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4-1 ルーバ爺さんからの依頼

 異世界七十一日目。


 あの大捕り物の日から、早くも一週間の時が過ぎた。

 エリ達の屋台の方も順風満帆のようだ。


 商業ギルドと共に、いろんな新しい食い物屋台を出せないか相談中だ。

 その辺りの事情は、もはや俺よりもエリの方が専門家かもしれない。

 あの子は、今この世界にある日本の食材や調理器具、その辺の新しい物などをこの世界で上手に落とし込んでいく加減がよくわかっている。


 レシピや材料も各種渡してあるのだ。

 材料も現地で作れるものは、それを開発して是非落とし込みたいと考えている。

 それがいいと思うし、アドロス代官のエドモント氏も賛成してくれた。


 そういう感じに上手くやれているのは、エリが今まで色々と苦労してきたのと、元から頭がいいせいだろう。

 父親も頭脳明晰で優秀な人だったらしい。

 今こそ、このアドロスにいてほしかったような人材なのだが、既に故人であるので仕方がない。


 だが、その才能は立派に娘に受け継がれている。

 エリは読み書き計算も抜群だ。

 とても貧民街で暮らしている十歳の少女とは思えないほどだ。


 商業ギルドでも評判がよく、このままだと将来は商業ギルドで働く事になるかもしれない。

 それもまた悪くない道だ。


 もうエリ達の護衛は解除しており、セキュリティに関してはそんなに問題は無い。

 あの親子に手を出す奴らがいたら広場の、いや街の連中が黙ってはいない。

 貴族とつるんで今まで散々街の人を苦しめた、あのクソ共を放逐する役割を果たすというか、そのきっかけとなってくれたのだから。


 こういう事はいつか突然に起こるものだ。

 変わらない世の中なんて、どこの世界にもない。

 時間経過と何かの切っ掛け一つで巨岩とて崩れ落ちる。

 俺の歳だと、ソ連の崩壊やベルリンの壁の撤去などもリアルタイムで報道を見てきた。


 この街も今までが悪かった分、後はもう上向くしかないようなレベルだしな。

 それが良いのか悪いのかは知らないが。

 まあ今までの分は諦めるしかない。


 そしてエリは新しい仕事の創出を担うフロンティアでもあり、今やあの子はアドロスの人々の希望でもある。



 そんな折り、俺はルーバ爺さんから呼び出しをもらった。

 先日の一件では豪く世話をかけたので、今度挨拶に行こうかと思っていたので都合がいい。

 まだ色々とエリ達の面倒を見ていたので、それもなかなか行けないままに遅くなってしまったのでね。


 爺さん、俺に何か頼みごとかな?

 世話になった御返しはするぞ。


 早速王宮へと向かう。

 さらっと転移魔法で、だだっ広い王宮前広場に乗り付けて、門番の兵士に言付けてもらって入り口のロビーにて待つ。


 この王宮、外観は英国の王宮を模したような感じになっていながら、入り口は高級ホテルか何かのロビーのようになっている。

 こっちの人間が作ったものじゃないのが一目で見て取れる。

 しばらくすると、以前ダンジョンで殿下の護衛をしていた女性が迎えにきてくれた。


「御久しぶりです、御嬢さん」

「御久しぶり、英雄さん」


 その呼び方には思わず笑ってしまった。


「いやいや、どっちかって言うと『貴族殺し』と呼ばれているそうですが。

 ここだと、私の顔を見て真っ青になって逃げ出す奴がいそうだ」


 そんな話で美人さんの笑いが取れたので満足だ。

 美人の御令嬢相手には馬鹿丁寧な話しぶりで対応する。

 おっさんなら当然だよね。


 楽しく談笑しながら話をしていたら、護衛の人は子爵家の御令嬢で防御魔法に優れた一族の出だという。

 ははあ、それで最後まで殿下の御側にいたのか。

 そういやキメラのブレスを相当長い間、見事に防いでいたものな。


 そして、そのまま殿下の御部屋に案内された。

 いつもそこで一緒にいるものらしい。


 爺さんなんていつも気軽に呼んでいたけど、彼は「第三王子侍従長」の肩書きを持つ立派な騎士さんだった。

 当然のように貴族で、身分は子爵か。

 まあ気の張らない人なんで、俺は今更態度を変えるつもりなど更々ないが。


「やあ、爺さん。

 こないだは御世話をかけたね。

 エミリオ殿下も御変わり無くて何より」


「アル! また冒険だったの?」


 エミリオ殿下は相変わらず可愛いな。


「まあ、今回は街中のお話でしたけどね」


「おお、よく来てくれたな。

 実は折り入ってお主に相談がある」


「なんだい。

 他ならぬルーバ爺さんの頼みなら喜んで聞かせてもらうよ」


「うむ。

 実は、このエミリオ殿下に(まつ)わる話じゃ」


 爺さんの話を要約すると、第三王子の立場はあまり芳しくない。

 望まない国に出されそうになっているという事らしい。

 どちらかといえば敵国への人質に近い。

 上の兄達におもねる貴族達の思惑でそうなっている。

 以前にもそういう話があったという。


 兄達は弟を可愛がっているので、そんな弟を不憫に思っているようだが、外交絡みで王達も激しくは反対できない。

 考え方一つで、どこがいい悪いは簡単には決められないような状況なのだ。


 そんな状況ではあるが、いずれは外に出す身だ。

 それも国の益になる形にせねばならない。

 その辺の話には様々な思惑と駆け引きがある。

 公爵家の創設も無闇には出来ないし、エミリオ王子を国に残すのは難しい状況のようだ。


 子煩悩な国王は心を痛め、事態の打開を図るべく、功績を挙げさせるためダンジョンにあると言われる伝説の指輪の捜索任務をエミリオ王子に与えた。

 だがパーティは、ほぼ全滅となり、却って第三王子排除派の貴族どもを調子づかせる結果になってしまった。


「かくなる上は、お前に頼みたい。

 既に国王陛下の許可も頂き済みだ。

 本来なら王子本人が行かねばならないのだが、王子はまだ幼いのでな。


 代理人として王子を救った英雄の御主を、しかも今ではSランクのドラゴンスレイヤーである御主を行かせるという事なら奴らも文句を付けられぬ。

 身分も伯爵相当なのであるから全く問題はないのだ。

 是非、仕事を成功させてもらいたい」


 そしてルーバ爺さんはニヤリと笑うと、こう付け加えた。


「それにのう、御主のような暴れん坊に正面からケチを付けてくる度胸のある奴らなど、あの小心者共の中にはおらんよ。

 え? 貴族殺し様よ」


「はっはっはっはっ。

 了解、やってみよう。

 そいつは面白そうだ。

 それに他ならぬルーバ爺さんの頼みで、しかもエミリオ殿下のためとあってはな。

 何をおいてもやってみよう」


「そうか、やってくれるか。

 お主ならば、必ずそう言ってくれると思っておったよ」


「ところで、その指輪というのは?」


「うむ。伝説の指輪じゃよ。

 いくつもの物語にもなった。

 かつて千年の昔、稀人の初代国王がこの国を作った折、手にしていたという伝説の魔道具でな。

 それは多くの軍勢に神がかった力を与えたそうだ。

 その後、悪用を恐れ国王自らの手で封印されたという。


 最近の隣国の動きといい、情勢も不安でな。

 殿下が半ば敵国へ出されんとするのも、そういう動きがあっての話でな。

 このような情勢の時に伝説の指輪を手にしたとあれば、その功績は莫大なもの。

 おかしな動きも封じる事が出来よう」


「なるほど、建国神話に登場した神器というわけか!」


 それは絶対に稀人国王が作った物だろう。

 もしかして彼も俺に近い能力の持ち主なのか?

 面白いな。

 その指輪とやらの出来を見てやるとするか。


 そいつは日本でいえば草薙の剣とかの三種の神器あたりに当たるものなのかな。

 この世界だと実際に素晴らしい力を持つ魔法絡みの物のように思えるが。


「他に誰か連れていってもいいのか?」


「ふむ。

 連れて行きたいものがおるのか?」


 これには爺さんも、あまりいい顔はしていない。

 極力、秘密厳守にしたい意向なのだろう。


「アントニオっていう男だ。

 俺と一緒にドラゴンを退治に行った、もう一人のドラゴンスレイヤーさ。

 何かあった時のために、もう一人いても悪くない。

 俺は見かけよりもずっと慎重な男なんだ」


「よかろう。

 その男、褒美は何がよいのじゃ」


 ふふ、そいつは口止め料込みなのかな?


「俺には訊かないんだな」


 ちょっと口先だけで拗ねてみせる。


「御主は今更じゃ」 


「そうかい。

 そいつはな……あのオルストン元伯爵家の三男だ」


「なんと……」


 それを聞いた爺さんの顔にも陰が宿る。


「伯爵家再興の夢が破れ隠遁している兄貴のために、オルストンの名で伯爵家を創設したがっている。

 というか、そいつは俺が炊きつけたんだがな」


「ほっほっほ。

 そいつは御主らしくていいわい」


 爺さんは皺くちゃな顔を更に歪めて笑った。


「そいつは実力があるし、ドラゴンスレイヤーの称号もある。

 元伯爵家の人間だしな。

 直にAランクにはなるだろう。

 Sランクに上がるのに、実績でもう一押しさせたいとか思っていたところでね。

 あいつの次男の兄貴にも随分世話になっている事だし、ここはガツンと行きたいところなのさ。

 どうだい?」


「よかろう。

 御主の御墨付きならば言うことはない。

 オルストン家の者のSランク推薦の件は王に御願いしておこう。

 では頼んだぞ。

 どうせ必要なものなど、自前で用意できるのだろう?」


 さも当然といった風で、爺さんは満足げに笑った。


「ああ、ただし指輪に関する資料がほしい。

 探し方に何か特徴があるなら教えておいてくれ」


「わかった。

 あくまで伝説という事ではあるが、王家に残っていた資料で説明しよう」


 軽く指輪のレクチャーを受けて、その日は王宮に泊まった。

 そしてエミリオ殿下に請われるまま、殿下がお休みになられるまで冒険の話に花を咲かせるのであった。


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