3-9 Aランク試験決着
こんなマッチョ戦士な人化ドラゴンなんて誰得なんだよ!
どうせなら美女のドラゴンを出せよ!
それはドラゴンブレスも吹きますわ、飛びますわ。
だって本物のドラゴンなんだもの。
だが、奴は何故かズカズカと俺に近づいてきて訊いてきた。
「お前は何者だ。
ブレスを吹く人間なんていうものは聞いた事がない」
「いないわけじゃないぜ。
滅多にいないけどな」
「人化中とはいえ、このドラゴンたる俺よりも強力なブレスを吹くとは。
仕方がない。
ここは潔く負けを認めよう。
俺もまだまだ修行が足りないようだ」
そう言い放ってから奴は審判に向かって自ら負けを宣言して、片手を上げて出ていった。
「はあ?
今のは一体なんだったんだ」
あっけに取られて、俺はボケっとあいつを見送っていた。
「勝者アルフォンス」
そして肝心の試合の方は、あんまり盛り上がらなかった。
くっそう、さっきのような沈黙よりはマシか。
もう泣きそう。
なまじ途中まで凄い展開だったせいか、消化不良のような感じで観客席はざわついていた。
はっと目をやると、奴は奥さんや子供と笑いながら談笑していた。
そして子供を抱き上げて楽しそうに去っていった。
鑑定すると奥さんは人間だった!
しかも、すげえ美人だ。
子供も女の子で超可愛い。
鑑定したら、子供はドラゴンハーフという種族らしい。
初めて見る種族だ。
ゴッドブレスユー。
あの子が将来、希少な種族の事で差別されたりしないといいな。
あいつ、人間の女性と結婚したから人化して街に住んでいるのか~。
何か、また敗北感が押し寄せてきた。
人生、いや竜生は完全に野郎の勝ちだった。
俺なんてなあ……。
いかん、いかん。
まだ試合が残っているんだ。
俺は気を取り直して、両手で頬を叩いて気合を入れた。
あと二試合で優勝さ、次は準決勝だ。
そして次の試合は何か奇妙な鎧を着込んだ男が相手だ。
そいつを見た瞬間に突如として内から吹き上がる、試合直前にも関わらず身動き一つ出来ない状態に陥るような、有り得ないほどの人生最大といっていい強烈無比なセブンスセンスの衝動が沸き起こる。
『警戒』
重い。
簡潔な二文字が、信じられないほどの圧力を伴って頭の中を流れていった。
今まで地球でもなかったぞ、こんなの!
セブンスセンスの、『あいつ』からの激しい警告。
しかも白抜二重鍵括弧が出たか!
わざわざ「言葉」で簡潔に警告してくるとは、そんなにヤバイのか!?
アントニオの時とは違う。
あの時は、半分余裕があるかのような様子でさえあった。
だが今回は問答無用だ。
なんだ?
『あいつ』は、さっきの竜男にさえ反応しなかったのに。
これは一体何なのだ。
体の奥底から吹き上がってくる、体内でナイアガラ大瀑布が逆流しているのかと思うほどの逆立つような感覚。
俺は何か不気味なものに心臓を鷲掴みにされたかのように、心許なく、そして油断なく、そいつを値踏みするかのように目を眇めた。
これは、このセブンスセンスのような感覚を知らない人には理解出来ない感覚だろう。
これを飼っていない人間には決して理解する事は出来ない。
『あいつ、あいつ、あいつが言う。
俺の中のあいつが言う。
【警戒】と』
だが、試合はもう始まっている。
言われた通りに警戒しつつも、開始早々にフレアを撃ち込んでみる。
だが奴に向かって撃ち込んだはずのフレアが寸前で消失した‼
こいつは上手くないな。
間髪入れずに今度は身体強化を最大にして、最大強化を施したミスリル剣を最大速度で打ち込んだ。
さすがにオリハルコンは自重した。
だがなんと、これで傷一つ付かない。
これにはさすがに驚愕した。
「無駄だ。
如何にお前が強かろうが、この鎧を着た俺にダメージを与える事は出来ぬ。
これは鎧というよりは一種の呪いなのだから。
魔法効果無効・物理攻撃無効。
毒も物理攻撃とみなされる。
お前に俺は倒せない」
なんじゃそりゃあ。
いくらなんでもチート過ぎるだろう。
日頃の自分の行いは棚に上げて、ここは敢えて言わせてもらおうか。
ズルイ。
ずっこい。
運営、出てこい!
「その呪いの効果のデメリットは?」
「一生これが脱げないという事かな」
うわあ……俺ならそんな鎧は絶対嫌だ。
「一つ訊いてもいいかい?」
「なんだ?」
「えーと、トイレとかはどうしてんの?」
「……まあ、世の中には生活魔法というものもある」
垂れ流し及び魔法で処理ですか。
まるで宇宙飛行士みたいな奴だな。
あるいは地球の中世の騎士とか。
うーん、オムツよりはマシなのか?
繰り返すが、いくら無敵の防御力があろうと俺なら断固として着るのは嫌だ。
「さあ、御喋りの時間は終わりだ。
行くぞ」
ミスリルの大剣をスラリと抜き放った、そいつの所作は半端ない。
鍛錬に鍛錬を積んだ強者をイメージさせた。
こいつと剣のみで戦えば、たとえどれほど修行を積んだとて、あるいは一兆回やりあったとしても俺ではこいつには勝てん!
ヤバイ、こいつは鎧の力だけでなくて、その戦闘の技量もなかなかのものだ。
問答無用で、Bランク試験におけるアントニオ以上の強敵だ。
こいつは完全にオーバーAランクのカテゴリーにいる人間だろう。
なんで今頃こんな試験に出ていやがるのか。
冷や汗が背筋を駆け下りていく。
よし!
ここはちょっと邪道な手段を試してみるか。
奴の周りに小さめのシールドを張って中の空気を抜いてみた。
アイテムボックスで瞬間的に。
こういう瞬間真空ポンプみたいな攻撃も、あの鎧は無効に出来るんだろうか。
いや、すぐにもがいて倒れた。
マジか!
俺達が放つヤバめのオーラに危険を感じたものか、かなり離れて退避していた審判が駆けつけてきて宣言してくれる。
「勝者アルフォンス」
もし、奴に現代人のような知識があったら、これでも対処出来ていただろう。
瞬時に風魔法を使って空気を作りだせばいいんだから。
だが、奴は呼吸の仕組みについての詳しい知識はなかったようだ。
呼吸というか大気に関してかな。
一瞬にして空気を奪われて対応出来なかったらしい。
俺の強力なヒールをかけてやったら、無事に蘇生した。
しかし……なんだな。
あのセブンスセンスの激し過ぎる究極の警告の割には、いやにすんなりと決着したもんだ。
俺としては何かこう、今一つ納得できないのだが……まあ……世の中にはこういう事もあるさ。
いや本当かよ。
そんなの俺は信じないぜ。
ありえない。
そんなはずは絶対にないのだがなあ。
だが、俺は試合に勝った。
ちょっと納得がいかないのだが、今はそれでよしとする以外はない。
「俺は負けたのか……。
お前は凄いな。
必ず優勝しろ」
言葉短くエールを置き残し、奴は立ち去った。
終わってみれば、なかなか気分のいい奴だったな。
有り得ないくらいの物凄い強敵だったし。
やはり、俺の気のせいだったのだろうか?
えー……でもセブンスセンスが……。
あの凄まじいまでの爆裂な衝動が何も示唆していないなんて事は……絶対にあるはずがないんだがなあ。
うーん。
うーむむむ。
そして、俺の悩みなどに御構いなく続けて決勝戦だ。
どんな奴かと思えば、相手は魔法使いだった。
しかも、こいつはまた半端ない相手のようだ。
相当の魔力の持ち主であるのを感じる。
向こうも同じような事を感じてくれたようで、むやみに魔法で安い挑発をしてきたりもしない。
そして彼はズカズカと俺に近づいてきた。
「お前に少し提案がある」
おや?
「俺とお前が魔法を撃ち合ったら、おそらく会場が持たん」
ふむふむ。
「御互い、会場を守るシールドを張りながらやろう。
でないと、二人共後で…… 」
わかるわかる。
大目玉は必至だ。
俺は自分でやるつもりだったが、奴は大変気遣いの出来る男だった。
「了解。
俺もギルマスから、そう言われているんだ」
「ならば参ろうか。
お前の魔法には期待している」
なら、その期待に答えよう。
シールド、ハイシールド、マジックシールド、バリヤー。
それはもうたっぷりと魔法の防護壁を周囲に張っていった。
同様に奴も張りまくっている。
「それでは開始といくか。
こっちはいつでもいいぞ」
「了解!」
魔道鎧は威力が高すぎて、試合の相手を殺してしまいそうだった。
あれは、いざという時の保険扱いにしてある。
おかげで、あの暗殺者の爺相手に遅れを取ってしまったのだが。
これまでは封印していたのだが、ここは当然魔道鎧を使っていくシーンだ。
だが、魔道鎧の最大の武器であるスピードは封印する。
その場に立ったままでの魔法の撃ち合いだ。
ボクシングならインファイトの打ち合いに近いイメージだ。
いやどちらかといえば、西部劇の決闘のようなものか。
それはもう撃ちまくった。
アイテムボックスの中には「魔法の元本」が格納されている。
それのコピー品も多数用意してある。
そこから自分用に防御魔法、相手に向かっては攻撃魔法を撃ち放つのだ。
相手の素晴らしい一流の精神に敬意を表して、おかしな攻撃魔道具や物理兵器などの邪道な武装の使用は一切封印する。
純粋な魔法の撃ち合いを御互いに楽しんだ。
それはもうド派手に、さながら地上で打ち合う花火大会の如くに。
会場の人間は皆、身動ぎもせずにそれを見ていた。
炎・爆発・雷・氷・土・風と様々な魔法を撃ちまくった。
もしこの場に、俺と同じ見取りのような能力を持っている奴がいたら、きっとホクホクだった事だろう。
こいつは、すげえ男だ。
アーモン並みの魔法適性と習得している魔法の数、その上凄まじい魔力量の持ち主だ。
一体どれほどの鍛練の末に、この高みに上ったものか。
この高潔な男は俺のようなズルは一切していないだろう。
高い精神性無くしては決して辿り着く事のない至上の領域にいる。
にも関わらず驕りなど欠片も無く、こういうシーンでも決して相手に敬意を忘れない。
まさに尊敬に値する漢だ。
華麗な花火大会は一時間も続いたろうか。
やがて、それは厳かに終焉を迎えた。
奴の砲撃が止んだのだ。
そして防御魔法のみになった。
それを感じ取って、俺もすっと撃つのをやめた。
そして奴はくるっと踵を返し、静かに会場から退場していった。
なんという高潔な潔さか。
「勝者アルフォンス」
その瞬間に俺の優勝が決まった。
名も知らぬ魔法使いの彼に感謝する。
Aランクの決勝戦に相応しい内容になった。
少なくとも、彼の者の精神は最低でもAランク、いやSランクだ。
もし互いに戦場で戦火を交えて俺が勝ったというのなら、捕虜となった彼に帯剣を許したまま記念撮影に望んだところだ。
このまま最後まで何も無いのかと思いきや、優勝者には国王からAランク資格を授与されるとアナウンスがあった。
ギルドは国家間に跨る独立組織ではあるものの、開催国には配慮のようなものがある。
俺は名を呼ばれ、前に進み出て膝を着き首を垂れた。
「優勝、大儀であった。
我が国に仕官したいのなら、いつでも歓迎する。
その際には子爵位も授けようぞ。
そなたの優勝を祝し、我が国から何か褒美を授けよう。
何がよい」
国王陛下がそう言ってくれた。
名誉子爵位でなく正規の子爵位か。
それはまた高く買ってくれたものだ。
「それならば、恐れながら申し上げます。
先にソロドラゴンスレイヤーの称号を手に入れました。
その功績を以ってSランクへの推挙を御願いいたします。
つきましては王家にドラゴンを献上させていただきたいのですが、如何なものでありましょうか」
そう言うや、俺が会場に五十メートルになんなんとするドラゴンの死体を放出したので、会場が大きくざわめいた。
「うむ。しかとドラゴンは受け取った。
十分な功績と認める。
アルバトロス王家第二十五代国王として、Aランク冒険者アルフォンスをSランクに推挙する」
ギルマスの話だと、もうこれで俺のSランク昇進は本決まりとなるようだ。
内々にギルマスから王家へ話を通してもらっておいたので特に問題はないはずだ。
後は王都アルバの冒険者ギルド内部の問題だから、ギルマス権限で俺をSランクに出来る。
こんな公な形を取ったので、おかしな貴族連中も俺に対しては表立って手を出せない。
出したが最後、俺が騒ぐので今までの悪事も含め、皆芋づる式に表沙汰だ。
当然、向こうは俺がそれを望むのは知っているので、あからさまな手は使えない。
そして裏からおかしな真似をしてきた者は容赦なく潰す。
やっと望みの通りの体制を整えた。
さあ、これからは屋台の時間だ!




