5-2 ダンジョンへ
支度金を受け取ってから挨拶に行った先のベルグリットの上司は、なかなかのものだった。
トップはこの貴族殺しが吹き飛ばしたので不在であったものの、しっかりと部署を切り盛りしていて、いきなり優秀な部下を持っていかれても全く動じない。
彼の名はライオルさんという。
平民上がりだが、何かこう貴族なのかと思うような立ち居振る舞いだ。
どこぞの男爵家の六男とは格が違う。
超頭が良くて切れ者らしい。
だから空気も読んで、ずっと大人しくしていた。
それがこういう事になったので一気に頭角を現したという訳だ。
腐敗にもついていかなかった気質だし。
清貧だが世渡りは上手いっていう感じのタイプか。
少しは見習えよ、ベル君。
彼は大事な部下を持っていかれて文句を言うどころか、さもありなんという雰囲気だった。
「いやあ、助かります。
こいつから、あれこれと報告を受けていたのですが、上が馬鹿ばっかりでしてね。
動こうにも動けなくて本当に困っていました。
あいつらを大掃除してくださったのは貴方だそうですね。
いや、ありがとうございます」
こんなところで妙な御礼を言われてしまった。
ベルグリットをダンジョンへ行かせたのもこの人らしいし。
「国王陛下に話を通していただいて、ありがとうございます。
何せ、まだまだ風通しは悪うございますので、話をしても果たして上まで通ったかわかりません」
こういう優秀な官僚がいるから、あんなおかしな連中がいてもこの国は回っているんだな。
俺はこの人も出世させようと心に決めた。
「こちらに資料を用意してあります。
今までどんな兆候が出ているのか、各スタンピードごとに。
また兆候だけをまとめ類別もしてあります。
各所で諸々見聞された内容は階層も付記されておりますので、わかりやすくなっていると思います。
資料を作成したのはそこにいるベルグリットなので、わからない事はそいつに聞いてください」
おお、やっぱりベル君も優秀だったのか!
頼りにしているぜ。
「ではベルグリット。
しっかり御勤めするのですよ。
こちらの仕事は気にしなくてもいいです。
陛下は二人応援を寄越してくださるそうです」
「わかりました。
では行ってまいります」
ダンジョンに行く前にもう一箇所立ち寄る。
そのまま王都の冒険者ギルドへと転移した。
メンバー補充の必要を感じたので。
とりあえず、ベルクリットにも転移魔法に慣れさせようと思って転移魔法で移動した。
さっきは久しぶりに車を引っ張りだし爆走したよ。
なあに、単に久しぶりに運転したくなっただけだ。
もう運転の仕方を忘れそうなほど車に乗っていないし。
日本で何か月も車に乗っていないと運転の仕方こそ忘れていないのだが、給油口を開けるレバーの位置さえも忘れてしまって、ガソリンスタンドに着いてから捜し回る破目になるのだ。
これが本気で忘れているから困ったものだ。
本格的な世捨て人のおっさんならではのアレな体験談だな。
それくらい一度も乗らないと、タンク内のガソリンが劣化するわ、バッテリーが駄目になるわで大変だった。
当時は自転車での遠出に凝っていたしな。
ただの三段変速のシティサイクルだけど。
あと、転移魔法で行ったのはベル君の反応が見たかったのだ。
さすがに目を白黒していたな。
こいつは若いせいか割とリアクションが大きいので、そういう反応が楽しい。
「うわあ、こ、ここはどこ?」
「冒険者ギルドだ。
途中から転移魔法で来た。
慣れろ。
ダンジョンには、これで行くからな」
「て、転移魔法……」
呆然とするベル君の肩をポンポンと叩きながら、真理は頭を振る。
溜め息を吐きながら。
「あなた、御主人様と同じような性格ねえ……まあ、大体の予想はついていたのだけれど。
まるで千年前に戻ったような錯覚を覚えるわ」
「御主人様? 千年前?」
ベルグリットが思わず訊いてきた。
「ああ、この娘は千年前に初代国王が自ら作った迷宮の守護者、伝説の指輪の番人だ」
真っ白になったベルを引き連れて、俺はある人物を探してキョロキョロしていた。
お、発見した。
ラッキー。
「おーい、アントニオー。
ヤッホー」
「おー。
どうしたい?
あ、この間はありがとうな。
国王陛下からのSランク推薦が決まったんで、後はAランク試験を待つのみだ」
「ああ、それなんだがな。
今日はまた仕事を手伝ってほしいんだ」
「ほお? お前が持ち込む仕事に真面な奴は一つもないからな」
手馴れた感じで聞いてくるアントニオ。
俺は奴の耳元に顔を寄せて小声で囁く。
「ああ、国王陛下からの勅命だ。
ダンジョンへ専門家と一緒に調査に赴く事になった。
お前ならこの意味がわかるよな?」
「ああ、ヤバイ匂いがプンプンするな」
「それで、よく考えたらこの小僧には護衛がいるんじゃないかと思ってな。
俺が調査にかまけていて、振り向いたらドラゴンに食われていたとかだと嫌だしな。
ベルグリット、お前ドラゴンを単独で倒せるか?」
「無理! 絶対に無理です~。
オーク一匹でも無理!」
ベル君は顔を引き攣らせながらそう泣き叫んだ。
アントニオは笑いながらベルグリットを宥める。
「お前は相変わらず無茶を言う。
文官さんには文官さんにしか出来ない仕事があるんだからな。
おい、安心しな。
お前さんは俺が守ってやるから。
こう見えてもソロドラゴンスレイヤーのBランクだぞ」
「じゃあ、アントニオ。
こいつの御守りは任せたぜ。
安心しろ、ベルグリット。
こいつは実質Aランククラスの強者さ。
Aランク試験に受かればSランクが確定している凄腕だ。
第一、調査が目的なんだから危なくなったら転移魔法で逃げる。
あ、そうだ。
念のためお前らにも後で転移の腕輪を渡しておこう。
今から使い方の練習をさせるから」
「転移の腕輪……」
「ああ。
これはなあ、おおっぴらには出せないんだ。
何せ王宮の宝物庫から無断でコピーした物だからな。
正確にはコピー出来なかったので、実物を参考にしてその場で作ったんだが。
やっぱり現物を目の前で解析して、作りながら構造を見比べるとそれなりの物が出来るな」
「……」
「ん? どうした」
「聞きたくもない事を聞いてしまった。
僕は何も聞いていませんので」
小心者が両手で耳を塞いでいる。
「それで、どうする?
お前の事だ。
どうせ今すぐ行くんだろ?」
アントニオは、さも当然というように構えている。
奴の腕輪にはアップデートという事で転移機能を付与しておいた。
アイテムボックスの中身を移し替えるのが面倒だからな。
「無論だ。いいよな」
「ええっ、今から? 仕度が何も無いんですが」
問答無用で小僧を人から見えないところに引っ張り込んで転移する。
無論、アントニオや真理は当然のようについてきている。
「ふう。
この人達のノリにはついていけない。
いや、ついていっちゃいけない気がする」
「何をブツブツと言っている?
これが転移の腕輪だ。
アイテムボックスも兼ねているから必要な装備は中に入っている」
そしてアイテムボックスから直接奴の腕に嵌めてやる。
これには継ぎ目なんか無いから絶対に落とさない。
こいつに手錠抜けの特技はなさそうだ。
「そら、みんなも。
ちょっと練習してから行こう」
アントニオや真理は当然といった風情で、ごく自然に使いこなしている。
ベル君、あれが一流というものだよ。
真理なんか、自前の転移魔法とか持っていそうだ。
何しろ本人の開発者が、元となった転移の腕輪の製作者なのだからな。
ベルグリットに、やや時間をかけながら転移魔法の使い方を教えこんだ。
こいつはこういう事に慣れていないだろう。
ベルグリットはアイテムボックスの中にオリハルコンの魔法剣があるのを見つけて頬をピクピクさせているし。
「それで、どこから調査するんだ?
どこの階層でも転移できるぞ。
あまり人目に付きたくはないがな」
「そうですね。ここは?」
少し思案げに聞くベル君。
「まだ地下一階だ」
「そうですか。
好きに移動できるなら、一番怪しそうなところからいきますか」
そういうわけで俺達は、ベルグリットの提案によりドラゴンの出現した場所へと転移した。




