57-6 西宮(にしのみや)フォートレス
俺はシルを抱えて西の公爵邸まで転移した。
こうして近くで見ると、西の公爵邸も放っておいた割には、そう寂れて傷んだ感じはしない。
これを作ったのが武だそうだから、おそらくは王宮と同じで色々とメンテナンスフリーな仕掛けがあるのだろう。
ここは西門を守る公宮だから、さしずめ白虎宮といったところか。
この国の中でも、この王宮ゾーンは別格だ。
あの錬金魔王自らが作り上げたハイパーゾーンなのだから。
二十一世紀の科学と精密な魔法が組み合わさって出来た、両世界を通じて異質な物。
そのうちの一つが、今日から俺が管理する事になった、このパレスとやらなのだ。
だが、どう見てもこれは。
「フォートレス」
四方にある各門に一つずつ設けられて敵を迎え撃つために作られた、まさに要塞だ。
王都を守る四つの最終防衛線の一つで、第三外壁内側に隣接し、第三外壁西門から王宮へと向かう道を挟んで向かい合う一対の巨大な城塞施設。
邸内の真ん中を通る道に面した壁には「銃眼」がびっしりと走っている。
屋上には魔法の弩が並んでいた。
あるいは、そこから魔法が飛んでくるのだろう。
その傍には王国騎士団演習場の三分の一にも及ぶ、広大な公爵家専用の演習スペースが置かれている。
それが一対設けられており、一つの公爵家で王国騎士団演習スペースの三分の二にも達するほどの大きさを誇る。
四公爵家合わせて、王国騎士団の三倍近い面積の演習場を持つ。
これを管理して王都を、延いては民を守る者が公爵なのだ。
これを公爵邸と称した武の奴も大概だな。
ちょっと頭がイカれていたんじゃねえのか。
王宮といい、これといい、まったく常識を弁えていない。
伝説の空中庭園も、かなりアレな代物だったみたいだしな。
あいつ、どうやら建築家には向いてなさそうだ。
そして各公爵家の敷地の間には巨大な兵舎が四つあり、各一万人くらい王宮ゾーンに待機する国軍の兵士がいるようだ。
それらの隙間を埋めるように兵士用の演習場がある。
この王宮ゾーンは王宮とは名ばかりで、その殆どの面積を演習場や閲兵場でびっしりと埋め尽くされていた。
今まではそういう事にも全く気が付かなかった。
普段は只の空き地みたいな物だからな。
最初は、ここが貴族街と聞いていたのだが実際には違った。
ここにあるのは公爵邸だけ。
貴族というよりは、この国では王族扱いのものだ。
他には主として文官貴族が詰める官公庁があるだけという事のようだった。
その貴族達のための諸設備は存在するのだが。
貴族街は王宮のある区域の防壁たる第三外壁を囲むようにして存在する。
王宮ゾーン、つまり国の中枢と、いざとなったらその中へ避難した一般国民を守るのが貴族の義務だ。
だが、そこは武が作ったわけではないので、公爵邸とは違って長い年月の間に煌びやかなものになっている。
武の遺訓を守らずに、何かあると王都から逃げ出していくような覚悟の無い奴もいるし。
貴族にだって義務はある。
だが、それを越えて更なる義務を負うのが王族なのだ。
そして玉を生かすため、四方を守護するために居る者こそ公爵なのだ。
そんな覚悟完了したような人間が居を構える場所、それがここ公爵邸なのだ。
今は晴れて俺も正式にその一員となった訳だ。
俺は特に公爵になろうと思った訳じゃないけど、元々この国では荒事に邁進してしまっていたので、こういうポジションに収まっても違和感があるどころか、非常にしっくりとくるわ。
戦争に参加してというか、率先して単独で戦争をして敵国の司令官である皇子の首まで落としちゃったしな。
単にここ王都アルバで高ランク冒険者となり、幼稚園を経営していただけなの民間人なのだが。
今までは殆どタダ働きのボランティアで国を守っていたようなものだったのが、正式にそういう役職についたというだけなのだ。
俺はただ自分の幼稚園を守っていただけなんだけど、それがこの王国の国防に直結していた。
いかに鷹揚なこの国といえども、そんな経緯で就任した正規の公爵って珍しいんだろうな。
西方に繋がる道の両側を挟んで、上の宮・下の宮の二つに別れた西宮フォートレス。
それがこの魔王アルフォンスの治める城砦となる。
通常であるならば、五千名もの膨大な人員を擁する騎士団をその城下に置かねばならないのだ。
国軍の演習場とかは、兵がいなければそれこそ只の空き地なのだし。
この王宮ゾーンは一見すると、非常にスカスカに見えるのだ。
きっと昔は色々とヤバかったんだろうなあ。
残りの国軍兵士は王都の各所にいるらしい。
地方にも軍はいるんだろうな。
あるいは地方には、貴族の騎士団というか領都を守る兵士がいるものだろうか。
今まではよく観察していなかったが、こうして改めて見ると感慨深い。
そして俺を出迎えてくれた忠義なる者の存在があった。
「御帰りなさいませ、御館様」
「ただいま。
ねえ、ロドス。
なんで俺の事を御館様って呼ぶんだい?」
だがロドスは目を瞬かせて、こう言った。
「はあ。
陛下より、あなたの事はそう呼べばよいと。
なんでも配下にしている精霊の森の神官にそう呼ばせているから、お前もそう呼んであげなさいと。
何かまずうございましたか?」
そういや、そんな事もあったね。
まあ、いいか。
別に違和感は無いし。
「呼び方は、まあ旦那様でも御館様でもなんでもいいよ。
中はどんな具合なんだい?
お前が牢屋にいた間は何もかもほったらかしだったんだろう?」
「はあ、この屋敷は一種の魔道具のようなもので、自動で魔力を集めて機能しておりますので、留守にしていても、さほど傷むというような事はありません。
邸内全ての空間にて自動で浄化の魔法もかかっておりますし。
壁を真面に剥ぎ取るなどというような乱暴な真似さえしなければ、少々の事は勝手に復元いたしますし」
そんな秘密があったのか。
さすがは武の仕事だぜ、半端じゃねーな。
王宮や外壁なんかも、きっとそうなっているんだろうな。
「中の調度は陛下が整えてくださっておりますので、いつでも不自由なく使っていただけます」
「そうか。
じゃ、こっちはお前に管理を任せていいな。
ここは【公館】のような感じで使おう。
王都防衛義務があるので、ここにも兵は置く。
基本的に住むのはケモミミ園の方だ。
前に陛下から体裁だけは取り繕えと言われたので、その辺は早目になんとかする予定だ」
そして俺はこっそりとロゴスに耳打ちした。
「子作りだけはこっちに来るかもしれん。
とは言っても気分が出そうな建物じゃないから、離宮を造るかもしれないが」
「畏まりました。
離宮を造られるとしたら、アドロスの方に建てられますか?」
「うーん、多分そうなるかなあ。
その方が面倒ないが、転移魔法やゲートで行き来できるから、そう拘る事もないのだけどね。
まあ、アドロスの方が好きに場所を取れるので自由に設計できるからな」
その辺はシルと話し合って決めるか。
彼女のために建てる物なのだから。
離宮は別に広くなくてもいいが、後世には市民に開放する事も計算して作っておくと面白いかな。
昔のヨーロッパの宮殿なんか、今では市民の憩いの場になっているケースも多い。
ああいう物は維持費も大変だが。
フランスの昔の城であるシャトーを買って整備維持していた日本人の女性が、フランス政府から文化財保護に貢献したという事で勲章を貰った例もあるらしい。
将来を考えて、庭園はなるべく広めに取りたいものだ。
後世になってから博物館にしてみても面白いし。
「じゃあ一回家に帰るから、また色々と見ておいてくれ」
ロドスにはスマホを渡してあるし、また支度金として相応の金も渡しておいた。
入用な物はアルフォンス商会に言えばいいと伝えてある。
それらは本来であるならば、家宰が全部管理してくれるものだ。
欧米には、未だにそういう形で資産の管理をしてくれる家宰的な金融機関もある。
欧米にて貴族全盛の社会が終焉を告げた時に、こういうロドスのような人間が今までのノウハウを使って起業した会社なのかもしれない。
つまり現代においても平民の身の上でありながら、昔の王侯貴族のように一種の家宰を持つ事が出来る訳だ。
全てを任せたそいつが、何か致命的にミスったら一巻の終わりだがな。
別に個人の雇った家宰という訳ではないからな。
そういう資産管理の会社は日本では成功しないと言われていたが、まだ日本でも経営は続いているようだ。
きっと世界経済がヤバくなりかかった時にすかさず現金化しておき、世界的な金融危機で何もかも価値が下がっていた時に、まだ安い時にあれこれと買いまくって資産を増やしていたのに違いない。
それから俺達は、公爵邸の方はロドスに任せてアドロスへと転移し、懐かしい俺の部屋(園長室)に帰ってきた。
「ワンワンワンワン」
俺の部屋で寝転がっていたミニョンが、俺の帰宅を感知してダッシュで飛びついてくる。
他のプリティドッグも集合してきた。
「ははは、ただいま。
お前ら、最近ちょっと大きくなったんじゃねえ?」
犬形態で抱っこすると、結構重くなった感じがする。
人化した状態だと、あまり気が付かないのだが。
山本さんの御飯が美味しいからかな。
愛猫のショーが通りかかって、こちらを見て立ち止まり一声鳴くと、ゆるっと尻尾で挨拶してくれた。
一見愛想がなく見えるけど猫って大概あんなもんじゃないかな。
猫を飼うのは初めてだからよくわからない。
だが、猫獣人はそうではなかった。
ワンコの吼え声を聞きつけて、突進してきた銀の髪がふわあっと舞った。
「おかえりー!
オミヤゲはあ~?」
首に飛びついてきたおチビ猫を抱っこして、ワンコどもを足元に纏わりつかせながら、子供達のいる大広間の方へいった。
何かまた子供が増えたような気がするが、多分それは気のせいじゃない。
もう、そろそろ第二ケモミミ園が入用なようだ。
俺はブルーアイランドの御土産を広げながら、真理に訊いた。
「なあ、今子供って何人になった?」
真理は、えへへへーという感じで笑うと、悪びれずに言った。
「園児だけで八十人になったよー」
いつの間に~。
さすがは真理だな。
十五人増か。
小学校と合わせて計九十五名様と。
「そうか。
御飯を作る人とか大丈夫かな?」
「小学校の部にも調理の人が入ったから、それは問題ないわ~。
御世話の人も余力があったから『まだ』大丈夫よー。
大きい子達は、もう結構小さい子の面倒をみてくれているし」
ミニョン達も人化して、御土産にもう夢中だ。
いつのまにかショーもやってきて、ミニョンが持っている土産とかに飛びついて前足でチョイチョイしている。
シルにも土産を持たせてあって、引っ張り出すのを手伝ってくれているので、子供に集られていた。
今までも、もうすっかり御馴染みの王女様だったので、子供達もまったく遠慮が無い。
最近はブルーアイランドも土産物を充実させているのだ。
あちこちで仕入れさせた物も置かせてあるし。
ブルーアイランドクッキーやアイランドケーキに、島の形をしたアイランドサブレなんかもある。
饅頭はまだ様子見だ。
山本さん作なので、それも出したら人気が出るかもしれない。
温泉宿みたいにウエルカム饅頭として部屋に置いておくのも悪くない。
「えんちょうせんせい、しまたのしかったー?」
「おう。
夏はみんなでいくからなー」
「やったあー」
今日も我が家は賑やかだ。
スペシャルサンクスキャンペーンありがとうございました。
あれから4人くらい増えたので、凄く嬉しいです。
発売までに、丁度あと1か月になりました。




