62-1 ちょっと行ってきます
シルベスター離宮の御披露目も無事に終わり、ホッと一息ついていた頃だった。
シルはすっかり離宮が気に入った様子で、一日中そこで過ごしている。
だが離宮はケモミミ園のすぐ裏手にあるので、庭が子供達の新しい遊び場になっただけの話だ。
子供達は遊び場である庭園の管理人の精霊どもとも幼馴染だしな。
シルもよく御膝にケモミミ幼児を抱っこしている。
離宮の館にもケモミミの子供達が溢れていたが、シェルミナさんも文句は言わなかった。
彼らの主たる御姫様の面目は保たれたのだ。
ここで王室行事をやるわけではない。
むしろケモミミ園の行事の方へ王家の方々が押しかけてきた実績があるのだし。
さすがに、うちの悪戯小僧どもも離宮の中で悪さはしなかった。
奴らもちゃんと弁えているのだ。
悪い事はケモミミ園で!
この人の名前は、つい「テルミナさん」と言い間違えそうになる。
テルミナは名古屋にあった古い地下街の名前だ。
いつもは大概、栄にある日本で最初に作られた地下街で文字通り栄えあるサカエチカにしか行かなかったが、テルミナへはたまに通りすがりに行くくらいだった。
そういや昔はテルミナに大きな本屋があったので、そこだけはよく行っていたな。
今ほど地方都市に大書店が溢れている時代じゃなかったのだ。
大概は街の普通の本屋さんへ出かけていたもんだ。
もう思い出せないほど昔の事だけど。
昔はバイクに跨ると、行き先は大概本屋だった。
現実の冒険をしない大人としての年頃になった時、俺は本の中の冒険すらしなくなっていた。
本屋へ行く事も殆ど無くなった。
日々を生きるだけで手一杯の人生だった。
サラリーマンだからこそ本を読まないといけなかったのだが、特に出世を目指すわけでもなかったしな。
そのうちに街の書店そのものも、どんどん減っていった。
他の人も俺と同じような了見であったものらしい。
異世界へ来ている間にテルミナの名称も変更になっていたし、上にあった既に廃業した百貨店の跡地も、つい最近何かの施設が完成していたようだ。
そこへ行けるわけでもなく、ただネットで見ているだけなので名前を覚える気さえ起きないが。
そういや、その場所に在った百貨店の閉店セールに行ったなあ。
長年やっていた店だったので名残惜しかったが、特にセールで買いたい物はまったくなかった。
もう日本は百貨店の時代ではないのだ。
外国人には未だに人気があるようだが。
でも日本は、やっぱり懐かしいぜ。
子供が生まれて大きくなったら一緒に連れて遊びに行きたい。
その前に買い物だな。
戦後の名古屋という街は、百メーター道路で街を分割して焼夷弾で焼かれても一気に街が焼けてしまわないように作られたらしい。
名古屋は軍需工場が多かったので、散々米軍の空襲を食らったからなあ。
今でもミサイルや戦闘機をあそこで作っている。
サカエチカは日本で一番古い地下街だと聞いているが、半分防空壕のつもりだったんじゃないかとネットで揶揄されているのを、どこかで見たような気がする。
以前から、どこかのヤバい国のように地中電線化も進めていたみたいだし。
まだ、あの街の戦争は終わっていないのだろうか。
名古屋市は日本で一番「パラベラム(闘いに備えよ)」という言葉が似合う街なのかもしれない。
いつかきっと日本へ帰ろう。
懐かしいあの名古屋の街へ家族を連れて遊びに行くのだ。
ケモチビ達は王様だの王女様だのは見慣れている。
元王女であるシルがいても誰も気にしたりしない。
ミニョン一家に至っては、堂々と王様の御膝を占領してしまうような連中だし。
今更使用人が文句を言っても仕方が無いのだ。
王族周辺には割と達観したような人も多い。
そいつは俺としては非常に助かるけど。
子供達には、侍女さんとかが、たまに御作法などを教え込んでいるようだ。
そういや今までそんな事を教えた事は一度も無いな。
この世界の正式な作法は、俺自身がよく知らんのだし。
そんな折にベル君から連絡が入った。
ダンジョンについての新しい情報だ。
こっちへ来てもらうように頼んだら、ベル君は転移魔法でやってきた。
彼には国王陛下の許可をいただいて、あのまま転移の腕輪を持たせてある。
使い方もだいぶ様になってきたようだ。
まあ国王陛下も、若くて優秀なベル君を使い倒すつもりで彼に腕輪を持たせてあるのだろう。
「やあ、立派な離宮が出来ましたね。
それにあの大観覧車ときたら、もう天を見上げるほどだし。
王都の外壁とかに登ると、観覧車もよく見えますよ」
最近の彼には、男爵らしく落ち着いた物腰が身についたようだ。
そういえば歳も一つ食ったんだな。
どの道、まだ少年っぽい雰囲気なのだけれど。
正式な貴族となったのだから、そのうちに縁談の話もくるだろう。
貴族の跡取りだったわけではないので、彼に婚約者などはいない。
「ああ、ありがとう。
それでダンジョンの方はどうだい?」
「ええ、それなんですが、入り口は十二の迷宮をコロコロと移動していくので大変です。
転移の腕輪があるから、まだ追いかけられていますがねえ。
入る場所により攻める順番も違ってくるようで。
とりあえず、アドロスで一月に一回くらいは開くようですから、そこを狙って待つしかないのかなと」
また厄介な話だな。
まあ管理者が、あのアドミンなのだから、それもむべなるかな。
「それで今回は行けそうなのかい?」
「ええ、なんとかなるのではないかと。
アドロスから入れそうなのが、本日から明後日の昼くらいまでくらいでしょうか。
予定より早く閉じたりするかもしれません。
なんていうかこう、かなり不安定な感じなんですよね。
現地へ行ってみない事にはなんとも言えないです」
ベル君も今一つ冴えない顔をしている。
専門家から見れば、より厄介に感じるのだろう。
任せたぞ、餅屋。
「そうか。
では今から行ってみよう。
シル、ちょっとアドロスの裏ダンジョンまで行ってくるよ」
「え、ええ。
ねえ……それってどうしても行かないといけないの?
あなたは元の世界へ帰ってしまうの?」
少し憂いを帯びた、美しい青の瞳が俺を見上げた。
ああ、不安なんだな。
もしかしたら、そのまま俺が帰ってしまうのではないかと思ったのか。
俺とした事が、そんな事に気が付かないとは。
俺は彼女の頬を撫でて軽くキスをすると、優しく彼女の髪をかき上げた。
「この俺が、君やおチビ達を置いて、そのまま日本へ行ってしまうと思うのかい?」
「あ、そ、そうは思わないのだけど」
俺は何も言わずにシルを抱き締めた。
「もし、今回向こうへ行けたら御土産は何がいいかな。
名古屋名物の『ういろう』でも買ってこようか。
いや、それとも新化粧品、いやいやベビー用品かなあ」
「そう。
じゃあ、日本の御土産を楽しみにしているわ」
よかった。
彼女の不安も少しは薄れたようだ。
「あはは。
あんまり期待しないでおくれ。
真理の話によると、どこかでダンジョンが崩れていて、未だに復旧していないのではないかという事だから」
もう一回、いってきますのキスをしてからベル君と出かけた。
そして一緒に来るのは新撰組の面々だ。
それと真理にファル。
ファルの警戒っぷりが半端じゃないが、それも無理ないわ。
前回は酷い結末だったからなあ~。
本当ならアルスを誘いたいところなんだが、まだゲルスとの話が終わっていない。
アルスにはこの辺りにいてもらいたい。
それに、アルスがこうやってヘレンと一緒に静かに暮せる時間も残り少ないだろう。
ゲルスとの決着が着く時は、あいつがエルフ新町を去る時なのだ。
本来なら、もう彼が座っていたかもしれない玉座へ着くために。
ゲートの魔法でアドロス・ダンジョンへ着いてからベル君に訊ねた。
「さて今回は、どうやって裏ダンジョンへ入るんだい?」
「その件ですが、ダンジョンの揺らぎのようなものを検知する魔道具が出来ましたので、それを持ってきました。
まだ改良が要りますが、なんとか使えるレベルなのではないかと」
そしてベル君は腕時計のような道具を見せて、みんなに配ってくれた。
「冒険、冒険~」
はしゃぐ斉藤ちゃんと対照的に、ファルのテンションは異常に低い。
「おいちゃん、今度青鰭蜥蜴が出てきたら、おいちゃんが全部食べてね。
もう絶対に約束だからね」
ファルが、すっげえ念押しをしてくる。
そういう約束で連れてきたのだ。
日本で売っている食い物で釣られたのもあるらしいのだが。
「わかった、わかった。
ファル、今日も頼むよ」
もうファルの頭に新聞紙の兜は載っていない。
まだ一歳だというのに、冒険したい年頃はもう卒業してしまったのだろうか。
俺達はダンジョンの中へ入場し、慎重に先へと進んだ。
今回も特に異変は感じられない。
頼みの魔道具も反応無しだったみたいだし。
毎回、入り口探しからなのかよ。
裏ダンジョンというものは難儀な代物だな。
「今回は諦めた方がいいですかね」
ベル君も自慢の魔導具の、あまりにも手応えの無さに少々がっくりきているようだ。
「うーん、ちょっと待って。
何か感じるかも~」
斉藤ちゃん!?
「真理、お前は?」
「あー、ごめんなさい。特には」
「他のみんなは?」
俺はゴーレム連中に聞いてみたが、みんな首を振った。
「まあ、とりあえず行ってみようか」
ゴーレムには個体ごとに個性がある。
案外と斉藤ちゃんにはダンジョン探索者としての才能があるのかもしれない。
ファル「やあ、冒険だー。おいちゃん、もうすぐ出る本でファルも活躍する?」
アルフォンス「え? おまえは、さ、3巻が出ないと出番がないから、ちょっと……無理かも」
ファル「ええーっ‼」
アルフォンス「あ、そうそう。お前の大好きな青鰭蜥蜴も2巻まで出てこないよ。残念だったな」
ファル「いらなーい‼ おいちゃんの馬鹿ー」
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ダンジョンクライシス日本
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