彼らを止める事は出来なかった。
命懸けの男の誇りを顔に貼り付けていた。
だったら……何があろうと守るしかないな。
ここアドロスの冒険者ギルドにも連絡を入れた。
皆厳しい顔付きだが、誰も逃げようとはしない。
すげえな、こいつら。
そして、みんな俺の仲間である冒険者なのだ。
グッドカンパニー!
一応、ここアドロス・ダンジョンの住人である真理にも訊いてみる。
「これ、お前になんとかできる?」
「ちょっと難しいわねえ」
じゃあ仕方がないなあ。
ここはまた、俺様御得意の邪道な手段を使うしかないか。
あいつら全員、誰も死なせたくねえんだよ。
俺はもう、どうするかを心に決めていた。
そいつはこの俺にとっても結構厳しい道になるが、それで駄目だったなら、後は外で大立ち回りをやるしかない。
その場合に発生する犠牲者の数は考えたくもない。
そんな不利なステージでの戦闘は俺の戦闘力も相当限られてしまうだろう。
散っていく蜘蛛の子を一人では相手に出来ない。
なんとか散る前の卵嚢の状態で踏み潰すしかない。
ここは邪道街道を突っ走って、なんとかやりきるしかねえ。
「そうか。
じゃあ俺は行くわ」
いきなりそう言ったので驚くアントニオ。
奴が「俺も」と言いかけるのを片手で制して、俺は指示を出した。
「お前は外を見ていてくれ。
真理の事も頼む。
ヤバくなったら俺も撤退する。
今からダンジョンの中で、人がいると絶対に使えないような物を使うんだ。
たとえそれが魔道鎧持ちであろうとも、中にいればまず命は無い。
アントニオ、俺が初代国王と同じように激ヤバな稀人なのを忘れるなよ。
俺達稀人は、生粋の異世界人であるお前には想像もつかないような真似をする人種なんだ」
「わかった……」
こいつは本当に話が早くて助かる。
ぐだぐだ言って駄々を捏ねたりなんかしない。
最高の相棒だぜ。
「お前もヤバくなったら、撤退して王都の方へ行く選択肢も頭に入れといてくれな。
アドロスの住人の撤退支援の可能性も考えておいてくれ。
王都に着いたら、俺に言われたといって王都の中へ避難させてやってくれ。
それが駄目なら王都の前で難民キャンプさせるしかない。
そういう事を直接王様に頼んでくりゃあよかったんだが、咄嗟にそこまで頭が回んねえ。
住人の王都内への避難を断られたその時は、なんとか真理から王様に頼んでもらってくれ」
かつて初代国王の時代には、戦乱の時には王都アルバの壁の中が国民を守るシェルターの働きをしていたと聞く。
彼ら棄民都市アドロスの民とて、この国の国民であるのだ。
「ああ。
さっさと片付けて、いつもの店で一杯やろう」
その相棒からのナイスな提案に手を上げて挨拶する。
パンっと二人で打ち鳴らした右手が熱いぜ。
さてと、それじゃあSランク野郎の稀人様が、魔物のスタンピード相手に大暴れといきますか!




