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4-3 伝説の番人

 そいつは、なんと『家』の中にいた。

 前にドラゴンを退治した時には、こんな場所があるなんて全く気が付かなかった。

 高度な隠蔽が施されているものらしい。

 指輪を検索したりしていなきゃ、一生気が付かなかったかもしれない。


 うーん、まさか指輪の番人が家の中にいるとは。

 これは、どうやら俺が考えていたような物とは違う相手という事だな。

 もしかしたら話が通じる相手なのかもしれない。


 俺がMAP検索してレーダーで見つけだした頑丈そうな扉には、格好のいいライオンのノッカーがついていた。

 日本なら、その辺の家のドアで見た事があるようなデザインだ。

 多分これの作成者は日本人と見た。

 日本語である稀人などと名乗っているんだから間違いなかろう。


 俺としてはかなり迷ったのだが、結局は普通にそのドアをノックしてみた。


「どうぞ~」


 高音質のインターホンでもあるかの如くに涼やかな声が聞こえると共に、ハイテクそうなロックが次々と外れる電子機械的な開錠音がした。


 へ、返事が返ってきた。

 俺達は顔を見合わせた。

 少し逡巡した後に、思い切ってドアを開けて入ってみることにした。


「御邪魔しま~す」


 中に入ると、そこには靴を履くのに便利そうな、座るのに丁度よい高さになっている床が眼に入った。


 一般的な、少し前なら標準的であっただろう日本住宅の玄関口となっており、少し細面の素晴らしい美人、いや美少女がにっこりと笑って立っていて俺達を出迎えてくれていた。

 それは黒髪黒目で、丸々日本人の顔立ちをした少女だった。


「御客様なんて何年ぶりかしら。

 嬉しいわ。

 よくここがわかったわね。

 モニターで見ていたけれど、あなたが私に敵意を抱いていない事はすぐわかったわ。

 それに……」


 彼女は少し言い淀んだ。

 何かを期待するかのように。

 うん。

 黒髪黒目っぽくて、平たい顔族だものね。


 まあ俺は茶色の目で鼻も高く、若干外国人顔なのだが、それでも海外へ行けば日本人と認識してもらえる顔だった。

 カナダでは、どこへ行っても「ジャパニーズ?」と訊いてもらえた。

 語尾が若干「?」となっていたのは御愛嬌だがな。 

 これでも子供の頃に比べたら、かなり日本人風に進化したのだ。


「やあ、こんにちは。

 そのう、もし違っていたら済まないんだが、君はアルバトロスの初代国王に作られたゴーレム……いやアンドロイドなのか?

 彼は日本人だったのかい」


 俺は日本語で尋ねてみた。


「まあ、貴方は……やはり日本人?」


 彼女も日本語で返答を返してくれた。

 そして俺は、この世界で初めて自分の真名を告げた。


「俺の名は井上隆裕というんだ」

「私を作ってくれた御主人様は船橋武というのよ」

 

 うん、やはり日本人の名前だった。


「上がってちょうだい」


 そう言って彼女はスリッパを二足用意してくれた。


「ああ、ありがとう」

 

 俺がごく自然に冒険者用ブーツを脱いで上がっていくので、アントニオもそれに倣った。

 そして、これまた日本風の応接間へと案内してくれた。

 その所作も標準的な日本女性の物だった。

 この世界では、その些細な仕草なども懐し過ぎて泣けてきそうだ。


「ごめんなさい。

 もう日本式の飲み物も食べ物も、何も残っていないの」


「えっと、要るんなら分けようか?

 そういう物なら、いくらでもあるから」


「いえ、私は本来そういう物など必要ないので」


「ここで、ずっと指輪の番を?」


 部屋を見回しながら訊いてみた。

 質素な部屋だ。

 だが、よく整理されていて清掃も行き届いており、埃一つ落ちてはいない。


「はい。

 他にやる事もないので。

 それが御主人様の最後の命令でした」


「そうか。

 俺や船橋のいた国には、そういう物語はたくさんあるが。

 実際にそうしている奴を目の前で見ると、なんて言ってやったらいいのかわからないよ」


 思わず目を瞑って、その永過ぎる時を想いやった。


「そうなのですか」


「ああ。

 なあ、俺と……冒険の旅に出ないか?」


「え?」


「俺の住んでいたところでは、君のような忠義者を非常に尊ぶ習慣がある。

 どうせなら、君のような奴と共に、この異世界を旅してみたいもんだ」


 いつか、この世界で仲間を作ろうと思っていた。

 心から信頼出来る奴を。


 俺もこの世界では異端なものだ。

 でも、この子となら。

 日本人が創り、その心を受け継いだような存在なら。


「そうですか。

 御主人様の住んでいたところも?」


「それはどこなんだい?」

「よくわからないのですが」


 彼、帰れぬ故郷については身内にもあまり語らなかったのか。

 帰れないにも関わらず里心がついちまうからなあ。

 それは本人も辛いだけだろう。


 そういや俺自身も故郷に関しては、こっちの人間に語った事は一度もない。

 いつか帰ると心に秘めているだけだ。


「じゃあ、薩摩という事にしておいてやろう

 あそこも日本で有数の戦闘民族だからな。

 戦って国を築いたような奴には相応しかろう」


「おい!」


 関係ない話に花を咲かせる俺達に痺れを切らしたらしいアントニオに脇腹を突かれた。


「ああ、肝心の用件を思い出した。

 船橋武から二十五代後の子供がちょっと大変なんだ」


「え、それはどういう事ですか?」


 俺はエミリオ殿下の事情を、かいつまんで説明してやる。


「わかりました。

 指輪をお持ちいたします」


「いいのかい?」


「もう一つ御主人様から頼まれていることがあったのです。

『いつか、いつか私の子孫が窮地に立つことがあったのなら助けてやってくれ』と。

 その指輪が本当に必要なら渡してやって欲しいと」


 彼女はそっと目を瞑り、かつての主人を思い出すかのように静かに。


「そうか。

 それだと、もうやる事が無くなっちまうな」


「貴方が冒険の旅に連れていってくださるんでしょう?」

「ああ、そうだった!」


 よし、冒険の仲間ゲット!

 この世界における冒険の酒場は迷宮の底にあったのか。


「ここを出て魔力は大丈夫なのかい。

 君はここの魔力で動いているんだろう?」


「御気付きでしたか」


「ああ、俺の持っている知識は君の主と同じようなものだからな。

 発想も御互いに似たり寄ったりだ」


 うん。

 彼の愛読書や、見ていた番組や映画が目に浮かぶようだな。


「俺の魔力は使えるか?

 魔力を貯めた魔石があるからそれも使える。

 俺が死んだら、またここにくれば魔力には困らない。

 それと……よかったら一緒に船橋武の……御墓参りにいこう」


「そう……ですね」


 指輪の門番が、はにかんで微笑んだ。


「ああ、魔力を集める仕組みは御主人様が持たせてくれてあるから、外へ出ても大丈夫です。

 ここは魔力が豊富だし、指輪と共に隠れ住むには良いところなのでいるだけで。

 それに、ここには御主人様が作ってくれた大事な私の家がありますので」


「そうだなあ。

 とりあえず、王宮まで一緒に来てくれよ」


 俺達は転移魔法で一瞬にして王宮前へと戻る。

 そして城の衛兵に言付けた。


「ルーバ侍従長を呼んでくれ。

 御依頼の指輪を御持ちしましたと。

 後、大事な賓客が一名おられるとね」


 ほどなくして、慌てて爺さん自らがすっとんできた。


「指輪を持ってきたというのは真か、アルフォンス!」


「ああ、見せてやってくれ」


 そして彼女は服の前をはだけ……胸の部分をパカっと開いた。

 そこに件の指輪があった。

 見かけはシンプルで質素な感じだが、内に秘めた力を彷彿させるような魔力を感じる。


 彼女はそれを取り出して、ルーバ爺さんに差し出した。


「どうか御納めください」

「お、お前は一体」


 驚愕に顔を歪ませる爺さん。


「彼女は初代国王船橋武が作り、指輪とこの国の未来を託した『彼の娘』だ。

 頭が高いぜ、爺さん」


 俺は悪戯っぽく笑いながら紹介してやった。

 

「歴史の中に閉じられた船橋の姓を、初代国王を直接知る者か!」


 そのように壮絶な伝説の中の話に絶句する爺さん。

 そして。


「長い間、本当に長い間、御疲れ様でござった。

 この指輪、謹んで御預かりいたす」


 指輪を彼女から受け取った爺さんは、彼女に向かって恭しく、深く深く頭を下げた。


「そういや、まだ君の名を聞いてなかったな」


「真理よ。

 御主人様の妹の名前なの。

 私の容姿のモデルは彼女です。

 その方は御主人様よりも十歳年下で。

 御二人の御両親は早くに他界されたそうで、御主人様が頑張って親代わりに面倒を見ておられたのですが、あのような事になってしまって。

 それが御主人様にとって、唯一の日本での心残りだったのです」


「う、うわああっ……」


 そ、その状況で、こっちへ来ちまったというのか。

 なむさん。

 人造娘じゃあなくって妹の代わりだったかあ。

 まあそういう事情であれば、もう娘みたいなものだけどなあ。


 世捨て人だった俺は、いきなりこっちへ来ちまったって何にも困らなかったがなあ。

 それはそれで、くるものがあるのだが。

 ……ちょっとだけ悲しい。


「彼らはいつの生まれだ?」


「妹さんは1997年の生まれ。

 御主人様がこの世界へやってきたのは2015年の事でした」


 うお!

 俺がいた時代と殆ど同じ年代だな。

 妹さんは今も自宅で、未だ帰らぬ兄の帰りをずっと、ただひたすら待ち続けているのかもしれない。

 ああっ!


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