4-4 家族
千年の時を越えて、初代国王が作った指輪は子孫である王家の者へと渡された。
そして最初にエミリオを見た時に真理は涙を流した。
「御主人様の子供の頃にそっくりだわ。
スマホの中にあった写真の中の。
髪や目の色は違っても面影がくっきり。
貴方に危害を与える何者も私は許しません」
そう言って真理は、大事に保管しておいた船橋武のスマホを握り締めた。
状態保存の魔法がかかっており、まだ新品同様だ。
それは当時の最新モデルだから、きっと買い替えたばかりなのだろう。
スマホは俺が充電してやったのだ。
それから彼女は国王にも謁見した。
国王も涙を流し、大儀であったと。
「千年か……」
その永過ぎる時を見定めるように見上げ、それから優しげな表情を真理に向けて、こんな言葉を賜った。
「これから、どうするのかの?」
「彼が誘ってくれました。
俺と一緒に冒険の旅に出ようと」
「そうか、アルフォンスよ。
その者の事を宜しく頼む」
「わかりました。
俺が自分から誘ったのですから」
王宮を辞して宿屋に戻った俺達は、ネットで初代国王とその家族を検索してみた。
真理にもPCを渡して使い方を教えた。
船橋武、船橋真理。
色々探してみたが、政府が作成した特殊事件の行方不明者リストでようやく初代国王の足跡を見つけた。
ああ、そこに俺の名前も載っていたな。
それを手がかりに色々と探してみた。
そして何日もかかって、ついに真理さんのSNSのアカウントを見つけた。
だが、そこへ書き込んだりする事を凄く迷ってしまった。
もし今、彼女が幸せに暮らしていたとしたら。
その人の心をかき乱してしまうだけなのでは。
へたをすると、もう自分の家庭を持っているかもしれない。
だが、真理が言った。
「妹さんに御伝えしたい事があります。
連絡を取っていただきたいです」
そして俺は彼女にメールを送った。
「あなたの御兄さん、船橋武さんの事で御伝えしたい事があります」
しかし、彼女からの返事はなかった。
俺達は、ただただ待った。
そして真理はこう言った。
「待ちます。もう千年の間待ったのですから」
何日かしてから、真理は自分で彼女宛てのメールへ書き込んでいった。
船橋武がどれほど船橋真理という人間を愛していたかを伝えたいと。
そして自分と武の写真を添付して、俺のメールアカウントから送っていた。
それと、この異世界で彼が愛した人々の写真を。
魔法で自らの体の機能に画像を記録していたのだ。
国王陛下やエミリオ殿下の写真も送った。
どれほど彼が日本へ、彼女の元へ帰りたかったか。
その想いだけは伝えたかったと。
『船橋武は船橋真理を、地球でたった一人の家族を愛していました』
「良かったんだろうか。
これで」
「わかりません。
でも私は伝えねばなりませんでした。
きっと、その為に千年生きてきたのです」
「そうだな」
彼女は千年越しの使命を果たしたのだ。
もう何も言うまい。
伝えるだけは伝えた。
船橋武、一体どんな人物だったのだろう。
俺が彼に会う事は、もう決して無い。
それとも、日本のどこかの街ですれ違った事でもあったろうか。
それを知る機会も、もう永遠に無いだろう。
「俺は……寂しい人間でな。
例え地球に、日本に帰れてもそう会いたい人間がいるわけでもない。
笑っちゃうだ……ろ?
船橋武みたいに家族の下に帰りたくて帰りたくて、妹そっくりのアンドロイドまで作っちゃうような奴もいるのにな」
「じゃあ、私が貴方の家族になってあげましょう。
一緒に冒険するんでしょう?」
「ありがとう……」
俺は不覚にも涙が出てしまった。
どうも歳を取ると涙脆くなっていけねえ。
船橋真理さんからメールが届いたのは、それから一週間ほど経ってからの事だった。
『拝啓、井上隆祐様。
貴方が行方不明になったというキャンプ場を訪問させていただきました。
キャンプ場の管理人さんは、あの日の事をまるで昨日の事のように覚えていると。
もう穴は埋められていましたが、御話を聞いた限りでは兄が消えた時の状態に酷似した事件でした。
今でも混乱しています。
信じられない。
でも嬉しかった。
あの凄惨な事故を乗り越えて、無事に生きていてくれた兄の消息が知れて。
でも、もう亡くなってしまっていたんですね。
あの優しかった兄にはもう二度と会う事は出来ない。
とても寂しい気持ちでいっぱいです。
でも弱い人達のために戦った兄を、その人達のために国を興した事を……誇りに思います。
兄も精一杯頑張って生きて自分の家族を作り、そして天寿を全うしたのですから。
たくさんの写真をありがとう。
エミリオ、可愛いですね。
私の甥っ子の遠い子孫達。
アンドロイドの真理さんにメッセージを伝えてください。
「千年もの間待っていてくださって、ありがとう。
本当に寂しかったろうに。
そんなにも長い間、兄を想ってくださってありがとう。
誰かが想っていてくださる間は兄の足跡は消えないのですから。
心からの感謝を貴女に。
遥かなる兄の故郷、地球から愛を込めて」
そう、彼女にお伝えください』
それを読んだ真理は肩を震わせて嗚咽し、やがていつ止むともなく号泣していた。




