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5-3 スタンピ-ド

 俺達はダンジョンの大底に有る、例のドラゴン三頭が鎮座ましましていた空間に来ていた。


「どうだ? 専門家の目から見て」


「一通り調べてみます。

 警護の方は頼みましたよ」


「任せとけ」


 真面目なアントニオがベルグリットを見てくれているので、俺は真理と一緒に見て回った。


「どこといって、おかしな所は無いわね。

 まだわからないけど」


「うーん、俺にはさっぱりだ」


「通常ダンジョンでスタンピ-ドと呼ばれるような現象が起きる時には、何らかの原因による魔素濃度の異常上昇があったり、長い間討伐が行われなかったために魔物が溢れたりするのよ。

 大概は前者の方が短期間で激しいものになるわね。

 ここには、そういう事は今回無かったはずだけど。

 魔素が長期間かかって溜まっていき、瘴気とでもいうべきものに変わって異常に魔素を呼び込んだりするような現象も確認できない。

 そもそも人間がこんなに出入りしていて、定期的にちゃんと餌食になっているのにスタンピードを起こすなんて事はないんじゃないかしら。

 ダンジョン内部で魔法を使って魔素を消費したりもするし」


「ちゃんと餌食って……」


「迷宮は一種の魔物。

 人間を食らう事により成長する物なの」


 そうだったんかい……。

 という事は、ここは魔物の腹の中なのか。

 そう聞いてしまうと、なんだか薄気味が悪いな。


「スタンピ-ドが起こる原因らしきものはまったく見当たらないのに、現実にはその兆候らしきものが多数散見される。

 もしかしたら……何者かが人為的にスタンピ-ドを起こそうと準備しているのかもしれないわね。

 とにかくこんな事は初めてよ」


 それだと第一容疑者は隣国っていう事になるが。

 そんな事が人間に出来るものなのか? 


「そもそもスタンピ-ドっていうのは、ダンジョンではなく外の世界で起きる事が多いのよ。

 異常な魔素の発生が観測される事が何十年に一回くらいの間隔で起きる。

 そうなると魔物の数が異様に増え、上位個体も多数発生しやすくなる。

 何万もの魔物の群れが突き進むそうよ」


 ヤバイな、それは。

 ちょっと想像してみる。

 このダンジョンで魔物が湧き上がり、びっしりと埋め尽くしている様を。


 ダンジョン入り口の天井側についていた、まるで内側から巨大な何かが、その体躯を擦りつけたような跡を思い出して顔を顰める。


「一度王様に報告をして、何か怪しげな動きが無いか調べてもらった方がいいんじゃないかしら?」



 そういう訳なので一旦転移魔法で王宮に戻り、その仮説を国王陛下に報告したら難しい顔をされた。

 最近、隣国の動きがかなり怪しいらしい。

 そっちの観点から、もう一度隣国の動きを洗ってみる事になった。


 こっちは引き続き調査だ。

 ついでに王宮ゾーン内にあるベルグリットの職場へ移動して、ライオルさんに相談してみた。


「人為的にスタンピ-ドを起こす方法ですか。

 はっきり言って、それは存在します」


 いきなり専門家に断言されちゃったよ。

 あるんかい!


「むしろ人為的にスタンピ-ドを起こすのなら、ダンジョン内のほうが良いとも言えます。

 閉鎖空間であれば、魔素もよく篭って効率的かつ連続的に魔物を生み出せるでしょう。

 元々、魔素から魔物を生み出す場所なのですから。


 ただ、それをやるにはどこかから魔素を集めて大量にダンジョン内に送り込む仕組みか、超強烈な魔力の源が必要です。

 過去の文献から、そういう物もないではないのですが、恐らくその手の物はどこかの国の宝物庫にでも厳重に保管されているでしょうしね」


 ……どこかの国、のね。

 これも要報告だな。

 王国に調査してもらう案件がまた増えた。


 ライオルさんとベルクリットに陛下への提出用資料を用意してもらう事にして、うちらは冒険者ギルドへ転移した。

 魔物に一番係わり合いの深い団体で何か情報はないものかと。


 相談すると、ギルマスがさっそくボヤいた。


「また頭の痛いような案件を持ち込んできたもんだな。

 確かに、そういう話は過去にもあったな。

 かつて、その研究をしていた人間もいる。

 各国の間では、それは禁忌とされ研究・実用化は厳禁とされており、破れば厳しい制裁を受ける形になる」


「具体的な資料はある?」


「ああ。

 レッグ、出してやってくれ」


 どうやら、いろんな部署との折衝や人あしらいなんかはアーモンが得意で、事務資料関係はレッグさんの得意分野らしい。

 いくつかの書類を出してくれた。


「これをコピーさせてもらってもいいかい?」


 突然そう申し入れたので驚かれたが、レッグさんは了承してくれた。

 俺は書類をパッパッとアイテムボックス内でコピーしてから見せて、ニヤリと笑う。


「いやあ、素晴らしい能力ですね。

 よかったら、うちの職員になりませんか?」


「謹んで御辞退させていただきます」


「そいつは残念。気が向いたらいつでもどうぞ」


 さすがに、その申し出については丁重にお断りした。

 勘弁してくれ。

 Sランクの御茶汲み・コピー係はちょっとな。

 それ以外にも、アーモンに都合よく好きなだけ扱き使われそうだし。

 ブラックな仕事は、体を壊すほど日本で散々やってきたので、もうイヤだ。


 それからライオルさんのところへ戻って資料を受け取り、コピーして一式を途中経過報告書として国王陛下に提出した。

 重要そうな事項が出てきたので、全て陛下に直接報告した方がいいと結論を出したのだ。

 それを見た陛下がまた渋い顔をしていた。


「ふう。

 この資料にある人物は現在隣国にいる。

 それに加えて、これをやれそうなアイテムも隣国が確実に持っている。

 引き続き調査させよう。

 しかし、厄介な事じゃの。

 これが事実だとすると、やはり隣国がこの国に攻め込もうとしておるようじゃからの」


「そんな動きが?」


 国王陛下は書類に目を通しながら頷いた。


「間諜が報告してくる帝国内の物資の動き、軍の動きなども、それを示しておる。

 まだ軍がこちらへ移動したわけではないが、それも時間の問題かと思われる。

 そのうち訓練を名目にして、こちらとの国境沿いに軍を移動させるじゃろうしな」


 それはまた厄介な。

 途中経過は報告したし、なんかもう凄く厄介な話になってきたので辟易してきたな。


 今日はもうこれで切り上げることにした。

 俺は宿でゆっくりしてから改めて皆で集合した。

 あの白ワインのよく冷えている、御気に入りの店で飯を食いながら話をする事にした。


「ベルグリット。

 今日の話を聞いて専門家としてどう思う?」


 ここは、是非専門家の意見を聞いておきたいシーンだ。


「ええ、なんていうか、むしろしっくりと来ました。

 明らかにスタンピードの兆候と思われるのに、その原因となるような物がわからない。

 そんな、もやもやした感じでしたので」


「そうか。

 スタンピードで出てくるとしたら、どんな魔物が溢れてくると思う?」


 その質問にはベル君もちょっと難しい顔している。


「スタンピードを引き起こす方法が特定出来ないと、なんとも言えませんね。

 魔素を無尽蔵に集める事が出来るようなら、ドラゴンやキメラなんかを大量に出せますし。


 そうでないなら数を出した方が有利です。

 数の暴力で王都を攻め落とすとか。

 でかい奴に城壁を壊させて、小さな奴らが数万も王都に押し寄せてきたりしたら。

 一般市民ではオーク相手だって手強過ぎます。

 ゴブリンだとて軍団のように大量発生されたら手に負えない。

 あと、ハーピーのような飛行魔物が数いると厄介でしょう。


 威力の小さな魔法では埒が明かないし、大きな魔法を使用すると王都にも大被害が出てしまう。

 そうなると、あなたのような凄い魔法使いの方でも対処が面倒な事になります」


「数の暴力か……」


 一番いいのはダンジョンの中で、外へ出てしまう前に魔物を殲滅する事だな。

 駄目なら外でやるしかないのだが、外だと散らばって動かれると非常に面倒だ。


 小物は大魔法で一網打尽にするしかないな。

 やるのなら王都とアドロスの間あたりでかな。

 魔物の集団に王都へ近寄られると大魔法が使えない。

 シールドを張りながらでも最大威力では撃てないだろう。


 もしドラゴンが大量に出てきたりしたら……あいつら飛ぶよな。

 それが厄介だ。

 脇を抜かれちまいそうだし、あいつらは破壊力があり過ぎる。


 あとハーピーとかの飛行魔物が、大量に出てきて散開されたら目も当てられない。

 まるで第二次世界大戦中の大海戦で大量の空母から飛び立った戦闘機や攻撃機の群れみたいに。

 まあその対応は別に一人でやらなくてもいいんだが。


 あと、何よりも魔物の集団をダンジョンから出すとアドロスの街がやられてしまう。

 やはり街を守る戦いをしないといけない。

 うーん。


 思ったよりも対処法が厄介だ。

 隣国への警戒があるし王都の防衛が優先されるので、軍や騎士団もダンジョンへ数を回せないだろう。

 やはりアドロスの防衛は俺達冒険者でやるしかないな。


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