63-5 千年の息吹
ほおほおと、あちこちを覗きこみながら歩いていくと、あっちこっちから小さな影がこちらの様子を伺っていた。
そうかあ。
ここは里だものな。
子供エルフもいるんだ。
ちょっと新鮮だな。
エルフ新町は絶対に子供が生まれない町だからな。
それが、あの町を少し寂しいものにしている。
俺はしばし立ち止まって彼らに目をやっていたのだが、ジェイミーに促されて再び歩き出した。
少し行った先にある木の上に設えた、やや原色豊かでファンタスティックな造形の小屋、そこが長の家だった。
だが長は寝込んでいた。
力を失い、命が乾いていくような、そんな儚い感覚が俺のセブンスセンスを通して伝わってくる。
むう、こいつはいかんな。
命の灯が儚い脈動に揺さぶられ、その存在を涅槃へ連れて行こうとしているかのようだ。
まるで真理が消えようとしていた時のように。
「長、長!
連れてきたぞ、精霊魔王を。
長! 駄目か……」
「おい、ここで空間魔法を使ってもいいか?」
「あ、ああ、大丈夫だが」
俺はゲートでケモミミ園と繋いでファルを呼んだ。
「なあにー、おいちゃん」
おやつのケーキで口の周りをクリームだらけにした神聖エリオン様が、エルフの里に降り立った。
続いて、少し遅れて同じくクリームまみれのジョリーとシルフィがやってきた。
ああ、ケーキの残りをしっかりと平らげてから来たのか。
最近はこいつらも、いきなりの呼び出しにも動じないな。
ファルはもちろん、残りは一口で食い終わったらしい。
来た時にはハムスターモードになっていた。
「ん? お前は確か、エルフの里の……」
ジョリーがジェイミーに気がついて声をかけたが、その格好では全く威厳がない。
元々、子供の姿なので著しく威厳が足りないのだが。
ちゃんと正体を見せろよ。
「ああ、これはこれはジョリー様。お変わりなく」
おや、この二人は知り合いだったのか。
そうか、変わりないんだ。
ジョリーめ、昔から残念な奴だったんだな(違う)。
「ジョリー、ここがそのエルフの里なんだとさ」
「はて、ここは確か帝国の本拠地のような気がするのは、私の気のせいなので?」
「いや、それで合っているんだけどな」
「おいちゃん、どうしたのー」
「ああ、ファル。
そこで少し干乾びている奴がいるから、そいつをなんとかしたい。
ちょっとおいちゃんと一緒に御歌をデュエットしてくれない?」
レインが俺に仕事を回したという事は、ゲートを繋げて「祝福の二重奏」を放っただけでは駄目だという事だ。
レインの力があそこまで落ちていなければ、多分力押し出来るのだろうが。
これで駄目なら真理のようにエリクサーを試すシーンだが、それだとセブンスセンス的には若干自信がないようだ。
「わかった~。
じゃ、おいちゃん行くよ~」
ファルがレインボーファルス体形に変身した、のであったが……で、でかい!
この形態だと抱っこするのが、かなり大変そうだ。
まだ、かろうじて大丈夫だけど。
でも殆ど重量挙げの世界だな。
ちょっ!
お前、いつの間に?
なんていうのかな。
可愛い子猫だと思っていたら、育ったら実はでっかい山猫類であるボブキャットでした、みたいな感じだ。
あれはあれで子猫が凄く可愛いんだけど。
一般の家で飼われている、家猫ならぬ家ボブキャットの中には滅茶苦茶に懐っこい甘えん坊な奴もいる。
あの大型野生猫科のでかい図体で、ほぼエンドレスにすりすり攻撃を仕掛けてくるのだからな。
そいつを動画で見た事があるが、あれをやられたらと想像しただけで猫派としてはもう辛抱堪らん。
プリティドッグもそうなんだけど、ファルも人化すると今までとそう変わらないんだが。
まあバルドスなんか、全長百メートルの巨体が、あんな爺さんになるんだけれども。
一体どういう仕組みなんだろうな。
「お、おお。
これはレインボーファルス。
今のファルスには、親と同じレインボーファルスの子供がいるという話は本当だったんだな。
ありがたい、なんとありがたい……」
ジェイミーが平伏しそうな勢いで拝んでいた。
う、うーむ。
そんなにありがたいものなのか。
いつもの食欲魔人ぶりは、エルフ達にはちょっと見せられないかなあ。
まあ口の周りがクリームだらけだったのは、さっき見られちまったけど。
俺は、ひょいっと窓を飛び越えて表に出ると思いっきり息を吸い、呼吸に莫大な魔力を込めた。
そして祝福の鎧を全開にした。
巨大に目一杯広げられた天使の翼。
その力で俺も宙に浮いている。
見守っていたエルフ達から驚きの声が上がった。
まあ、これは俺のオリジナルだしな。
如何に長寿のエルフと雖も見た事はあるまい。
これの元となったブツがまたアレで、その上アレな代物だったのだしな。
正確には、俺とファルス親子、そして高潔な騎士の魂の三重奏が作り上げた、この世界といえども本来ならば有り得ないような代物だ。
空間魔法で里全域へと無数のゲートで繋ぎ、マギ・ダイナミクス・サウンドシステムを起動する。
これはマギクリスタルとベスマギルで作られた魔導スピーカーから、魔法増幅アンプを通して祝福の歌を放つものだ。
一種の「祝福増幅装置」である。
ファルと一緒に色々試したが、後は実戦的なテストをするしかないという代物だった。
最近色々あったので、思いついて作ってみたものなのだが。
今、ついにこれを使う時がやってきたのだ。
果たして効果のほどはどうだろうか。
ファルがファルス形態のまま、長の家の窓辺で両手を広げるようにして、人間離れした声というのか音というのかで奏でだした。
まさに奏でるというのが相応しい。
歌というよりも、音楽が始まるという感じである。
あれ、この子が歌っているの?
思わずそんな風に思ってしまうほど、奏する天使の歌声みたいな感じか。
「ハアアー・ル・アー・ルゥアー
フィーア・ルーン・ダスァー・オースリー
ミィーア・ファー・ル・アー
オーオ・オービシィー・ラァーリファー
ラーフィ・アー・ルゥアー
フィーア・ルーン・ダスァー・オースリー
ミィーア・ファー・ル・アー」
初めて歌ってくれた時は、生まれてそう経ってはいないので非常に拙かったが今は違う。
母親から教わって上達したので、実に素晴らしい音色で聞かせてくれる。
これはファルスの言葉、というか「ロスの御言葉」であるものらしい。
俺達人間にはうまく発音も出来ないし意味もわからない。
ただただ、魂を震わせる事しかできない。
やはりロスは存在するのだろうか。
だから、俺は「歌わない」。
パワーを込めて「同調」、あるいは「共振」するのだ。
音が空気を震わせるという事に関しては、祝福の歌も普通の歌や音と何も変わらない。
厖大な魔力を注ぎ込み、ファルの歌に共振させた音を、ファルの歌を取り込みながら増幅して放つのだ。
いってみれば、世界最強の歌姫の歌をライブで取り込みながら、それを同調させ自分の声帯を震わせながら二重層を奏で、アンプを通して放送するようなものか。
チビエリオンと魔王の変則二重奏だ。
二人の信頼の絆が、より大きなパワーを生む。
ファルも結構楽しそうにノリノリでやってくれている。
俺も、こんな事は楽しくて仕方がない。
何せ、俺って物凄い音痴なんでね~。
普通なら、こんなに上手には歌えやしないさ。
いや、本当に歌っているわけではないけれども。
なんというか、ステージの歌姫と、それをバックアップしている機器の係みたいなものだ。
長の家の前に集まった大勢のエルフ達は、全員咽び泣きながら聴いていた。
立っているのがやっとだった連中も、みるみるうちに回復していっているようだ。
やがて長は、すうっと何かに持ち上げられるかのように踵を支点にして起き上がって、窓辺からこちらを見る。
何かに勝手に動かされているような、神秘の力を秘めるような不思議な様だ。
ちょっとオカルトな光景だぜ。
まるで寝ていた人間が悪魔の力で引き起こされるような、ハリウッド映画の中のワンシーンのようだ。
長の場合は特に不気味さは無いんだけどな。
むしろ、その逆であろう。
その姿は神々しく、最早干乾びたりしてはおらず、やや年老いてはいるが充分に美しいものだった。
そして感じられる。
里のあちこちで起き上がるエルフ達の存在を。
数百年、千年と、この地に生きる息吹が継がれる音を。
俺はどうするでもなく、ただただ感じていた。
ふう。
なんとかなったか。
精霊魔王の面目躍如かな。
どうでもいい御知らせなのですが、ただ今おっさんキャンプが22,203,390アクセス。
本日中に「ぬこの日」っぽいゾロ目を達成する模様。
これが踏めたら、ちょっとだけ幸せかも。
予想では22:00~23:00の予定です~。
ダンジョンクライシス日本
http://book1.adouzi.eu.org/n8186eb/
こちらもよろしくお願いいたします。




