1-3 ステータスやシステムのチェック
夕べは、ぐっすりと眠れたようだ。
だが寝起きに頭がはっきりしない。
ちょっといい気になって飲み過ぎたかね。
うーん、いつものマンションの真っ白な天井と違って天井が木目だ。
いわゆる、知らない天井っていう奴だな。
目が覚めたら状況をすぐに理解出来なかった。
なんだ、ここは。
あー、俺はキャンプに来たんだっけ。
そういやバンガローの中にいたのだった。
どうも自然の中では開放的になって飲み過ぎていかん。
いや、あるいはヤケ酒なのかもしれないな。
起きて外に出たら、ここは鬱葱とした森の中の広場のような場所だ。
あー、思い出した。
キャンプ場から、なんだか変なところに来てしまったんだった。
これじゃ起きてもしょうがないな。
夕べたっぷりと飲み食いしたせいか特に腹は減っていないので、立小便してからまた寝直す事にした。
しかし、なんとなく寝付けないので、布団に転がったまんま例のステータス画面を開けてみる。
まず上のPCのスキルが凄かった。
「インターネット 異世界から地球のインターネットに繋ぐ事が出来る。
クレジットカードや口座振込みで有料サービスも受けられる」
うお!
なんだ、これは!?
PCを開いて、「接続タブ」を開いて通常の接続手順を行うと、なんとマジでネットに繋がった。
そして、いつもやっているゲームにもログインできた。
す、すげえ。
こうなる原理はよくわからないのだが知識面でこれは凄いな。
全属性魔法なんて、ただのオマケだ。
そもそも俺に魔法なんていう良い物は使えないじゃないか~。
そんな物、ただのインチキスキルだ。
アプリがまったく入っていないスマホみたいなもんだな。
マギ・アプリストアはどこだよ。
何せ、いわゆる「マジック」さえ俺には出来んのだからな。
俺は手先が不器用でね。
というか、あとは鑑定とかの、ただの定番のものしかない。
手抜きというか、時間が無かったのでその他は全て省略したな。
PCスキルだって、ほぼパソコンの中身そのままのコピーのような物だし。
そういえばキャンプ場で寝てしまった時に、夢の中で自分が何かPC組み立てのような作業をしていたのを思い出す。
もしかしたら、これを作っていたのだろうか。
もっとも、おそらく作っていたのは俺ではなく……。
どうにも眠れないので二度寝は止めて起き上がる事にした。
単にゲームがしたくなっただけなのかもしれん。
ネットが繋がったんでなあ。
次にMAPをタップする。
いつもネットで使っている地図サイトが出てきて普通に使えるようだ。
多分PCの色んな機能は、中身のソフトというか、いつも使ってるサイトのイメージそのままだな。
地図を目一杯拡大して世界地図をみたら、そいつは少なくとも見慣れた地球の世界地図じゃなかった。
「あらまあ……。
ここは毎度御馴染みの惑星テラの上じゃあないっていう事なのかね……異世界のどこかの惑星?
それとも単に自分の世界における宇宙の彼方⁉」
どうやら俺はこの訳のわからない世界の、どこかの大陸にいるようだった。
少なくとも呼吸可能な大気がある事だけは確かな事なので、その一点に関しては神に感謝した。
「よかったよ、ここは無人島じゃない……。
こんな訳のわからない場所でロビンソン・クルーソーをやるのはごめんだな。
あれも、お話としては子供の頃から大好きなんだけど」
少なくとも、物資面においては彼よりも恵まれている気がするな。
難破船から物資をかき集める作業は必要ないし、飲料水に困る事もない。
あの当時の医薬品より遥かに優れた薬も持っているし、もっといい各種の『百薬の長』もあれこれと持っている。
最寄りの街を見ると、かなり離れているようだった。
どうやら、このおかしな世界にもちゃんと街はあるようで助かった。
そこは割とでかい街みたいだな。
いわゆる村ではないようだ。
うちの親父の在所なんかは、今もって昔と変わらず隣の家まで数百メートルから一キロメートル以上はある、見事なまでの僻地の一軒家なのだ。
俺の父親方は先祖代々見事なまでの村人だった。
ああ、もう村じゃなくて市になったんだった。
村役場も統合先の市役所の支所になったからな。
もっとも在所の背後は今も変わらず代々の先祖が墓で眠る山になっており、周囲は広大な田んぼと畑ばっかりだ。
いつも御馴染みの、地図上でクリックした地点の写真を表示する機能が使えた。
そして街を映したら、なんだかとんでもない画像が色々と拝見できた。
だがそれを見て思わず沈黙してしまった。
街へ行くのが少々躊躇われるような画像の羅列が並んでいた。
何か『武装した物騒な人達』が大勢いたのが目を引いたのだ。
何だ、こいつらは。
しかも持っているのは銃ではない。
剣とか槍とかを持っているのだ。
鎧みたいな物を着込んでいる奴らもいる。
気を取り直してレーダー機能を見る。
こいつはどうやら『敵』を識別して映してくれるようだ。
ゲームかよ!
まあそれはPCの設定に過ぎないのだが。
デフォでは敵は赤点で表示される。
脅威が高いと大きく、そして激しく点滅する設定になっている。
味方は緑で、それ以外は中立を表す黄色だ。
武器があれば、アイテムボックスから赤点に向かってそれを射出も出来るとあった。
「うお、マジか」
夜中とかでも設定で警報が出せるようだ。
しかも応用で目覚ましもかけられる。
こいつは一番便利な機能だ!
俺はスマホの目覚ましすら使いこなせていないので。
あと、アイテムボックスの機能で付与というものは何だ?
説明によると、どうやら中に取り込んだものにスキルや魔法を付与出来るようだ。
今出来るのは「強化」と「アイテムボックス」くらいか?
これを使えば強化剣や、容量を増やした魔法の鞄が出来そうだ。
生憎な事に剣は持ってないけどなあ。
強化シャベルとか強化鉈?
強化斧も出来るかな。
今のんびりとコーヒー飲みながら、こんな事をやっているんだが、さっきMAPの画像で見た限りでは状況はあまり良くないようだ。
街は、なんだか剣や槍で武装した人間でいっぱいだったし、よく見ると普通の人間じゃないと思われる存在もいた。
些か獣っぽい要素を御持ちの方々だな。
あとファンタジーなタイプの方なんかもいらっしゃるようだ。
馬車が映っていて自動車などは無く、道路は石畳だ。
建物も石作りのようだし。
こいつは完全にアウトだな。
どうみても真面な治安じゃなさそうだ。
せめて真面なトイレがある事を祈ろう。
パッと見た限りでは水洗トイレは期待出来そうにない雰囲気だ。
というわけで、とりあえずの武器に強化を付与してみる。
よく考えたら「身体強化」をまだ使ってみていない。
上手にやれば、これで自分の戦闘力が上がるかもしれない。
身体強化 のヘルプを見ると、念じるだけでもいいらしい。
MPを消費して力を強くしたり体を強化したりするようだ。
最初はよくわからないので、スキル欄の身体強化をタップする。
すると、そのまま何かが起動する感じで体に力が漲る。
なんというか、どこかから電力が来てモータが起動するような感覚だな。
唸るハム音を幻聴した気がする。
説明によると体が強化されて丈夫になり、力なども強くなるようだ。
ちなみに今はLv1だ。
「ひのきの棒」はどこにあるんだい。
後で探しに行くかね。
その辺に落ちていそうな棒を。
こんな足場の悪そうなところを歩くには杖が要るんじゃないか。
もうそれなりの年齢なのだし。
最近は特に年配者の間で、両手にスキーのストックみたいな物を持ってウォーキングや登山をするのが流行だよな。
針葉樹よりも広葉樹の枝の方が堅そうでベターかな。
ひのきの棒は、皮を剥いでそれを焚き付けに使い、残りは薪にして燃やすと大変に有意義だ。
しかし、体がボロボロのおっさんは強化されると却ってキツイかもしれないなあ。
体に負担のかかる火事場の馬鹿力みたいなものだと嫌だ。
とりあえずアイテムボックス欄で付与のインベントリを作成した。
そいつはアイテムボックス内で使える一種の専用作業スペースだ。
水やガソリンなどの液体の容器代わりに使用する専用の倉庫として使ったり、中で付与や強化を使ったりするためのファイルを『俺の中のあいつ』はインベントリと呼んでいるようだ。
これ以上ドライブを増やせないので、擬似パーテーションの役割を果たさせたり、作業をするアトリエのような役割を割り当てたファイルだ。
通常のファイルは物品のまとめや整理に使用する。
それらの数が増えたら、通常ファイルとインベントリのまとめファイルを作って整理するとしよう。
特にアトリエファイルは、状態保存・時間停止を解除したファイルも作る予定なので、他のファイルと間違えないようにしないとマズイ。
うっかりと間違えて、そこに食い物なんかを入れておいて忘れてしまうと腐りそうだ。
いわゆる、冷蔵庫から出してそのまま出しっぱなしっていう奴だな。
そのアトリエ用インベントリの「付与専用ファイル」の中に、まず狩猟用ナイフを入れて強化を付与してみた。
右クリックの感覚でいじると、項目の中に付与があった。
タップすると付与する項目が出るので、そいつの中から身体強化をタップする。
そのまま強化が完了した。
物体も自分の身体と同じく強化できるようだった。
そいつで薪を切ってみたが、なんとあっさりと真っ二つになった。
薪なんて、そう簡単に割れるような代物じゃあないのだが。
うっかりと忘れてきた、ペグを打つ時に使うハンマーの代わりが余裕で務まるような危険な物体だからな。
あれを使えば、人間だって簡単に撲殺可能だぜ。
ラワン材のような半端な南国産の角材よりもよっぽど堅そうだし。
ナイフは凄く頑丈になった感じがする。
梃子の原理で地面へ横向きに押し付けて、力いっぱい曲げようとしたがビクともしない。
ヘルプを見る限りでは、慣れればこれも念じるだけでも出来るようだ。
どうせこのPCも本当に物体として存在するものではなく、自分の心の中にあるだけのシステムなのだろうから。
目論見どおりにちゃんと使えてよかった。
物体に付与すると、強化されたままになるようだ。
分子原子に働きかけるような何かなのだろうか。
わからない。
ここではあれこれと通常の物理法則を越えていたりするのかもしれないしなあ。
シャベルなんかも試してみたが、強化したそいつを使うと堅い地面がザクザク掘れる。
気を付けて、自分の足を掘らないようにしないとな。
ここには病院なんかないのだから。
身体強化がどれくらいのものだろうか。
さすがに、わざわざ自分の体で試す気にはなれない。
これで自分の体の身体強化と強化武器も出来た。
ちょっとは安心できるか?
街にはあまり行きたくない気分なのだが、まあそうも言っていられまい。
残りの一生を山の中で過ごすのは、いくら俺が孤独耐性に優れた世捨て人だからって、さすがにきつ過ぎる。
今までだって、最低でも買い物や少々遊びに行くくらいはやっていたのだ。




